ノベルゲーム『蛇神家の謎』非公式スピンオフ作品 作:ふゆきんぐ☆
(ああああああああああああああ、買ってしまったああああああああ!)
私は紙袋を潰さないように、しかしこの世の全てのものから守るという意識の下、胸元に大事に抱えて家路を急いでいた。
紙袋には、ベルギー王室御用達の高級スイーツ店のロゴが入っている。
そう。私は、生まれて初めて自分の小遣いでデパ地下の最高級スイーツを買ってきた。
それも、自らが食べる為ではない。手土産として、だ。
ふと顔を上げると、そこには大きな大きなクリスマスツリーがそびえ立っている。世はクリスマスシーズンだ。街も美しく飾り付けられ、吹き抜ける冬の風に彩りを添える。
これまでのクリスマスは、部活に全振りしていた。学校の有名人たちのクリスマスを追い、記事を作っては冬休みを持て余す生徒たちに話題を提供していたのだ。それはそれで楽しかった。が、今年は違う。
……というか、その必要がなくなったのだ。
私は今年、人生で初めて「クリスマスパーティー」にお呼ばれしていた。……それも、蛇神オロチから。
厚みのある、美しい花が型押しされた真っ白な封筒を仏頂面で差し出された時には、一体何事かと思った。
中には一枚のカード。そこには『Invitation』の文字がキラキラと踊っている。
12月25日、クリスマスの日。
蛇神家の本邸で、独歩とオロチが主催するパーティーが開催される。
とはいえ、参加者は毎年決まっていて、蛇神独歩、小鳥遊ホーク、鬼一太郎、リー・ハオラン、そして蛇神オロチの5人だけ。オロチは半ば独歩に強制参加させられていたらしい。
そこに、なぜか今年は私も参加することになった、と。
(ああああああああああどうすればいいのよおおおおおおおおおお!!!!!)
私は心の中で、何度目か分からない叫び声をあげた。
正直、新聞部の情報網でそのパーティが毎年開催されている事は知っていた。
非常にプライベートなパーティーであることに加え、蛇神家の厳重な警備も相まって、その実態は全く把握することが出来ずにいただけで。
そのため、イブとクリスマスは生徒会以外の生徒の中から、比較的有名なサッカー部キャプテンやチア部のリーダーなどの動向を追ったり、人気の先生たちの過ごし方をパパラッチしたりしていた。
それがまさか、パーティーそのものに潜入できるなんて。
(……いやいや、潜入でもないのよ!呼ばれちゃったのよ!何着ていけばいいの!?ドレス!?ない!ないけど!!!)
何を隠そう、私自身もオロチとそう変わらず友達は決して多くない。
こういう時に相談できる相手。
(そんな相手、いるわけ……あ!!!)
脳裏にある人の姿が浮かんだ。そうだ。あの人なら。
私は、家に向かうスピードを上げた。今ならまだ学校の門は開いている。
家に戻って、荷物を置いて、制服に着替えて、いざ、学校へ!!!
裏庭の花壇をはじめ、ウロウロと敷地内を探し回ってみるものの、なかなかお目当ての相手を見つけることができないまま、時間が過ぎていった。
(あとは……もしかして、保健室?)
ふと思い立って保健室へ入ってみる。
「失礼します。」
「はぁい~?残念ながら今日は先生お休みで……あら?」
「モロコシ先生!なんでこんなところにいるんですか!」
「臨時よ、臨時。保健室閉めちゃうわけにもいかないでしょ?もしかして、私のこと探してたの?」
先生は愉しそうにクスクス笑うと、私に椅子を勧めてくれた。ついでにお茶も淹れてくれる。なんだかんだで面倒見が良いのだ。
「蛇神家のパーティー!?何よそれ!ズルい!!!」
「……ずるいと言われても。」
「で?服がない?靴が無い?あなた、最強の服を持っている癖に何を言ってるの!?」
「最強の、服?」
「そうよ。普段着でもあり、礼服でもある。しかも冠婚葬祭全てOKの最強の服!といえば!!!制服よ!!!」
目から鱗。青天の霹靂。瓢箪から駒。
まさかの回答に私は思わず席を立つと、先生の手をガシッと掴んだ。
「先生!!!ありがとう!!!さすが先生!!!最高!!!!!」
「ちょっと、まぁ制服もいいけど、せっかくクリスマスパーティ―ならちょっとくらいおしゃれしたって……。」
「こんなにすぐ解決してくれるなんて、さすがすぎー!!!じゃ、せんせーさよーならー!!!あ、お茶ご馳走様でした!!!」
先生が何か言いかけていた気がしたけど、私はそのまま保健室を出て、学校を後にした。
手土産も準備した。着ていくものも決まった。とすれば、後は遅刻せずに行くだけだ!!!
