「何故ヒトリはイクヨの事をファミリーネームで呼ぶんだい?」
宴もたけなわ、皆程々にアルコールが入ってまったりとした空気が流れるリビング。
そんな中、唐突にケニーさんに聞かれた。
流石に暑くなってきたのか、トレードマークのトレンチコートを脱いでセーターを腕まくりしている。
ブラウンの腕毛と胸毛が眩しい!
「な…何故とは?」
今一つ質問が理解出来なかったので、恐る恐る聞いてみる。
「だって、ヒトリとイクヨはパートナーだろ?それならファーストネームで呼んであげなければ可哀相じゃないのか?」
そ、そうかー!英語圏では、親しい相手はファーストネーム(名前)で呼ぶのが当たり前なのかー!
でも…喜多ちゃん自分の名前嫌いだしわたしも呼びたいけど嫌われるのは嫌だしもし「郁代ちゃん」とか呼んだ途端に「…後藤さん何かしら」とか昏い目で言われたら死!死!もう地中に潜って一度も地上に出ないまま300年位掛けて日本に帰り着かないとでもいざ日本に着いたら喜多ちゃんの子孫に「後藤さん、地上に出てきて良いと思ってるの?」とか言われて泣きながら地球のコアを目指してアテのない旅に出ないとでもそうすると向こう数百年動画配信出来なくなるしそうすると…
わたしが負のスパイラルに陥っていると、ケニーさんの話をイライザさんに英訳されたメアリさんが話に参戦して来た。
「ケニー、ヒトリはシャイなの解って言ってるの?それにイクヨも納得しているんだから良いじゃない!」
その言葉に続いてレベッカさんも参戦。
「ケニー。アタシは知ってるよ。アンタのガールフレンド、何人居る?その娘達にファーストネームとファミリーネームを呼ぶの区別させてるみたいだけど、ヒトリの事よりアンタの方が問題有るんじゃ無い!?」
「…全ては愛、だよ」
「あなたの付き合いに口出しするつもりは無いけれど、少なくとも私の妹のパートナーを困らせるのはどうなのかしら!?」
「そうだよケニー!ヒトリはアタシが認めたギタリストだ!幾らライブを演らせて貰ってる立場とはいえ、ヒトリを困らせるのは許せないね!」
「チョット待ってくれ。僕だってヒトリを困らせたい訳じゃ無いんだ。ただイクヨの愛がね?…」
「だから!………」
「そうだよ!………」
何やら壮絶な言い争いになっているみたい。何言ってるかわからないけど。お酒コワイ。
ふと喜多ちゃんを見ると、何故か赤くなって俯いたままプルプルと震えている。
喜多ちゃんは英語、理解できるから内容も判る訳で。
でも、なんで赤くなってるの?え?そんな話なの?
廣井さんがおもむろにわたしの肩を抱き寄せる。
「ぼっちちゃ〜ん、モテモテだねぇ♪」
「…え?これわたしモテてるんですか?」
爆乳と胸毛に?え?え?………えへ!
「ひとりちゃん………」
…喜多ちゃん、目が怖いです。
どうやら、イライザさんの解説によるとケニーさんとメアリさん、レベッカさんは年中こんな遣り取りをしているらしい。
何か、虹夏ちゃんとリョウさんを思い出すなぁ。二人とも元気かなぁ。
物凄く時間が経ったような気もするし、あっという間に過ぎてきたような気も。
リョウさんには定期的に、「リョウさんとの約束のヤツ」を送ってるけど…リョウさんからは返事来ないからなぁ。
この間ので2回目だったかな?ソレをリョウさんがどう判断してるか、知りたいような知りたく無いような…
どうか、「成長してる」と感じてくれたら良いなぁ…
ーーーーーーーーーー
「ふふ…」
耳に挿したイヤフォンから、ある音色が流れて来る。ソレを聞いて、思わずほくそ笑む。
「山田ァ!何処行ったァ!」
「やべ!」
隠れていた木陰から顔を出す。
「最初からここに居る」
平然と答える。
「嫌で隠れてたんだろうが!」
今は早朝のウォーキング中。虹夏のリハビリの一環。
普段の歩みからするとかなりゆっくりだが、虹夏も杖を突きながらでも何とか歩けるようにはなって来た。
「で?何隠れてたのさ?」
「いや、虹夏を待ってた」
「…あたしより後ろに居て、「待ってた」も無いでしょうが!」
…この某姉妹は、もうちょっとカルシウムでも採った方が良いと思う。
「んで?何聴いてたのさ」
耳に挿したイヤフォンを指差す。あ、外すの忘れてた。
「…別に? 暇潰し」
「その割にはニヤニヤしてたけど?」
「…ずっと見てたんじゃん…」
「え?、あたしの顔見るまでニヤニヤしてたの気付いて無い?」
「………マジか」
どうやら、ずっと顔に出てたらしい。
「何?隠すようなコト?」
怪訝そうな顔を向けられる。別にそう言う訳じゃ無いんだけどね。
「それじゃ、頑張ってる虹夏にご褒美で聴かせてあげよう」
「…何かムカつく」
