王の帰還   作:サマネ

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それぞれの不満

下北沢駅を降り、東に向かう。茶沢通りに当るとその通り沿いにあるビル。その地下に降り、ネオン看板を眺めながら重い扉を開ける。その中には果たして、轟音とスポットライト、オーディエンスの興奮した歓声………

等は今は無く…

 

「ハァ………」

 

金髪三十路女の溜息が店内に木霊していた。

 

「店長。溜息ばかりですねぇ」

こちらももう三十路ではあろう。しかし自分磨きには余念が無さそう。

清楚な黒のロングヘア、シックな黒のワンピース。そして何故か萌え袖。耳にはピアスがゴリゴリの、笑顔なのに何処か悪魔的な雰囲気の女性。

 

「うるせえ…」

金髪三十路縦縞タイトパンツ女………伊地知星歌は、ここ暫く開店時間まで溜息と共に過ごしていた。最早普段の呼吸が溜息のようだ。

冬さなか、店内は暖房が効いている筈なのだが、何故か気温がとても低く感じられる。もし呼吸が凍って見えたとしたら、溜息の形をした白い塊が床一面に層を作っていそうだ。

 

「店長の溜息で床上30センチ位酸素が薄そうですねぇ」

減らず口を叩くPAも、何処か調子が出無さそうな雰囲気。…多分、夜型の彼女には感覚的にまだ早朝に近い昼過ぎ位だからだろう。

 

「…しょうがねえだろ。…居ねえんだから」

ぼそぼそと独りごちる。

 

決して出演するバンドが居なくて経営が傾いている訳では無い。寧ろ「結束バンド」のホームという事で、出演枠が中々取れない位には繁盛している。

 

問題は、その「結束バンド」が………いや、正確に言うと結束バンドの「あるメンバー」が居ない事が星歌の憂鬱に拍車をかけている。

 

「あーくそ!おい!飲みに行くぞ!」

「…これから開店なんですけど?」

星歌は、PAからそう言われてキョロキョロと周りを見回す。

「あ、そっか…じゃあ、虹夏に任せ!………そっか」

実の妹の怪我を忘れる位には重症であった。

 

想いが重い女、伊地知星歌。30ウン歳。

 

「くそっ!」

 

誰に言うでも無く、悪態を吐いてみる。

 

ひとり達が渡英してから、もう三〜四ヶ月は過ぎたか。虹夏が退院して、今は定期的にリハビリに通っている位だからその位は過ぎたろう。

年を跨いでしまった。去年のクリスマス(誕生日)は、とても…とても味気無いものだった。一時退院した虹夏がロクに身体も動かせないのに何とか盛り上げようとしてくれて。リョウは食ってばかりだった。

…あいつはダメだ。私の寂しさを、微塵も感じて無い。

余りの静けさに、遊びに来てくれた大槻ヨヨコも不器用なりに盛り上げようとして。

…あれはダメだ。コーラにメントス入れて何が面白いんだ。

 

でも、この寂しさがあるからこそ、再会した時の嬉しさが何倍にも感じられるであろう。

も、もしかしたら…抱き締めてなんか…くれるだろうか?

 

想いが酷い女、伊地知星歌。30ウン歳。

 

 

…ぼっちちゃん、頑張ってるかなぁ。

多分、イギリスは曲者ぞろいだろう。シニカルで、排他的で。アジア人に辛く当たるヤツも居るかもしれない。

 

でも、ぼっちちゃんのギターを聴かせてやれば、どうだ。

あのギターには、惹き付けられる「何か」がある。

本人は、「自分の音には個性が無い」なんて思ってるらしいが…ぼっちちゃん。お前の中には、凄いものが眠ってるよ。

それを自ら引き出して、自分のモノに出来る術が気付け無いだけで。

それを、私が引き出してやれなかったのがもどかしい。

 

今までとまるっきり違う環境で、違う人々の元で、しかも自分が追い込まれた状況で。

その全部をあの子が糧に出来たら…とんでもないギタリストが生まれる。

私も昔は目指した事のある、「オンリーワン」が。

それこそ「ギターヒーロー」どころじゃない。

 

