スウゥゥゥ………
ハアァァァ………
スウゥゥゥ………
ハアァァァ………
………ヨシ!
トレンチコートの襟を、グイと引く。
漆黒の相棒を肩に掛ける。ボディをポン、とひと叩き。
キャッツアイのサングラスを、ゆっくりと掛ける。
ワークブーツの踵をトントンと床に軽く叩き付ける。
さて………おっと
郁代ちゃんから拝借したままのヘアゴムで、長い髪を後ろに束ねる。
うん。準備完了。
ステージへ。
観客席からの熱風が吹き付ける、「あの場所」へ。
行くよ相棒。まだわたしに馴染んでくれないかもしれないけど…
でも、君もわたしも「あの場所」が好きだよね。
「あの場所」でしか生きられないよね。
「あの場所」で、熱を感じたいよね。
じゃあ、わたし達はおんなじだ。
同じ、「欠けて」て「満たされたい」んだ。
じゃあ、きっと気が合うと思うよ。
君が居なくならない限り、一緒に居よう。
トッドさんの妹さん。
貴女の名前を、この「漆黒の相棒」に付けるのを許して。
貴女の分も音を鳴らすから。何処に居ても聴こえるように、音を響かせるから。
さあ「ケイティ」。行こう。
わたし達の「居るべき場所」へ。
わたし達が「息を出来る所」へ。
今日のメンバーが呼んでいる。
光の中から。
さあ。
行くよ!
☆
「…帰って来たと思ったら、いきなりパシフィカに土下座するのはどうかと思うんだけど」
はい、後藤ひとり21歳。只今絶賛土下座中です。
置いていった元相棒(今も相棒なんですけどね!)の前で、申し訳無さ一杯の贖罪中。
決して君の事を嫌いになった訳じゃないんだよ!?それどころか好きで、好きで…あいし………郁代ちゃんに悪いな………郁代ちゃんの次に愛してるんだ!
ただマイニューギアを弾いてみたかったんだ!
My•new•gear……へへ!………いやいやパシフィカ君!君がMy•old•gearって訳じゃ無く!いやニューでも無いけど!今の所自分の意思で選んだのは君だけなんだ!初代のレスポールも3代目のこのストラト(ケイティ)も縁があってと言うか運命と言うか…運命?……へ、へへ…いやいや!君も運命で!………
ハム!
「うひゃはい!」
郁代ちゃん!耳朶噛んでわたしの意識戻すの心臓に悪いから止めて!今心臓が200bpm超えてイングヴェイの速弾きすら凌駕して…
「戻って来た?」
「あ、はい」
☆
「で、どうだった?ギター」
「そうですね…ピックアップはストラトは全部シングルだったかな?でもリアだけセイモア・ダンカンのハムバッカーに変えてあって音に馴染みはあるしダブルカッタウェイで形もパシフィカと違和感なくて重量も似た感じで………」
「分かった!分かったわ!…つまり「良い感じ」って事ね!」
「………はい、良い感じ…です」
もうちょっと語りたかったんだけどな…
「…ごめんね。…詳しく知らなくて」
郁代ちゃんが抱き締めてくれる。
抱き締められるとどうでも良くなっちゃうの、郁代ちゃんに解られてるよね…
「昨日遅くまで調整してたものね」
二人でお茶を飲みながら、リラックス。この時間…とても好き。
「やっぱり気になって…」
昨晩は「ケイティ」の調整に時間を費やしていた。
弦高をコンマ単位で合わせ、弾いては合わせ…
弦高が決まったら、今度は相性の良いピックを手持ちから探り…結局全部のピックを試して…
そして3つのピックアップを全部確認して…
それからエフェクターに繋いで音を作っていって…気が付いたら、午前3時を過ぎていて…郁代ちゃんは拗ねて反対向いて寝ちゃうし…
いつもとは逆に、背中から抱き締めて寝てやりました。
「抱き締められるのも悪く無いわね…」
「…え?」
「…何でも無い!」
「そう言えば、郁代ちゃんはギター変えて違和感無いですか?」
「ええ、ちょっと大きな気がするけど、でも右腕置きやすいし…」
「ああ、あのテレキャスはエルボーカットしてありますからね…それで…あそこの………」
二人の夜は更けていく。
ーーーーーーーーーー
「リョウ。そろそろ良いんじゃねえの?」
「…何が?」
「いや、この間言ってたヤツ。知り合いのバンドのサポートベース。一晩だけだが、どう?って言ってたヤツだよ」
オッサンのレッスンが終わり、今は二人で牛丼屋。
話は「知り合いのバンドでベースが指を怪我して弾けないので、代わりに出てくれ」と言うもの。
オッサンに話が来たのだが…何しろ演るハコが中々大きいトコ。
当然オッサンビビる。
オッサン閃く。
リョウ(わたし)が要るじゃないか、と。
