次兄殺しの濡れ衣で追放された元天才(転生者)は、不老の少女にかけられていた封印を解除してもらって無双する。復讐はするよ   作:松岡夜空

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決闘

 庭に出た。ついてきたのは親父のみ。ライザは元々外にいたので、荷台の縁であご肘つきながら、つまらなそうに見ている。

 俺はかけていた丸サングラスを指で持ち上げた。数メートルの距離を離して、親父が立っている。

 空は曇り空である。時折雷鳴が響き、紫暗の稲妻が曇天を引き裂く。

 

 

「先手は譲ろう」

 

「余裕だな」

 

「ルールの変更を認めてもらったからね。後、念の為、ルールの再確認をしておこうか。一つ。敗者は勝者の命令を何でも一つ聞く。二つ。命令を一つから二つに増やすことはできない。三つ。相手の魂を穢すような命令も不可としておこうかな。つまり、どうしても嫌だと言うなら拒否してもいい。ただし命令を下す権利は残るけどね」

 

「何だそりゃ? ずいぶんと甘いな。予防線が厚すぎるんじゃねえの? これじゃ燃えないぜ」 

 

「ふふ。これはあくまで君のためのルールさ。君は私を悪党だと誤認しているようだからね。『君の手でアイリスを殺せ』なんて命令を、私が下したら嫌だろ? そういったことはしないというただの証さ。まあ、私には適応しなくてもいいよ。無意味だからね」

 

 

 言ってくれるぜ。

 思わず笑っちまう。

 難敵を前にすると逆に笑ってしまう。笑って誤魔化すくせが、転生前からあったからだ。しかし、転生前の俺と今の俺では格が違う。

『強者』が困難を前にして笑う時、人はそれを『不敵』って言うんだ。

 

 

「炎よ。我が声を聞け。そして応えよ。我が望みしその姿、燃え上がりて形と成せ。火炎操魔《パイロシェイプ》」

 

 

 炎の龍が曇天めがけて舞い上がる。俺はそれを親父に向けて解き放った。

 炎の龍が父上に向けて牙を剥く。しかしその刹那、炎の龍は霧散して掻き消えた。

 親父の手には、いつの間にか抜かれた剣が握られている。

 

 

「終わりかな?」

 

 

 親父が言った。

 やはり速い。

 とてつもなく。

 だがこと魔術戦においては、剣速《それ》だけで勝負が決まるわけではない。

 俺は背中のポシェットに手を入れ、十数個の煙玉と爆薬を取り出した。見せびらかすように宙に放ったそれを掌に収め、印を結ぶ。両掌を合わせ、人差し指、中指を立てた。

 

 

 印術。魔術を付与した指輪と指輪を結び合わしながら呪を唱えることで、発動した魔術に指輪の魔術を融合することができる。あくまで融合にすぎないため、掌術のように単独で発動することはできない。また重ねる指輪の数が多いほど効力も増す。

 

 

 俺が人差し指、中指につけている指輪は、左右ともに風《シルフ》である。

 

 

「炎よ。我が声を聞け。そして応えよ。我が望みしその姿、燃え上がりて形と成せ。火炎操魔《パイロシェイプ》」

 

 

 両掌を開くと、幾つもの炎の弾が具現していた。

 親父が笑いながらそれを見ている。

 すぐに笑えなくしてやるよ。

 

 

「ショット」

 

 

 火球を放つ。

 しかしその火球の全てが触れる直前で爆発し、霧散する。爆発しているのは、煙玉と爆薬を火球に仕込んでいるからである。

 親父の周囲を煙玉の煙が覆う。

 俺は両掌を音を立てて合わせ、今一度、印を結んだ。

 

 

「炎よ。我が声を聞け、そして応えよ。無尽の弾となりて敵を撃ち滅ぼせ。連火炎球《フレアバーニング》」

 

 

 印を解き、無尽に生み出された火球をぶち込んだ。父上がどうなっているのかは、覆う煙でよく見えない。

 俺は火球の乱射を止めないまま、頭上に向けて手を掲げた。

 俺が放った火球には全て、風の呪が込められている。つまりその動きは変幻自在。俺が放った火球はいくつか親父をすり抜け、四方八方に飛んでいったものがあった。

 それはまだ宙空で赤々と舞っている。

 

