次兄殺しの濡れ衣で追放された元天才(転生者)は、不老の少女にかけられていた封印を解除してもらって無双する。復讐はするよ   作:松岡夜空

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黒幕

「試してみるか」

 

「待てクロ!! 落ち着け!」 

 

 

 暖炉の前で両手足を縛られていたアインが言った。

 

 

「父上!! そんなことをしたら、僕はバーバラ候のご令嬢との縁談を破談にする!! それでもいいのか!?」

 

 

 アインがこの状況で唯一打てる、必殺のカードを切る。

 中々ナイスだが、それであの親父が止まるのかと言われると懐疑的ではある。

 実際、親父は鼻で笑った。

 

 

「愚かな男だ。仮にも私の血も入っているはずなのに。縁談なんてものはもうとっくに破談したよ。君のせいでね」

 

「え」

 

「君の周りに何人の間者がついていると思っている? バーバラ候の娘と君との縁談を破談にしたい貴族が何人いると思ってるんだ? 君がカトリの監禁に細心の注意を払っており、身代わりを出したとしても、バーバラ候に真実を話さず進めることはリスキーすぎてできない。つまり実質破談したということだ。お前みたいな男との結婚を、バーバラ候の周りが許すはずがないからね。その傷は必ず突いてくる」

 

「うぅ……」

 

「というわけで、君にそのカードはもう切れない。それでもアイリスを救いたいなら覚悟を見せてもらおうか。どうすればよいかわかるかな? 十秒だけ待ってやる。私は優しいからね」

 

「ぐっ。――わ、わかった!! 僕が代わりに――」

 

「やめろ、アイン、もういい! こいつは口で言っても止まらない。従ったら従うだけ調子に乗るだけだ。俺が手っ取り早い交渉術ってやつを教えてやるよ」

 

 

 足を進めて俺は言った。

 だが。

 

 

 ブオン!!

 

 

 長槍を向けられる。

 テリーである。

 俺にとって、こんな先端で握られた長槍を弾くことなど造作ない。魔力は血液を通すことで、筋力を上げることも可能だからだ。

 しかし俺は素直に立ち止まった。テリーが困惑した様子で、ディスケンスを見ていたからだ。

 

 

「ダ、ダメです、ディスケンス様。これ以上はいけません」

 

 

 親父が目を向ける。

 隙といえば隙だが、俺は動けなかった。

 それほどまでに、テリーの表情は迫真だったからだ。

 ここを突く根性はさすがの俺にもない。

 

 

「ただでさえベレト様殺害の疑いを、シエル夫人に向けられている状況です。クロード様が行方不明になられた時もひどくひどく取り乱されました。ナイツが何度も説明してようやく受け入れられたほどです。この状況でアイリス様とアイン様にまで手をかければ、今度こそシエル夫人を完全に敵に回してしまいます。そしてそれは、父であるゼクス伯爵を敵に回すのと同じこと。ゼクス伯爵はバーバラ侯とも縁続きの御方。そんな方を敵に回せば、今度こそ――」

 

「主君である私に意見するとはいい度胸だね、テリー」

 

 

 氷のように冷たい声音で親父が言った。

 まるでそこだけ氷河になったかのようだった。こっちの耳の奥まで冷たくなる。

 

 

「いえこれは意見というわけではなく――」

 

 

 テリーはそれでも引かない。

 確かにここで下りれば、戦争となりかねない。いや虐殺かもしれない。

 兵力も大義も全て向こうにあるのだから。

 

 

「全て計算ずくだ。この世にいる全ての人間がいかな動きを取ろうとも、必ずその場所にたどり着くようにね。しかしテリー。君が主君に対して意見できるような、そんな芯のある男だとは思わなかったよ。あの時、その強さの万分の一でも持っていてくれていれば――あんなにも人が死なずにすんだのに……」

 

「う、うぅ……っ。ああああああ!」

 

 

 テリーが頭を押さえる。

 何だ。

 こいつらは一体何なんだ?

 

 

「ギーク」

 

「はい」

 

 

 親父の後ろから、黒い影が現れる。

 同時に、バタンとテリーが倒れた。

 

 

 速い。かなりの速度だ。

 俺はサングラスの奥で目を細めた。

 

 

 テリーを即座に昏倒せしめた、ギークと呼ばれた男は、片方の目は細く、片方の目だけ異様にでかい。差別用語になるが、醜い、としか言いようのない男だった。

 

 

「相手をしてやれ」

 

「わかりました。ヒッヒッヒ。お初にお目にかかります。ディスケンス様直属部隊、暗夜が長。ギークと申します」

 

「名乗る必要はないぞ。どかなきゃお前は死ぬが、墓を立ててやる気はないんでね」

 

「ヒッヒッヒ。これは面白いことをおっしゃる。ならば少し戯れてみますか? 坊っちゃん。闇の作法で」

 

「とっととこい。どうせ棺桶に片足突っ込んだ身だ。ここで死んでも惜しくはないだろ。一瞬で終わりにしてやるよ」

 

「ヒッヒッヒ。――では」

 

 

 パン!!

