秋深くなった。
高い高い空を見上げる。
えーと………マグロ雲…だっけ?カツオ雲…だっけ。
いや、もうちょっと食べ応えの無い魚だったような。
そもそも魚か?
…まあ、いいや。
わたしは音楽と虹夏の事以外に脳のリソースを割かない事にしている。
…お腹減るからね。
下北沢STARRY
階段を下りる。
重いドアを開ける。
わたし達のホーム。まぁここ1年以上演ってないから、店長に「ホーム面するな!」って言われそうだけど。
でも
わたし達が始まって、帰って来る場所。
☆
「おはようございます」
もう午前はとっくに過ぎてるけど、何故かいつもこの挨拶。
「あぁ、リョウか。おはよう…なんか凄い顔だぞ。目の下とか」
「…寝たんだけど、すぐ目が醒めちゃって」
多分わたし、中々凄い顔してる自信ある。多分黒々とした隈もある。ここの所、2〜3時間睡眠が続いている。原因は作曲作業のせいだ。
ぼっちと郁代の演奏に触発され、更にオッサンに色々アイデアを出して貰い発破を掛けられて、虹夏の頑張りを間近で見て…寝てられなくなった。
身体は明らかに睡眠を欲してるけど、目を瞑って意識を手放す瞬間…頭の中に曲のアイデアが「ザァーーーッ」と流れ出す。そうしたらもう、寝てなんかいられない。
そのアイデアを書き留めるのに必死になり…睡眠時間なんて、遥か彼方…
誰か………助けて…このままだと、死んじゃう………
「ああリョウ。来てくれたん、だ…?………ちょっとこっち来て」
あれ?用があるから呼ばれたんじゃ?そっち虹夏ん家だけど。…え?どういう事?そういう事?それならもうちょいわたしが元気な時に…
「なんか馬鹿な事考えてそうだから言っとくけど、そういう事じゃ無いからね!」
…まぁ良いか。何か、頭が働かない。
でも虹夏、相変わらずマヂエスパー。エスパーニジカ。エスカーニジパ…エスカー?。…あの時の江の島、キツかったなぁ…
「また馬鹿な事考えてるでしょ。ほら、ここ。寝な」
…?あれ?いつの間にかベッドが目の前に。周りはわたしの私物だらけ。ここ、わたしの部屋じゃん。
「あたしの部屋だよ!」
…やっぱりエスパーじゃん。
☆
「わたし、眠く無いけど…」
どうにか突っ張ってみる。
「…そんな「死に掛けのゾンビ」みたいな顔で見栄張るな!」
「…ゾンビはもう死んでる」
「うっさい!」
顔を赤くした虹夏は上掛けを剥ぎ、わたしを無理矢理ベッドに寝かし付ける。
「だから眠く無いって…」
虹夏に凄く心配そうな顔で覗き込まれる。顔近いよ。…ちゅーするぞ。
「何で、そこまで頑ななの?…心配しちゃダメなの?ねえ。…リョウが凄く頑張ってるのは解ってる。だから、こんな時だけはお世話させて?」
…ふぅ。虹夏こそ頑なだよ。頑張ってるよ。わたしは今、自分の為に頑張ってるんだ。自分の存在理由を自分で作る為に。
…でも、それで虹夏を悲しくさせちゃ駄目だよね。
「今、作曲のストック作りをやっててさ」
「…うん」
「ぼっち達が帰って来た時に、ドヤ顔する為に」
「…ふふ。…うん」
「それで、オッサンにも手伝って貰って、とにかくイメージのパターンを増やして増やして…」
「………」
「…そうしたら、ここんトコ寝ようとすると作曲イメージが「バァーッ!」って頭に浮かんで来てさ」
「………う、ん」
「…だから、最近…眠るのがちょっと、怖かった」
「…ん……そっ…か」
虹夏の声が震えてる。だから話したく無かったんだけどな。
そうっと。頭を撫でられる。壊れ易いものを、包み込むように。
そしてもう一方の手でフワリと目を塞がれる。
「リョウ。頭も目も、凄く熱くなってるよ。かなり酷使したんだね。…こうしてれば、少しは落ち着くかな?」
…うん。きもちいい。…だんだん、いしきが…
「…で、も…にじか…つかれちゃ、う…よ…。それに…用事…が…」
「ん。まだ全然時間は大丈夫だよ。それに前より力、付いたからね。だから…ちょっと、おやすみ」
最後に意識出来たのは、その、酷く優しい…声。
久々に、何も考えず眠れた。
ーーーーーーーーーー
「こんにちはー!」
虹夏の元気な声がオフィスに響く。
ここはストレイビート。わたし達が所属するレーベルのオフィス。
…所属する…って、言って良いのか…。かれこれ1年以上活動して無いわたし達が。
「ああ、いらっしゃい、虹夏さん。リョウさん。わざわざお呼び立てして申し訳ありません。」
ここの事務所長の司馬さんが挨拶してくれる。
「いえいえ、こちらこそ暫く活動出来ずに申し訳無いです。あたしが怪我をしちゃったばかりに…」
そんな申し訳無さそうな虹夏に司馬さんが「いえ」と一言。
「怪我をしてしまったのは虹夏さんのせいではありません。あくまで回避出来ない事故でしたから。だから、活動出来ないのはあなた方のせいでは無いですよ。それで…回復の状況は?」
口調はビジネスライクだけど、表情は優しい。中身はとても良い人。すぐゴミ屋敷にするけど。
「はい、もうある程度ドラムは叩けるようにはなってきてます。後は感覚の修正、ですかね」
虹夏自身、もうかなりドラムを叩ける。
この間も、スターリーでその日出演予定だったバンドのドラムが怪我したとかでサポートに入る事があった。
メンバー全員男性のバンド。しかもメタル系。当然パワードラム全開。
店長も「…大丈夫なのか?」と心配してたけど…何より推薦したのはわたし。
「問題無いですよ。新生ゴリラ…新生虹夏のドラムを、どうかご賞味あれ」
「…リョウ、今なんつった」
虹夏…いつの間にか後ろに立つのは止めて欲しい。
結果的には、大成功。
演奏1時間前に3曲分のスコアを見て、「ん、わかった」と一言。
30分前にスタジオで合わせをして、もうその時は他のメンバーがワクワクしてるのが手に取るように分かる。
そして、いざ本番
音のキレ、音圧が前とは別人のよう。スネアやタム、シンバルのひと叩きの音が以前とは明らかに違う。そして急造ドラムなのに、合わせが完璧。逆にメンバーに「アンタ達、まだまだもっと行けるよね!」とばかり音で発破を掛ける始末。
終わる頃にはメンバーはヘロヘロ。虹夏はまだ全然大丈夫そう。
楽屋に引き上げると、メンバーが皆へたり込む。そのまま虹夏ににじり寄り
「虹夏ちゃん!メンバーになって!」
…懇願される始末。
勿論丁重にお断りして、メンバーはスゴスゴ退散。
わたしと二人きりになった楽屋で、一言。
「っあー!楽しかった!」
はは、そっか。楽しかったか。
…これで、全ての駒が揃ってくる。
ーーーーーーーーーー
「実は、今日来て頂いたのはリョウさんにお願いしたい事がありまして」
お願い?