ゴチャゴチャ言いながらも木にもたれてイヤフォンを耳に挿してくれる。
「それでは開演!世紀のギタリスト、その覚醒前夜!」
ポチッとな
「………お、………おおお、おおー!」
虹夏の瞳の中に星が瞬く。
「おおおおおー!」
どうやら気に入ってくれたようだ。
「これ………ぼっちちゃんだよね!?」
「そ」
演奏が終わり、イヤフォンをわたしに返しながら虹夏に問われる。
「ぼっちと約束してたんだ。せめて2ヶ月に一度位で良いから、演奏データ送って?って」
ぼっちが旅立つ前、ひとつ約束して貰った。
「作曲のモチベーションにしたいから、2ヶ月に一度で良いよ。演奏データ送って欲しい。その時の「全力」の」
伝えた事は、半分は本当。もう半分は…
(ぼっちが進化する具合を、常に確かめておきたかった。わたし自身の危機感を煽る為。わたしがぼっちについていけるか、確認の、為。)
まだ2回しかデータは届いてない。一回目は最初、メールで一言「すみません」だけ。データは添付して無かった。
多分、かなり追い込まれているんだろうと思われた。
もしかしたら、このままぼっちは壊れてしまうかもしれない。不安になった。責任を感じた。わたしもぼっちの「背中を押した」1人であるから。
結束バンドの未来への不安…というより、「仲間として」、「友達として」の不安が先に立った。
わたしが背中を押した事は間違っていたのか。例え決断したのがぼっち本人だったとしても。
「すぐ帰ってきて良い」と思った。
「無理してソコに居なくて良い」と思った。
でも、やっぱりぼっちは「ギフテッド」だった。
その後すぐにデータが送られて来た。ホント言うと、聴くのが怖かった。あの、「ぼっちのギター」が失われてしまってるんじゃないかと。
結論を言うと、それは杞憂だった。
決意して聴いたそのデータに、ついつい口角が上がる。
音は飛んで。運指はやや乱れて。それでも、音が…音が弾んでいた。
奏でる音、全てが「楽しくてしょうがない」と叫んでいた。
まるで、「夏休みの子供が全力でプールで騒いでいる」ような音。
楽しい!嬉しい!気持ち良い!そんなハジけ方。
久々に、全力で声を上げて笑った。
嬉しかった。ぼっち、やっぱりお前はサイコーだ!
多分、何かの切っ掛けで「覚醒に至る為の切符」を手に入れたんだ。
モチベーション上がった。負けてられない!と思った。
2回目のデータはそれが更に進化…いや、深化していた。
自分が獲得したその気持ちを、今度は抑えに来た。でもその音のベースは、明らかに弾んでいる。
やられた!と思った。ぼっちは自分で獲得したそのモノをわたし達用、バンド用にチューニングして来た。
総毛立つような感覚。ゾクゾクと来た。
このまま行ったら、一体どんな音を奏でるようになるのか。
強固な気持ちを持ち、素晴らしい技巧で、並ぶ者無いバンドサウンドを鳴らす、最高なギタリスト。
サイコーじゃないか!
負けるか!負けてやるか!
わたしの目標が決まった。サイコーなギタリストの為にサイコーなベーシストとサイコーなドラムスを用意してやる!
だから、そちらでもサイコーなギタボに仕上げてやってくれ!
それを、サイコーな曲に乗せてやる!
だから、サイコーな詞を寄越しな!
最早、売れるか売れないかじゃ無い。そんなの関係無い!
どれだけの音を奏でられるか、どれだけ高みに行けるか。
それで売れなかったら、皆で草でも食べて暮らそう。
でも、聴く方もバカじゃ無いよ。
きっと気付く。そんなサイコーの音を奏でる4人に。
ーーーーーーーーーー
わたしは今、追い詰められております。
誰あろう、胸毛と爆乳と美の化身に。
ケニー「だからねぇ?」
レベッカ「ヒトリぃ?」
メアリ「何故ぇ?イクヨをファーストネームで呼んであげないのぉ?」
※同時通訳ーー清水イライザ
レベッカさんとメアリさんはともかく、ケニーさんまで酔うと日本語が出てこない。
久々に溶けそうです…
形状変化(変態)は暫く前に治ったと思ったのに!
そもそも、メアリさんもレベッカさんもソレは納得してくれたんじゃ無かったの!?
何で散々酔っ払ったらケニーさんとタッグ組んでるの!?
喜多ちゃんに助けを求めようと視線を送ると…あの、喜多ちゃん?何故真っ赤になって俯きながらこちらをチラチラ見てるんです!?
誰も助けてくれない!
周りを見回しても、志麻さんはイライザさんのご両親と談笑してるし!(英語出来たんだ)
そこに救世主登場!我らがお姉さん!
…しかし、何か態度がオカシイ。
廣井お姉さんはわたしの肩に手を回すと
「イチ•ニィ•サン•ハイ、イ•ク•ヨ!」
ニヤニヤしながら耳元で要らない事を囁きやがった!