こうして、私はその日、早々と眠りについたのである。
向かえたクリスマスイブ当日。
キンと張りつめたように冷えた空気の中、私は蛇神家へと向かっていた。
制服に身を包み、コートの前をしっかり閉めてマフラーを巻いて。
それでも足元はどうしても冷えるから、今日だけは厚手のタイツにブーツを履く。
陽は高く昇って、日向にいればその温かさを感じるのに、日陰に入った途端吹き抜ける風の冷たさが身に染みて、思わず縮こまった。
「おや、お迎えが遅かったようですな。」
「あなたは……じいやさん!!!」
いつかオロチを迎えに来た黒塗りの車がスッと停まったかと思ったら、窓をあけて蛇神家の執事が顔を出した。
玄沢さん、と名前も知っているが、オロチに「じいやでいい」なんて言われて以来、「じいやさん」と呼ばせていただいている。それにしても、今日も素晴らしいイケボだ。
車から降りてきたじいやさんは、後部座席のドアを開けると、スマートに私をエスコートしてくれた。
手に持っている荷物は気づいたらじいやさんに預けていて、あれよあれよという間に車が出発する。
「お嬢様方がお待ちでございますが、今日は随分と冷えましたし、そんな中を歩かせてしまったこと、この玄沢の失態でございます。よろしければ、温かいお飲み物をどうぞ。」
そう言ってマグカップを手渡してくれた。
車の中で零さないよう、半分くらい注がれた熱々のココア。
冷えた身体をじんわりと温めてくれる。
不思議なくらいポカポカしてきたところで、車は大きな門をくぐり、蛇神家本邸の敷地内へと入っていった。
実を言うと、この門をくぐるのは今日が始めてだ。これまでオロチと外で遊んだり、彼女のために用意された別宅に遊びに行ったことはあったが、本邸に来る機会はなかった。
厳格な雰囲気に、思わず緊張してしまう。
そんな私の心情を察してか、玄沢さんは優しく微笑んで、私をパーティー会場ではないところへと案内してくれた。
「失礼いたします。」
「あら、じいや。どうしたの?もうパーティーの時間?」
「いえ、ゲストがご到着になりましたので、僭越ながらこちらにご案内させていただきました。」
「オロチちゃん、こんにちは。」
「あら、思ったよりも早かったのね……って!制服!?どうして!?」
「え、モロコシ先生に相談したら、普段着にもなり冠婚葬祭もOKの最強な服といえば制服だ、って……。」
「パーティーって言ってるでしょう!というか、先生はその先も何かアドバイスされていたのではないの?」
「あー、そう言えばなんか言ってたような……?」
先生が何か言おうとしていたような気がしながら帰ったことを察したのか、オロチははぁ、と溜息を吐いた。
「じいや、メイドたちを呼んで頂戴。パーティーまで時間がないわ。」
「承知いたしました。」
「早く、こっちに来て。」
「え?え??」
オロチに手を引かれて、私はドレスルームに通される。そこにはまるでショールームのように、美しいドレスがずらりと並んでいた。
「赤が華やかだけど、今日は私が赤のドレスだから……ピンク?うーん、でもこのデザインは合わないわね。水色と青はそもそも寒色だからナシとして……あ、このベルベットのドレスはいいかもしれないわ。」
ドレスを前にブツクサと呪文を唱え始めるオロチ。そこへ、数名のメイドがやって来た。
「失礼いたします。お嬢様、ドレスはお決まりになりましたか?」
「そこのベルベットのはどうかしら?」
「あぁ、こちらでしたらよくお似合いになるかと思いますよ。」
「そうよね。ではそれで。」
「かしこまりました。ではお嬢様、こちらへ。」
素敵なドレスを着ているのに、オロチは別のドレスに着替えるのか。……と思っていたのだが、どうやら『お嬢様』と呼ばれたのは私だったらしい。
メイドさんたちに制服をはぎ取られ、コルセットを装着される。
「ぐえっ!苦しっ!!!」
「少し!少しの辛抱ですからね!!!よっ、と!!!」
「ぐえええええ!」
ぎゅうっと肋骨を締め上げられ、なんとも情けない声が出た。
その上から先程のドレスを着せられ、鏡の前に強制的に座らされると、メイクとヘアセットが始まる。こんなの、七五三以来だ!!!