わたし、司馬さんにはお金借りてないから…返済のお願いとかじゃ無いだろうし…虹夏の顔を見ても頭に「ハテナ?」と浮かべている表情。
二人して首を傾げてると
「依頼よ」
奥からお茶を載せたお盆を持ったポイズ…佐藤さんが現れた。
「…依頼って、何です?」
わたしの代わりに虹夏が聞いてくれる。
「私共のレーベルに所属しているバンドが、今度フルアルバムを出す事になりまして」
佐藤さんの言葉を継いで司馬さんが説明してくれる。
このバンドです…とアー写を見せてくれる。ああ、最近上り調子のバンドだね。わたし達の音より幾らかポップだけど、嫌いじゃ無い。
「フルアルバムにはあと2曲程足りないんです。なので、リョウさんに作曲をお願い出来ないか、と」
彼女達のアー写を見る。
キャラクターを感じる。
曲調を思い浮かべる。
途端
ザァァァっと曲が、曲が…頭の中に流れて行く。
彼女達の既存曲じゃなく、今出来た…曲。
すかさずスマホを取り出し、猛烈な勢いで浮かんだ音の粒を逃さず書き留める。
「あの…リョウさん?」
「司馬さん!…ちょっと待ってて下さい」
虹夏が司馬さんを制してくれる。うん。ちょっと待っててね。
10分か…1時間か…粗方書き留め終える。
ふ、と顔を上げる、と。何故か皆ポカンとした顔。
「…どうしたの?」
「どうしたの?じゃ無いよ!いきなり作業始めるからビックリしたよ!」
何故怒られてるんだ…解せぬ。
「いや、思い付いたからさ」
「何を」
「曲」
「…やっぱそうかい」
呆れる虹夏の横で困惑してる司馬さん。
「あ…あの、曲…って?」
何をいってるのか、この人は。
「今、依頼されたでしょ?その曲。まだメロディーラインとサビだけだけど。ウチに持って帰って煮詰めれば、一曲は出来るよ」
……………
また皆して呆れ顔。もういいよ、その顔。
「ギターヒーローさんだけかと思ったけど…山田リョウ。あんたも魅入られた人間ね。…音楽に」
褒められてるのかどうなのかわかんない。でも、わたしの態度は一つだけ。
「知らなかったの?」
満面の、笑み。
ーーーーーーーーーー
「あれ?…何書いてるの?」
「うあ!…郁代ちゃん」
今は夕食も終わり、各々自室でプライベートな時間。
机に向かっていたわたしの肩に、顎を乗せる。
いつの間に入って来たんだろ。気付かなかった。
「声は掛けたのよ?でも返事が無かったからドアを開けたら何か集中してるみたいで…驚かせちゃってごめんね?」
ふわりと抱き締めてくれる。もうこれだけで、驚いたのチャラです。
「実は、今歌詞を書き溜めようとしていて…」
淹れて貰ったお茶を飲みながら説明する。あ、この紅茶美味しい。メアリさんの所で貰って来たヤツかな?
「美味しいでしょ、これ。オータムナルのダージリン。メア達はセカンドフラッシュの方が好きらしいけど、私はこっちかな。うん」
壁に背を付け腕を組みながら説明してくれる。郁代ちゃん、貴女は何もかもが格好良過ぎます。
可愛くて格好良いって卑怯過ぎです。惚れてまうやろ!
………あ、もう惚れてます。へへ。
「あ、ごめんね?話止めちゃって。それで、歌詞だっけ?」
「あ、はい。そろそろ活動開始の為に、歌詞のストックを作っておこうかな、と」
郁代ちゃん、聞いた途端目がキラキラ輝き出す。あ、ま、眩しい!久々の陽キャパゥワーが!?焼き尽くされる!光を遮らねば!
「…ひとりちゃん。何やってるの」
…郁代ちゃん、感情がバンジージャンプしてますよ。
「…それで、書けた?」
「あはい、まだワードを書き出してるだけなんですけど…ある程度は」
今は、ベッドのうえで飛行機座りをした郁代ちゃんに後ろから抱き締められてます。…何で?