「ギターの王」が生まれる。

 

無事に帰ってこいよ。

ぼっちちゃん。

お前が帰ってきた時に座るのは…玉座だ。

 

でも…

「はぁ…ぼっちちゃん」

 

 

とにかく、

伊地知星歌は今日も憂鬱だ。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

「ハァ………」

 

こちら新宿FOLT

4人がけの丸テーブルの一角、脱力したようにテーブルに突っ伏している1人の女性。

他の3人が雑談に興じているのに、その1人だけが(落ち込んた私を見て!)とばかりにわざとらしい溜息を吐く。

放って置くのも面倒臭いと考え、ドラムの長谷川あくびが渋々声を掛ける。

「どーしたんすか?ヨヨコさん」

話し掛けられた瞬間、ガバリと顔を上げるヨヨコ。

「な…何でも無いわよ!」

どう考えても話し掛けられたかっただろうに、「何で話し掛けるの!?」みたいな顔をする。

(…めんどくせーな、このヒト)

思ってみたが、それを言葉にすると余計面倒臭くなるので思ってもいない言葉を返す。

「なんか悩みがあるなら言って…って、どうせおっぢさんの事ですよね?」

「…ぼっち、でしょ!?」

「あぁそうでした。…後藤さん、後藤ひとりさんの事ですよね?」

わざわざ丁寧に言い直してやる。

「…別にそう言う訳じゃ無いんだけど…」

ああああ!めんどくせーーー!

「もう面倒臭いのではっきり言いますけど、ぼっちさんがロンドンに修行に行ったのが引っ掛かってるんですよね!」

最早付き合いきれないので、逃げ道の無いようにはっきり聞いてやる。

「…だって、姉さんは私じゃ無くて後藤ひとりに声掛けたのよ?なんで?なんであいつなの!?」

段々ヒートアップしてきた。というかやっと本音が出て来た。

「それはヨヨコさん、売れてるからでしょ?」

 

シデロスは、当初「自分達の音楽を貫く」為に、敢えて声が掛かったメジャーレーベルでは無くマイナーどころでデビューした。

それから3年程立ち、所属事務所の「貴女達の知名度はもう私達の所では扱い切れない」と言う言葉の匙を投げられ、尚且つメジャーレーベルの「貴女達の考え、行動を尊重する」と言う実質的な勝利条件を手に、メジャーデビュー。

アルバムを出せばCDでもトップテンには入り、配信でも上位の常連になった。

ヨヨコが「ギターヒーロー」に対抗するようにアップしたシデロスの渾身の一曲の動画は、みるみる内に視聴を伸ばして最近のチェックでは1000万再生を稼ぎ出し、現在もカウントを伸ばし続けている。

あくび曰く「顔も出して無い個人のギターヒーローさんに対抗してメジャーバンドが本気出すのがオカシイ」のだが、再生数で10倍近い数字を叩き出したヨヨコの小鼻は、暫く膨らんだままだった。

ちなみにヨヨコは気付いてないが、まだ数年前の「ピンクジャージ姿」でプレイしていたギターヒーローの動画は、

"ギターヒーロー=結束バンドの後藤ひとり"

と言うのが古参ファンを中心に認知され、長年のリピートに次ぐリピートで一本だけだが1200万再生を稼ぎ出しているものがある。

 

某古参ファンの2号さん(名は秘す)

「ついつい観ちゃうんですよー!あのプレイそして画面から隠されたあの可愛い顔を想像しちゃうと毎日朝昼晩と3回は観ちゃうねって1号とも話してて!そして観る度にジュンって※※※※※※………」

 

最後まで話を聞くのは危険だったようだ。

 

とにかく、

大槻ヨヨコは不満だった。

姉さん(廣井きくり)が後藤ひとりを誘った事もそうだが、これで後藤ひとりが完全覚醒してしまったら、手を付けられない存在になりそうで。

元々ジャンル違いなので、別に後藤ひとり(結束バンド)と争う意味は余り無いのだが、それでも気になるものは気になるんだからしょうが無い。

 

でも、と。

私も…私達もパワーアップすれば良いんじゃ無いか?と。

 

