「ふっ――ふふふ、あははははははははははぁっ! これは、審査は不要だな」
パフォーマンスが終わるなり、お気に入りのおもちゃを買ってもらった子供のように月花さんは笑い始めた。
「――私の負けだ」
「……どういうことですか?」
突然の敗北宣言に対して、恨めしそうな目で鏡田さんは彼女を見る。
「――認めよう。間違いなく、今日の私は主人公に立ちふさがる悪役であったと」
「なんでそのことを……」
こちらの作戦を見抜かれていたことに、驚いたように鏡田さんは目を見開く。
「驚くこともあるまい、その雰囲気を作ったのは他でもないお前なのだから。それが同じくステージに立っている私にも伝わったただそれだけのことだ」
こちら側の作戦は見事に成功し完全に観客席では鏡田さんを応援するムードになっていたのは確かだ。
ただ、そのうえで審査品と観客を含めた評価で勝てるかどうかは、四割程度だろうとどこか冷静な自分が判断しているのもまた確かだった。
「そのうえで、私自身がここで倒される悪役だと自覚し、それを許容してパフォーマンスをした時点で勝負の土俵に立ててすらいない。なんせこちら側が負けると思って、いや負けることが正しいと思わせたのだからな。全く、そちらのステージに上がった時点で負けだったというのに、それを悔しいとも思わせないとは恐れいった」
「……よく言いますね、全く息切れすらしていないようですけど」
「別に手を抜いたわけではない、こちらにも本気を出せない事情があっただけだ。ステージで手を抜くなど、観客に対して失礼だろうよ」
どこか呆れたように、月花さんは言った。
「胸が高鳴ったのは久しぶりだ、しばらくは退屈せずにすみそうだ。なかなか楽しめたぞ、鏡田京香。それと、以前の言葉は撤回しよう」
「以前の言葉?」
「お前のプロデューサーの話だ。これを仕掛けたのは、あのプロデューサーであろう?」
「……まあ、そうですけど」
「早く変えるべきだと言ったが、あれは間違いであった。よい飼い主だな」
「そんなこと、あなたに言われる前から知ってます!」
「ふ、そうか」
不敵な笑みを浮かべた後、月花さんはステージを後にした。
「プロデューサーさん、勝ちましたよ! あの白草月花に!」
ステージから降りるなり、感極まった様子の鏡田さんに抱き着かれる。
「……落ち着いて下さい、鏡田さん」
「これをどうやって落ち着けって言うんですか、勝ったんですよ! 二年間、何の芽も出なかったアイドルが、あのトップアイドルに!」
いまだ興奮冷めやらぬといった様子で、鏡田さんは喜びを露わにする。
「こっちがかなり有利な状況で更に、向こうは本気を出せなかったらしいですけど、勝ちは勝ちですよね?」
「そうですね、『N.I.A』であの白草月花に勝利したそれは事実です」
これが他の舞台であれば、鏡田さんが負けていただろう。
月花さんが調子を崩していなければ、鏡田さんは負けていたかもしれない。
ただそれでも、今回現実として勝ったのは、鏡田京香だ。
「む、プロデューサーさん、もっと喜んでくれてもよくないですか? せっかくあなたの担当アイドルが、トップアイドルに勝ったというのに」
「喜んでますよ、もちろん」
「えー、でも、『QUARTET』に勝った時の方が、何だか喜んでいたように思えますけど?」
不服そうに、鏡田さんは言う。
「あー、それですか……」
「なんですか? 今更、言いにくい事なんですか?」
「いえ、そうではないんですけど」
「それなら、ほら、ちゃんと口に出して言っちゃいましょう!」
参ったな、こんな形で言われたなら口にしないわけにもいかない。
「今回の『FINALE』は鏡田さんが勝つと信じていたからですよ」
鏡田さんは、幽霊を見たかのような目でこちらを見る。
……だから嫌だったんだ。こうなるのが分かり切っていたから。
「本当に思ってたんですか、あたしがあの白草月花に勝てるって」
何処か不安そうに、鏡田さんは尋ねる。
それはきっと、彼女にとって確認なのだろう。
鏡田京香というアイドルの才能を、プロデューサーである自分が信じているかどうかについての。
それなら、こちらの答えは決まっている。
「ええ、なんせ鏡田京香は、トップアイドルになるアイドルですからね」