王の帰還   作:サマネ

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◯◯◯◯る

コンコン

 

夕暮れ時過ぎのわたしの部屋のドアをノックする誰か。

…いや、誰かって…現在この家にはわたしともう一人しかいないんだけど。

 

コンコン

あ!あばばばば!妄想に意識を取られて返事するの遅れた!

ギターを弾く手を止め、慌てながら返事をする。

 

「は、はい! 入ってます!」

 

ドアの向こうからクスクスと笑い声がする。それからドアが静かに開く。

現れた赤髪の女性は、堪えきれない笑みを口元に浮かべて部屋に入ってくる。

「ひとりちゃん、その返事はおトイレかお風呂よ?」

 

…確かに。

 

「まあ、間違いじゃ無いんだけどね?」

まだ笑われている。

些細な事でも笑いを取るギタリスト。後藤ひとり、20歳。

わたしの持ち芸をフルに発揮出来たなら、満席のO2アリーナを爆笑の渦に巻き込めるんじゃないだろうか。

そんな妄想を逞しくしていると、

「もう! また自分の世界に行っちゃってるわね!?」

 

…怒られた。 

 

 

「でね?イライザさん達が、「母屋で一緒に食事どうですか?」って。どうする?」

何故か、ニコニコと言うよりニヤニヤとした喜多ちゃんに聞かれる。

…? 何だろう。何か仄かに違和感のある気配を感じる。

はっ!もしかして、このまま呑気に家から出たら…玄関先に空けられた落とし穴に嵌り、「やっぱり燃えないゴミは埋めるに限るわねー!」とか言われてニヤニヤ笑いながら喜多ちゃんに埋められる!?そして土の中の微生物に体を食い荒らされるけど、「ニホンの軟体動物は美味くないな!」とか言われて食い残され、半分骨になりながら泣く泣く日本に帰ることに!

ゴメンナサイ!腕だけは!両腕だけは勘弁して下さい!死にかけのゾンビみたいになっても腕が残れば動画投稿は出来るので!そうすれば家族も仕方なく飼ってくれるので!幾ばくか稼いで行けるので!

わたしが何とか生き残る道を模索していると、

「…もう!ひとりちゃん!?」

 

…怒られた。

 

最近の喜多ちゃんは容赦が無いなぁ…

 

 

「で、どうする?」

「…あ、はい!生きます。…いや、行きます!」

怪訝そうな顔を向けられる。

「…今、言葉のニュアンスが何かおかしかったけど?」

「いえ、行きます!」

 

 

ふたりでイライザさん達が住む母屋に向かう。

外はまだまだ寒い。日が沈むと余計に。

部屋から出る時、日本出発前に喜多ちゃんに選んで貰ったモコモコのジャケットを着てるけど、それでも寒い。

…何故わたしはジャケットの下、Tシャツ1枚なのか。

…何故部屋着を脱いでしまったのか。

 

母屋まで向かう短い間、可愛らしいチェック柄のPコートを着た喜多ちゃん(きたきたちゃん…ブフフッ!)が、寒空を見上げながら呟く。

「…もう4ヶ月…かぁ」

 

そう、もう4ヶ月以上経つ。イギリス…ロンドンに来てから。

最初の頃は色々と大変過ぎたな(今も大変だけど)。

 

ーーーーーーーーーー

 

まだひと月過ぎたかくらいの頃。

ある日の夜の事。喜多ちゃんはキッチンに立っていた。

夕ご飯を作ってくれていたと思う。

 

わたしはその頃、気持ちも身体も、もう一杯一杯で。

部屋で只、ギターを胸に抱えたまま虚ろな気持ちで自室の床にへたり込んでいた。

何か、涙も出ない。追い込まれ過ぎて、気持ちが動かない。

馴れない環境。馴れない気候。馴れない人々。馴れない言葉。馴れない、馴れない、馴れない………

そして未だに見当も付かない、「わたしだけの音」。

 

…何でわたし、こんなトコに居るんだっけ。

何か悪い事したんだっけ。

ああ、わたしが生きてる事が「悪い事」、か。

 

そっか。

 

そっか…

 

居なくなろうか。この世界から。

喜多ちゃんも、面倒事が減るだろう。

うん、それは良い事だ。

とても、ヨイコトだ…

自室は2階にある。窓を開ける。涼しい風がわたしの身体を誘う。

じゃあ、サヨナラバイバイ…

 

「バカッ!」

 