「…ヨシ!特訓するわよ!」

 

唐突に思い付いた。

あくびは呆れ顔だ。

「さっき練習終わったばかりっすよね?。そもそも他のメンバー帰りましたけど」

言われて周りを見回すと、ギターの本城楓子、ベースの内田幽々は既に影も形も無い。

逃げ遅れた長谷川あくびだけが隣に座って呆れ顔を向けている。

 

「ああ!…もう!」

怒声を発して再びヨヨコはテーブルに突っ伏す。

つまり、最初に戻る。

 

「はぁ…」

 

とにかく、

大槻ヨヨコは今日も不満だった。

 

(覚えてなさいよ!後藤ひとり!)

聞かせてもいないのに、覚えている訳が無かった。

 

ーーーーーーーーーー

 

「はぁ………あーもぉーーー!」

 

金沢八景にある、静かな住宅地にあるとある2階家。

その家の2階の1室から、不機嫌丸出しの声が響き渡る。

 

後藤ふたりは不機嫌だった。

流石に小学校も高学年になると、分別というものを覚えてくる。

でも!でも、だ!

 

お姉ちゃん連絡来なさ過ぎ!今なら幾らでも連絡手段あるでしょうに!

何で旅立ってから全然連絡寄越さないの!?

そんでリビングに飾ってあるアレは何!?

 

ひとりは旅立つ日にソレをリビングの壁に掛けた。

 

「居ない間、これをわたしだと思って!」

 

ハンガーに丁寧に掛けられたソレ…ピンクジャージの上下。

今はもう着ないソレだが、「後藤ひとりと言えばピンクジャージ」と言うのが本人、そして周りの認知で。

つまり理論的に考えると

 

ピンクジャージ=後藤ひとり

 

突き詰めると

 

ピンクジャージが後藤ひとりの本体

 

という事でもある。

 

そういう訳で、真の本体(?)であるピンクジャージをリビングに吊るして仮の本体(?)である後藤ひとりを忘れない様に、という本人の配慮。

 

やっている事は、「国際的な大会でメンバーに選ばれたにも関わらず怪我等で出場叶わなかったスポーツ選手が自チームのベンチに飾ってもらうユニフォーム」のソレ。

 

普通自分でやるヤツは居ない。

通常は、他のメンバーやらスタッフやらが、その選手の欠場を惜しんでやるもので。

 

自分でやったら、「お前はどれだけ空気読めないんだ!」と総叩き食らう事間違い無しの暴挙である。

しかも止せば良いのに「喜多郁代の高校時代の制服」まで、ソレの横にご丁寧に掛けてある。

 

最早、「暴挙」というより「狂気の沙汰」である。

しかも、かなり怖い類の。

 

ソレらを見る度、後藤ふたりは言いようの無い気持ちに苛まれる。

ハッキリ言うとご飯の味がしなくなる。

最近は見ないようにして幾らか慣れたが、不意に目に入ると沸々と言い様の知れない怒りが込み上げる。

 

とてもじゃないが、小学生が抱えて良い感情では無い。

 

ソレらを外そうとしたが、壁に釘を打ち針金で括り付けてある。

ハンガーだけ残してソレらを取ろうとしたら、前身頃の合わせ目にホッチキスが打ち付けられ、上下は縫われ、尚且つ接着剤でハンガーと一体化している。

 

もう実の姉ながら、気が狂ったとしか思えない。

 

母は「ひとりちゃんと喜多ちゃんがが居るみたいでいいじゃな〜い!」

 

…取り付く島も無い。

 

父は「そうだぞ!お母さんの言う通り!」とひたすら母に追従姿勢。

 

両親共、もう少しマトモな人間だと思ったのに。

この家でマトモなのは私だけだ!

 

小学生が抱いちゃイケナイ感想を漏らす。

 

もう私は家出するしか無いのか!?

でも小学生の身空、生活していける訳が無い。

 

「………もーーーーー!!!」

 

 

とにかく、

後藤ふたりは今日も不機嫌だ。

 

 




今回は、後藤ひとりに関わる人達の不満を集めてみました。

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