成されるがまま、マネキンのようにじっとすること数十分。気づけば自分に似た見たことのない可愛らしい人が鏡に映っていた。
「えーっ……と?……え、これ私ぃ!?」
「ちょっと!私のドレスを着ておいてそんな情けない声出さないで!」
「いや、だって、オロチちゃん、こんな、私、どうすればいいの……?」
「どうもこうも、普通にしてればいいのよ!せっかく可愛いんだから。」
「ううううううううオロチちゃあああああああん!なんか、泣きそううううううううう!!!」
「なんでよ!ちょっと、泣かないでよ!メイク落ちるでしょう!?」
「だってえええええええええ!!!」
私はなんとか涙はこらえつつも、盛大に鼻水を啜った。
「もぉ~~~~~~!ほら!パーティー始まるから!ドレスなんかで感動してないで!早く!」
「うううううううう~~~~~~。」
べそをかいたまま、オロチの後に続く。重厚な扉の前にはガードマンが立っていて、オロチの姿を認めるとその大きな扉がまるで自動扉のように開け放たれた。
「う、わぁ……!」
思わず、声を上げた。
天井から下がる大きなシャンデリア。クリスマス仕様に飾り付けられた部屋の中央には、キラキラと美しく輝くクリスタルのクリスマスツリーが鎮座している。
その下には、映画で見るようにたくさんのプレゼントが置かれ、ぐるりと会場を囲むように設置されたテーブルには様々なご馳走が並べられていた。
まさに、絵に描いたような『パーティー会場』である。
「オロチ!来ましたか。」
「あら、兄様、メリークリスマス。」
「メリークリスマス。あ、君も来てくれはったんですね。」
「蛇神くん、メリークリスマス。ご招待にあずかりまして。」
「オロチが友達呼ぶのなんか初めてやから、もう、感動してしまって……っ!」
「ちょっと!兄様!!!恥ずかしいからやめて!!!」
突然感極まる兄を、オロチが小突く。相変わらず仲のいい兄妹だ。
「おっ、これで全員揃ったか?いやぁ、待ちくたびれたぜ!」
「ホークんはお腹空いただけでしょ!」
「そりゃこんなにご馳走あったらお腹すくよねぇ~。モグモグ。」
「ハオはずっと肉まん食ってるけど、クリスマスくらいやめろよ!」
「え~?クリスマス仕様にツリーの刻印されてるのに?」
「チキンとか食べなよ!」
「チキン肉まんだもん☆」
「ああああああああいえばこう言うーーー!!!」
生徒会の面々も相変わらずである。
さっきまでの緊張はどこへやら、私は思わず声をあげて笑った。
「そう言えば、オロチのドレス、よくお似合いですね。」
「え、そ、そうかな?」
「先輩、かっわいいーーー!」
「ハオ、茶化すなよ。」
「え~?だってめちゃカワじゃん!鬼一もそう思うでしょ?」
「それは、まぁ、もちろん、素敵だけど。」
「え=?普段となんか違うかぁ?」
「ホーク、あなた、デリカシーってものはないんですか。」
「なんでだよ。普段からカワイイじゃん。」
「うわ、ホークん、それかなりナチュラルめな殺し文句……!」
みんなに褒められて、思わず顔が赤くなる。
「あら、褒められて赤くなるなんてカワイイ~~~!」
「オロチちゃんまでからかわないでよぉ~~~!」
「ふふふ、さ!パーティー始めましょう!兄様!!!」
「せやな。さ、みんな、グラス持って!」
炭酸のブドウジュースが、お洒落なシャンパンに見えてくる。
キラキラと弾ける泡。それを光に透かすように、軽く持ち上げて。
今年は、賑やかで、煌びやかで、でもどこか落ち着く、特別な日。
『メリークリスマス!!!!!!』