後ろから、物凄い力で抱えられ、そのままの勢いで床に押し倒される。

「バカッ!!」

その人に、胸を力任せに叩かれる。

「バカッ!バカッ!バカッッ…」

わたしの顔に雨が降る。もう晩秋なのに、温かい、暖かい、雨。

あかいかみの、ふだんはあたたかなえがおの、そんなやさしいひとの、ひとみからこぼれる、しずく。

 

「ひとりちゃん、一人で何処に逃げるの!?答えて!」

 

そんな暖かな人の表情を歪ませる、出来損ないの、わたし。

 

「きたちゃん。わたしにはやっぱり、できないのかな。うぬぼれてたのかな。このできのわるいわたしが。…音ってなにかな。ギターって…なにかな」

 

喜多ちゃんは、まるで苦い物でも噛み締めてしまったかのような表情を浮かべ、もう一度わたしの胸を強く叩く。

 

「わかった!そんなにこの世界が嫌なら一緒に行ってあげる!」

言うが早いかわたしの腕を掴んで立ち上がり、そのまま階段を降りて玄関から出る。靴も履かずに。

部屋もキッチンもラグが敷いてあるので、通常部屋からの移動以外はスリッパすら履かない。

靴下だけの屋外は、草原や砂利敷きで足の裏が痛い。喜多ちゃんはそんな事も構わずわたしの腕を掴んでずんずん進む。

わたしの虚ろな目にも、前方に何があるか見えてきた。

 

湖。

 

喜多ちゃんは止まりもせず、そのままの勢いで湖に…

ダイブした。わたしの腕を掴んだまま。

高さ3メートルはあったか。その崖から躊躇せず身を投げた。

 

「うあっ!、ガボッ!、ゲボッ!」

正気に戻ったわたしが手足をバタバタ暴れさせる。

しかし、喜多ちゃんは飛び込んでから身動ぎひとつしない。

流石に(不味い!)と思い、何とか岸に向かおうとして…沈んでゆく!まるで喜多ちゃんの身体が、わたしに付けられた「重し」のようだ!

しこたま水を飲みながら、直ぐに水底に着いた足を幸いと思い喜多ちゃんを抱き抱えたまま水中を歩くように岸まで辿り着いた。その間、喜多ちゃんは目を閉じたまま動かない。

 

 

「ぶあっ!…はあっ、はあっ…」

喜多ちゃんも岸に引き上げ、ふたり揃ってその場に倒れ込む。

 

喜多ちゃんは目を開けない。

 

「きた…喜多ちゃん、喜多ちゃん!」

身体を揺さぶり頬を軽く叩く。

「き、きたっちゃ!きたちゃん!お願い!きたちゃん、目を開けて!」

暫くそうやっていただろうか。わたしが嗚咽しながら身体を揺さぶっていると、ふ、と喜多ちゃん目を開いた。

「…きたちゃ…」

 

 

「どう?死ねた?」

 

 

開口一番、そう問われて口を開けなくなる。

 

 

「どう?逃げられた?」

と。

「何かが変わった?」

と。

 

 

「うぅ…ごめ、ごめんなさい!うぁぁ!ごめんなさいぃ!しねない!しなないししねないよぉ!うぁぁん!」

 

「そ。じゃあ、生きてるしか無いわね」

 

喜多ちゃんがわたしを抱き締めてくれる。折れそうな位、強く。強く。

 

「いい?ひとりちゃん。ひとりちゃんは…ひとりちゃんと私は、今死んだの。そして今、生まれたの」

 

喜多ちゃんの言っている事は全部が理解出来るわけじゃ無い。でも、言わんとしている事は解る。

 

「生まれたんなら、生きるしか無いの!いま死んでしまった後の数十年の「いのち」を前借りして、それを力に進むしか無いの!」

 

わたしの肩に、暖かい雨が降り注ぐ。

ああ、あったかい。

あったかいよ…喜多ちゃん。

やはり貴女にはかなわない。

 

 

ありがとう

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

その1週間後くらい。ある夜、ベッドに潜り込んでいたわたしの耳に、静かにドアの開く音。

誰か…喜多ちゃんが入って来たのかな。どうしたんだろう。

寝惚けた頭で漠然と考える。

徐々に覚醒してきたわたしの横、ちょっとだけ空いたベッドの隙間に恐る恐るといった感じで喜多ちゃんが潜り込んでくる。そして背を向けていたわたしを後ろから抱き締めるように、腕を身体に回してくる。

どうしたのか聞こうとしたわたしの耳に、その嗚咽が聞こえて来た。

 

「…うっ、ううっ………」

 

