タン•タン•タン•タン•タン•タン………
ボン•ボン•ボン•ボン•ボン•ボン………
下北沢スターリー、そのスタジオの中。
かれこれ30分近く、二人の音合わせの練習が続いている。
虹夏はひたすらスネアのみ。
リョウはひたすら四弦の開放弦のみ。
「ベースのオッサン」が言っていた。
「グルーブってのは、バンドメンバーがただひたすら一定のリズムを合わせる所から始まる」と。
あるバンドなどは、ライブ前メンバーで1時間でも2時間でも単音のリズム合わせをして、「グルーブ」を揃えてライブに臨むとか。
その時のメンバーの体調、気持ち、音のノリ…等を擦り合わせして、「メンバーのリズム」を調えてからステージに上がるらしい。
それが「グルーブを合わせる」という事。らしい。
個々の技術の練習より、よっぽど大切な事…なんだとか。
本当なら四人揃った状態でやりたい所だが、なにぶん他の二人は海の向こう。と言う訳で、リズム隊の二名だけでも「完璧なグルーブ感」を身に着けようと、この間から練習に取り入れている。
ちなみに、「飽き」防止の為どちらかが音を上げたら負け。負けた方はご飯奢り。時間は一応1ターン1時間まで。
まだ、リョウは負けていない。虹夏も負けていない。
つまり、二人ともまだ音を上げた事が無い。
「虹夏、意地っ張り」
「…リョウこそ」
喋りながらもリズムは崩さない。
程なくスマホにセットしたアラームが、ピピピと鳴る。
「あー、今日も引き分けかぁ」
「いや、最後の拍だけスネアが一瞬速かった」
「ご飯代出したくないからって、嘘つくな!」
「ほんとう」
「…それを言うなら、40分経った位のトコでリョウだって一瞬遅くなったけど?」
「…うん、今日は引き分け」
顔を背けながら平然とのたまう。
「…自覚あるんじゃん!?」
「さ、今日の虹夏のご飯は何かなー」
「もーわかったよー!、リョウもまた手伝え!」
引き分けだったので、結局家で虹夏が料理を作る事になる。
まだリョウは虹夏の家に介護(という名の居候)を続けていた。
もう大体の事はこなせるようになった虹夏。料理も「リハビリの一環」として虹夏が作っている。
ただ、まだ左の手足はしなやかな動きとはならず、これからのリハビリの課題だ。
「んでもさ、リョウの師匠は中々厳しいねぇ」
二人で作った青椒肉絲をパクつきながら、虹夏が問う。ちなみに具材はリョウが切った。所々切り方がバラバラだが、心配性なリョウは未だ虹夏に包丁を使わせない。
まあ、バラバラなのも味だ。
「厳しいというか…徹底してる?」
リョウが答える。
オッサンは、「技術なんて、やってりゃその内身に付く。それよりも、自分の中に「絶対の軸」を身に着けろ」なんて宣ってたっけ。
「でもさ…良い師匠だね」
「…うん、そうだね」
☆
まだ教えを乞うて間もない頃。
「なぁリョウ。「良いベース」って、何だと思う?」
「…良い音を鳴らす?」
その日のトレーニングを終え、ヘトヘトになったリョウが答える。
オッサンは「まあ大体そう思うよな」なんて言いながら、口角を上げる。
「でもなリョウ。そんなのは大前提だ。それは「良い音」であって「良いベース」とは言い切れない」
何か禅問答のようになって来た。オッサンはペットボトルを一口。
「じゃあ、ベースの役割は?」
「…役割って………リズム隊?」
想像通りの答えが来たからか、オッサンはニヤニヤ笑う。
「それだと百点やれねえなぁ。いいかリョウ。ベースの役割はな?…手綱、だ」
「…たづな?」
「ああ、そうだ。ベースってのは、メンバー皆に「手綱」を付けとくんだよ。特にギターなんぞは抑える時は「まだ早い」と手綱引っ張って、行かせる時は「ヨシ!」って手綱を外してやるんだ。それをメンバー皆に、窮屈に感じさせないようにやるのが「良いベース」だ」
リョウはハテ?と思う。
「それってドラムの仕事じゃない?」
オッサンは「フフン」と鼻を鳴らし
「ドラムはな?絶対的な「受け止め役」なんだよ。野球で言うトコの、キャッチャーだな。ベースはな?時にプレーヤー、時にコーチ、時に監督なんだ。メンバーを抑え、メンバーと走り、「場を支配」する。お前が「ステージの支配者」なんだよ。いざバシッと決まってみろ!サイコーに気分イイぞ!」
相棒のベースと、その場を支配…する。
それって、それって…
「うん、良いね」
「だろ!?」
二人して声を上げて笑う。
「花形はギター。受け止めるのはドラム。でもな、必要なのは、ベースだ」
オッサンはベーシスト。だから多分にベース寄りの考えになるのは判る。
でも…その考え、嫌いじゃない。むしろわたしの性に合ってる。
ーーーーーーーーーー
「リョウ、頑張ってるなぁ………」
今は自室。虹夏はベッド、リョウはすぐ横に引いた布団で寝息を立てている。
リョウは良い師匠に恵まれたようだ。それも、自ら動いてその縁を手繰り寄せた。
ぼっちちゃんも、聴かせて貰ったデータで「確実に進歩」しているのがわかる。この先どれだけ凄いギタリストになるのやら。
そうすると喜多ちゃんも推して知るべし、だろう。あの歌声がどれだけのモノになるのか、いまから聴くのが楽しみでしょうがない。
それに比べて…あたし、は?
