次兄殺しの濡れ衣で追放された元天才(転生者)は、不老の少女にかけられていた封印を解除してもらって無双する。復讐はするよ 作:松岡夜空
「あのっさー」
「ちょっとからかっただけよ。あなたの好みのタイプだけど、自分でわからないのなら、あたしが教えて上げようか?」
「出会ったばかりでわかるかよ。いくら俺のことを調べてるって言ってもな」
何せ俺は地球異世界合わせて恋愛経験ゼロなんだぜ?
そんなものわかるわけない。
「イシュリエ=クロイツ」
ドキンとした。
目を見開いてリリーシャを見ると、リリーシャはまたクスクスと笑っていた。
「図星かしら」
「いやまあ」
「可愛いと思うんでしょ?」
「そりゃまあ、確かに」
「あたしのことは思わないのなら、それがあなたのタイプってことよ。あたしとは対極ね」
「いや、ちょっと待った」
「そこであたしから提案があるんだけど、いいかしら」
両肘をついて、身を前に乗りだす。その顔は年相応に子供っぽかった。
冷たい、気難しいと聞いていたが全然そんなことないのでは。
「何だよ? 聞くだけ聞いてやる」
「あなたとイシュリエとの婚約。あたしが成立させてあげてもいいわよ」
「……」
「彼女の立場はある意味あたしでも扱いにくいところがあるんだけれど、まあ大丈夫でしょう。多分お似合いだろうし」
「ちょっと待った。言いたいことは色々あるけどその前に、イシュリエの扱いにくい立場ってのはどういう意味か教えてくれ」
イシュリエの父はヴィーゼン=クロイツと言うらしい。
この名前はどこかで聞いたことがある。しかし結局わからなかった。その答えと、リリーシャの言葉は繋がっているような、そんな気がした。
「ふふ。知らないの。なら教えて上げるわ。彼女の父はヴィーゼン=クロイツ。姉はフランシス=コナー。つまり、ベルンツィア皇太子夫人の妹よ」
「えぇ!!」
そういやどっかで聞いたことがあると思ったら、北ベルンツィアの新聞でだ。
ベルンツィア皇太子は中々にイカれている男で城に影を残してよく旅に出る。しかも目的が女を口説くためだってんだからイカれている。無論立場上女に困ることはないのだが、王城で磨いた夜のテクを身分を隠して庶民にかますのが趣味らしい。これは本人から聞いた。皇太子が放蕩している時に、モンスター退治というクッソ地味な仕事で被って会ったことがあるのである。ちなみにこの時すでに既婚者だった。真性のクズである。
その悪癖により一度は盗賊に捕まり、取引として捕らえられていた有名な悪党が世に散らばりまくったこともある。その時に片目もえぐられたらしいが、それでもその放蕩癖は留まることはなく、今もどこかに出かけているのではと噂されている。――余談だが、北ベルンツィアでは皇子皇女の姿は非公表にされており、そういう意味でもどこにいるかわからない、と庶民らを騒がせている。
悪い男じゃないのは確かだが、皇太子としては終わっている。
「元々は男爵に仕える騎士の娘だったんだけどね。その娘に皇太子様が一目惚れ。で、親は騎士から伯爵に叙爵された、というわけ」
「どおりで美人なわけだ。皇太子夫人の妹とはね」
まああいつは女に節操なかったから何とも言えんけど。
ババアだろうと口説く。それがあの男だ。
「姉が結婚の条件として、妹の自由を約束させたそうだけど、実質他国だし多分大丈夫よ。おじい様とお父様ならね。あたしと手を組んで、あることに協力してくれるなら、あたしが二人に働きかけて、あなたとイシュリエとの婚約を成立させてあげる。悪い話じゃないと思うけど」
俺はガリガリと頭をかいた。
気難しくもないし悪い奴でもない。
ただこいつは貴族として悪い方向に振り切れている。
「一応言っとくけど、あたしはあなたの情報は全て頭に入れている。だから、あなたがどうして学園にきて、どうしてあたしとの婚約に乗り出したのかも知っている。本当は全く乗り気じゃないこともね。あなたにとってあたしとの婚約は即破棄したいもののはず。あなたにとってメリットしかない申し出だと思うんだけど」
「即答してなんだが、答えは普通にノーだな」
「理由を聞いていいかしら」
