次兄殺しの濡れ衣で追放された元天才(転生者)は、不老の少女にかけられていた封印を解除してもらって無双する。復讐はするよ   作:松岡夜空

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動かせなかった針。動いた針。

 口元に手を当てる。

 相応に修羅場は潜ってきていると思うが、多分その手は震えていたと思う。

 

 

 何だ? 

 一体何が起きているんだ?

 

 

 息苦しかった。

 まるで後ろから頭をつかまれ、水の入った桶に顔をつけられているかのように。

 そしてそれは決して振り払えない。

 この恐怖は、剣を向けられた時に感じるものとはまるで違う。

 そんな分かりやすいものではない。

 俺が相対している剣ではない。殺意でも敵意でもない。

 深い深い。底知れない闇だ。

 だから触れることも抗することも叶わない。

 

 

「心当たりはあるか?」

 

「いや……」

 

「お前は昔、ケーブル男爵から貰い受けた犬を使い、カトリ=ローディスを救い出したことがあったな。その時のお前の年はわずかに三歳。その時いた盗賊二十二人も、お前一人にやられていた。その時のお前は手傷一つ負っていない。我ら獣人でさえそこまで早熟ではない。はっきり言ってやる。お前ほんとに人間か?」

 

「……」

 

「よせ。まだ審判《ジャッジメント》の発動条件は満たしておるまい。何より無意味な質問だ。この男が人であろうと怪物であろうとどうでもよい。ワシらの味方でさえあればな。何なら心強くさえある。お前が聞くべきことは、ワシの味方か否か、だが、それにしても今ではない」

 

「……はい」

 

 

 時計の針が進む音。

 それだけ、響いた。

 

 

「ふ」

 

 

 バーバラ侯の笑い声が聞こえた。

 

 

「しかしケーブルか。どこかで聞いた名だな。誰だったかな? アンリエッタ」

 

「傭兵上がりの男爵ですよ。昔、盗賊に村を好きにさせていた男爵を、盗賊ごと斬り伏せた過去があります。嘆願書があまりに多かったため、ヴェイナード様が嘆願書を上に上げられ、主侯がその村の領主にすげ替えました」

 

「あーそう言えばおったおった。そんな男も。ディスケンスとは仲が良いのか」

 

「親交はあります。あくまでケーブルからの一方通行だとは思いますが。傭兵上がりから見て、ディスケンスの剣の腕と逸話は胸を打つものがあるのでしょう。対海賊王におけるベスパでの立ち回りは講談になるほど有名ですしね。今、彼の子シュピナーと、クロイツ伯の娘、イシュリエが、ここにいるクロードとリリーシャ様との婚約をサポートしています」

 

「ほう。そのサポートしてるというガキはどうだ? 大物に育っておるのか?」

 

「……どうも、権力は夫人にあるようで」

 

「ふ。会う価値はなさそうだな」

 

「そうですね。――さて」

 

 

 仕切り直すように、アンリエッタが言った。

 卓上に目を向け、思案していた俺も顔を上げた。

 

 

「頭は休まったか? クロード。まだ話は終わっていないぞ。ここまで語ったのは、審判《ジャッジメント》の発動条件を満たすのと同時に、お前に奴のことを聞きたかったから、というのもある。言ってもお前は奴の子供。子供の頃からずっとあの男を見てきたはずだ。その早熟すぎる頭でな。奴の目的について、何か思い当たることはないか?」

 

 

 ――雑に考えれば。

 まず西ベルンツィア、あるいはベルンツィアそのものを滅ぼすために動いている、という答えになるだろう。

 しかしディスケンスがその気なら、西ベルンツィアは既に滅んでいる。

 単身でもいけそうだが、東に降ればそれで話は解決する。

 話を聞く限り、デイヴィス公はバーバラ候を恨んでいるそうだから。

 しかし二十年、ディスケンスは動いていない。

 ここから考えられることは二つ。

 

 

