王の帰還   作:サマネ

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結束し続ける為に、後藤は決意する


ひとりの決意

「虹夏!」

 

勢い駆け込んで来たリョウ。

そのスライド式の扉は、静かな開け締めの為にダンパーが取り付けてあるが、そんなモノ構うもんかと渾身の力で開く。

「…静かにしてください!」

看護師のお姉さんに全力で怒られてしまった。

続いて、もはや土気色の顔になったひとりを支えるように郁代が現れる。

3Fの302号病室

外傷者用病棟のその一室に辿り着くまで、所々で看護師の怒声と、それに続く「すみませーん!」「ごめんなさーい!」というキラキラとした声、そしてキターンという謎の発光現象が観測されたとかされてないとか。

 

 

 

「もーリョウは心配し過ぎ!」

 

顔面に、汗だか涙だか分からないモノを滴らせながらベッドに縋り付くリョウに苦笑を漏らす虹夏は、リョウの慌てようとはまるで対象的な穏やかささえ感じる表情。

「だから星歌店長も言ってたじゃないですかー。意識は別に問題無いって」

支えるというよりも、もはや抱えるようにひとりを持ってきた郁代は、半分溶けかけたひとりをそっと脱衣用のカゴに収めて、ひとりのその形を整えるように撫でくり回しながら呟く。

たまにそのピンク色の粘性物質の中から「••シテ………•ロシテ……」と聞こえるのは、何かをして欲しいのだろうか。

「だって…だって…」

リョウは、半泣きどころか全泣きなのを見られるのが恥ずかしいのか、虹夏が寝そべっているベッドの縁に顔を埋めている。

虹夏の負担にならない様にベッドの縁ギリギリを使って顔を伏せているのがリョウらしいと言えばリョウらしい。

「だってじゃないよー。あたしはこの通り、全然ダイジョブだよー」

大丈夫と言うわりには身体を起こさない虹夏。そして頭には包帯巻き。

何故か、意識的に身体を見せないようにしているように見える。

「…虹夏、体見せて」

やっと顔から滲む体液が引いたからか、やおら顔を上げたリョウは虹夏に告げる。

「…ん、うん…」

それでも躊躇する虹夏に業を煮やしたリョウは、そっと上掛けを掴んで足元の方まで捲る。

「…!」

「虹夏先輩!…それ…」

「に、虹夏ちゃん!」

復活したひとりも交えて、3人で虹夏を見下ろした。

「あ…あはは…やっちゃった…」

そこには、左腕と左足に本来の細さからすると信じられないような太さに包帯が巻かれていた。

「あ、あのね!ダイジョブなんだよ!ダイジョブなんだけど…た、単純骨折だから…ただ、ね…可動部と神経をちょっと、痛めちゃって、ね…」

「大丈夫じゃないじゃん!」

リョウが顔面蒼白になりながら問い詰める。

「ダイジョブなんだ!…よ…。ただね…リハビリがちょーっと、掛かるかなぁって、ね…」

虹夏の顔から、先程まで張り付いていた笑顔が剥がれ落ちる。

「に、虹夏ちゃん………」

もはや怪我をした本人よりも死にそうな顔をしたひとりが、よろよろとベッドのすぐ脇まで近づいてくる。

「ぼっちちゃん、ごめんね…ちょっとだけ、バンド…お休みになっちゃうよ…」

「そ、そんな事は…いえ、そんな事じゃないんですけど…でも、それは心配しないで下さい!」

「じゃあどうするの!?」

目を吊り上げたリョウが、ひとりに詰め寄る。

「虹夏は結束バンドの要なんだよ!その虹夏がドラムを叩けない!それどころか前のように叩けるようになるのか…!」

「リョウ先輩!」

思わずといった感じで、咄嗟に郁代が声を荒げる。

「…ごめんなさい。でも、何にしても虹夏先輩の意識が無事だったんですから」

それを聞いてリョウはバツが悪そうに顔を背ける。

「ごめん。今わたし、ちょっと正気じゃない…」

そして、また虹夏の顔を覗き

「…意識があって良かった…」

虹夏の顔のすぐ横に、崩れるように顔を伏せる。

虹夏は、そんなリョウの頭を無事な右手で愛おしむように撫でつけた。

「リョウ、ごめんねぇ」

「…ぅん」

「ごめん…ごめんねぇ…」

「…虹夏のせいじゃない…」

「うん、だけど、ごめん…」

 

