悪食クソ女の暴食日記   作:リィン教官対ゴミカス蛆虫宮沢鬼龍

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夢の中でも喰ってやがる…

 クソ女は、深い眠りの中にいた。明らかにイカれた光を宿した目を閉じればどこにでもいそうな少女の姿をしているのが逆に悍ましい。だが、その顔は、今まで見たことのないほどだらしない、幸せそうな表情をしていた。口角は緩んでおり、大量の涎が顎から流れ落ち、寝言のように何かを呟いている。その内容は、全て食べること、食に関するものだった。

 

「……もっと……お肉……もっと……たくさん……」

「……あのお寿司……美味しかったわ……」

「……あのケーキ……全部……私……食べたわ……」

「……お腹……空いたわ……」

「ローストチキン……ステーキ……パン……ハンバーグ……エビフライ……寿司……天ぷら……焼き魚……サラダ……カニクリームコロッケ……パスタ……ピザ……ケーキ……プリン……アイス……」

「……もっと……もっと……食べたい……うふふ……100キロステーキ……1000枚……うふふふ……」

「……あの店の、あのケーキ……もう一度……食べたい……」

「あの熊……もっと大きかったら……よかったのに……」

「聖女として毎日食べ放題……うふふ……当然ね」

「丸焼きの神様がこんなに美味しいとか嘘みたい……これならいくらでも喰えるわ……」

「もう食えな……いやまだまだ全然喰えるわね、いっただきまああす……」

「満漢全席が……地平線の向こうまで……流石に食べきれるかしら……」

 

 

 こいつ起きてんじゃねえかと思える程盛大に寝言を言っていた。俺はこの3日間泥の様に眠っていたから気づかなかったがこいつは寝る時普通に騒音としか言えない寝言を漏らすらしい。その上例によって例のごとく腹からは凄まじい地鳴りが響き、涎で水溜まりができている。水溜まりの中では珍しい黒色の長髪が涎まみれになっている上、死臭と鉄の匂いが凄まじい。端的に言えば、臭い。

 

 

 

 さらに夢の中でも、クソ女は暴食を繰り返していたのだ。その光景は、俺にとって想像を絶する恐怖だった。

 何かを噛み砕こうとするような仕草を見せ、

 ガジガジと血が出るどころか肉がめくれ骨が露出するまで自分の指を齧ることさえあった 

 

 そんなイカれポンチに俺は完全にビビっていた。

 寝ていようと全く衰えない食欲に気圧された。喰われてしまうという恐怖に支配された。もし見つかった場合クソ女は間違いなく俺をたっぷり痛めつけて殺すだろう、だがソレよりも魂すら消化しそうな底なしの胃袋に納められる方が、ずっと、ずっと、ずっと恐ろしかった。

 

 俺は、復讐を諦めた。あの女、いや、あの怪物を前に、俺に残されたのは、ただひたすら逃げることだけだった。 恐怖に震える手で、俺はナイフをしまい、闇の中へと消えていった。森の奥深くへと逃げ込む俺の背中には、クソ女の夢の続きを暗示する、涎と寝言だけが、不気味に残された。そして安心から【隠密】が緩んだ一瞬の気配を察知してクソ女が飛び起きた気配も。 「私の満漢全席! どこ!? どこ!? どこ行ったの!?」とクソ女が叫ぶ声を尻目に、俺は夜の帳へ消えた

 ■

 深い森を抜け出し、俺は故郷の村へと向かった。足取りは軽く、心にはかつてない安堵感があった。森での出来事、クソ女との日々、そしてあの恐ろしい悪夢のような状態……全てが、まるで地獄のように感じられた。二度とあの怪物に関わりたくない、ただ静かに暮らしたい。そう強く願った。

 

 

 実家。故郷の小さな村。そこには、代々受け継いできた小さな鍛冶屋の仕事があった。退屈な仕事だが少なくとも、あの森の闇よりはましだろう。 村は、森を抜けた先の山向こうにあったためか、時間の流れがゆっくりと進んでおり、以前とほとんど変わっていなかった。懐かしい家々、そして、かつて自分が親しんだ風景。全てがジローを優しく包み込むように感じた。 実家である鍛冶屋は、年老いた両親が丁寧に手入れをしていた。煙突からは、暖炉の煙が穏やかに立ち上がり、懐かしい匂いが風に乗って運ばれてきた。俺はノックをした。

 

「ただいま、父さん、母さん」

「ジローちゃん! 帰ってきたのねー!」下手をすれば34の俺よりも若く見える、ぽややんとした喋り方をしているのは母さん

 

「ジロー、前帰って来たのは半年前じゃないか。父さんは寂しかったんだ!」

 体格こそ良いが顔も声も情けないのが父さん

 

「ごめんね、冒険者の仕事が忙しかったんだよ。命の危険の無い調査と鍵開けばっか選んでるからさ、どうしても儲けは少なくなるし数で稼がないと行けなくて」

 

 俺は野盗である事を親に隠している。もし仮に、息子が野盗だと知ったら責任をとって死ぬとか言い出すであろう人達なので、冒険者をやっているという事にして誤魔化している。

 

「冒険者。カタギの仕事では無いが、お天道様に顔向けできる立派な仕事ではあるな。ちゃんと前言った通り命の危険の無い何でも屋や調査だけをやってるだろうな」

「そうよ! ジローちゃん! 命の危険のある仕事なんて絶対駄目! あなたは鍵師みたいな事しかしてないって言ってるけど早く辞めなさい! 何度も言ってるけど鍛冶の工房では常に人を募集してるし、最悪我が子一人を一生食わせるだけの貯蓄もあるんだから帰って来なさい!」

「うんそうする」

 

 そうすると母さんも父さんも驚いた顔をした。

 

「実は俺も34だろ。そろそろ体にガタがきてるんだ。だから鍛冶で生計をたてようと……」

「そうか…」

 

父さんが言った

 

「本当にソレだけか? 何か恐ろしいものへ会ったりしたからやめたのでは無いか?」

 

 本当にびっくりした。何故それを? 