最早喜多ちゃんは顔を両手で覆っている。耳まで真っ赤だ。
「あぁ…私の妹、可哀想…」
ヨヨと泣き崩れる。メアリさん、演技ですよね、それ!?
…もう分かった!
わかったよ!
やってやる!
わたしは自分のギターを瞬間的に招集。イライザさんが普段使っているアンプスピーカーにシールドを繋ぎ、深呼吸の後…ギターを掻き鳴らした。
今持つ最高の技術で。
ギャンギャンと1分程のリフを鳴らした後、全開の大声で…叫ぶ!
「い…郁代ー! 愛してるーーーーー!」
「…………………」
途端に静まり返るリビング。
のち
「わああああーーー!」
すぐ隣から叫び声と共に、タックルに近い形で押し倒される。
喜多…郁代ちゃんだった。
「そこまで言わなくていいの!」
…はい、怒られました。…でも、名前呼びは良いのかな。
至近距離で郁代ちゃんに見詰められる。
「…ひとりちゃん…あのね」
「はい…」
「…私も!」
上からキスが降ってきました。
「いいぞ!ヒトリ!イクヨ!」
ケニーさんが盛り上がっている。メアリさんもレベッカさんも…他の皆も。
その後、その盛り上がりのまま私とレベッカさん、イライザさんのトリプルギターの競演。
そこにお姉さんがベースを持ち寄り参加。
志麻さんは、その辺の皿やテーブル、ソファーを叩き出し参戦。
メアリさんは郁代ちゃんとツインボーカル。
ケニーさんは子供のように喜んでいる。
一夜限りの最高のライブが開演した。
これがミュージシャンの、音に魅入られた者達の最高の宴だ。
最高の夜だった。二度と実現出来ないような。
☆
「あ、あの…」
「…なあに?」
宴が終わり、自分達の家へ帰る。
まだ、まだ許可は貰ってないんだ。
「郁代…ちゃん、って…呼んで良いんですか?」
ふたり共お酒が入り、まだまだ気持ちが浮ついている。
その気持ちに任せて、聞いてしまえ。
「うーん…どうしよっかなー?」
「え…え?」
駄目だったの!?大丈夫な流れじゃ無かったの!?
「…そうね、ひとつ条件があるわ」
怖い!何を言われるんだ!? わたしの命とかか?
「あのね?…今此処でキスして?。そうしたら許可してあげる」
うふふと笑いながら、後ろに手を回してわたしの前に立つ。
あの、自分の名前をとことん拒否していた郁代ちゃんが…それ位で良いのなら…
「喜んで」
月の光が、二人を優しく包み込む。
わたしは、他人よりも得られる物が格段に少ないと思って生きてきた。
それはわたしの性格•生き方のせいで、必要な物さえ取り零しながら生きてきた。
その代わりに「ギターの腕」を獲得したとは思えない。
それはただ、継続した結果だから。
「継続するのも才能」なんて言葉も聞いた気がする。でもわたしは単純に「他にする事が無かっただけ」で。
そんな才能があるのなら、他の人ならもっと「上」に登っているだろう。
ただね、郁代ちゃん。
「周りの人が褒めてくれた事を信じられる」才能なら、持っていると思うんだ。(そんな「才能」が存在すれば、だけど)
何故なら、こんなわたしを褒めてくれる人が居る。評価してくれる人が居る。認めてくれる人が居る。
その人達を信じなければ、その人達を馬鹿にする事になってしまう。
例えお世辞でも良いよ。その代わり、死ぬまで信じさせて。そうすればわたしも頑張れるから。
だから、いちばん大切な人からのその言葉は、何よりの贈り物なんだ。
「…ひとりちゃん。あいしてる」
「うん、わたしも。郁代ちゃん」
その「才能」は、多分わたしの中で枯れる事は無いと思う。すぐに調子に乗ってしまうわたしだけど。
でも
その「才能」は、ずっとひとりぼっちだったわたしだから獲得出来た才能だと思う。
そのお陰なのかな。
わたしの周りに、わたしを助けてくれる人達が集まってくれるのは。
自惚れかな。
でも、良いよね。
今くらいは自惚れさせてよ。
まだまだ先は見えない。自分の足元すら覚束無い状態で、無理矢理進もうとしている。
それも当然か。
碌に目も開けてないのに、前が見える訳無い。
目を開けよう。怖がらず。いや、怖がってもいいか。ただ、ちゃんと目は開けていよう。
これからこの先、取り零す事の無いよう。隣で手を握ってくれるこの人を見失わないよう。
誰かに傷付けられても。足を掴まれ沼に引き摺り込まれようとも。
目を見開いていれば…例え死に際でも、自分の気持ちに納得してやれる。
その時は、死神に中指おっ立ててやる。
これが、わたしのロックだ!
「ぼっち•ざ•ろっく」だ!って!
前回のサプライズバースデーパーティーの続き。
後藤ひとり、色々と自分の心に整理を付けます。