金持ちレズ女はニコに付き纏う 作:──
『─────私は、市政勢力への復帰を望む』
零号ホロウが暴走を始める二日前…つまり、私が女王の座についた翌日、私一日で新当主として前当主に付き従っていた分家の人間や外部協力者を纏め上げ、新エリー都市長へ連絡しそう告げた。
それと同時に、十ヶ所の座標が示された地図データを市長へと送信する。
『これは私たちの血筋から出た裏切り者が讃頌会やTOPSと合流して不穏な動きを見せていた地点よ。私たちは市政への協力の意思を示すため、明日の明朝にこのうち五箇所を奇襲し、粛清を行う。あなたたちは昼頃に調査をして、その証拠を確認するといい』
送信したデータには、確かに五箇所【粛清目標】と記された場所がある。
それらは全て、明朝の奇襲が可能な場所であり、私のデータを盗んだものが存在する、早急に対応が必要な地点だ。
翌日の昼、送られた調査員は確かにその場での虐殺のような跡、殺された者たちが違法行為に手を染めていた証拠を見つけた。
『誠意は嬉しいが、血を流すようなことはあってはならない』
『貴方たちのやり方とは違ったのね、ごめんなさい。しかし、私たちの一族に裏切りは許されない、それだけは理解して。今後はそれ以外は生かすようにしておく』
市政勢力復帰への交渉は、私たちが長く外界から断絶していたこともあり、互いの譲歩や価値観の擦り合わせを行いながら少しずつ前向きに進んでいた。
そうして迎えた、旧都陥落のその日。
その日私は、エリー都の市長と会談し、市政勢力へと加わる筈だった。
しかし、突如としてホロウ“リンボ”──のちに零号ホロウと呼ばれるホロウ──が暴走、私は協力を要請され、それに従って動かせる人員を出来る限り動員して零号ホロウへ向かった。
事前の連絡では、私たちはそこで同時に派遣された防衛軍の小隊と合流して協力する手筈だった。
しかし──
『──女王!これ以上は陣形が……!』
『防衛軍は?』
『未だ…、目視できません』
結果はこの通り。
小隊とは合流できず、防衛軍からの連絡も無い中で私たちは迫り来るエーテリアスと戦っていた。
私は陣頭に立ち、誰よりも剣を振るった。
そんな最中、不意に背中に熱を感じた。
守られているはずの背中、同じ家の元に集まった者たちが剣を握っているはずの背中だ。
『…………な──、貴様』
『騙して殺すつもりだろ、このままホロウの奥まで入って俺たちを見捨てるつもりだったんだろ!?』
『そん、な』
『黙れ、“血塗れの王女”!お前の話を聞いても目を合わせても、それだけで人が死ぬ、さっさとくたばれ!』
従っていたはずの者たちは、同じ血を分けた仲間だったはずの者たちは、届かない連絡と事前の情報と食い違った状況に狂乱し、私の背を刺した。奴らはそれを引き抜くと、そのま逃げ出そうとした。
そんな彼らの道を数多のエーテリアスが塞いだ。
私は咄嗟に剣を握り直し、振り下ろされたエーテリアスの腕を自らの儀礼剣で受け止めた。
『……じ、女王──?』
『私のキャロットを持って走れ』
『そ、それじゃあ』
『早く!』
彼らは私の腰に下げられていたそれを取って走り去った。
私はエーテリアスの腕を弾いて切り飛ばし、その場に存在したエーテリアスを消し去った。
『────っぐ、……はぁ、』
私を刺した剣は腹まで貫通していたらしく、出血がひどい。
儀礼剣を握り直すと、声が聞こえてくる。
私の失敗を嘲笑する声、レギオンの声だ。
“儀礼剣〝血栄〟”
私とエーテリアス・レギオンの繋がりを強めるために作られた剣。
私はこの剣を通じてレギオンの持つ力を扱い、エーテルを操作してきた。
この剣の名の意味は、栄光の為の血。
それは私の遥かなる祖先、初代当主が残した言葉からの引用だ。
流された血の赤はエーテルの不気味な緑色に争い続ける証。
たとえそれが犠牲によるものであっても、粛清によるものであっても、そのほかであっても。
その言葉を隠れ蓑に、前代までの当主たちは家族同士の不毛な殺し合いを良しとしてきた。
私の代でその全てを終わらせ、その罪を償い、この呪われた家系を断つことが私の使命だった。
