次兄殺しの濡れ衣で追放された元天才(転生者)は、不老の少女にかけられていた封印を解除してもらって無双する。復讐はするよ   作:松岡夜空

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経歴

「ほえー」

 

 

 ツリーハウスが並ぶ街並みを見て、俺は感嘆の声を上げていた。

 俺は今、獣人の隠れ里にいた。獣人はその容姿から人間にさらわれることが多く、その歴史からか、高い場所に家を作り暮らす風習があるそうだ。ツリーハウスに階段はなく、自力で木を登らなければならない。これも人間対策であろう。この程度の木、獣人なら子供でも造作なく登れるが、人間では難しい。

 ツリーハウスとツリーハウスには橋が通され、それぞれ行き来できるようになっているが、その場その場に鈴がつけられていて、防犯対策を怠ってはいない。獣人は総じて耳がよいからである。

 とはいえ全てが木の上にあるわけではなく、仕事場や肌肉語やなどは普通に土の上に建てられている。

 

 

 ここまで人間対策されている場所に俺が来て大丈夫なのか、とは思うものの、まあライザがいれば大丈夫なんだろう、多分。

 

 

 ちなみに俺達がここに来た経緯はというと、俺が欲しいもの(食材や調理道具など)を少女に相談すると「それなら市場で手に入れた方が丸い」とここに連れてこられたのだ。

 隠れ里と言ったように、ここには通常の手順では絶対に迷い込まないようになっているらしい。らしいと言ったのは、本来の道程をすっ飛ばして、次元を開通して隠れ里まできたからだ。

 もちろん彼女の権限《オーソリティ》、文明創造《アイテムマスター》(どんな道具でも任意に作り出せる)の能力である。

 ほんとチートとしか言いようがない。完全にドラ◯もんの領域だ。

 

 

「ライザ様」

 

 

 獣人の、特に年寄り達は、少女のことを崇めていた。 

 本人曰く不死なのだから、扱いは神か化け物しかない。

 多分俺と同じく、ここの人たちも過去にこの子に助けられたのだろう。

 霊獣を一撃で屠る魔術師としての強さに文明創造《アイテムマスター》のチート能力。

 まず全ての状況を打開できるだろう。

 

 

「ライザさんって名前なの?」

 

 

 三日後、次元を通り抜け、元の場所に帰ってきた時に、俺は少女へと尋ねた。

 少女が文明創造《アイテムマスター》で作ったフリーズボックスを地面に置く。中には馬肉、鶏肉、卵、キャベツ、ネギ、人参、キノコ、チーズが入っている。

 他には包丁や鍋、皿、ボウルになり得る深めの小皿なども、なけなしの金で購入した。

 流通している貨幣は違ったが、そのへんは長老が両替してくれることで解決している。

 ただしかなり買い叩かれ、そのせいで三日ほど仕事を手伝う羽目になっている。

 人間と獣人の関係はすこぶる悪いが、長老の笑顔を見るに、これは彼女を留めるための方便だったと思われる。

 

 

「だったらどうした?」

 

 

 例によって無機質な表情で、少女が尋ね返してくる。

 ダメ元だったとはいえ、この子を笑わせるなんて本当に可能なんだろうかと、俺は軽い不安に襲われた。

 

 

「いや、別に……」

 

「呼びたかったら呼べばいい。名を呼ばせないほど高慢じゃない」

 

「は、はぁ…」

 

 

 こ、高慢な言い方だなーと、俺は思った。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 ニ日後。

 俺は腕まくりした後、足元のタルで手を洗った。隣に置いている空のタルは生ゴミを捨てるようのものだ。後で地面に埋めれば肥料になるとか根本が腐るとか聞いたことがある。

 遠くで鍋を火にかけていた。煮立てているのは食材ではなく、包丁と食器だった。

 立ち上がる。目の前の調理台は、俺が獣人の村で作った簡素なものだった。

 数少ない持ち物である魔導コンロを置き、横手に氷水の中で解凍中の馬肉。オリーブオイルに漬け込んでいた鶏肉。色とりどりの野菜と、小さな木箱の中には卵三つと、チーズを入れていた。

 タルには水が入っており、これは飲料水としても使えるが、飲む用ではなく、調味料の一つとして使うために置いていた。元は河の水だが、水の精霊魔術、浄化水《アクアクリエイト》によって清浄な水に変えてもらっている。

 他にも被せておくと熱が決して逃げないフタ、ヒートロックと紙のように変幻自在の鉄、アイアンペーパー(アルミホイルの代用のため)なども、ライザの権限《オーソリティ》、文明創造《アイテムマスター》によって用意してもらっている。ライザ様々だ。

 後は、俺のチートスキルで呼び出した、数多の調味料。

 日本にいた時、腐るほど手に入った安物が、ここまで心の拠り所になるとは思ってもいなかった。ほんと人生、何があるかわからないものだ。

 手を握り、開いて、もう一度握った。

 

 

「ふーっ」

 

 

 深呼吸一つ。

 そして。

 

 

「やるか」

 

 

 明るい日差しの下、俺は自分を鼓舞するようにつぶやいた。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

「待ちくたびれたぞ。早くしろ」 

 

 

 椅子の前に腰掛けていたライザが言った。スプーンとフォークをテーブルの左と右にセットし、準備万端といった感じだった。ちなみにこれらの椅子とテーブルも、俺が獣の村で作ったものである。どれだけの重量であっても、ライザのディメンションクロスがあればいくらでも運べる。