 

「いや、実はな。俺も似たような経験があるんだ。母さん話して良いか」「あなたが良いなら良いわよー」

 

「そうか、ちょっとお茶を入れてくれ……まずはどこから話してこうか……ジロー【風の爪】とか言う野盗を知っているか?」

 

 父さんの言葉によって心臓が跳ねた。

 バレた!? 活動時は【隠密】で顔がバレないようにして俺の手配書は回らないようにしたしちゃんと目撃者は全員消してたのに! 不味い! 父さんと母さんはアホだから責任とって死ぬとか言う訳の分からない理屈で死にかねない! なんとかとめ……

 

「今日王都から手配書が届いたんだけど、【風の爪】のメンバーにお隣さんのドミニクも、ワルで有名だったケビンも、お前と仲良かったエリオットもいるそうだ。お前がグレてた時つるんでた連中だよ。ただ、お前は昔からワルではあったが最後の一線は越えなかったからなあ」

 

 どうやらバレてないようだが話が掴めん。何が言いたいのだろう。

「つるんでた連中が悪に染まってもお前は途中でちゃんと、悪の誘惑を断てた事を俺は誇りに思う」

 

 そして父さんは、唾を飲み込み吐きそうな顔で言った。

 

「俺は、母さんに会うまで悪の誘惑を立てなかったから……俺は野盗だった」

 

 はあ? 父さんが野盗だった? 情けなくとも優しい父さんが、野盗? 詳しく話を効くとなんでも当時最高勢力を誇った盗賊団【絶死絶命】に所属し、幹部まで上り詰め、この世の春を味わっていたそうだ。しかし、この世に悪は長くは栄えない。

 

【絶死絶命】は龍王に襲撃をくらって完膚なきまでに叩きのめされ壊滅した。父さんは部下を囮にし命からがら逃げ延びたようだが逃げ延びた先の国で捕まり拷問拷問拷問限りを尽くされ死を待つ身だったそうだ。その中でも、死刑囚に最後の尊厳を与えようとした王女様に世話をされ丸くなって言ったそうだ。

 

「最初は、罪を犯した悪人に優しく、罪を犯してない善人には何もしない偽善者だと思ってたんだがな。王女様の事を。でも悪人に優しいが、善人にはもっと優しい人だって分かってからは偽善者とは言えなくなったんだ」

 

 そして処刑の前日、ヤケクソで父さんは王女様に駆け落ちしないかとジョークを飛ばした。悪党なりの親愛の表し方として。そしたらあっという間に馬車に放り込まれ駆け落ちしたそうだ。賢明な皆様は気づいたと思うが王女様は俺の母さんだ。

 

「後半惚気で長くなったが、まあそうだ。要は俺は、圧倒的な怪物に襲われる恐怖を知っている。」

 

「今のお前も、龍王に襲われた時の父さんと同じ顔を……圧倒的恐怖に直面した被食者がする顔をしている。何か、あったんだな」

 

 

「あった。話すのは母さんがお茶入れてきてくれてからでも良い?」

 

 母さんが戻ってきた後俺は話した。 

 ()()()をしていた自分が怪物に出会ってしまった事。

 

 その怪物は小さな脳に喰うこと以外何もインプットされてなかった事。仲間が全員喰われ命からがら逃げ出した事。仇を討とうとしたがなにもできず逃げ帰って来たこと。気づけば俺の両目からは滝のように涙がこぼれ、子供のように嗚咽しなにも喋れなくなってた。ゆっくりでいいのよと母さんが俺の背中を叩き、宥めてくれた事で喋れるようになっていた。苦しみを屈辱を、恐怖を、全て言葉にして吐き出した。

 

「ジローちゃん。もうここにはそんな悪夢はこないよ。落ち着いて、大丈夫だから。もしそんな怪物が来ても村総出で追い払うから。大丈夫。怖くないよ。だから今日は、ゆっくり寝なさい」

 

 母さんの言葉は気休めだったが、これ以上無いほど愛に満ちていた。そして、それこそが今の俺が欲していたものだった。

 

 両親は、次の日も温かく接してくれた。 長い間、野盗として森をさまよっていた俺だが、今はもう、そんな生活には戻りたくない。クソ女の暴食と暴力。それら全てから離れ、平凡な生活を送りたいと切実に願った。

 

 鍛冶屋の仕事は、想像以上に大変だった。しかし、俺はそれを苦だとは思わなかった。汗を流し、体を動かすこと、そして、人々と接すること。それらは、俺にとって、新たな喜びだった。 夕暮れ時、鍛冶屋の作業を終え、両親と夕食を囲む。温かい食事と家族の温もり。俺は、柄にもなくこの平穏な日々を、何よりも大切にしたいと心から思った。しかし、俺の心の一片には、あの森の深淵で見た光景、そして、クソ女の恐ろしい姿が、今も影のように残っていた。 それは、決して消えることのない、過去の記憶として。そしてその3日後、クソ女から逃げ出して1週間後。この村は……

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