だからこそ私はまだ死んではならない、まだ私はこの罪を償いきれていないのだ。
私は私自身が手にかけた九十九人の兄弟姉妹、彼らが流した血に報いるべきだ、市政勢力への復帰はその第一歩となるはずだったのだ。
しかし、この命は今にも流れ出し、私の命は枯れ果てようとしている。
『……私は──』
薄れそうになる意識を引き止めるため、強く剣を握り直した。
私はホロウの中を彷徨い歩く。
しばらく歩くと、逃げ惑う人々に出会った。
もう一度剣を振り上げ、剣身にエーテルを集中させ、薙ぎ払う。
その衝撃にこちらの意識が飛びそうになる、それでも弱った足をもう一度強張らせてその場に踏みとどまった。
『あ、あなたは……?』
『ここは危険よ、早急に立ち去りなさい』
『それじゃああなたが──』
『……これは、私の役目よ』
歩く、ただ歩く。
この命が底を尽きる前に、私のために流された血に報いなければならない。
『……この子を、ホロウの外まで連れて行って』
『自分でやりなさい』
異化寸前だった防衛軍兵士からエーテルを剣の力を借りて分離する。
今の私には、それを自らの体に受け入れるしかなかった。
また、歩く。
『……ば、バケモノっ!』
私を見た誰かがそう言った。
それでも、まだ意識がある。
報いなければ。
『……ありがとうございます、ありがとうございます』
誰かがそう言って私の横を走り抜けた。
歩く、歩く、歩く。
歩く、歩いて、歩け。
歩き続けろ、報いるために。
……銃声が聞こえた、防衛軍だ。
彼らが向ける銃口の先には大型のエーテリアスが吠えていた。
霞んだ視界ではその種類までは見分けられないが、見えたのはそれだけで十分だった。
『──総員、退がれ!』
肺に残った最後の息を吐き出して叫ぶ。
剣に先程の比にならない量のエーテルが集約してゆく、剣が重さを増し、今にも倒れそうな私を苛む。
おそらく全員が退いたはずだ、即座に剣を振り下ろすと、集約されたエーテルが剣の軌道をなぞるように拡散し、嵐のような破壊を伴って一直線に大型エーテリアスの方角へと伸び、エーテリアスを消滅させた。
『……人語を喋るエーテリアスだと!?』
そんな声が聞こえた直後、私の体は銃声と共に吹き飛ばされた。
『──裏切るのか、防衛軍』
立ち上がったその時、誰かが『女王』と叫んだ。
私のことを知っていたらしい。
だが、そんなことはいい、たった今私は裏切られたのだ。
もう一度、剣にエーテルを集約し、薙ぎ払う。
それだけで静寂が訪れた。
『……歩かなければ。報いなければ』
その時、私は自分が膝をついていることに気がついた。
足に力が入らない、全身の力が抜けて剣を取り落としてその場に倒れ伏す。
まだ、足りないのに、私はなぜ倒れている?
九十九人の兄弟姉妹は、私が無様に倒れ伏す姿を見るために死んだわけでは無いのに。
倒れ伏したまま手を動かすと、右手に硬い感触があった。儀礼剣だ。
その時、私の脳裏に一つの最後の手段が浮かんだ。
本来この儀礼剣は、本来人間に主導権が許されないレギオンの能力を人間が干渉できるようにし、遠隔でそれを可能にする役割を持つ。
しかし、レギオンの細胞を埋め込まれた私は、これを利用することでレギオンと対話することも、本来奪われるか与えられるしか出来ないはずの人間の側から彼に何かを与えることも出来るようになった。
ならば、私の意識を彼に送りつければどうなるだろうか?
私の意識が十分に強靭であったならば、内側からエーテリアス・レギオンの自意識を破壊し、その体を乗っ取ることができるはずだ。
剣に意識を集中し、剣とレギオンの繋がりに目を向ける。
それを感知したその時、私の全てをそこに送り込む。
体が裂けそうな、自分が千のカケラとなるような苦痛と共にレギオンの声が聞こえた。
その声は人間のものではないながらも、なぜか私はその声の意味を理解できた。
彼は私の行動の意味を理解し、汚い言葉で罵っている。
しかし、それでも止まらない。
私は生きなければならないのだ、九十九の兄弟姉妹のため、報いのため。
……そして、その先に待つ