 

 手を握りしめた。

 

 

 四方八方の火球が一斉に、煙で覆われた親父めがけて突き進む。 

 視界を潰し、正面の乱射に慣れさせた後、予告もなく八方から襲いくる炎の弾。

 本来なら無傷で捌き切るのは不可能だが、ディスケンスの魔力量によっては魔力障壁で止められる。内在する魔力量は放出されるまで他者にはわからないため、この結果に関しては俺にもわからない。

 

 

 着弾する。爆薬を仕込んでいた火球もあったので、大きな爆発がおきた。

 手を止める。

 煙の中で人影が動く。

 親父が突っ込んできた。

 しかし俺はすぐに理解した。

 

 

 闇分身《シャドウビースト》か。

 

 

 俺がかけている丸サングラスは、ライザが文明創造《アイテムマスター》で作った特注品。

 効果は視覚に干渉する魔術の遮断と看破。それが人か魔力の塊でしかないのかも、俺にはわかるのだ。

 親父の分身が、俺めがけて肉迫する。鞘に納まった剣の柄に手をかけていた。

 闇分身《シャドウビースト》の能力は、当然本人よりは弱い。

 能力値は耐久が十分の一、筋力、速さ、もしくは、魔力、速さが本体の七割というのが相場だ。

 

 

 あの剣速の――七割か。

 

 

 俺は柄から剣が抜けきる前に地を蹴りのけぞっていた。

 パサリと、前髪が切れた。

 

 

 やはりとてつもなく速い!

 

 

 俺は無詠唱の風《シルフ》で風を操り、空中で旋回した。

 正面。

 分身の親父が振るった剣を下段に構えていた。

 

 

「風よ我が声を聞けそして応えよ。竜巻衝波《サイクロンブラスト》」

 

 

 詠唱を破棄して呪を唱えた。詠唱破棄は、俺みたいな高魔力魔術師の特権である。

 近距離で風の爆発の衝撃を受け、俺と闇分身《シャドウビースト》の両方がすっ飛んだ。地面に指を噛まして動きを止め、態勢を立て直す。だが。

 咄嗟《とっさ》に首筋に二の腕を差し込んだ。背中から、差し込んだ二の腕にあてがうように剣が伸びる。

 

 

「チェック……かな?」

 

 

 闇分身《シャドウビースト》を囮に自身は背後に。勝負あり。試合形式に慣れてる人間ならそう思うだろう。だが俺の見解は違う。

 トドメを刺すまでは、まだ勝負は終わっていない。

 お前のその甘さも計算のうちだ。

 

 

「お前がな」

 

 

 振り返り、睨《ね》めつける。

 親父の背後からは、八方に散らし、まだ着弾させていなかった火球が迫っていた。

 二の腕にあてがわれていた剣が動いた。

 振り返る。

 着弾まで数秒といったところだが、お前の剣速なら迎撃は容易だろう。更に背後の俺に対して追撃することももまた容易。挟撃は決して成立しないというお前の自信は過信ではない。 

 しかし、だからこそ俺は火球が迫ってることを教えたのだ。

 

 基本魔術師は両掌に魔法陣を刻んでいる。呪を唱えず魔術を起動することができる唯一の場所だからだ。俺が両掌に刻んだ魔術は、光破壊《ライトブレイク》。

 火炎操魔《パイロシェイプ》を発動させる時、俺は印を結んで風の呪を付与した。印と呪を用いたいわゆる二重詠唱《ダブルマジック》だが、実際は掌術も用いた三重魔術《トリプルマジック》である。

 火炎操魔《パイロシェイプ》で火球を作り、中に掌術の光破壊《ライトブレイク》を閉じ込めた。

 

 背後から火球で襲えば、お前は剣を退いてでも迎撃に回るだろう。何故ならそれは、お前にとって造作ないことだからだ。

 しかしそれは斬り裂いて初めて効果を為す罠《トラップ》だ。

 剣でぶち破れば光が爆発する。瞳孔を通して脳内を染め抜くほどの閃光だ。受けて無反応でいるのはまず不可能。そして俺には目に干渉する魔術は一切通用しない。砕けば――勝てる。 