何故か郁代ちゃんは、私を後ろから抱き締めるのが大好きです。寝る時もそうだし。…わたしの前面から、何か嫌な匂いでも出てるんだろうか。え、避けてる?もうこのままわたしは一生郁代ちゃんの顔を見られない?郁代ちゃんが好きなのはわたしの背中だけ!?そのうち「ひと…後藤さんの前面要らないから切っちゃいましょう。そうすれば口も無くなるから静かで良いわー」とか言って外国で良く使われる巨大な押し切りノコギリをどっかから持って来て身体の横にマジックで線を書いた後ノコギリで切り始め…あばばば!そのノコは日本のより切れ味が悪そうだから多分、多分だけど凄く痛いですよ!それに郁代ちゃんの服にも私の液が掛かっちゃって服の賠償請求までされる羽目に!と、取り敢えず前面切るのを止めて頂ければちょっとは…ちょっとはわたしも役に立つかも…しれないので!…
「ひとりちゃーん、戻って来なさい」
「あ、はい」
さっきから話が進んで無いなぁ…主にわたしのせいで。
「どれどれ?………」
相変わらずの体勢で、わたしの両脇から手を伸ばした郁代ちゃんはノートを手にする。顎を肩に掛け…吐息が擽ったい。
「ふんふん………え、コレ凄い!ひとりちゃんのワードセンス、やっぱり凄い………」
ノートを覗き込む郁代ちゃんが褒めてくれる。…嬉しい。
この「僕の手の中の宝物は、拾ったシーグラスと君だけ。でも君は何処かに羽ばたいていってしまうかも」って、夏に海に行った時に思い付いたの?」
「そう、ですね。」
あの時、水着を着てはしゃいでいる郁代ちゃんが、余りにも眩しくて。そのまま飛んで行っちゃうように思えたんだ。
「あとこっちの「僕の埋まってしまった骨を探してくれるのは、君が良い。ぼくの想いまで探してくれるだろうから」って…博物館行った時でしょ!」
「良く解りましたね」
博物館に行った時、展示されていた恐竜の骨を見た時…とても、とても悲しくなったんだ。誰かに見付けられ、誰かの思惑によってそこに永遠と飾られる骨。君は…誰に見付けて欲しかったんだろう。
「ここ「周りの見えないモヤの中で、僕は何者かにずっと切り付けられる。それを甘んじて受けなければならない。それが僕の贖罪になるなら」って、最初にロンドンに降り立った時のイメージでしょ」
ムフンと鼻息荒い郁代ちゃん。
「…郁代ちゃんには敵いません。全部正解」
最初にロンドンへ着いた時、何故かホッとした自分が居た。霧が立ち込め、全く周りが見通せない。ああ…これは、「わたしの世界だ」って。
この状態で誰かに傷付けられても、姿の見えないその人を…姿が見えないから、恨まなくて済む、と。誰か傷付けて、と。わたしを切り付けて、と。それが赦しになるなら…と。
今はそこまでの暗い気持ちは持っていない。
でも、その気持ちはわたしの中で無くなってくれない。
わたしの身体が、忘れてくれない。
その時々の悪感情に「タグ」が付いて、何かあるとあっと言う間に引き出されてしまう。
その時に感じた気持ちも、新鮮なままに。
ある意味、わたしの能力…なのか。
…嫌な能力…だな。
「もーまたー?…帰って来て?」
耳朶をハムリと喰まれる。
「うぁひぁ!」
…ヘンな声出ちゃった!
「ひとりちゃん?あんまりどっか行っちゃってると、気が付いた時…とんでもない事になってるわよ?…ひとりちゃんが」
…え!?
「わわわたしが?ど、ど、どんなトンデモナイ事に!?」
「…ナイショ!」
くっついている郁代ちゃんの頬が熱い。
☆
「でも…良く「その時の感情」を後で書き起こせるわね」
まさしく今わたしもそれを思ってた。
「不思議と忘れない…忘れられないんです。自分に「負のフィルター」が掛かってる時は、特に」
郁代ちゃんがジロリ、と後ろから覗き込む。
「海に行った時も、負の感情があったの?」
勘違いされるよね。それだと確かに。
「いえ、その…あの時の郁代ちゃんが、余りにも眩しくて。眩し過ぎて。まるで何処かに行っちゃいそうで。離れて…行っちゃいそう、で」
郁代ちゃんはそれを聞いて、ふふ…とひとつ笑う。「そんな訳無いのに」…と。
「…あのね?いつも私が後ろから抱き付くの、何でだと思う?」
「…わ、わたしの前側が、嫌な匂いするから…とか?」
プハッと吹き出されてしまう。思わず、といった感じで。
「もう!そんな訳無いでしょ!?ちゃんと良い匂いです!…私の大好きな」
「あ…ありがとう…ございます…」
は、ハズカシィィ
「でね?何でかって言うと、「私が捕まえておきたい」から。「どっか行っちゃわない」ように」
え?どういう事だろう。
「…だって、ひとりちゃん。貴女が「眩し過ぎる」から。貴女は「何処までも行っちゃえる」から。ひとりで。周りの人達を魅了しながら。流れ星のように」
………
「前に言ってくれたよね。私の事「憧れ」だって。私の事「道標」だって。それはね?私がいつも、貴女に思ってる事」
………
「だから、何処にも行かせないように、後ろから抱き締めてるの。抱き着いてるの。私のエゴなの。私の我儘なの」
結局、二人の思惑は同じ所に帰結してしまう。それなら。
「それじゃ、わたしも郁代ちゃんに「抱き着いて」ないとダメです。何処かに行かせないように」
「…ふふ。そっか。じゃ、こっち向いて?」
「…はい」
