注意して下さい。
「プロデューサーさん、見にきてくれたんですね!」
「ええ、まあ」
今日は鏡田さんの舞台稽古を見に来ていた。
あの後、見事に鏡田さんは舞台のオーディションに受かった。
合格の通知を聞いた際には彼女自身驚いていたようだったが、自分から言わせてもらえば、落ちていた方が驚く。
「こんなにすぐ、仕事が決まるなんて初めてです」
鏡田さんは嬉しそうにそう語るが、その表情には何処か陰りがある。
仕事を手に入れることは出来たが、その内容が演技であることに思うところがあるのだろう。
「というか、プロデューサーさん。なんでこんな舞台のオーディションにしたんですか」
鏡田さんは声を潜めて、こちらに尋ねてくる。
今回の舞台の演目は『赤い部屋』。
同じ題名である江戸川乱歩の短編小説を題材にした舞台である。
原題である『赤い部屋』は、その名の通り部屋の周囲から天井から床までを真っ赤な部屋に集まった七人の男達の話である。
その赤い部屋は退屈な日々に飽き飽きしている男達の為の会であり、その退屈を埋めるために彼等は集まっている。解剖学教室の参観のような刺激的な経験の話を語ったり、死刑執行の様子を盗み見るために計画を練ったりと、そういった怪異な話を経験あるいは聞くことによって、異様な興奮を求めている会であった。
そんな異常な会に入っている『私』が、新人会員として参加したTという人間から、赤い部屋の彼等と同じように感じていた暇を潰すために行った殺人についての話を聴くというのが大まかな話の流れとなる。
到底彼女が目指しているようなアイドルが演じるのに適している役があるような話ではない。
「あなたにピッタリだと思ったからです」
少しだけどう答えるか悩んで、正直に答えることにした。
そのことを踏まえたうえで、自分はこの話の登場人物が彼女が一番演じやすいとも確信していたのだ。
「……良い性格してますね」
睨むような目線を向けて、鏡田さんはそう告げた。
「ありがとうございます、よく言われます」
相手の皮肉に気づかなかったというように、お礼の言葉を口にする。
こちらの意図も察してだろう、鏡田さんは怒ったようにわざとらしく頬を膨らませる。
『赤い部屋』は大きく分けると二つのパートに分かれている。
前半のパートは、まず『私』が赤い部屋についての簡単な説明を行う。そしてその後前述のとおりそんな場所に新人の会員であるTという男が、自分が犯してきた殺人の話を語る。
それもただの殺人ではなくプロバビリティーの殺人、日本語に訳すると蓋然性の殺人と呼ばれる方法を使用してこれまで九十九人の人間を殺してきたという、その殺しの内何個かの話を抜粋して男達に語り聞かせるというものになる。
蓋然性の殺人というのは、うまく行けば殺人が成功する殺人の事を指しており、失敗しても疑われない手法の事を指している。
作中の手法をあげれば、下水の工事が始まり片側に深い穴がある道で、強情っぱりで目が見えない人間を相手に冗談らしい口調で「ソラ、危ないぞ、左へ寄った、左へ寄った」と声を掛けるというものがある。この時、事実として道の右側には先に述べた通りの穴があるのだが、強情っぱりな彼は揶揄われたと思い右側を歩き、そのまま深い穴に落下して死亡してしまうのだ。
もしもこの殺人が失敗しても彼は疑われることはない、なんせ穴の場所を知って目が見えない相手に教えてあげただけなのだから。そして同様に、殺人が成功したとしても彼は疑われない、なんせ穴の場所を目が見えない相手に教えてあげただけなのだから。
こういったトリックの事を蓋然性の殺人と呼ぶ。
この間『私』の感想が挟まることは無く、ただTという男の語りが続くだけである。
そして後半のパートで、ようやく視点が『私』の方に戻ってきて、この赤い部屋の階下にあるレストランにいる給仕女が現れる。
彼女がオーディションとして受けたのは、この後半のパートに出てくる給仕女の役だった。
「そろそろ、稽古が始まる時間では?」
「あ、そうですね。では、行ってきます!」
元気のいい返事をしてから、彼女は他の共演者の輪の中に戻っていった。
「君が、鏡田ちゃんのプロデューサーさん?」
邪魔にならない様にと、練習場の端っこの方に陣取っていると、一人の男性に声を掛けられた。
確か、この舞台の監督だったか。
「はい、そうです」
「いやー、彼女は良いね。全く、役者になるために産まれたみたいな子だ」
「……やっぱり、そう思いますか?」
「ああ、もちろんだとも。あれほどの子は未だ見た事が無いね」
しみじみとした様子で、監督は蓄えたあごひげを触りながら言う。
「そうですか、ありがたい言葉です」
「いやいや、本当にすごいんだよ。もうちょっとしたら、始まるから」
そう思いながら舞台の方に目をやる。
確かに私による『赤い部屋』についての説明をする冒頭は終わり、丁度鏡田さんの台詞が始まるところらしい。
「私は自分では正気のつもりでいますし、他の人もそのように扱ってくれています。けれど、実際私が本当に正気なのかはわかりません」
始まった、その台詞。
その始まり方は物語の後半に出てくる給仕女のものではなく、この舞台の主役にあたるTの台詞だった。
オーディションで監督に気に入られた彼女は、合格した。
給仕女ではなく、Tの役としてではあるが。
言ってしまえば、異例の大抜擢だ。この話の最初と最後の部分は『私』の視点になるものの、Tが物語の中心人物であることは間違いないのだから。
「ほら、人が変わったみたいっしょ? 本当に、凄いんだよね。あんないい子が、こんな狂気的な演技ができるなんて、あれほどの演技を出来る子は早々いないよ。まるで本物が乗り移ったみたいだ」
「そうなんですね」
愛想笑いを浮かべ、そのご満悦そうな監督の言葉に同意する。
「どう、鏡田ちゃんにさ、アイドル辞めて舞台役者一本で生きていくことを勧めてくれない? 絶対あの子なら成功すると思うんだよね。正直あの子はアイドルなんかで収まる器じゃないよ」
なおも上機嫌に話を続ける監督に、適度に相槌を打つ。
ああ、監督の見る目がこの程度なら、この舞台は成功しないだろうな。