 

 

 ギークが両掌を合わせる。俺はかけていたサングラスを持ち上げ身構えた。

 魔術師が両掌を合わせた時は警戒せねばならない。

 何故なら魔術師は九割方、両掌に魔法陣を刻んでいるからだ。

 掌に魔法陣を刻む理由は、掌がもっとも魔力を放出しやすく、かつ循環させやすいためであり、身体の他の部位に魔法陣を刻むことはできない。

 つまり魔術師は一つだけ、簡易なものか、得意な魔術に限りだが、呪を唱えず、陣を描くこともなく、発動することができる、というわけである

 

 

「炎よ、我が願いを聞け、そして応えよ。炎の力で世界を幻惑の海へ誘え。炎幻惑《フレアイリュージョン》」

 

 

 しかし俺の説明を全てなかったことにするかのようにギークが呪を唱え、そして消えた。両掌を合わせのはフェイクではない。

 これは二重詠唱《ダブルマジック》だ。

 俺は半ば勘で背中に手を伸ばした。それをつかみ、真上から真下へと放り投げる。俺の正面には、布か何かのように、ギークの身体が宙を舞っていた。俺はそんなギークの腹に手を当て呪を唱える。

 

 

「水よ。我が声を聞け、そして応えよ。凍てつき刃となりて敵を撃て。氷槍烈弓《アイシクルバリスタ》」

 

 

 詠唱が終わると同時に、氷の槍がギークを貫く。しかし弾け飛んだのは赤黒い血肉ではなく、黒い沼のように汚い飛沫《しぶき》であった。

 轟音がする。足元に棚に置いていたチェスの駒が転がってくる。

 冷たい水蒸気が舞う先で、肩を氷の槍によって磔《はりつけ》にされたギークがいた。肩口周辺は完全に凍りついている。咄嗟に肩口を炎《イフリート》で焼くことで凍り付けを避けたか。

 ギークが両掌から発動した陣術、闇分身《シャドウビースト》(自身の分身を作り出す魔術)を壁にして撃ったのだが、さすがの反応である。

 

 

「なるほど。そのサングラスは、古代魔具の類でしたか。やられましたな」 

 

 

 持論だが、俺は四感に干渉する魔術こそ最強だと思っている。四感とはつまり、視覚、聴覚、嗅覚、味覚を指す。故に、そういう魔術に対しては常に警戒、対策を行なっている。この丸サングラスもその一つ。

 俺のサングラスは、視覚に干渉する魔術を全て弾き、そして看破《かんぱ》する。

 ライザの権限《オーソリティ》、文明創造《アイテムマスター》による特注品だ。

 

 

「もういいよ、ギーク。思っている以上に腕を上げているようだ。残念だが、私が出る他ないらしいね」

 

 

 親父が立ち上がる。

 

 

「申し訳ありません。まさか今の私がこれほどの手傷を負うとは。ディスケンス様もお気をつけて。お強いですよ、あなたの息子は。ヒッヒッヒ」

 

 

 ギークの周りの氷霧が濃くなり、それに目が慣れる頃、ギークの姿は消えていた。

 俺は足元に転がっていたチェスの駒を蹴り飛ばし、足を進めた。父上が佩く剣の間合いから半歩外で足を止める。

 怒らせるように肩をすくめた。

 

 

「戯れにしてはやりすぎだったか?」

 

「まあ想定の範囲内と言ったところかな? ところで、腹は決まったかな? クロード君。それとも、シュミット=クロウ君と呼ぶべきなのか」

 

「あんたは、剣が得意なんだってな。噂はかねがね聞いているよ。一傭兵としてね」

 

「だったら?」

 

「俺と賭けをしないか? 俺が勝ったらアイリスのバカげた刑罰を取り消せ」

 

「君が負けたら?」

 

「命をくれてやるよ」

 

「く。くっくっく」

 

 

 剣。

 気がつくと向けられていた。

 目を見開く。

 見開いてから現状を把握した。

 速い。

 とてつもなく。

 勝負は剣速だけで決まるわけではないが、この速さには正直、度肝を抜かれた。

 

 

「つまらない賭けだ。そんなものをもらっても仕方がない。君にしても同じだ。アイリスの刑罰を取り下げたところで君に益はない。これでは燃えないだろ?」

 

「……逃げるのか?」

 

「いや。決闘自体は受けよう。ただし賭けの内容は変えよう。もし賭けの内容変更を取り入れてもらえるなら、アイリスの刑罰は取り下げてもいい」

 

「……」

 

「ただし君の追放に加担した罪として、アイリスには一月の間、牢獄で生活してもらう。心配しなくても軟禁だ。手足を縛るようなことももちろんしない。番は私に口答えをした罪としてテリーに。我欲によりカトリを監禁したアインとキルバルトの身柄は中央《セントラル》の司法へ引き渡し、然《しか》るべき裁きを受けさせる。どうだろうか?」

 

「なるほどな。結局ここに導きたかったわけだ」 

 

「どういう意味かな?」

 

「前置きはいらないってことさ。提示してみろよ。お前が言う、賭けの内容ってやつを」

 

 

 親父が剣を持った手とは逆の手で、指を一本立てる。

 

 

「負けた者は、勝者の言うことを一つだけ何でも聞く」

 

「……」

 

「どうだい? 面白そうだろ?」

 

 

 アインは、ベレトを殺したのはまず父上だろうと言った。

 父上以外に、該当するものがいないのだと。

 しかし姉さんは、父上のはずがないと言う。

 どちらの意見を信じたいかと言えば、それはもうカトリ姉さんの意見である。

 理が通っていようが、アインと同じ意見になるなんてサブイボが立つね。

 しかしこればかりはアインを否定できない。

 根拠はない。

 動機さえもわからない。

 しかし俺の本能が言っている。

 そして俺は確信していた。

 俺は持っていた剣を、向けられた剣にぶち当てた。

 お互いの剣の切っ先が下を向く。

 

 

「上等だ」

 

 

 こいつがベレト殺しの、黒幕だ。

 

 

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