二人で抱き締め合う。とても気持ち良い。郁代ちゃんの腕の中は、「わたしの居場所」で「わたしが帰る場所」。今のこの気持ち、詞にしたらリョウさん何て言うかな。「甘過ぎ」って文句言われるかな。
でも、わたしの「幸せな気持ち」は、いつも「不安な気持ち」の上に成り立っている。常に感情のベースが「負」で「不安」なんだ。だから例えラブソングを書いたとしても、どうしてもその感情が滲み出してしまう。
だから、大丈夫だよ。リョウさん。何を書いても「暗く」て「ネガティブ」だから。
だからって不幸せなんじゃない。知っちゃったからね。ホントの「暖かさ」を。
「幸せな暗さ」を書いてあげる。「暖かいネガティブ」を書いてあげる。それを曲にして。素敵な曲に、して。激しい曲に、して。震えるような…曲に、して。
わたしは貴女の「音楽の奴隷」なんだよ。リョウさん。
ーーーーーーーーーー
「ふぁ…ふわわ………」
エアコンから吹き出す澱んだ温風が、早朝の部屋の中を循環する。
無性に気持ちが粟立ち、思い切ってベランダに逃げ出す。
「…さぶ」
上着でも来てくれば良かった。でももう、面倒臭い。
震えながら煙草に火を点ける。アメスピのライトが売って無かったので、アメスピのレギュラー。
ひと息吸い込む。
「…重」
流石にニコチンが強い。寝不足の頭と相まって、意識がクラリとする。
そのふらついた意識のついでに、家の外壁を見回す。
「…良い家だなぁ、ウチって」
つい詮無い事を考える。何と無くの、思考の、休息。
虹夏の介護をクビになってから、朝のウォーキングはして無い。
幾らか着いた体力も、もうすっかり元通りだろう。その代わり…かどうかは分からんが、音のアイデアが壊れた水栓のように溢れ出てくる。…ちょっと勘弁して…ってレベルで。
少し前、あれだけ腐心したインプットが、あれだけ苦心したアウトプットが…自分の心持ちが、陳腐に思える位。
なんなんだろうね、ぼっち。
ぼっちはロンドンで、詞が泉のように湧き出てるかい?
ぼっちのインプットは常に衝撃で、アウトプットは常に衝動。だから面白い。
ギターもそうだけど、ぼっちの「心の中の袋」は多分満たされる事は無いんだろう。
いつまでも貯め続けられて、いつまでも吐き続けられる。
「底が無い」んじゃ無い。「底知れない」んだ。本人でさえ。
だからこそ恐ろしい。本人が気付かない内に「カラッポ」になってたら。
…その時は、ただの「最強のギタリスト」だけで良いよ。その武器を、存分に使ってくれ。
例え私が「悪魔」と言われようが、「ヒトデナシ」と言われようが…ぼっちを存分に酷使してやる。最後にボロボロになったら、思い切り抱き締めてやる。
そして郁代と「穏やかな生活」を歩ませてやる。
だからそれまでは覚悟してくれ。わたしもお前も、「音楽に魂を売った」者同志だ。「音楽の奴隷」だ。
覚悟してくれ。ぼっち。
「うー…さむ…」
部屋に戻ろう。もう一曲仕上げねば。
部屋に戻る前、空を見上げる。
冬特有の筋雲が空に撒かれている。
ロンドンも、同じ空なのかな。
ロクに吸わなかった煙草を携帯灰皿に突っ込む。
部屋に入り、ガラス戸を閉める。そっと。筋雲を、掻き混ぜてしまわないように。
ーーーーーーーーーー
「へっくし!」
誰かが噂してるのかな。爆乳陽キャ…郁代ちゃん、目が怖いよ…
「…ねえ。もう寝よ?」
「はい…もうちょっとだけ…」
ベッドに寝転んでわたしを抱き締める気マンマンの郁代ちゃんに、先程から睡眠のお誘いを受け続けている。
さっき郁代ちゃんに見せていたものは、まだ歌詞にもならない「ワードの羅列」だ。
でもそれも、詞を書く為の大切なストックで。
思い付く時に、思い付くだけ…とにかく書き連ねる。
「…何か、「決め打ち」が思い付かなくて。それで踏ん切りがつかないんです」
ふい、と郁代ちゃんの顔を見ると、何故か渋い顔。
「そう言う時って、寝た方が良くない?」
布団を捲って「カモーンカモーン」みたいな動き。
「郁代ちゃん、わたしの性格…知ってる癖に」
「…もう、判ったわよ!」
突然ガバリと起き出し、わたしに近付いてくる。おもむろにわたしからペンを奪い取り、ノートを奪い取り…何書いてるの?
何文字か綴り、わたしにノートを「はい!」って返してくる。
…なに書いたんだろ。えーと…
[二人は末永く幸せに暮らしました。おしまい]
「物語の最後のキメは、常に「こう」よ!」
……………
郁代ちゃん…
「はは、あはははは!」
最高だ。やっぱり貴女は最高だ!
☆
「さ、寝るわよ!」
「…はい!」
これから寝るというのに、やけにハッキリとした返事を返して二人寝床に着く。勿論、郁代ちゃんが後ろ。
「この体勢じゃないとぐっすり眠れなくなっちゃったの」
だそうで。
月の明かりが、窓から部屋の中を仄かに照らしている。
わたしと郁代ちゃんを照らしている。
しあわせなふたりを、てらしている。
音に、音楽に魅入られた、幸せで不幸な…二人を。
ーーーーーーーーーー
「リナさーん!きついー!」
「まだまだ!根性見せろ!」
ダン!ダン!ダン!
「大きな音を出そうとしないで!音は「響かせる」の!」
リナさんがお手本を見せる。
ドン!ドン!ドン!
え!?同じトコ叩いたよね?同時にバス踏んでないよね!?
なんでそんな音鳴るの!?なにが違うの!?
「「当てた瞬間」だけ見てなさい」
ソコだけを食い入る様に見る。
腕を振り降ろして…アタック!………!
