次兄殺しの濡れ衣で追放された元天才(転生者)は、不老の少女にかけられていた封印を解除してもらって無双する。復讐はするよ 作:松岡夜空
アイリス
故郷の家の扉を叩いていた。
この家に戻るのも三年ぶりだが、特に変わっていなかった。
豪奢ではないものの、一際大きな家。青々とした庭もついていて、よくここで剣の稽古や魔術の稽古もした。裏では馬や牛などの家畜も飼っている。
「はい!! ただいま!!」
懐かしの声が聞こえて俺は笑った。多分善良な笑い方ではなかったと思われる。
扉が開く。
俺を視認して、召使い兼魔術指南役、アイリスは震え上がった。
「よお」
「え? あ……あ……」
陽気に挨拶したつもりなのに、アイリスが後ずさる。
おかしいな。俺だって気づいていないのかもしれない。
俺は中指で、かけていた丸サングラスをずらした。
「久しぶりだな。アイリス〜〜〜〜〜」
「も、申し訳ございません、クロード様!! 此度の罪は――」
「ああ、いいんだいいんだ、アイリス」
土下座しようとするアイリスの手をすかさずつかんだ。
見くびってくれるな。そんな悪趣味なものを見たいわけではないのである。
「事情は全部兄貴から聞いてるんだ。本当の弟のためにしたことなんだろ? なら仕方ねえよな。責めるつもりは全くねえよ。だって本当の弟ためにしたことなんだから。そりゃ仕方ねえ。代わりと言っちゃ何だが、キルバルトをボコボコにしてやったから。正直生きててビックリしたよ俺は。完全に殺すつもりだったからなーあっはっはっは」
「え……」
「それより見てくれアイリス。お前にプレゼントだ。受け取ってくれ。邪魔だから持ってきた」
アイリスの手を引っ張り、今にも雨が降りそうな曇り空の外へと引きずり出す。
アイリスはそれを見て目を見開いた。
「じゃーん。行方不明になってたカトリ姉さんと、その犯人でゴミクズ、キルバルトとアイン兄さんでーす。ああ、ゴミクズってのは、ゴミとクズのコンビって意味じゃなくて、二人ともゴミクズって意味なんでよろしく」
「ア、アイン……様と、カトリ様。それにキルバルトも。これは一体どういう」
俺の言葉の意味がわからないようで、慌てるアイリス。
さすがにカトリ監禁の件にまでは関与していなかったか。
アインと馬車で揺られている間、ベレトの死体を目撃した時系列、殺害に俺の剣が用いられていたことについても聞いてみたのだが、時系列はアイン、アイリス、俺らしい。
つまりアインが最初に目撃し、その後やってきたアイリスに取引を持ちかけることで、今回の事件が起きたのだ。
殺人には俺の剣が用いられていて、アインが入れ替えたものではないらしい。これはつまり、俺とベレトに恨みを持つものがこの家にいることを暗に示している。
剣の達人でもあったベレトを声も出ささず殺せるのは身内以外にはいないというのは誰もが考えることだ。音を漏れないようにする魔術もあるにはあるが、そのためにはベレトの前でその術を展開しなければならず、やはり身内以外考え難いという結論に至る。
であるならば、この家を出た方がまだ安全。アイリスはそう考えたらしい。アインが持ちかけた取引とは、父上にとりなすことと、ベレト殺しの犯人をこっちででっち上げる、というもの。つまり、アイリスは、弟だけではなく、俺も守るために、あの追放劇に加担したのだ。
だからアイリスは恨まないでやってほしい、というのが、アインの言葉だった。
――恨むわけがない。アイリスの、見たまま猫みたいな姿と、今みたいにすぐ慌てふためくポンコツさが好きだった。
好きだったのによ、クソ。
「じゃ、こいつらは返すから。後は家族間で解決してくれ。罪を問う問わないは自由だよ。俺は雨に打たれる前に退散するわ。じゃあな」
手を振って足を進める。
しばらく歩いて足を止めた。
馬のいななきが耳を打つ。
目の前には、馬に乗った男が二人。
背中に長槍を背負った、父上の腹心テリーと、そして――
父ディスケンス=ローディス。俺と同じく黒衣の衣装に身を包んでいる。
「お父様!!」
「やあカトリ。無事でよかった。それにアインも。そして――感動の再会、と称していいのかな? これは」
余談だが、父上は俺のことを名前で呼ぶことが滅多にない。何なら一度もない気さえする。前に父上が俺の剣を使う動機がないと言ったが、冷静に考えてみるとなくはない。
