次兄殺しの濡れ衣で追放された元天才(転生者)は、不老の少女にかけられていた封印を解除してもらって無双する。復讐はするよ 作:松岡夜空
馬蹄《ばてい》の音を響かせて、三人の騎兵が現れた。
この声には聞き覚えがある。
士官学校の教官にして、イケメン男爵。
トラヴィス=ルーデン。
その他、スラッグとデルタも後ろに控えている。
「あんたらこんなところで何してるんだ?」
「何してるんだって、市民の平和を守るために働いているに決まってるだろー? 衛兵を動かしたから、君たちを狙っている輩はすぐにでも掃討されるはずさ」
「そうか。それはよかった。しかし、昼は教官して夜は衛兵か。あんた一体いつ寝てるんだ?」
「さっきまで寝てたんだよ? 市民の苦情で起こされたんだ」
「あーね」
「あーねじゃないよあーねじゃ、全く。アハハハ」
「しかし、それ差っ引いても大変だろう? あんた男爵の息子だろ? 次男とかなのか?」
貴族と言えば全員裕福に暮らしているイメージだが、実は長男(もしくは長女)以外は普通に働いていることも多い。
男爵程度なら尚更である。
「いや? 僕は長男だよ。しかし父がいる以上は領主でも何でもないからね。若い間はやりたいようにやるだけさ。それに思ってるほど大したことはしてないんだよ、ほんとに。教官の仕事は趣味みたいなもので、空いた時間に入れてもらっているだけだからさ」
「精力的に働くもんだ。何があんたをそんなに突き動かすのかね」
「誰かのために働く。素晴らしいことじゃないか。僕は楽しいけどね」
「……」
なるほど。
シュピナーの気持ちもわからないではないな。
確かにこいつと俺は馬が合わない。
しかし女から見たこいつが王子なのも頷ける。
ぶっちゃけこいつの戯言を女が言っていたら俺も『立派だ』と思うからな。
人間そんなもんよ。
「トラヴィスさん」
後ろにいたデルタが口を挟んだ。
「ああ。わかっている。悪いけど、クロード君。この二人はこっちに引き渡してもらっていいかな? 正確には、こちらの手で司法に渡したいんだ。理由はわかるだろ?」
貴族の自主裁判権か。
この二人はリリーシャ誘拐の片棒を担いでいる。バーバラ家の人間に捕まれば、産まれたことを後悔するほどの地獄が待っているのは想像に難くない。何せこの世界には再生《リザレクション》があるからな……。
四感と脳を除き、あらゆるものを治す夢のような術も、拷問に使われるとただただ悪夢の術となる。
まあ一応、相手を苦しめるために再生《リザレクション》を使用することは、国際条約で違法にはなっている。
「わかった」
「よし。デルタ。スラッグ。二人を担いで事務所の地下牢にまで連れて行ってくれ」
「わかりました」
「後――リリーシャ君」
リリーシャが顔を上げる。
俺はチラリとリリーシャを見た。
「馬術の稽古はきちんとしてきているよね。この機会に僕が見てあげる。後ろ。乗って」
傷一つついていない白い手を向けて、トラヴィスが笑う。
ポタリポタリ……。
対して俺の二の腕からは、今も血が滴っている。
俺は自分の二の腕を見て、そして笑った。
ドンと、肩でリリーシャを押す。手で押さなかったのは、二の腕の血がついたら嫌だろうと思ったからだ。あらゆる傷を治す再生《リザレクション》も、他者にしかかけられないという、唯一に近い欠点を持つ。
「行ってこいよ」
返事は待たずに俺は足を動かす。だが。
「いてててててててててて」
一歩と進むことを許されず、耳を引っ張られて足を止めた。
「何すんねん!!」
「約束。守る男じゃなかったの?」
「え?」
リリーシャが脇を見つつ、赤い風船のように頬を膨らませて言った。
約束? 何のこっちゃ。いやそう言えば――
『約束よ』
そういやそんなこと言ってたな。夕方一緒に乗った、機関車の中で。
確か約束の内容は、イシュリエに告白しろってことだっけ。これを約束させた理由は、俺にイシュリエを奪わせて、トラヴィスをフリーにするためだ。イシュリエは、トラヴィスの婚約者だからな。
つまりじゃあ――やっぱりあってるじゃねえか。
俺はお前のために、トラヴィスと二人きりにさせてやろうとしたのに。
全く女の考えることってのは、よくわからんね。
「トラヴィスさん。ありがたい申し出なのですが、今日のところはやめておきます。彼のケガも見ないといけないし」
「君は再生《リザレクション》が使えないだろ?」
「うっ」
「あまりこんなことは言いたくはないが、もしもがあってはいけない。僕についてきてもらえるとありがたいのだが」
「大丈夫ですよ」
「何を根拠に」
「彼を根拠に」
人の腕を抱いてきて、リリーシャが言う。
その顔は目一杯の笑顔だった。
何だこいつ。
何を考えている?