「スナップ…」
「そ。私と虹夏…特に虹夏は体重が軽い。だから体の重い、腕の重い男性よりもアタックの「質量」が足りない。だからそこで、スナップを効かせてスティックを加速させんの」
…言うは易し、行うは難し………
「虹夏も今まで出来て無かった訳じゃないの。ただ、より同調させると…こう」
ドン!
「腕の振りとスナップを完全に同調させて…おしい!…うん、今のは良い。もういっちょ!」
連日、もうヘトヘト…
☆
ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ…
「ぷはぁ!」
風呂上がりの一杯が、旨い!…麦茶だけど。
「お風呂でしっかり腕のマッサージしときなよ」
リナさんに言われて、毎回マッサージしてるけど、腕の細かな震えが収まらない。
「おぉ、虹夏、出たな」
「うん、お風呂お先!」
「私もやっと業務終了だ。…虹夏、ちょっとこっち来な」
うん?…なんだろ。ソファーに座ってるお姉ちゃんの隣に座る。
「ちょっとこっち向け」
「なにさ…え、ちょっと!」
お姉ちゃんの方に向いた途端、腕を取られて…マッサージされる。優しく。優しく。
「ちょっと!お姉ちゃん!疲れてるんだからいいって!」
腕を引こうとしても、逃してくれない。
「…これくらいしか、してやれないからな…」
丁寧に丁寧に、揉み解してくれる。
「…お姉ちゃん…うん。ありがと」
本当は、色んな事…一杯して貰ってるよ。リナさんから聞いてる。「星歌に言うなよな。怒られるから」って言われてるから、言わないけどね。
お風呂上がりに、一杯つき合ってあげるよ。美味しいツマミも作ってあげる。だからね。
ありがとう。
ーーーーーーーーーー
「…早いですね。まだ期日までかなりありますけど」
「出来ちゃったものはしょうがない。受け取って」
「…なんか出来ちゃった婚を迫るヤンキー女の台詞みたい」
佐藤さん。貴女は経験あるの?
期日を二週間残して、2曲書き上げた。出来は…まあ、良いんじゃないかな。
「ちょっと聴かせて貰って構いませんか?」
司馬さん。なんか疑ってるの?この顔を見て、顔を。
「なんか…随分ドヤ顔ね」
…佐藤さんに言われちった。
「別に出来を疑ってるわけではありません。単純に、興味です」
「そ。好きにして」
SDカードを渡す。それを司馬さんのPCに挿入。ファイルをクリック。程無く、譜面をなぞる様に曲が流れ出す。
三人で聴き入る。…どうだい?出来は。
二曲分流れ終わって、沈黙。すると
「あなた!これ、アルバムのメインで行けるじゃない!」
佐藤さんが少々興奮した口調で捲し立てる。
「…良いですね。…とても、良い」
司馬さんはしみじみとした口調。目を伏せている。
「あくまでアルバムの穴埋めで作った曲。メインは張れないよ」
そう、メインの曲にするなら、もっと複雑な構成を狙う。まるでぼっちに叩き付けるように。まあ、あんな奴滅多に居ないけどね。
「あなた…それ、曲を提供したメンバーに絶対言わない方が良いよ。恨まれるから。「私達の曲は、どうせ大した事無いですよ!」って」
「知らないよ。あくまでわたしのメインは「結束バンド」だからね」
「ふふ…」
「何?司馬さん」
面白い事言ったつもり、無いんだけど。
「いえ、なんてもありません。早い納品、有難うございました。助かりました」
「そ。それじゃ。ニュアンスとか解釈の質問があれば、連絡して」
「分かりました。ありがとうございます」
☆
「ふぅ、やっぱりあの子、魅入られてるわ」
「こちらとしては、良い曲の提供があって…それで満足、なんですけど…ね」
「曲を書かせたのは、上の連中に少しでも存在感を植え付ける為…なんでしょ?」
「まあそうなんですけど…そんなに露骨に言わないで下さい」
「あはは、ゴメンゴメン」
「…でも、結束バンドもそろそろ「条件」が揃って来ましたね」
「そうね。最後は私達の仕事よ」
「私もプロモーションするとして…佐藤さんは、何を?」
「…私が音楽雑誌に連載持ってるの、忘れてる?」
「…ああ、そういう」
「そ。そう言う事。デカくブチ上げてやるわ!」
「私の方のプロモーションが、霞んでしまいそうですね」
「まあ双方派手にやりましょう。何しろ、帰ってくるのよ?…ギターヒーローが。余り下世話な話はしたくないけど…絶対元は取れる!」
「ふふ…お互い、頑張りましょう」
ーーーーーーーーーー
「はっくしゅ!」
うう…最近クシャミが多いなぁ。風邪引いたかな…。
は!、もしくは爆にゅ…郁代ちゃん。先読みでわたしの心、読まないで…!う…うむん………ん…
スポン!
郁代ちゃん、最近その「バキュームキス」、お気に入りですね。もう少し時間が長いと、わたし…天に召されてます。…何で「してやったり!」みたいな顔なんですか!?