 一つ。ディスケンスの目的は、少なくともバーバラ侯の命ではない。

 二つ。ディスケンスに野心はない。

 

 

 しかし二番に関しては、あいつの周りで起きている全てが、その可能性を否定している……。

 あるいは、ディスケンスの周りで起きていることは、ディスケンスとは無関係、という可能性もなくはないが――

 

 

「……いや、正直何もないな。ここまで手札を晒してもらったのに申し訳ないとは思うが。俺とあいつは親子であっても疎遠だ。多分あんた達の方が親密だし詳しいだろう。だからってわけじゃないが、そっちはないのか? 奴の口癖だとか、奴が言った意味深な言葉とか。例えばチェスが得意なら、その打ち筋が戦略にも出るかもしれない」

 

「チェスの話でよければ、奴はよく言っていたな。相手がクイーンを使うならボーンで受ける。相手がボーンを使うならクイーンで押し切る」

 

「どういう意味だ」

 

「相手にないもので戦えという意味らしい。クイーンが必ずしも最強というわけではない。最強のクイーンでもボーンの前では立ち止まるしかない。しかしボーンが最強というわけでもない。クイーンの前にはただ蹴散らされるのみだ」

 

 

 唇に手を当てて思案した。

 相手にないもので戦う。ディスケンスにあってバーバラ侯にないものと言えば、圧倒的武力と、そして時間だ。

 ディスケンスは二十年待っている。余りに長い。時間という線は的を射てはいそうだが、何度も言うように、ディスケンスならばバーバラ侯の老衰を待つ必要はどこにもない。

 東に降るなり単身乗り込むなりすればよいのだ。

 それでも奴は待っている。

 

 

 やはり、バーバラ侯や俺の深読みで、実は反乱の意など持っていない。

 この考えが一番しっくりくる。

 奴のしてきたことを全て忘れれば、の話ではあるが――

 

 

「他には?」

 

 

 俺は尋ねた。

 

 

「ない。いや、意味深と言えば、奴はこんなことを言っていたな」

 

「……」

 

「奴が男爵として、ブリンストンを治めた日のことだ。私は奴の家を尋ね、昔のようにチェスを打ちながら、昔話を語った。花は咲かなかった。奴は終始乾いた笑いをこぼすばかりだった。奴は騎士になるのが夢だと語っていたから、今ならいつでもなれるなと、本当に強くなった、お前はやはりすごい奴だった、私の目に狂いはなかったなと、茶化しながら称賛した。本当に言わなければならないことは、別にあったのにな。すると奴は答えたよ。すごくなんかない。全然すごくなんかない。ある人が言っていた。人はこういう強さのことを――」

 

「強さのことを?」

 

「すまない忘れてくれ。失言だった。これは語るなと言われていた」

 

 

 目を細める。 

 俺にはその言葉の先が大体わかった。

 恐らくは、外法。

 ライザが言っていた言葉が当てはまるに違いない。

 そして話に出てきた『ある人』とは、ディスケンスにその外法を与えた者、ないしは教えた者であり、それが恐らく仮面の女に該当すると考えられる。

 

 

 本当の黒幕はそこか?

 ディスケンスに野心はない。が、その仮面の女に野心があって、そこを軸にディスケンスも動いているのか――

 

 

「仮面の女と言っていたが、身長はどれぐらいだった?」

 

「特徴的と言えるほどの高さでもないし、低さでない。百六十前後だと思う」

 

 

 ディスケンスの周りにいる、身長百六十前後の女。一人心当たりがあった。

 

 

 ティンパニーか……。

 

 

 考えてみると、ティンパニーはアイリスが又裂きの刑に合いそうになった時も、表情一つ変えず、まるで置物かのように直立不動を貫いていた。

 あの時は場が混乱しすぎて何も思わなかったが、冷静に考えてみると異様極まりな――

 

 

 ふと思った。

 あの無機質さ。無感情さ。

 

 