考え、すぐに気がついた。
これはこいつの策であると。
俺に好意があるように見せかけて、トラヴィスの嫉妬心を煽っている。
トラヴィスとイシュリエは婚約している。リリーシャは侯爵の孫だが、婚約者を奪うのは敷居が高いとリリーシャは言っていた。
つまりリリーシャとしては、トラヴィスに自ら婚約を断ち切ってもらい、自らに告白させるのがベスト。というよりそれしかない。
こいつ……。
笑顔でいながら、何て黒く冷徹な発想をしやがるんだ。
なるほど女ってのは恐ろしい。その一端を確かに見たぜ。
しかし俺はリリーシャの言う通り、約束を守る男だ。
トラヴィスが固まって動かない。
そんな中、俺はトラヴィスを指差しながら口を開いた。
「まあ心配すんな。はっきり言ってお前よか務まるよ。守る、という意味ではな」
トラヴィスがコメカミをピクピクと動かす。
だ、大丈夫かなこれ……。
いくらなんでも言い過ぎたか?
すまん。約束なんだこれは。許してくれ。
心の中で謝罪しながら、俺は抱かれていた手を引き抜き、リリーシャの膝裏を手で叩《はた》く。
倒れ込むリリーシャの頭を逆の手で押さえて、持ち上げる。
いわゆるお姫様抱っこ、というやつだった。
「じゃ、じゃあまあ、そういうことだから。それではお仕事頑張って下さい!」
この場から飛び立とうと、足下に魔力を込める――
◇◇◇◇(ここから三人称)◇◇◇◇
リリーシャの護衛最後の一人であるブライアンは、ウェンズリーの城塞につくられた櫓《やぐら》の一つに潜んでいた。スペースの中には、繋げまくった魔力増幅機であふれている。明かりのない部屋で、魔力増幅機の淡い光だけが輝いていた。
ちなみにだが、本来の歩哨もオメガの一員である。
全ての精霊星石を集め、世界を新たな領域オメガへと導くことを目的とする、我らオメガはあらゆる場所に根を張っているのだ。
魔力で強化したサーチスコープ越しにターゲット、クロードを見る。
少し横にいくとリリーシャ。
いっそ二人ともぶっ殺してやろうかと思う。こいつに与えられた屈辱は数知れない。
だがまずはクロードだ。イライラさせられる。リリーシャは性格はともかく身体だけはいい。何度犯してやろうかと思ったかわからない。その豊満な身体をたっぷり味わいながら、やれやれ、みたいな態度しやがって。
ぶち殺す。何が起きたかも悟らせず、一撃で仕留めてくれる。
クロードが、リリーシャの足を払い、お姫様抱っこする。
足に魔力を込めていた。無詠唱の風《シルフ》で離脱するつもりだろう。
狙撃兵に大事なのは位置取りとメンタルと言われているが――腕は最初からあるものとする――それももう限界だった。
どんだけイチャイチャすれば気が済むんだよ、こいつは! 死ね!
リリーシャの顔面に、脳漿《のうしょう》をぶちまけてくれる。
引き金を引き絞ろうとした――その時。
指が……動かない。
これは、影刺縛《シャドウバインド》!
バカな……。
影は作らぬよう明かりはつけていない。それでも、月光によって闇夜に伸びた影《アストラル》を串刺しにするとは、とてつもない魔力のキレ。
こんなことが出来るやつが、この世にいてたまるか。
一体、何者――
「いかん。いかんねー。若人《わこうど》の恋愛を邪魔しちゃ。そうは思わないか? ブライアン……だったかな?」
この声!!
ブライアンはこの声の主を知っていた。任務で知ることがあったのだ。
しかしここにこいつがいるはずがない。
何故なら、お前は――
「何故……だ……」
この男のことだ、恐らく魔具を使っている。恐らくそれで、影刺縛《シャドウバインド》と類似性のある効果を引き起こしたに違いない。だがそれは、完全に縛れる魔具ではないらしい。どうにか口だけは動く。
しかし、首その他は一切動かしようがなかった。
「ん?」
足音を止めて、男は尋ねた。
背後にこの男が立っている。
恐怖だった。
だがそれ以上に尋ねずにはおれなかった。
「何故……お前が、こんな、ところ……に」
「くくく。決まってるだろ?」
ドン。
暗黒剣《ダークブレード》をまとわせた手刀で、ブライアンの首を跳ね飛ばす謎の男。
失った首から、血がダラダラと流れていた。
男は暗黒剣《ダークブレード》を解除した手をポケットの中に戻し、首のない死体を見下ろす。
「あいつをサポートするためだよ」
身にまとうは、士官学校生の制服。坊っちゃん刈りされた艷やかな金髪。
いかにも貴族という出で立ちながら、その表情は残虐そのもの。
アフロではないだけで、その顔立ちは紛れもなく、シュピナー=ケーブルのものであった。
「シュピナー様。周囲五百メートル四方に、悪意はありません。もっとも、正答率は八割ですが」
シュピナーの従者の男獣人が言った。
心地よい声音《バリトン》が闇夜に響く。
「そうか」
口にして、ポケットから遠視用の片眼鏡《モノクル》を出し、目に当てた。
夜闇に浮かぶ、銀色の月。それを背中に、クロードが屋根伝いに飛び回る。
銀色の月に時折、二人が被さる。中々に乙な光景に、シュピナーは笑った。
月下にまで視線を下げると、そこにいたのはトラヴィス。
何でもないような顔をしているが、手綱を持つ手に力がこもっているのが見て取れる。
それを見て、シュピナーが嘲笑《わら》った。
当てていた片眼鏡《モノクル》を指で弾き、つかむ。
それをポケットに戻し、シュピナーが口角を持ち上げ口にした。
「ならばよい」
――月が背中で、冷たく輝いていた。
《月を背中に編 了》