「理由は色々あるけど、一番の理由は約束したからだ」
「……」
「確かにあいつ、つまり親父はいけ好かない男で俺の敵だ。とんでもないことを企んでる可能性さえあって、何なら世界の敵かもしれん。だがそれでも、あの決闘に一切の不正はなかった。正々堂々と戦って、完膚なきまでに負けた。条件は奴が出したものだが受けたのは俺だ。だったら俺はそれをできる限り実行する。例え無理でも、それが約束だからだ」
「男の約束ってわけ?」
「男も女もない。約束を守るのは当たり前のことだろ」
「くだらないわね」
ガタンと、リリーシャが立ち上がる。
「約束なんてかっこいいこと言ってるけれど、要は賭けに負けただけでしょ? 賭けの具にされたあたしはいい迷惑なのよ」
「確かにその通りだがそりゃ今更ってもんだ。それを言うならイシュリエだって迷惑だろ」
「あなたはイシュリエが好きなんでしょ? イシュリエもあなたみたいな男が好きなのよ。あんたらには監視をつけていたけれど、あの子があなたを見て楽しそうに笑ってたって聞いたわよ。蒸気機関車の中で」
「いやそれは多分俺じゃねえよ。シュピナーだろ。あいつのツッコミは鋭いからな」
「あんなアフロ、イシュリエが好きになるわけないじゃない。ないない」
「アフロは俺のせいでなったんだ。最初からそうだったわけじゃない」
「だとしても脈はあるわけでしょ? あたしとあんたじゃ何もないのよ? どうして婚約できるのよ。それが嫌だって言ってるわけ、あたしは。アインさんの時だって、散々自分を殺して納得させてきたのに、結局はあの仕打ちよ。そして今度はその弟と婚約しろって? ふざけてる。――まあいいわ。協力できないならそれで。お互い無駄な時間を過ごすことになると思うけど、お互い縁が切れるまで頑張りましょ。さよなら」
言って、リリーシャが出口に向かって歩き出す。
俺は椅子の前足を持ち上げた。
「お前さー、さっき嘘ついたよな?」
「何のことよ」
リリーシャが足を止めて言った。
背は向けたままである。
「教官は死んでないんだろ?」
「だから何よ。ちょっとした冗談でしょ、冗談」
「俺はいいなと思ったよ」
「は?」
「そんなことも言わない人間だと思ったよ。だから引っかかった。引っかかった後あんたが笑ってるのを見て、いい奴じゃんと思った。出会って一時間も経ってないのに何もないはない。ただ今は、そういう冗談も言える子なんだなと思ったし、少し惹かれた」
立ち上がって近づいた。
「後、俺は約束は守る。どうせフラれる立場だ。知ってると思うが俺はモテたことがないんでね。だがそれでも婚約者としてやることはやるのさ」
リリーシャの正面まで回り込んだ。
「護衛のもとまで俺もついてくよ。婚約者として、守らないとならな――え?」
声が上擦る。
リリーシャは顔を赤くして俯いていた。
え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。
意外とチョロインってやつなのか?
反応に困るぜ。
「う」
「う?」
リリーシャが顔を上げた。
その顔は先より真っ赤に染まっている気がした。
「うっるさいわね、ほっといてよ。覚えときなさい。必ずあなたを手駒にしてやるから!!」
俺の横を通り過ぎてスタスタと出口に向かう。
俺は瞬きしながらそれを見送った。
扉の前でリリーシャが立ち止まる。
小刻みに震えていたが、止めるようにぐっと拳を握る。
振り返った。
目の下を引っ張り舌を出す。
あっかんべーというやつだ。
俺はきょとんとして、何も言えなかった。
リリーシャが髪をかきあげ外に出る。その口角は少し持ち上がっていたような、そんな気がする。
多分護衛は外で張っていただろう。それでもいなかった可能性もある。
急いで後を追い、扉を開いた。教室の前にはイシュリエとシュピナーが残っていたが、リリーシャと護衛はいない。
足音が響く方向に首を向けた。廊下を歩いていたリリーシャが振り返る。周りには四人の護衛がついていた。
目があったが、リリーシャは何も言わず髪をかきあげ去っていった。
俺とイシュリエ、シュピナーは、今一度食堂に戻った。
まだ時間割は完成していないのだった。