この所、喜多ちゃんも少し塞ぎ込んでいたみたいで、いつもの明るさがちょっと影を潜めていた。

そう、まだメアリさんに教えを請う前。喜多ちゃんがまだ、自分の道筋を見付けられる、前。

 

「うっ………くうっ………」

極力声を押し殺し、わたしに聴こえないように…でも身体は、わたしに縋るように。

ぎゅうっと、わたしにしがみついてくる。手が、身体が、震えている。

 

わたしはこの前喜多ちゃんに助けられたけど、喜多ちゃん自身は自分を助けられた訳では無く。

でも、わたしのように「その感情」を外に向ける訳じゃ無く。全て自分の内に仕舞い込んで。

 

ああ、強い人だなあ。強くて可愛くて、弱い…人、だなあ。

この時が、たぶん初めて心の底から「この人とずっと一緒に歩んで行きたい」と、そう思った時だろう。

 

「…きたちゃん」

 

そう思ったら、行動せずにはいられなかった。

「きたちゃん。そっちに向くね」

びくりと震えた喜多ちゃんは、ちょっとの逡巡の後腕の力を抜いてくれた。

ぐるりと半回転。なるべく喜多ちゃんの顔を見ないようにして、その頭をわたしの胸に抱える。

時には顔を、目を合わせない方が良いこともある。その方が素直な気持ちを伝えられる事がある。

 

「…ひとりちゃん」

 

弱々しい響きで、わたしの名を呼ぶ。

 

「…きたちゃん」

 

それに答える。

 

まるで、世界にふたりだけになったような、この世の中で、ここだけが世界になったような、そんな夜。

 

そんなふたりだけの世界で、徐々に落ち着きを取り戻して来た喜多ちゃんがポソリ、と声を漏らす。

 

「私…進んでるかどうか…進めるかどうか、分からない」

普段あれだけ元気な、私を元気付けて呉れたその唇から、漏れ出す、弱気。

わたしの胸に顔を押し付けているせいで、ちょっとくぐもった声。

 

…なんて答えれば良いんだろう。そもそも、答えなんてあるんだろうか。答えを欲してるんだろうか。

わからない。わからないけど、だからって黙ってて良い理由になんかならない。

 

「喜多ちゃん。喜多ちゃんから見ればわたしなんかミジンコとかプランクトン並みの精神です」

「…そんな」

「でもね!そんなわたしを喜多ちゃんは救ってくれる!生かしてくれる!…生まれ変わらせて、くれたんです」

「………」

「喜多ちゃん、貴女はわたしの憧れなんです。貴女はわたしの喜びなんです。貴女はわたしの…目印なんです。貴女という「太陽」が、「北極星」が、見えなくなってしまったら、わたしは何処にも向かえないんです。目が見えないんです。息が出来ないんです。でも、気落ちした貴女に何もしてあげる事が出来ません。何も、思い付かないんです。何かをしてあげられる力が、わたしには、無いんです」

「そんな事!…」

 

喜多ちゃん。いまからわたしは、とんでもなく我儘な事、言うよ。

 

「だからね喜多ちゃん。この「ただの重し」のような女のわたしを………離さないで下さい!」

「………え?」

「わたしには、空を飛ぶどころか、地を這う力さえままなりません。精々片方に、「ギター」という名の小さな小さな翼しかありません」

 

たからこそ。だからこそなんだ。

 

「喜多ちゃん。「比翼の鳥」って知ってますか?」

「………」

「中国の古事にあるらしいんですけど。その鳥は、自らは片方の翼しか無いらしいんです。だからどうやっても飛ぶことが出来ない。でも、もう片方の翼を持った鳥と繋がり合って一緒になれば、高く高く空も飛べるらしいんです。…わたしも喜多ちゃんと、そうなりたい」

そして、わたしは喜多ちゃんの瞳を覗き込んだ。

 

目線だけを上げ、わたしを見詰める。

「私に片方だけでも…翼、あるかな」

 

「あ、でも!喜多ちゃんには両方に綺麗な翼がありますよ!」

「それじゃ、私だけで飛べちゃうじゃない」

「…あ!」

「…ふふ」

おかしなフォローしちゃったけど、やっと喜多ちゃんが笑ってくれた。やっぱり笑った顔、綺麗だな。

 

「でも、そうね。私にも片方だけ翼があれば、ひとりちゃんと空を飛べるわ。…でもひとりちゃん、そんなに「重い」んじゃ、傾いちゃうわね」

…自分で言った「ただの重し」という言葉が自分に返ってくる!いやでもあのその!

