次兄殺しの濡れ衣で追放された元天才(転生者)は、不老の少女にかけられていた封印を解除してもらって無双する。復讐はするよ 作:松岡夜空
「あいつの話か」
「お前は奴のことをどこまで知っている?」
「どこまでって、何も知らんよ。せいぜい知ってることと言えば、冒険者から今の地位を築いたってことぐらいか? 詳しいことは叙爵したそっちも知らないって聞いているけど」
本来叙爵、すなわち領土を与えるのは王国なら国王、帝国なら皇帝だが、バーバラ侯とデイヴィス公は叙爵権を北から買っていて、実質自分が統括している領土は自由に領土を与えられる。
「それは我々の流した虚報だ。本当は知っている。奴の出自は、侯都グランフォード城塞都市周辺の村に住む舗道工《ほどうこう》だ」
「ほ、舗道工《ほどうこう》? またニッチな」
「当時はそうでもなかったのさ。道と言っても鉄道だからな。当時は蒸気機関が出来てまもなかったから、むしろ一番人がかき集められていた職だった。あいつもそのかき集められた類の人間で、厳密に言えば、あいつの元々の職は農民だった」
「……なるほどな」
「あいつはただの農民で、親に売られた舗道工だ。当然ガリガリでな。魔術はもちろん、氣功術さえ満足に使えなかった。スキルもない。今も恐らくないだろう。だが奴には一つだけ卓抜した力があった。それは頭脳。いや、戦略眼と言うべきかな。あいつには、俯瞰的《ふかんてき》に戦況を読む目と、判断力があった」
「どこでそんなことがわかった? 披露《ひろう》する場がないだろ」
「昔侯都周辺で内乱が起きたことがある。魔術師が城塞《じょうさい》の外から魔物を召喚し襲ってきたのだ。侯都《こうと》は結界の上に城を建てていて、精霊魔術はともかく、黒魔術は使えないからな。その時、周辺の村の民を外郭《がいかく》まで先導し、一切の犠牲者を出さなかったのがあの男だ。あいつはドサクサに紛《まぎ》れて死した兵から鎧兜を奪い、兵に扮《ふん》して民を外郭まで先導した。あいつは頭がいいが、常人が本来持っている線が切れているところがあった。犯罪者気質と言っているわけではない。良くも悪くも、世間が作る常識というものが理解できないらしい。これは本人も言っていた」
「……」
「無論奴のしていることは重罪だ。その咎《とが》は全てが落着した時に判明したが、当時都の衛兵隊長だった私が刑罰を差し止めた。奴の班のところだけ、異様に犠牲者が出ていなかったことが後になってわかったからだ」
「……」
「私は奴の頭を買い、衛兵として迎え入れた。無論許可はとったし再三念押しもした。下っ端の衛兵なんてものは、舗道工として暮らすより尚つらいだろう。訓練、任務は苛烈であり休みは十日に一度。給金も些末なものだ。それでいて危機には真っ先に駆けつけねばならない。冥門さえ満足に開いてもらえないのにな。教えてもらえるのはせいぜい槍の突き方と氣功術程度のもの。国教で戦で死ねばローランティアに行けると歌ってそれでも出陣前はみな恐怖に怯える。放っておくと脱走者であふれるので、逃げ腰の者に鞭を打ち、それを見せつける。そんなクソみたいな仕事さ。それでもあの男は楽しそうにしていたよ。いつか騎士になりたい。それがあの男の夢だったらしい。動機も不純で腕も細い。よくもまあ語るものだと思ったものだ」
「その不純な動機というのは?」
「女絡み……だそうだ」
「なるほど」
「しかし再三になるが、奴は卓抜とした戦略眼を持っていた。奴を片腕に据えた班は任務を次々と成功させた。性格も快活な男でな。周りの人間の多くは奴を好きになっていた。奴といると恐怖を忘れる。不思議と勝てる気がする。多くの軍人が言っていた。生者死者含めてな。チェスが得意な男で、それで稼いでるとよく言っていたよ。私もチェスが好きだし、あの男のことは買っていたから、主侯《しゅこう》の近衛に選ばれてからも、よく出向いて話をしたものだった。チェスに関しては奴には一度も勝てなかった。それはそうだ。奴は最終的に、西部全域で開催されたチェス大会で優勝してしまったからな。私程度に勝てないのも、当然だろう? はははは」