☆
今日は、廣井お姉さんに声を掛けられました。
「たまには一緒に演ろうぜぇ!」
場所はいつものケニーさんのトコ。
郁代ちゃんと二人、すっかり寒くなった夕暮れの、赤く染まるロンドンの街並みを歩いています。
「…一年、経つのね」
「…そうですね。何か…あっと言う間だったような。…色々な事が、あり過ぎましたから。郁代ちゃん…一緒に来てくれて、ありがとうございます」
思わず感極まってしまう。声が震えそうだ。実際、喉が震えている。
「…私こそ、連れて来てくれて…ありがとう」
郁代ちゃんも同じ様な気持ちを抱えてるのかな。前を向くその瞳が、横目で覗き見たその若草色が、憂いを帯びている…ような。
そんな表情で。郁代ちゃんは一言一言、確かめるように言葉を紡いだ。
わたしの中で、何かが変わったかな。何かを…変えられたかな。何かを増やせたかな。何かを…失っちゃった、かな。
自分では余り気が付かない。気が付けない。いつも自分の評価を周りに委ねていたわたしは、自分自身の「客観的な評価」に疎い。というか見て見ぬ振りをしている…していた。
でも、周りの人達はそんなわたしのネガティブさを無視するように「お前は凄いんだ」「お前は最高だ」と褒めてくれて。それを聞いて、つい調子に乗っちゃう事もあったけど。でも、それって…周りの評価を「まともに聞いてない」って事で。
言葉の表面だけ受け取り、それで舞い上がる。ただ、舞い上がる。その人達が、どんな気持ちで褒めてくれるか、なんて考えないまま。
少なくとも、こちらで知り合い、良くしてくれた人達は皆「本気」だ。「本気」で生きている。「本気」で、わたしと接してくれる。
その人達の「本気の評価」を、ただ舞い上がるだけでやり過ごしてしまうのは、とても…とても失礼な事。
最近になって、やっと気が付いた。今更かよ…って思われるけど。…へへ。
思えば、虹夏ちゃんだって、リョウさんだって…1号2号さんだって、「本気の評価」をしてくれていた。
ちゃんと受け取れ無かったのは…他ならぬ、自分自身。
気付かせてくれたのは、郁代ちゃん。
他人からの評価に、おかしな受け取り方をすると怒ってくれた。
素直な行動に対して、ちゃんと褒めてくれた。
いつも「正しい評価」を、してくれた。
怒って褒めて。褒めて怒って。
時間を掛けてわたしの感情を「チューニング」してくれた。
そう、まるでギターのように。
まるで「厄介なギター」だ。わたし。
そんな厄介なギターを、根気強く…根気強く。
郁代ちゃんは「奏者」だ。わたしという「ギター」の。
こんな厄介なギターの。
音が素直に鳴らない時は、「自分」をぶつけてきてくれる。
「そうじゃないでしょ!ひとりちゃん!」って。本気で。
綺麗な音を出せる時は、一緒に素晴らしいハーモニーを奏でてくれる。
「そう!ひとりちゃん凄いわ!」って。寄り添って。
だから、もう君を離せないんだよ。離れられないんだ。君が居なくなったとしたら、まともに音も出せないギターは…ただ打ち捨てられるしかないんだ。燃えるゴミにすら、ならないんだよ。
だからね?郁代ちゃん。
「あいしてます。これまでも。これからも。ずっと。死ぬまでも。死んでからも。来世でも。その次でも。永遠に。…いつまでも」
不意にギュッと手を握られる。指をしっかり絡めて。言葉より行動が先に来るのは、郁代ちゃんの恥ずかしい時の癖。
「…なぁに?いきなり」
余裕がありそうな口振り。でも、耳まで真っ赤。…夕日のせいにしといてあげる。
☆
程無くライブハウスに着いた。
お姉さんが出迎えてくれる。
「やーぼっちちゃん、来たね!………なんか表情変わった?」
…?自分じゃ判らないけど。な、何か劣化でもしてるのかな…老けた!?え?…わたしまだ21!ピチピチ…とは言わないけど、まだ老けるような年じゃ!?
「「男子3日逢わずんば、刮目して見よ」って東洋の言葉にもあるだろ?女子も同じさ」
「おお!ケニーちゃん、難しい言葉知ってるねー」
「…愛、さ」
お姉さんとケニーさんが何かやってます。お姉さんにとっては最早、ケニーさんは新宿FOLTの銀次朗店長のようです。
「しかし、キクリは日本じゃあ「デストロイヤー」だって聞いてたんだけど、そんな事は無いよね」
あ、お姉さんが照れてる。お酒で赤い顔が、更に赤くなってる。
「もーケニーちゃーん!わたしだって成長するんだよー!」
「ははは!…ごめんごめん。君が素晴らしいアーティストだって言うのは、良く知っているからさ」
「もーあんまり照れる事言うなよー!」
またワチャワチャやってます。お姉さんの「その場に馴染む」力、凄いなぁ。見習え…無いな。まず。無理。
「後藤サーン!郁代チャーン!」
…何でわたしの方だけ苗字呼びなんだろ。イライザさん。
「イライザ!今日は宜しくね!」
ああ…郁代ちゃんが何か凄く欧米人ナイズされている!イライザさんとハイタッチなんかして!このまま「ひと…ミス•ゴトトリ。ミーはユーにペアレント契約を解除する事を提案するわ。後は私のロイヤーと話をして。あ、タトゥーもイレィズするから」なんて事に!大変だ!私もついでにイレーズされてしまう!うう…エンド•オブ•ライフまでトゥゲザーするって言ってくれたのに!
「後藤さん、相変わらずだね…」
「ああ志麻さん。今日は宜しくお願いします。…ひとりちゃんはこれが可愛いトコなんですよ?」
腰に縋り付くわたしを、郁代ちゃんは優しくヨシヨシしてくれました。
☆
ライブは、とても盛り上がりました。
途中で「ギタリストの彼」が飛び入り参戦。この人、アメリカに帰ってないのかな。それともアメリカとイギリスって、「隣の県」位の距離?
ともあれ、ステージは白熱。イライザさんとわたし、彼のトリプルギターで観客も大騒ぎ。最後のリフで
「後藤さん、イケー!」
「ヒトリ、やれ!」
と二人の発破で、腕も折れよとばかりリフをブチかます!そこに郁代ちゃんのバッキングがわたしを完璧に支えてくれる。
最高だ。最高だよ!