 誰かとダブル。

 それは、三年間行動をともにしてきた、俺の師にして命の恩人。

 そして思い出す。

 決闘時の、ディスケンスの言葉。

 

 

『自分だけが特別だと思い込んだことさ』

 

 

「まさか!!」

 

 

 俺は声を荒げて立ち上がっていた。

 

 

「どうした?」

 

 

 アンリエッタが静かに尋ねる。

 

 

「いや……」

 

 

 俺は唇に手を当てて、思案した。

 

 

 まさか……。

 

 

 あの時、自分だけが特別と言った言葉が、俺の古代魔具ではなく、代理人《シャドウ》と行動をともにする状況を指していたのであれば――

 

 

 ティンパニーは――神の代理人《シャドウ》……? 

 死体を融合させて新たな生命を創るという力も、

権限《オーソリティ》であったと考えれば合点がいく。

 

 

「心当たりが?」

 

 

 アンリエッタがまた、尋ねる。

 

 

 言うか。 

 いや、普通に考えれば言うべきだろう。

 バーバラ侯。そして、ライザにも。

 だが俺は――

 

 

「いや……」

 

「……」

 

「何でもない……」

 

 

 口にできなかった。

 ティンパニーは神の代理人《シャドウ》。

 この仮定をこの二人に投げかけることは『物語の針』を、確実に一つ進める。

 それは確かに良いことかもしれない。

 しかし、ディスケンスに目的があるとして、それが軽いものだとはとてもじゃないが思えない。

 

 

『全て計算ずくだ。この世にいる全ての人間がいかな動きを取ろうとも、必ずその場所にたどり着くようにね』

 

  

 あいつは必ず計画を修正してくるだろう。そしてそれは恐らく、前倒し、という形になる。

 物語が一つ動く。

 それはつまり、地獄の釜《かま》が開く、ということじゃないのか?

 

 

 今ではない。

 間違えるな。

 重要なのはこいつらの未来ではない。

 俺だ。

 本当に極論を言えば、俺のいない場所で地獄の釜《かま》が開くなら、それでいいまである。

 この考えが外道だとしても、少なくとも開戦の始まり。『よーいどん』の合図ぐらいは、俺が決めたっていいはずだ。 

 俺はまだ何の準備も心構えもしていない。

 

 

 後もう一つ。

 ここで言わない理由がある。

 それは、こいつらが本当に俺の味方かまだ決めかねてるってこと。

 というのも今までの話――

 

 

「どうした?」

 

 

 アンリエッタが言った。

 

 

「いや……」

 

 

 さすがに気にしすぎか?

 感覚だけを信じるなら、こいつらの話は真に迫るものがあった。

 だが。

 

 

 自分の手を見ながら俺は言った。

『数え』ながら、指を一本一本持ち上げていく。

 

 

 農民、舗道工、衛兵、生死不明からの人身売買組織のトップ。そして男爵……。

 アンリエッタが語った親父の経歴を思い出す。

 

 

 気のせいか? 

 どこか、違和感を感じる。

 だがどこがどうとは言えない。

 

 

 アンリエッタの話の流れは中々に詳細だったように思える。飛躍している、と言えるほどの内容ではない。何よりここで嘘をついても仕方がない。なのにどうして、俺はここまで引っかかっているのか。

 

 

 ただ俺は、アインの手紙の件からもわかると思うが、無駄に考え込むタイプだ。

 今回もその無駄に引っかかっているだけかもしれない。

 だがもしもそうでないなら――

 

 

 引っかかっている理由は、俺が持っている手札の中に、必ずある。

 

 

「一応聞いておくけどさ」

 

「何だ」

 

「お前ら――」

 

 

 その時だった。

 薬指の指輪が明滅した。

 視線を指輪に落とす。

 それとほぼ同時。

 

 

 どおおおおおおおおおおおん!!

 

 

 部屋の外で爆音がした。

 振り返った先。

 

 

 時計の針がまた一つ――動いていた。

 

 

《学園の始まり編 了》

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