バンドに宣う。「俺の一番弟子に演らせる」と。
名の通ったバンドなので、わたしもビビる(…ちょっとだけ)。
ちょっと考えさせて、と決断を伸ばす。まだ実力が…と。
期日はあと1週間。
バンドに決断を迫られる。
オッサンわたしにせっつく。(←イマココ)
「オッサン。わたし…大丈夫だと思う?」
カキ込んだ飯を咀嚼しながら、オッサンはわたしにジト目を寄越す。
「珍しく弱気じゃねぇの。前のリョウなら「余裕でしょ?」とか言ってる癖によ」
そう。今迄なら結構気軽に受けていたかもしれない。でも…すっかり技術も意識も変わってしまった今だと…
「言いたくないんだけどさ…何か「怖い」んだ。今迄如何に「余り考えず」に弾いて来たのか…今なら解る」
オッサンが目を見開く。
「へえ?随分意識が変わったもんだねぇ…。まあ、その「怖さ」は常に持て。何やるにしても、怖がらねぇ奴は「只のバカ」だ」
「…オッサンは「ビビり」だけどね」
「…うるせぇ!」
暫く二人して牛丼をかき込む。
「俺は、お前なら充分…何処ででも演れると思う。…いや、確信してる。そう教えたし、そう覚えた筈だ。お前は」
ふん。そうかい。
「買い被ったもんだね。…良いよ。その意見に乗ってやるよ。…一番弟子、だしね」
オッサン、「ふはっ!」と吹き出し…電話を取り出す。
「おうもしもし。あぁ俺だ。この間の話、受けるってよ。…あぁ大丈夫だ。何しろ俺の一番弟子は「最強」だ。心配するな。その内俺より上手くなる…あぁ、そう。分かった。じゃ、後でな」
電話を切り、ポケットに仕舞う。
「…随分「吹く」じゃない」
オッサンが、ニヤリと憎たらしい笑顔を寄越す。
「嘘は言ってねーよ。ひと言もな」
「…そうかい」
「そうさ」
「…分かった」
精々暴れてやるさ。
師弟の夜は更けていく。
ーーーーーーーーーー
「星歌!音が遅れてる!」
「…リナ。私まで指導するなよ…。久々に弾いたんだから、大目に見てくれ…」
「ちゃんと合わせてくれないと、虹夏の練習になんないだろ!」
「リナさん…お手柔らかに…」
「甘い!星歌を甘やかすな!星歌が乱れると虹夏合わせに行っちゃうんだから!今は誰の練習!?虹夏でしょ!?」
現在、お姉ちゃんにギターを弾いて貰って合わせの練習。
ちょっと前に弾いたきりギターを触って無かったお姉ちゃんは、カンを戻すのに苦労している。
「星歌、アンタのギターはそんなモンじゃ無かったでしょ?」
確かに…小さい頃の記憶だけど、お姉ちゃんのギターは格好良かった。音がキラキラしていた。
「そんな事言うけどなぁ…ブランク考えてくれよ」
そんなお姉ちゃんをリナさんは鋭い目で睨む。
「星歌…あんた昔、「私は寝ててもギター弾ける」って豪語してたよね。そんなあんたが、十年以上弾いて無いからって…忘れちゃうものなの?」
「…十年って…デカいぞ?」
「フン!」
リナさんはお姉ちゃんの言葉に聞く耳持たず。…多分、未だにリナさん…お姉ちゃんが辞めちゃったの、悔しいんだろうな。
「…とにかくねぇ、星歌が「昔の星歌」を少しでも取り戻してくれないと…あの激しいギターを弾いてくれないと、虹夏の練習が「ヌルく」なるんだよ!」
「………わかった。ちょっと三十分ばかり、時間くれ」
そう言うなり、お姉ちゃんはあたし達をスタジオから追い出す。
ドアを閉める直前、スタジオ内に雷鳴が響き渡る。
☆
「…よし、行ける。急拵えだけど、さっきよりはマシだ」
リナさんとお茶をしてたあたし達の下へ、お姉ちゃんがやって来た。
ちょっと肩で息をしている。
「…うん、行こうか」
リナさんの合図で、皆してまたスタジオへ。
「…行くよ!」
シンバル4つ打ちから、スタート!
「うん!いいね!」
リナさんの掛け声。うん…うん!そうだ、それだよ!
スタジオ内で音が暴れ回る。あたしに襲い掛かる!そうだ!これがお姉ちゃんの音だ!あたしが初めて聴いた、格好良い…音!
あたしも負けない!いや、勝ってみせる!お姉ちゃんに勝てなきゃ、ぼっちちゃんと同じ土俵にすら上がれない!
ぼっちちゃんと対等…なんて烏滸がましいよね。でも、「バンドメンバー」なんだ!同じ音の中に居なくちゃならないんだ!
あたしが「結束バンド」だ!
お姉ちゃんと目が合う。
お互いにニヤリと笑みを交わし合う。
普段言葉を交わすより、何倍もお互いの事が解る気がする。
あー、腕がキツい!…けど、その何倍も…
楽しい!楽しいよ!お姉ちゃん!
姉妹の夜は更けていく。
そして…皆に朝が来る。
今回は、ちょっと閑話的なお話。
それぞれの夜の出来事。