でも…途中から郁代ちゃんのギター音がおかしい!?取り敢えず最後まで演奏し切ったけど、ずっと郁代ちゃんの表情が浮かない…
☆
「…これは…ネックのジョイント部にガタがきてるね。だから音が安定しなかったんだな」
「そう、ですね…」
彼の見立てとわたしの見立てが一致する。
「もうこれは、締め直しても駄目かもしれん」
彼が突き放すような発言をする。
「でも!………そう、ですか…。ショップには、一応持って行って…みます」
「ああ、そうだな。相棒に冷たい事を言って、済まない」
何とか言葉を絞り出した郁代ちゃんに、彼が謝罪する。
「でもなイクヨ。幾ら長年連れ添った相棒でも、「道具」なんだ。いつかは駄目になる時が来る。…それだけは解ってくれ」
「うん…はい、解ってます。…ありがとう」
確かに「道具」なんだ。…けど、郁代ちゃんのそのペルハムブルーの「相棒」は、ずっと…ずうっと郁代ちゃんの成長を見守ってくれていた。それが駄目になったら…まるで「身内の死」を味わうような…そうしたら、郁代ちゃん…
「郁代ちゃん…」
「…うん、大丈夫よ。ひとりちゃん」
その日は打ち上げに参加せず、二人で寄り添って帰った。
ベッドで、今夜は向き合って、抱き締め合って眠った。
悲しかった。
夢は…見なかった。
ーーーーーーーーーー
「イクヨ。今日は様子がヘンね。どうしたの?ヒトリと喧嘩でもしたの?」
少し意気消沈してる私を気遣って、メアが声を掛けてくれる。
そのとても優しい口調に、抑えていたものが溢れ出てくる。
「なん、でも無い…の。何っ…でも!…なぃ………う、うう………」
「あらあら……どうしたの?」
メアが優しく抱き締めてくれる。ひとりちゃんともちょっと違う、包み込んでくれるような優しさ。
「メア…ギターが。私の…ギター、が…」
☆
「そう…それはとても悲しい出来事ね…」
私が落ち着いた頃、お茶を頂きながらメアにあらましを説明する。
あの日の後、ひとりちゃんと一緒に楽器店を訪れた。そこで説明された言葉。
「直らない事は無いと思う。でも、期間がどれだけ掛かるか… これだと、メーカーに送らないとね…」
「それじゃあ、絶対!絶対直して下さい!お願いします!これはとても大事なものなんです!」
店員さんの説明に、ひとりちゃんは食って掛かるようにお願いしていた。
「ひとりちゃん…」
私だけじゃなく、貴女にとっても大事なものになってたのかな。そうだと…嬉しいな。
☆
「イクヨ。貴女の悲しみも解るわ。でもね、貴女は前に進まなければならないの。立ち止っていられないの」
真剣な顔で私に説いてくれる。やっぱり貴女は本当のプロフェッショナルね。………?メア?そのいつもの「イタズラっ子」の顔は、何?
「そ•こ•で!…ね?レヴィ?あれ、用意してあるわよね?」
「ああ、綺麗にしてきたよ。予定よりちょっとだけ、早くなったけどね」
そう言いながらレヴィが持ってきたのは…綺麗な赤の…テレキャスター!
ボディー全部はレヴィの真っ赤な髪の色と同じ。そのボディ前面にチューダー•ローズとフルール・ド・リス。イギリスとフランスの国花が、メアの髪色と同じプラチナブロンドで咲いている。凄く、凄く華やかで…素敵なギター!
「え?…どうしたの?それ」
問い掛けられたレヴィはニヤリと笑い、ひと言。
「これを…弾いてくれ。こらからも、ずっと」
…どういう事!?なんで、そんな…
ポカンとしている私に、メアが耳元で囁いてくる。
「レヴィがね?どうしてもギターを譲りたいって。でもイクヨは今の子を大事にしてるでしょ?だから「帰ってしまう最後の時」に押し付けちゃおうって話してたの。それがそんな事になっちゃったから、この機会に渡してしまおうって」
でも、そんな綺麗なギターを…
「そうよ!レヴィ、それ…今使ってるものじゃ…」
「ああ、今のメインは違うヤツなんだ。でもコイツも必ずツアーには持って行く。余り弾いてやれてないけどね。でも…イクヨがコイツをいつも弾いてくれるなら、アタシもメアもとても嬉しいよ」
メアを見ると「是非使って?」とウインクひとつ。
「そんな大事な物…」
まだ躊躇する私に、レヴィが微笑みながら
「妹に渡す物に、惜しい物なんて無いさ。ちなみにコレのシグネチャーモデルも出てるけど、これが…オリジナルだ」
私の瞳からポロポロと頬を濡らすもの。温かい雫。貰い過ぎて瞳から溢れてしまう、優しさ。
「…今日のイクヨは泣き虫ね」
優しく抱き締めてくれる。レヴィも一緒に抱き締めてくれて。
「コイツをイクヨの旅に連れて行ってやってくれ。ヒトリと音を重ねてくれ」
「…レヴィの目的はヒトリね。あぁ…イクヨ可哀想!」
「バ、バカ言わないでくれよメア!イクヨも大事だよ!」
「…イクヨ「も」?」
「ああもう!」
「ふふ…あはははは!」
思わず笑ってしまう。なんて素敵な人達!なんて素敵な…お姉ちゃん達。
「ありがとう。メア。レヴィ。…大事で大切な、二人のお姉ちゃん」
この日から、私のメイン機が真っ赤なテレキャスターになった。ボディ前面の下側に薔薇と百合の咲いている。
そしてメアとレヴィにサインを入れて貰った。この気持ちを忘れないように。
ーーメア&レヴィ LOVEーー
ちなみにひとりちゃんに見せたら
「す、凄いカスタムテレキャス!ピックアップも変わってるし、フレットも…カスタムペイントが…そう言えばあの楽器店にシグネチャーが置いてあった!え?、これオリジナル!?いったい幾ら!?」
と、大興奮だった。
更に更に、その後ケニーさんのライブハウスでそのテレキャスターをそれとなく自慢していたら…
かのギタリストが来店
「おお!イクヨ、ギター新調したのか!テレキャスか、良いな………ん、この色と意匠…レベッカのシグネチャーか!………ちょっと待て!この塗り………オリジナルか!えぇ…良くアイツが手放したな!「アタシの墓標にして」って言ってた位なのに!