ただでさえ怪我で皆よりも出遅れた。元々技術だって突出している訳じゃ無い。
焦りだけが募る。
身体が冷えて行く。
舌が痺れたように動かない。
何かに追われるように、枕元のスティックに手が伸びる…と。
「虹夏。今は休む時」
リョウにその手を掴まれた。
「…うん………わかった。そうだね」
スティックを枕元に置き直す。そして布団に潜り直す。
薄暗闇でリョウと目が合うのが分かる。
「虹夏は大丈夫。絶対大丈夫。わたしと、皆と…上がって行こう」
潤んだ目を誤魔化すように、リョウから目線を外す。
「うん…」
ーーーーーーーーーー
数日後
虹夏は「ある人」にスターリーまで来てもらっていた。
本当なら自ら会いに行くべきだが、未だ不安の残るこの足では皆に迷惑を掛けかねない。
「お忙しいのに来て頂いて、申し訳ありません!」
その人…リナは、何故か目頭を押さえて天井を見上げている。
「あの…どうしました?」
「あの星歌の妹なのに、こんな良い子に育つなんて…」
目を潤ませながら、何か昔を回顧しているようだ。お姉ちゃん…一体バンドで何やってたの…
「ああ、ごめんごめん。つい昔の日々を思い出してね」
「…姉が、すみません………」
いいよいいよとリナさん。否定はしないんだ。
「でも、久しぶりだね。虹夏ちゃん」
「初レコーディングの時以来ですよね。あの時は有難うございました。リナさんのお噂は伺っています。ご活躍されているようで」
リナさん。お姉ちゃんの元バンドメンバー。ドラム担当の人。
現在はスタジオミュージシャンとして名が売れている。
曰く
「リナが居ると曲が安定する」「リナと演ると安心感が違う」「リナがバックだとギターが暴れ回れる」「あの星歌を制御してたんだ。並じゃない」等々。
…最後の評価は、何?
「………と言う訳で、今ちょっと悩んでまして」
リナさんに今までのあらましと現在の悩みを打ち明けた。
「そっかぁ。リードギターとギタボがイギリスまで行っちゃうと、そりゃあ何か…焦るよねぇ」
「はい…比べるものじゃ無いって、解ってはいるんですけどね…」
「それで私…か」
「すみません…リナさん、海千山千のミュージシャン相手に演り合って、それで信頼を勝ち取ってきた人だから。何か参考になる話しでも聞ければ、と」
「そんな畏まらないで。…うん、私で良ければ力になるよ!」
「あ…有り難うございます!」
「あはは…なんたって「あの星歌の妹」で「ドラム仲間」。私にとっても妹みたいなもんだよ。そんな娘が私を頼ってくれる。歳を取ってみるもんだねぇ」
「…リナさん…」
リナさんは慈愛の眼差しであたしを見つめてくる。
「それで、手足の調子はどうなの?まだ本調子じゃあ無いんだよね?」
「はい。左手はまだスナップが利かなくて、左足もペダルを強く踏めないんです」
「そっか。まぁ、その辺は追々だね。…ヨシ!それじゃ、行こっか!」
「………へ?…何処へ?」
いきなり言われたので、ヘンな声出ちゃった。
「今ね?丁度アメリカからジャズの有名バンドが来てんの。チケットもあるから聴き行こう」
「ジャズ…ですか?」
ちょっと意外。リナさんなら、人気どころが出演するロックバンドのライブハウスとか、かと。
「ま、聴いてみたら解るよ。それじゃ行こっか」
「…はい!…あ、チケット代お幾らですか?」
「ああ大丈夫!星歌が…!」
突然"しまった!"って顔で口を塞ぐリナさん。…ん?もしかして…
「リナさん…お姉ちゃんから何か聞いてました?」
リナさんは目を泳がせていたが、観念したような表情で語ってくれた。
「…うん。「虹夏が悩んでるみたいだから、もし相談されたら出来る限り力になってやってくれ。資金なら全部出すから」ってね。でも、自分から言い出さない限り放って置く、って」
「…お姉ちゃん…」
ありがとう。
「と、言う訳でさ。スポンサーは居る訳だから、心配せず「二人で遊べる」って訳!」
「ふ、うふふ…あははは!」
ああ、嬉しい。嬉しいなぁ。周りの人皆が協力してくれる。ホントにありかとう。お姉ちゃん。みんな。
ライブ会場に行く為にリナさんの車に乗る。
「虹夏ちゃん、ドラマーの役割って何だと思う?」
