次兄殺しの濡れ衣で追放された元天才(転生者)は、不老の少女にかけられていた封印を解除してもらって無双する。復讐はするよ 作:松岡夜空
「ちちちちちちち、父上!! わわわ、わざわざご足労いただかなくても!!」
立ち上がって頭を下げ、ツァイスが言った。一応俺も立ち上がり頭を下げる。バーバラ侯は片手だけでそれに応じた。
「相変わらず口が軽いな、ツァイス。まあいい。そこをどけ」
「は、はい、ただいま!! コープル!! グラスを!!」
椅子を引きながら、ツァイスが言った。
バーバラ侯が腰掛ける。
「座れ」
言われて、俺も椅子に腰掛けた。
バーバラ侯の手元にグラスが置かれ、ワインが注がれる。
メイドの手はガタガタと震えていた。
なるほど。これが西の獅子。確かに、獣に見られているかのような迫力だな。
「グラスを」
バーバラ侯が言うので何のことかと思ったが、どうやら俺のグラスを指しているらしい。
俺は中身の入ったままのグラスを、バーバラ侯に渡した。
「何だ、飲んでいないではないか」
「下戸なもんでね」
「そうか。下戸か。ふふふ。おい。マドラーを」
「は、はい。ただいま」
メイドが駆けていく。
何をするつもりだ、こいつ。
俺が鋭く見据える中、バーバラ侯が胸ポケットを探る。
取り出したのは、黒い粉が入ったビンだった。
「これが何かわかるかな?」
「いや知らんけど。見た目だけで言うなら胡椒に見えるが」
「これはな、マンドラゴラの根を煎じて作った薬。言うなら毒だ」
フタを開き、それをグラスの上に流し込む。
そしてそれをマドラーでかき混ぜた。
「マンドラゴラの根は知っての通り毒だが、酒に混ぜて飲むと中々に美味でな。毒も扱い方さえ間違わなければ良薬、というわけだ」
「……」
酒をかき回していた、侯爵の手が止まる。そしてグラスが俺の元へと滑らせるようにして、差し出された。
「餞別《せんべつ》だ。受け取れ」
睨《にら》みつけた。
侯爵が笑いながら俺を見ていた。
俺はグラスに手を掲げた。
「言っておく。ワシの前で呪を唱えることを禁じる」
目を向けた。
バーバラ侯はあご肘をつきながら俺を見ている。
「当然であろう。それは剣を抜くのと同じこと。どのような呪であろうとも、例え浄化の呪であったとしても、唱えた瞬間即開戦とみなす。そこのアンリエッタがお前の首を跳ねる」
チラリと横を見る。
獣人の女が柄に手をかけて立っていた。
立ち姿だけで達人だとわかる。加えて獣人。親父ほどではないにせよ、剣速は相当だろう。この態勢から初手を取られたらまず負ける。つまりは俺の首が飛ぶ。
剣も入り口にいた従者に預けていて今はない。
「拒否しても構わんぞ。頭を地面につけ、泣いてねだるならの話だ。そして今後は自分の立場をわきまえよ。次にそのような不敬な態度、言動を見たら、問答無用でその首を跳ねる。ワシと結ぶことに応じたなら最低限の礼儀ぐらいは覚えてこい傭兵小僧。ワシはデイヴィスの鼻垂れのように甘くはないぞ」
にらみつける。
バーバラ侯の顔からは一転笑みが消えていた。
バーバラ侯の言っていることは正論ではある。俺みたいな輩に舐められるということは、臣下全てに舐められるのと同じこと。
普通は許しはしない。ツァイスの方がかなりの例外と言える。
だが――どっちが正しいとかは、俺には全く関係のないことだ。
俺は好きにやらせてもらう。それが異世界転生の醍醐味ってものだろう?
自分に問いかけ、笑った。
俺はポケットからハンカチを取り出した。これでもジェントルメンなもんで、俺はいつもハンカチを持ち歩いている。
それで、グラスの縁を丹念にぬぐった。マンドラゴラの根はブラフ。本命はグラスの縁というのは十分に考えられる。もちろん両方とも毒という可能性もあるけどな。
縁《ふち》を一周してから、ハンカチをテーブルの上に置いた。
「これを飲めば、今の態度のままでも許してくれるかい? 敬語は苦手なんだ」
「呪は禁じていることを忘れるな」
「覚えているさ。じゃあ、乾杯」
グラスを掲げた。つまらなそうな顔をして見ていたバーバラ侯が、手元のグラスを取り、俺のグラスに当てた。
バーバラ侯はそのまま酒を飲むことなくグラスを置き、今一度あご肘をついて俺を見据える。
俺はグラスに魔力を込めていた。それはワインにも伝わり、グラスの中に赤いさざめきを起こす。
グラスをテーブルの上に戻した。グラスの中にはワインが入ったまま。唯一違うのは、ワインに俺の魔力がこもっている、ということ。
バーバラ侯を見る。その眼光に緩みはない。それを見て俺は笑った。
両手でグラスをつかみ、左右の小指を立てる。そしてそれを合わせた。
印術。指輪に付与した魔術と他の魔術を融合させる術式。俺が小指の指輪に付与している魔術は、浄化水《アクアクリエイト》。前にナイフにも魔術を付与できると言っていたように、魔力さえ込めれば、こういった飲料水にも指輪の魔術を付与することが可能である。
相手が何か言う前に、俺はグラスの中身を飲み干した。味はワインではなく、清浄な水となっている。成功だ。
ドンと、グラスをテーブルの上に戻した。グラスの中は空である。
「美味かったよ。今年はワインをたくさん取った方がいいね。もちろん、チャーチルからね」
肩をすくめて、俺は言った。