…やっぱり、何か凄いモノらしい。
「ちくしょー!ヒトリこれ…はダメだ!こんなお遊び用じゃ、あいつの気持ちに勝てねぇ!ヒトリ!待ってろよ!絶対あいつには負けねえ!」
持っていたストラスキャスターを引っ掴んで(ひとりちゃん曰く、アレも数十万らしい)すぐさま帰っていった。なにを待ってるんだろう。
1時間後位。
彼が帰って来た。ホントに、ロンドンに住んでるの?アメリカに居る奥さんと子供は良いの?
「ハァ、ハァ…ヒトリ、是非これを使ってくれ!」
何か息を切らせて帰って来た。
差し出されたギターを見る。すっごく華やかなギター。
漆黒のベースカラーに金色の縁取り。その金のラインが蔦のようにボディからネックまで走っている。これ…本物の金、使ってない!?
そしてボディ前面にクロスチェッカーの形でイギリス国旗とアメリカ国旗が踊っている。これ…一体幾らする?
ひとりちゃん、唖然。あ、やっと口が動いた。
「あ、あの!これ!………あの「伝説の野外ライブ」でも使ってましたよね!?こ、こんな凄いモノ、使えません!」
あ、彼の表情…少し悲しそう。
「ヒトリ。これは「只のギター」だ。そりゃあメイン機の一本だから、他よりも気を遣ってはいる。でも、只のギターなんだ。俺の気持ちが籠もってるってだけでな。だから、これをヒトリの傍に置いて欲しい。お前に爪弾いて欲しい。お前との繋がりを、絶たないで欲しいんだ」
とても真剣に…懇願するようにひとりちゃんに問い掛ける。
「ひとりちゃん。貰ってあげたら?」
助け舟を出してあげる。だって彼、泣きそうなんだもの。
「…わかりました。ありがたく頂きます」
その途端、彼の表情に花が咲く。凄く嬉しそう。
「そうか!ありがとう!…そうだ、俺にも一言書かせてくれ!」
白いペンで文字を書き込む。程無く。
「ヨシ!これでオーケィだ!どうだイクヨ!俺とヒトリの仲は永遠だ!」
彼が書いたものを見る。
ーーヒトリと俺は最強だ!ーー
その下に彼の名前。
…ホント、何と張り合ってるの?
その後、そのバンドのリードギターがもつ漆黒のストラトキャスターとギタボの持つ真っ赤なテレキャスターはそのバンドにとってのアイコンになる。
「ちなみに、ひとりちゃんが貰ったそのギター、幾ら位するのかしら」
「あ、多分…マニアに渡ったら数千万…」
…気を失いそうになりました。
ーーーーーーーーーー
『リョウ先輩、ごめんなさい!』
久々に声を聞いたと思ったら、いきなり謝られた。
「どうしたの?」
話を聞いたら、どうやらレスポールジュニアの故障らしい。たとえ直っても、どれだけ時間が掛かるか、と。
「いいよ。それはもう郁代のモノ…みたいなもんだしね」
散々謝る郁代を宥めて通話を終える。そうか、アイツも役目を終えて一休み、か。
良く、頑張ったね。
感慨を覚えながらコーヒーを飲んでいると、何処からかメール。…ん、郁代か。
[すみませんでした!]という文面と共に画像が添付してある。
何気無く開く。と。真っ赤なテレキャスが写っている。
あれ、これ例のバンドの人のか。………ん?これ、シグネチャーだよね?御茶ノ水でも見たことあるぞ。これ買ったんだ…
[これ、オリジナルです!キレイですよね!]
ブッ!
口の中のコーヒーを噴いてしまう。え?本人が手放したの!?アリーナツアー出来るギタリストだよ!?シグネチャーモデル出てる位だよ!?一体幾らすんの!?
心を落ち着ける為に、コーヒーを一口。
あれ、写真もう一枚ある。
何の心の準備も無く、写真を開く。と。
ブフッ!
全開噴き出してしまう。
誰でも見たことのあるギター
ギターキッズなら、絶対知っているギター。
いや、ままままさか…これはシグネチャーだよね。流石に。
また心を落ち着けるべく、コーヒーをひと口。
[彼のツアー中の一本だそうです!華やかですよね!]
ブファーーッ!
ゲホッ、エホッ!ウエッ!
ホ、ホンモノぉ!?
「華やかですね!」じゃねーよ!
憧れたって触る事すら出来ないんだよ!
近くで見る事すら出来ないんだよ!
現時点で生涯最高の演奏と言われる、あの「伝説の野外ライブ」で使ってたヤツだぞ!
これ多分マニア間でなら軽く見積もっても数千万になるよ!
何か…サイン、入ってるし!本人の名前の!
その上…何か書いてある。
えーと…「ひとりと俺は最強だ?(翻訳アプリ)…」
…
………
…………………
あ、あはははははは!ははははは!最高だ!これ、最高だ!
これでもし、ぼっちが世界中に認知されたら…
ぼっちの音が、世界を魅了したら…
それこそこのギター、億になる!
オクマンエンの値が付くよ!
ぼっち。とうとう世界有数のギタリストを虜にしたな。
はやく帰って来い!
ぼっちの生の音を聴かせてくれ!
二人の…生の演奏を聴かせてくれ!
2人の「今」を、感じさせてくれ!
その病には、処方箋も特効薬もありません。
その病を抜け出せるのは、自分の人生が終わる時だけ。