 

「ふふ…私も「重い」から、丁度良いかも」

「…きたちゃん」

「たからね?ひとりちゃん。…うん、例え地面スレスレでも、ふたりで飛んで行きましょう。飛んでいれば、落ちなければ…そのうち、何時か上昇気流に乗れるわ。その時は、高く…高く、飛びましょう!」

喜多ちゃんが抱き締めてくる。こんどは頬を合わせるように。この人の温度は、熱は、私の為にある…と信じたい。

わたしの語った言葉は、全部わたしに都合の良い、自己満足な言葉。

本当なら、喜多ちゃんは一人でも充分空を飛べる翼を持つ。対してわたしは地を這う芋虫のよう。

なんだよ、「離さないで」って。只のわたしに都合の良いだけの妄想じゃないか。

喜多ちゃんがそんなわたしに寄り添う理由も都合も無い。

でも、少しでも…ほんの少しでも、わたしに執着してくれる気持ちを持ってくれているなら。

それが喜多ちゃんを前に向かせる動力に出来るなら。

最終的に恨まれても、疎まれても。

貴女の顔を、少しでも上げられれば。

 

それならわたしは、自分に都合の良い我が儘を通せる。通してやる。

 

それが、貴女に貰った沢山の「暖かい気持ち」の、ほんのちょっとした「お返し」。

そして

貴女から与えられた沢山の「優しさ」への、ほんのちょっとした「仕返し」。

 

その晩は、ふたり抱き合って眠った。

 

 

ふたりとも、久々に良く眠れた。

 

ーーーーーーーーーー

 

コンコン

 

「おじゃましまーす」

 

ふたりして挨拶。「you are welcome!」の言葉に扉を開ける。

 

瞬間

 

「Happy Birthday!ひとり!」

 

クラッカーの破裂音と共に細い紙テープが飛び交う。

 

「…え?…あ?…う?」

な、なんで?なんでなんで?………あ

「わたし、誕生日?…」

わたしの横に立っていた喜多ちゃんがこそりと耳打ちしてくれた。

「…サプライズ、だいせいこー」

 

周りを見回すと、イライザさんとそのご両親、そして廣井さん、志麻さん。何と、メアリさんとレベッカさん、ケニーさんまで居る。

 

「え、あ…みんな、なんで」

 

もうまともな言葉も発せない。

 

「なんでじゃないヨー、皆後藤さんのバースデイを祝いたくて集まったんだヨ?」

「そうそうぼっちちゃん!きみが良い子だからわたしもこうしてタダ酒がたらふく飲める!」

「それ関係無いだろ廣井!」

シクハックの面々が説明(?)してくれる。

まだ困惑しているわたし。

「え…でも、海外滞在中は時間が止まるから、わたしの誕生日…まだ先じゃ?」

「なんでよ!?」

 

喜多ちゃんにツッコまれた。

 

「ヒトリ」

ケニーさんが近づいてくる。そしてわたしの手を握る。

「君は私が遭った中でも、最高のギタリストの1人だ。キュートで、真面目で、熱心で。何よりきみの腕には神が宿っている」

 

レベッカさんも何やら興奮気味に早口でまくし立てる。どうやらケニーさんの言葉を、イライザさんが英訳してくれたらしい。

喜多ちゃんが隣で説明してくれる。

「レヴィさんも、ケニーさんと同じ気持ちだって。ひとりちゃんの手は、神に愛された手だ、って」

 

あ…ああ…あああ………

 

「わたし…わたし、は………そんな………」

 

それ以上言葉にならなかった。

その場にペタンと崩れ落ちると、ただ声を上げ、泣き叫んだ。

「うあ!うああ!うわあああ!あああああぁ!」

 

そんなわたしを、喜多ちゃんが包み込んでくれる。

「ひとりちゃん。あなたは愛されてるのよ。音楽に。神に。…みんなに」

 

わたしの中を、激流が流れる。わたしを攫うように、暖かな激流が。優しい奔流が。

この流れの捌け口を!出口を!与えなければ!わたしは破裂してしまう!

そして、ずうっと言いたくって言えなかった言葉を紡ぐ。

若草色の瞳を正面に捉えて。

 

「きたちゃん…」

 

「なあに?」

 

 

「…あいしてる」

 

 

喜多ちゃんは、その若草色の瞳から、雫を一筋。

 

 

「わたしも、あいしてる」




想いを通じ合わせた日。

マルの中は好きな言葉を当て嵌めて下さい。
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