五歳のアインが俺が赤子の時から意識があったと気づいていたのだ。父上も気づいていておかしくない。
父上もまた俺に対し嫌なものを感じ、この機会に俺という異質を処分しようとした、という可能性もゼロではない。当時の俺は無能だったこともあり、父にとっては役に立たない上に万に一つ爆発するかもしれない起爆物でもあった。
父上のこのつかず離れずの態度は、やはり俺に何か含みを持ってるとしか思えない。
とはいえ証拠は皆無である。動機もとってつけたと言われたらその通りでもある。つまり、これ以上この家に関わっても仕方ない、ということだ。百害あって一理なし。
「お届け物は届けたよ。礼はいらん。もう帰るから」
立ち去ろうとすると、布で包まれた長槍が俺の行く手を遮った。
テリーである。
俺は魔力を放出しながら睨めつけた。
「どかせよ。死にてえか。関係あろうがなかろうが、この家の関係者には容赦しねえぞ」
「テリー。捜索隊に話をつけてきてくれ。カトリは見つかったとね」
「わかりました」
テリーが長槍を背中に戻し、後方で並んでいた騎馬隊のもとに馬を走らせた。
「さてと」
父が馬から下りた。
父の愛馬がまたいななきを上げる。
「どうだい? 紅茶でも一杯。つもる話もあるだろ?」
「ねえよ俺には」
「ほう。それは意外な答えだ。君は私に話があると思ったのだがね。必ず」
「あ?」
この家族と接していると、どうしても情緒不安定になる。
イライラしながら俺は尋ね返した。
その時だった。
「あー!!」
三階の窓から声がした。見上げると、黒髪の少女エイチカが窓から顔を出していた。手にはウサギの人形を抱いている。
エイチカは、あろうことか一切の躊躇《ちゅうちょ》なく窓から飛び降りた。再三になるが、エイチカが顔を出していた場所は三階である。
「風《シルフ》!!」
俺は慌てて飛び出した。風で初速を上げ、エイチカを受け止めながら、背を家の壁にぶつけて止まる。セメントでコーティングされた家じゃなく完全木製の家なら突き破っていたかもしれない。普通に背中が痛い。
何してんだよ。声をかけようとエイチカを見る。エイチカは頬をこれ以上なく緩ませながら俺を見上げていた。
「うわーお兄ちゃんだー。お兄ちゃんの匂いだー。お帰りなさーい、お兄ちゃーん。どこ行ってたのー? エイチカさびしかったよー」
すりすりと身体をこすりつけてくるエイチカ。うーん何なんだこの状況。懐かれていたような気はするけどこんなにもブラコンだったかな、エイチカって。
「クロ。エイチカはもう無詠唱の飛脚法も使えるし風《シルフ》だって使えるの。これぐらいの高さ何でもないのよ。でも――」
近づいてきたカトリがエイチカのほっぺたをつまんだ。
「三階から飛び降りるのはやめなーって言ったよね、姉様はー。どうして守れなかったのかなー? エイチカちゃんはー」
「ふえー。だってだって、あの時はお姉ちゃんは二階からはダメだってー」
「屁理屈言うんじゃないの! むしろ悪化してるじゃないの!! このこのこの!!」
「ふえー許してよーお姉ちゃーん」
「あのーとりあえず、この子返していいですか?」
三年ぶりの家族間のノリについていけず、俺は戸惑いながらエイチカを差し出した。
誰も受け取ってはくれなかったが。
「エイチカ」
背後から近づいてきた父上が言った。
「紅茶を淹れてきてくれないか。エイチカは得意だったね」
「うん!! エイチカ得意ー!! 待っててね、お兄ちゃん!! お兄ちゃんのために、今まで一番美味しい紅茶を淹れてくるからね!!」
俺の手から下りたエイチカが、家の中に駆けていく。
「どうだい? 紅茶でも一杯。クロード。いや、シュミット=クロウ君と呼ぶべきなのかな?」
シュミット=クロウは俺が後につけた偽名である。つまり、俺の動向は調べていた、ということか。例の暗夜《あんや》とかいう連中だろう。
しかしそれが、良い意味なのか悪い意味なのかは、わからない。
曇り空が雷鳴を響かせていた。降ってこそいないが、時間の問題に思えた。
「雨が降る前には帰るぜ」
「そうか。ならばきっと雨は降らないのだろうね」
「は?」
尋ねるが、父は何も答えず家の中に入っていった。