 俺は苦笑して、ライザの前に並べた料理を並べた。ライザの前で、ヒートロックを持ち上げていく。

 俺が作った料理は以下である。

 

 だし巻き卵。

 野菜とキノコのチキン味噌マヨネーズソースあえ、アイアンペーパー(アルミホイル)包み焼き。

 そして、馬肉のユッケ。いわゆる桜ユッケだった。タレは焼き肉のタレとゴマダレ、チューブニンニクを攪ぜて代用している。その上に生卵も乗せていた。

 

 ライザが無表情に目を見開く。

 訝しげな顔で一度俺を見てから、まず卵をスプーンで口に入れた。

 

 

「ん」

 

 

 ライザが口元に手を持っていく。

 笑うというほどではないが、口角は持ち上がっていた。

 その顔を見て、皮肉にも俺が笑っていた。

 

 

 ――俺は、元料理人、というわけじゃない。だが肉の扱いに関してはプロである。俺の生前の職は肉屋なのだ。何やかんや十年以上のキャリアもある。外様の俺が出世することはなかったが。

 年収は二百万。――まあこんなもんだ。

 これは肉屋全員が言うと思うが、肉屋は超絶ブラックである。

 ハッキリ言って世界の闇とさえ言っていい。労働基準法が何故か機能してない新聞配達と近しいものがある。

 スーパーの部門としての肉屋なんかはまあまあマシだが、零細の小さな肉屋なんてのはもう最悪だ。年末は毎日二十時間ぐらい肉を切っていた気がする。

 だがブラックであるが故に、スーパーの精肉担当じゃまず経験しないであろうこともさせてもらった。

 屠殺場に赴き、その場で牛が死ぬところを見た。解体作業を手伝わされ、死後硬直で硬くなった肉の処理もそこで教わった。

 そこのオッサンが桜ユッケが好きで、よく食わされたし、作らされた。これもそのオッサン直伝のやり方である。

 料理の腕に関してはよく褒められた。主に桜ユッケのオッサンにだが。曰く、几帳面らしい。

 料理は化学と同じなので、レシピを雑に扱う人間に料理は向かない。

 ハードルが低すぎるとも思うが、そういう意味じゃ、俺は料理に適正があったようだ。

 しかし俺は別に料理が好きなわけではなかった。ただできるだけだ。こんなもの、誰でもできるだろとも思っている。

 俺のやりたいことは、笑ってくれるな、漫画家だった。

 目は最後まで出なかった。絵は描き続ける間に少しはマシになったが、絶望的にストーリーを編む力に欠けた。

 気づけば三十五歳だった。夢を語るにはあまりに痛すぎる年齢だった。そろそろ嫁をと、言える年齢ですらない。

 もしかしたら、傷の舐めあいぐらいはできるかもね、という年。それですらもしもでしかない。

 肉を切るスキルはあった。いや、これしかない。多分例年人手不足の精肉部門には重宝されるだろう。肉屋はいつも、こき使える奴隷を探している。

 死因は自殺ではない。トラックにはねられたわけでもない。

 多分過労か熱中症だと思う。某風邪みたいなものを引いた時、クーラーまでぶっ壊れ、そうこうしているうちに死んでいた。身寄りも友人もいない俺の家は、今シャレになってないことになってるだろう。まあ、どうでもいいが。

 四捨五入すると四十だなという年になって思った。そうか、適正あることをしておけばよかったんだなと。例えば俺なら、料理人とか。

 夢なんてものは、追うべきではなかった。もっと堅実に生きるべきだったのだ。

 そんなことに三十五になるまで気づかなかった。バカだった。本当に。バカだった。

 そんな後悔を遺しながら死んで、気がつくと俺は赤子になっていた。

 産まれた時から意識があって、家族五人に見守られていたことを今でも覚えている。アインはそんな時でも嫌な奴で、目を見開きながら、化け物でも見るような目で赤子の俺を見ていたっけ。ははは。

 この世界で今度こそと思った。いくらバカでも子供には負けまい。

 ゼロ歳に見えても俺は、三十五歳なのだから。

 そう息巻きながら異世界攻略に望んだが、結果はこれだ。

 愚かだなと思う。何度やり直せば気が済むのか。

 俺が人を幸せにする方法は、俺が真っ当に、人らしく生きる方法は、この地味で、俺がさして好きではない、料理という分野しかなかった、というわけだ。

 まあでも何だろな。ライザのために料理を作り、彼女がそれを口に運んで、嬉しそうな顔をしてくれた時。

 初めて――料理が楽しかったかなと、思えた。

 

 

 カタン。

 食器を置く音がして、顔を上げた。

 そう言えば、彼女を笑わせる、という一世一代の勝負をしていたことをすっかり忘れていた。

 笑ったのだろうか。それとも笑っていないのか。ちょっとは笑っていた気はするけれど、正直誤差な気はする。しかし皿は三皿とも空になっていた。

 

 

 少女が口元を布で清楚にふいた。そして、俺をキッとにらみつける。

 まずかったのか。

 無論だが味見はしている。とはいえ味見なんてのは結局自分のためにするものだからな。他人の舌に合わせるなんて芸当を、元肉屋でしかない俺にできるはずがない。

 ましてや超絶陰キャの俺が人に料理を振る舞ったのは、桜ユッケのおっさんとライザの二人だけ。尚更わかるわけがない。

 俺が答えを待っていると、ライザは鋭い視線を崩すことなく、口を開いた。

 

 

「お前――何者だ?」

 

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