ーーーーーーーーーー

 

後から着替えを持ってきた星歌から、事故のあらましを聞いた。

水道管の亀裂により床下浸水の恐れアリ、という事で調査、ついでにレイアウト見直しと掃除の為、機器をステージ端に避けていた。

翌日には営業の予定があり、皆が少しづつ焦燥感を募らせて。今や結束バンドの面々は売れっ子になって来ているから、殆どバイトにも入っていない。

なので、大体は業者を入れて作業を行っていて。

ただ虹夏だけは、自分のウチと同義なので作業及び掃除を手伝っていた。

虹夏は几帳面な性格である。

ステージ上のシミがどうしても気になり、そこを重点的に拭き取っていた。

傍らのアンプキャビネットが、不安定な置き方をされているのにに気付かぬまま…

「そこで気付かないまま、アンプが倒れてきてな…。声を上げたんだが、おそかったよ…」

「じゃ、じゃあ、業者さんのせいでは」

思わず上げたひとりの声に、星歌は斬り付けんばかりの視線を向ける。

「ひいっ!」

ひるんで溶けかかったひとりに、「あ、すまん」と一言謝ると、話を続ける。

「ああ、そうなんだ。ぼっちちゃんの言う通り。虹夏を救急車に乗せた後、ブチ◯してやろうかと思った。でも救急車に一緒に乗っていかなきゃならないし、取り敢えずPAに後の事は頼んだんだが…そのすぐ後に業者の方から土下座する勢いで謝って来てな。アイツ、一体何言ったんだか…」

後にPA本人語る。

「だって、あの方達の会社、下北沢でしょ?それで「このままだと下北で商売出来ないどころか、会社の方一人づつ不幸な事故に遭われるかもしれませんねぇ」って呟いただけなんですけど、ウフフ」

たそうである。

げに敵に回してはいけない人物である。

 

「そんでな、勿論アンプ代も、治療費も、それからリフォーム代からその間の営業損益分も賄わしてくれって言われて、なんか、毒が抜けちまった…」

勿論金で全てが解決する訳ではないが、鉾の収めどころとしてはある意味しょうがないところではある。

「ただ、万が一後遺症が残ったら…タダじゃあおかねぇ!」

その気持ちも、またしょうがないものであろう。

でも、と、リョウが呟く。

「わたし達がライブ出来る予定だったそのアガりは?」

星歌はニヤリと顔を歪める。

「心配すんな。PAと二人で追い込む」

…業者としては、他所の土地に移転したほうが良いような結果になりそうだ。

 

「それで、お前たちはどうする?」

「どうする、とは?」

リョウが質問を質問で返す。

「…バンド活動だよ」

「それですよねぇ。今、結束バンドの波が来てるトコだと思うんですけど…」

郁代は、溜息をつきながら答える。

「代役のドラマーなら、紹介してやれる…」

「だ、駄目です!」

間髪入れずにひとりが答える。

「に、虹夏ちゃんは結束バンドに必要、いえ、虹夏ちゃんが居てこそのけ、結束バンドです!虹夏ちゃんが居ない結束バンドなんて、そ、そんなの結束バンドじゃな…」

「あ~わかったわかった!悪かったよ。…ぼっちちゃん、ありがとな」

「…?」

「そこまで虹夏を必要としてくれる事が、まあ…嬉しくてな」

「あ、当たり前です!」

フンス!と鼻を鳴らすひとりに、星歌は優しい手付きで頭を撫でつける。

「でも、実際ここの所頭打ち感は否めない」

リョウが的確な分析を落とす。

「あ~、インディーズとメジャーの壁だな」

星歌は、長年数々のバンドを眺めて来た経験から、その隔たりについては気が付いていた。

「やっぱりな、…まあ、言葉にするには難しいんだが…その壁を突き抜けたバンドは、何かしら途轍も無く光るモノを持ってんだよ。それが経験に裏打ちされたモノか、降って湧いた震えるような曲か、詞か…自分をとことん追い込む事で獲得した技術、センスか…」

 

星歌の言葉を聞いた途端、ひとりの頭に浮かぶのは…今日聞いたばかりのきくりの台詞。

『チャンスの神様は、前髪しかねーんだわ』

 

 

「あ、あの!」

 

 

後藤ひとり、一世一代の決断

 

 

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