 

 

 突如。

 

 

 光が炸裂した。

 さすがの剣速である。砕いた瞬間が全く見えなかった。しかしこれは勝った。

 

 

 腰の剣を引き抜く。

 

 

 悪いが俺は容赦しない。心臓を刺す。三分以内に再生《リザレクション》を成功させれば脳死には至らない。三分を超過したら植物状態になるが、それはもう諦めてもらう他ない。ちなみに俺の再生《リザレクション》のベストタイムは五分八秒である。

 切っ先を突き出す。

 その刃が背中から心臓を抉る。だがその寸前で――

 

 

 刃が止まった。

 

 

「今度こそチェックかな?」

 

 

 目だけで足もとを見る。

 今は曇天だ。雷鳴も響いている。しかし俺の身体からは影が伸び、それをナイフが貫いていた。

 影刺縛《シャドウバインド》!? バカな。ありえない。

 俺が両掌の陣術を見せたのは、これが初めてのはず。明かしてさえいない刹那の光に対し、どうしてここまで最適解の手が打てる?

 曇天で、雷鳴が轟く。 

 俺の必死の抵抗を示すように、俺の影《アストラル》を縛るナイフがカタカタと揺れていた。

 影刺縛《シャドウバインド》は一度影を貫けば、日が消えても影が戻ることはない。

 

 

「君の敗因は、相手のことを考えてなさすぎる、ということだ。君が相手をチェックにかかっているように、私もまた君をチェックにかかっている。私がどうして君を屋敷に招いたかわかるかい? 君が目にかけているそれが、魔具であるかどうかを確かめるためだよ。魔具でもなければ、部屋でもサングラスをかけるバカはいない。そして、君が目くらましを警戒すればするほど、私もそれを警戒する。君がもっとも警戒する技を、決め手に選ばないとは考え難いからね」

 

 

 いや、それでも半分だ。 

 あの近距離で光破壊《ライトブレイク》の光を受けたなら、目を閉じたぐらいじゃまず止められない。

 無論軽減はできるだろうが、それでもまぶたを貫通して光が脳まで届く。そんな閃光を受けて、あそこまで冷静に動けるものなのか?

 俺は影にナイフが刺さっていることさえわからなかった。

 つまり見えないよう、死角を作りながらこいつはナイフを投擲したのだ。

 そんな動きが、目を閉じ脳まで光に侵されている状態で可能なのか。

 

 

「しかし何よりの敗因は――」

 

 

 親父が振り返る。

 その口が、頬を裂くようにして持ち上がっていた。

 こいつ。

 まさか――

 

 

「自分だけが特別であると、思い込んだことさ」

 

 

 雷鳴が轟く。

 親父は片目を閉じ、片方の目だけを開いて俺を見ていた。

 その瞳は普段のブラウンとは違い、レッドカラーに染まっている。瞳の中には十二芒星が描かれていた。

 自分だけが特別。

 この言葉から察するに、恐らくこいつの左目は義眼であり、古代魔具の一つ。

 効果は、目に干渉する魔術の遮断か!

 

 

 しまった!!

 

 

 俺のサングラスがなまじライザの文明創造《アイテムマスター》による特注品な上、この三年で類似のチートアイテムに出会ったことがなかったから失念していた。

 他にも自分が持つ魔具と同じ性質のものが、存在するということを。そしてそれは、自分が持つものと同じ形状とは限らない。

 完全に、俺のミス。

 

 

「勝負ありだな。お前の負けだよ、クロ」

 

 

 首を動かせないが、耳は働いている。

 ライザの声だ。

 

 

「うおっ」

 

 

 切っ先を向けたまま固まっていた身体が、突然前のめりに動いた。

 手を地面につきながら足元を見る。影を貫いていたナイフが蹴り飛ばされたのか、原っぱの上に転がっていた。

 

 

「この勝負はこいつの負けでいい。煮るなり焼くなり好きにしろ。だが――」

 

 

 ライザが手にした番傘で自分の肩を叩く。

 

 

「あたしもお前に用がある。少し付き合え」

 

 

 獣の唸り声のような音を上げて、空から雷鳴が轟いていた。

 

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