リナさんがそんな事を話し掛けて来た。
あたしは顎に指を当て、ん~~と考える。
「…リズムを保つ事?」
そんな答えに、リナさんはニヤリと笑って答える。
「まあ、それは大事。でも、それ以上に大事な役割があるんだよ」
…え?なんだろ。ちゃんとご飯食べさせる事とか…それはリョウ限定か。
「あのね?…「メンバー皆を受け止める大きな器」になる事」
「…うつわ?」
「そう。メンバーがもしはみ出しそうになっても、受け止めてあげる、器」
そう言われて、リョウが師匠から聞かされたという話を思い出した。
「そう言えばウチのベース…リョウがその師匠から似たような事言われてました」
内容を掻い摘んで話す。それを聞き、リナさんは「あっはっは!」と笑い出した。
「手綱かあ!成る程、根っからのベーシストが言いそうな言葉だねえ!」
うんうん!と何か納得したげなリナさん。それから悪戯っ子のような顔をあたしに向け
「で!ドラマーとしては私のような言葉が出てくる訳だよ!」
ニヒヒと笑う、楽しそうなリナさん。
「確かに、音楽…ライブとしての手綱はリョウちゃんに握らせとけば良いよ。どーぞやってくれ!って。その上でそれすら包み込む器は、虹夏ちゃんしか出来ない」
「ひたすらお世話焼くお母さんの係みたいに聞こえるんですけど…」
「あははは!…でもねぇ?お母さんって、ヨシヨシしてやるだけじゃ無いでしょ?時には本気で り、時には尻拭いしてやり、ちょっと危ない経験はさせても危険には絶対遭わせない。どう?バンドに通ずるトコ無い?」
つまり…上手く行ったプレイには応えてやり、暴走し掛けたら全力で引き戻し、スタンドプレイにはある程度寛容だけど決して孤立させない…って事かな。
「そして、ドラマーは絶対メンバーに「手綱」を付けない。つまり…自分の懐の中で遊ばせる感じかな」
皆自由であれ。只、「その庭」は私の庭だ!「私」からハミ出すな!
「何か…ドラマーって凄く大変な気がしてきました」
思わず苦笑する。そして同じ様に苦笑しているリナさんと顔を合わせる。
「ドラマーって、凄く損な役回りなの。音が前に出ない上に、全てを受け止めてあげなくちゃならない。でもね、そんなドラマーにしか出来ない仕事がある。そして、それを全う出来たら…「私がバンドだ!」ってなんの」
とても嬉しそうに話すリナさん。こういう人だから、色々なバンドを受け止めてあげられたんだろうなぁ、と思った。
☆
「どうだった?自分と違う世界も、たまには面白いでしょ」
今夜見たライブは………凄かった!音が…ドラムが、生き物のようにうねる!
「おかしな言い方ですけど…ドラムも一緒に「音を作り上げてる」感じですかね!。ロックバンドのドラムとちょっと違って、「後ろ支え」じゃなく他のプレイヤーと「横並び」って感じ!」
あたしはちょっと興奮気味にまくし立てる。
「ああいう世界もあるんだよね。叩き方も、ハナから定石なんか無いっ!で感じでね」
リナさんも顔が上気しているみたい。
「そう言えばリナさん、あの3曲目の出だしのあの叩き方………」
「ああ、あれはね?………」
ドラマーの夜は更けていく。
ーーーーーーーーーー
後日、スターリーのスタジオ
「リョウ、今日はちょっと変わった事演るよ」
虹夏は何やら元気を取り戻した様子。リョウは気付かれない様に、ほぅ、とひとつ、小さな…安心した溜息。
「で?、何やんの?」
リョウはまるで挑発するかのような視線で、ドラムスローンに座る虹夏を見下ろす。
受けてみろ!とばかりに虹夏がその視線を受け止める。
「リズムを刻むのは変わらないよ。ただ、途中途中でリズムを変化させるから、即座に付いて来て」
そう来たか!
リョウは思わず笑いを堪え切れなくなる。
「望むところ」
虹夏も笑みを返す。
「それだけじゃあたしが有利だから、第1ラウンド終わったら今度はリョウから仕掛けて良いよ」
あくまで不敵な笑みの虹夏。とうとうリョウは吹き出してしまった。
「あっははは!…わかった、受けて立つ」
虹夏のカウントが始まる
ワン、トゥー、スリー、フォー
タン!
リョウと虹夏
ぼ喜多と違って、私のイメージでは「幼馴染みであり盟友」って感じ。