次兄殺しの濡れ衣で追放された元天才(転生者)は、不老の少女にかけられていた封印を解除してもらって無双する。復讐はするよ   作:松岡夜空

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闇に憑かれた男

 言ったのはアンリエッタだった。

 目を向ける。

 

 

「正確には死んだとみなされた。生死不明さ」

 

「何があった」

 

「……ただの任務さ。伯爵の帰路に付き添って隘路《あいろ》を通った時に賊に襲われたようだ」

 

「何故そんな道を。伯爵が住んでる場所なんて、幹線と通じてるだろうに。蒸気機関だって。まだ開通してなかったのか?」

 

 

 尋ねると、アンリエッタは薄く笑った。

 

 

「現場にたどり着いた時、その場にいた全ての者が虐殺されていた。相当恨みがあったのか、顔のわかる死体の方が少なかった。生死不明と言ったのは、誰が殺されているかもわからなかったからだ」

 

「……」

 

 

『しかしテリー。君が主君に対して意見できるような、そんな芯のある男だとは思わなかったよ。あの時、その強さの万分の一でも持っていてくれていれば――あんなにも人が死なずにすんだのに……』

 

『う、うぅ……っ。ああああああ!』

 

 

 帰郷した時の、ディスケンスとテリーの会話を思い出す。

 あの時は何を言っているのかと思ったが、あの会話は、この時のことを指していたのか。

 

 

 いや。

 それだと一つ疑問が残る。

 

 

 こいつらの話を聞く限り、ディスケンスだってこの場にいたはずだ。

 ディスケンスの言葉の主君を上官に置き換えたとして、どうしてディスケンスは、自分で上官に意見することなく、全ての責任をテリーになすりつけているのだろう……。

 

 

「だが」

 

 

 アンリエッタが俺の目を鋭く見据えた。

 

 

「お前には説明するまでもないが、奴は生きていた。奴が姿を現したのは、その三年後。主侯の親征で、人身売買組織を潰しにかかっていた時だった。率いていた兵力は三万。本来盗賊に出す程の兵力ではないが、奴らはどうやったのか、フェルナンテ緑《りょく》王国の王妃まで売りさばいていたからな。主侯が精鋭の三万を率いて親征に出たのもこのためだ。組織のアジトを攻めている時、雨が降り始めた。主侯のスキルは雨に弱い。降りしきる雨を嫌って、近衛三千騎を連れて後方に下がると、伏兵にあった。後からわかったことだが、周辺の街道守備隊が抱き込まれていたらしい。何せ年間の収益がそこらの小国を上回っていた奴らだ、些末な金で働いている街道守備隊を抱き込むなど造作ない」

 

「余談だが、それから街道守備隊の給与は四倍にした。奴が主に密輸で使っていたのは海路だったため、漁港で働く連中もな。裏切った、正確には騙された奴と加担した奴らは一族郎党皆殺しにしてフェルナンテ緑《りょく》王国に送ったがな」

 

 

 バーバラ侯が苦い思い出を語るように口を挟んだ。

 

 

「それでも近衛三千騎。本来盗賊などには負けはしない。事実こちらが終始優勢だった。しかし、奴らの中の一人、仮面をつけた女がおかしな術を使った。奴が手をかざすと、死体が融合し、新たな生命となる。人形《ひとがた》もいれば、化け物もいた。それらは恐ろしいほどに強かった。近衛が一人倒れ二人倒れ。いよいよ終わりかと思った時、あの男が現れたのだ」

 

「……」

 

「黒い甲冑に黒いマント。二本のブロードソードを軽々と扱い、化け物共を一人で一網打尽にしてみせた。降りしきる雨の中、男が兜をとって主侯の前にひざまずく。私はあの男を買っていた。だからずっとあの男を見てきた。そんな私ですら、最初誰かわからなかった。あの日輪のようだった笑顔はこの三年で消え失せ、代わりに、深い闇のような笑みが、その顔には張り付いていた」

 

「恐らく」

 

 

 バーバラ侯が話を引き継いだ。

 

 

「恐らく、人身売買組織を率いていたのはディスケンスであろうと考えている。少なくとも最後の戦の指揮はまずディスケンスだろう。街道守備隊を抱き込んでの伏兵の配置などは、奴が卓上軍議でよく用いた手だった」

 

「なのにあんたは男爵に叙爵したのか?」

 

「いや、ワシはむしろ近衛か伯爵にと推した」

 

「は?」

 

「アンリエッタとハサウェイが止めたから男爵に留めたまでのこと。確かに人身売買組織を率いていたかもしれないがあくまで推論に過ぎぬ。そして忘れてはならぬのは、奴がその気になれば、ワシらは全員殺される、ということだ。奴の強さをワシも間近で見た。まさに鬼神よ。まず正攻法で奴に勝つのは不可能だろう。もしも奴に怨恨があり、ワシらを殺そうとしているのなら、どこに置いていても同じこと。むしろ敵に渡る方がまずい。ならばより近づけて懐柔した方がよいと考えたまでだ」

 

 

 なるほど。

 開き直りとも言えるが確かにそうである。

 恐怖という感情を全て排したならば、バーバラ侯の手順が最適解とも思えた。

 

 