乾いた笑いをアンリエッタがこぼす。
その顔を隠すように俯いていたアンリエッタが顔を上げる。
「だが今になって思うと、そこで優勝してしまったこと、いや、奴の頭脳が西部に知れ渡ってしまったことが、奴の人生の岐路となった」
「ワシは何もしておらんぞ、アンリエッタ」
「わかっています、主侯《しゅこう》。仕組んだのは恐らくティーチでしょうが、彼はあれからすぐ自殺した。つまらないことをしましたよ本当に。私も黄泉にまで追いかけて文句は言いません」
口を挟んできたバーバラ侯に、アンリエッタが言った。
視線をまた俺へと戻し、アンリエッタが口を開く。
「どこまで話したか。そうそう。主侯もチェスが好きでな。そもそもチェスの大会を開いたのも主侯だ。主侯は西部一のチェス指しとなったディスケンスを城に招いた。一度指し、二度指した。一睡もすることもなく指したこともある。しかしディスケンスは一度も負けることはなかった」
「……」
「元々チェスで遊んでいたものが、地図の上での戦の勝負となった。それを軍師が囲んでお互いの手に判定を下す。いわゆる卓上軍議というやつだ。一人の軍師では足らず、いつの間にか大勢がその卓に集まった。そして論戦になる。ただの衛兵に過ぎない小僧が、ただの舗道工に過ぎなかった小僧が、天下に名だたる軍師と主侯を前にして反論している。私は慌てながらも笑ってしまった。お前はそういう奴だったなと思った。いつの間にか、ディスケンスを認める者が増えていた。だが奴は次第に侯都に来なくなってしまった」
「何故?」
「主侯が飽きられたからさ」
「は?」
「違う。人聞きの悪いことを申すなアンリエッタ。飽きたのではない。忙しくなったのだ。いつまでもチェスばかり打っていられるか」
「……いやいや。あいつを雇おうと思ったりはしなかったのか? 文官として」
「ただの舗道工のチェス打ちをか? バカを言うな」
「いやいや、その言い分は苦しいだろ。だって――」
「なされたよ。当時の参謀長であったハサウェイ殿がね。自分が育てますとまで言ってくれた。しかしそれを退けたのもまた、主侯だ」
「恨み節ばかり語ってくれるな、アンリエッタ。ワシは最後には折れたはずだ」
「いや、何故最初に拒否を? ただのチェス打ちではないことはこれまでの実績やその地図上の戦でわかったはずだ。調べなかったのか?」
「まず戦に軍師など必要ない。命もかけれぬ男の言葉など聞いても士気が下がるだけよ。ハサウェイは民政を教えるなどとのたまっていたが、民政など誰がしても同じこと。今の世を見てみろ。美しいか? 殺しても殺しても盗賊がわく。逆賊がわく。結局のところ下々は貧困に喘ぎ、上に立つ者は自分のことばかりを優先し、やはり下々を痛めつける。グランフォードの椅子に座った時、何故なのかと考えたことがある。もっと民が幸せになる道はないものなのかとな。答えはすぐにわかった。下民が不幸であるからこそ、貴族は貴族たる生活ができるからだ。下民の女は不幸だからこそ貞操と快楽を我々に与え、あるいは男はそれに細腕で抵抗し、ねじ伏せられ、最期は自分も王にと我らが定めたルールで前を向く。それが敗北を認めた男の自己正当化であると、気がつくこともなくな。それが最適解であるのなら、誰がしても同じことだ。下民に鞭打つだけなら猿でもできる。むしろ変に頭がキレる者を招くと、城内にいらぬ不調和を招く。実際ティーチはいらぬことをして、最期には自殺した」
「……言い分はわかるよ。それでも、あんたは折れてくれたんだろ?」
「いやその前に奴は死んだ」