「この考えは今でも変わっておらん。十年経っても奴が動かぬものだから、伯爵に奴を叙爵した。口うるさいハサウェイもその頃には死んでいたからのう。だが奴はそれを拒否した。そして更に十年。奴は今も動かない。ワシが死ぬまでに、奴との結びつきは強固にしとかねばならない。ゼクスとの結びつきだけでは足りないし、むしろ危うい。我々にとってはな。内も大概に危ないが、外も危険だ。東にはお前を含めた八剣がいる。デイヴィスの小僧は父親のことでワシを恨んでいよう。ワシは、前のヒストリエ四世との戦の時、デイヴィスの父を裏切っておるからのう。その時のショックで、奴の父デイブ=デイヴィスは痴呆《ちほう》になって死んだ。北には戦の申し子ヒストリエ四世と、傑物サジタリウス皇太子がいる」

 

「……」

 

「残念だが、ワシの四人の子供は全員小粒だ。治世ならば有能だろうが、八剣やヒストリエ四世、サジタリウスとまともに戦える器では、とてもじゃないが、ない。亡きハサウェイはディスケンスを抱き込むことを止めるやもしれん。だがもし奴を抱えることなく、他国に渡ったとすれば、間違いなく西ベルンツィアは滅ぶ」

 

「それで政略結婚か」

 

「そうだ。これも断るだろうと思ったが、奴は受け入れた」

 

「アインをぶっ壊しといてよくぬけぬけと言えたものだ。俺が来るのが一歩遅かったらカトリ姉さんも潰されていた。ローディス家は半ば崩壊してたぜ」

 

「それは小僧に醜聞を作り、ディスケンスに借りを作るための策だ。奴と結ばなければならないとは言ったが、主導権を奪われていいわけではない。お前が現れていなければ、婚約反対派はワシが押し潰すつもりだった」

 

「最悪あいつの怒りを買ったかもしれないぜ」

 

「それはない。あの男はそういうタイプではない。また仮に怒りを買ったにしても、お前ら五俊、すなわち、アイン、ベレト、カトリ、クロード、エイチカの五人に対しては、色々と実験しておく必要があったのだ」

 

「実験だと……?」

 

 

 不穏な言葉を聞いて、俺は目を細めた。

 

 

「自分のことだからわからないのだろうな」

 

 

 言ったのはアンリエッタだった。

 顔を向ける。

 

 

「お前を含めた、アイン、ベレト、カトリ、クロード、エイチカ。いわゆるローディス家の五俊だが、お前らは客観的に見て早熟すぎる」

 

「……」

 

 

 ――昔、カトリ姉さんが盗賊にさらわれたことがある。(一話参照)

 監禁場所は廃鉱山で、俺はそれをカトリ姉さんが可愛がっていた犬の嗅覚を頼りに見つけ出した。その時、俺は三歳だった。かつて俺が天才だと言われていた年だ。

 しかし俺がこれを成せるのは当然である。俺は三歳に見えても転生者。実際の年は三十八歳だったのだから。

 しかし――

 盗賊を一人で片した後、声がして振り返った。そこには八歳のアインと、五歳のベレトが立っていた。

 それはつまり、大人でさえ特定できなかった場所を、こいつらは子供ながらに見つけてのけた、ということだ。

 あの時、俺はその事実を当たり前に受け入れた。疑う必要性がなかったからだ。しかし確かに、客観的に見るとその事実は、かなり異様ではある。

 

 

「もちろんそれだけならディスケンスの血と育て方を我々も褒める。だがお前は少し前まで魔術を封じられ、帰郷してからもロクに外に出ていなかった。だから気が付かなかったろう。ブリンストンの村民の『半分』は、冥門が開いているのだ」

 

「え……」

 

「そして、お前も知っているように、テリーとギグナス、いや、今はギークと名乗っていたか。あの二人も、以前とは比べものにならぬほどに強くなっている。特にギグナスは強さが当時とは桁違いだ」

 

「普通に考えれば」

 

 

 バーバラ侯が口を挟んだ。

 

 

「ブリンストンの人間の冥門が開いているのは、ディスケンスが開いたものだから、と思うだろう。しかし違うのだ。間者も入れていたが、どうにも奴の周りにいる人間は、自然と強くなるらしい。これはテリーとキグナス。その間者も含めた、大幅な力の上がり方を見て確信した」

 

 

『そうか。こいつもか』

 

『あいつらは、お前らのことについてどの程度知っている?』

 

『俺達のこと? まあ大体は知ってると思うよ。暗夜《あんや》は家族の監視や間諜も任務に含まれているからな。護衛と言い換えてもいいが』

 

 

 ライザがキルバルトに再生《リザレクション》をかけた時に言った台詞。

 そして、アインを尋問している時にかけた言葉を思い出した。

 

 

 そうか……。

 俺自身、キルバルトはやけに固いと思っていた。

 そして、あの時のライザの台詞は、ディスケンスとどれだけ接近していたかを聞いていたのか。

 

 

「さっき半分って言ってたな」

 

「冥門が開いている人間のことか。疑問に思うのも当然だ。何故半分なのかとな。それはな、恐らくお前の存在が鍵を握っている」

 

「え……?」

 

「お前が産まれてからなんだよ」

 

 

 アンリエッタが言った。 

 

 

「お前が産まれてから、ディスケンスの周りの人間が強くなる。その現象が止まっているんだ」

 

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