王の帰還   作:サマネ

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言葉は何の為か 音は誰の為か

「あいたたた…」

 

起き抜けに左手が痛い…

パシフィカとはネックの手の当たりがちょっと違ったり、全体のポジションをまだ決めかねてたり…あと、やっぱりギター代えた緊張感なりで、想像以上に左手に力が入ってたみたい。

こう言う所を見ると、わたしってまだまだだなぁ…

きっと彼とかのスーパーギタリストだと、ギター新調したその場でいきなり弾きこなせるんだろうな…

 

「ひとりちゃん、おはよ…どうしたの!?」

先に起きていた郁代ちゃんは、朝ご飯を作ってくれていたらしい。わたしを起こしに来てくれて…左手を揉んでるわたしを発見。慌てさせちゃった。びっくりさせちゃってゴメンね。

「あ、昨夜の演奏で想像以上に力入ってたみたいなんです。ちょっと、左手がダルくて」

「そ、そうなのね…びっくりした。ご飯は食べられそ?」

「あ、はい。その位なら大丈夫です」

郁代ちゃんは自分の胸に手を当て、ほぅ…とひと息。普段わたしの事を「ひとりちゃん、私に過保護過ぎ」って言ってるけど、郁代ちゃんもわたしに対して心配性だよね。

 

一階まで降りて、朝ご飯を頂く。郁代ちゃんは野菜サンド。わたしはお気に入りのトーストサンド(白パンにトーストを挟んだもの。妙にハマってしまった。これを食べる時郁代ちゃんに「おいしいね!」っ言ったら、何故か無表情になった。)。そしてベーコンエッグ。朝のお茶はミルクティー。

 

「ひとりちゃん、今日は弾かないでね?でもそうね…手がそれじゃ、今日は私もメアのレッスン休もうかな…」

郁代ちゃんがポツリとそんな事を言う。え?だだだ…

「ダ、ダメです!レッスンは行って下さい!」

折角の素晴らしい機会を、例え1回でも潰して欲しくない!超一流のアーティストに教えを請える機会なんて、望んでも簡単に得られるものじゃない!

郁代ちゃんは眉尻を下げて「…でも」なんて言うけど…

「…郁代ちゃん。ここに来た…ここに居る理由を考えて下さい。1回だって貴重な体験を逃して欲しく無い、です」

「…うん、そうだね。…ごめんね」

シュンとしてしまう郁代ちゃん。あば、あばはばば!

「す、すみません!わわわたしごときがきき喜多ちゃんの行動を指図するなんて烏滸がましい事を!…しょ、贖罪の為に手足を縛ってドーバー海峡を渡ってフランスに行ってバゲットで切腹してきます!な、長い間お世話になり!………んむ………ん…ふ………」

……………

 

スポン!

 

顔を上げた瞬間、吸引されました。

「もう…落ち着いた?」

「…はい。ごめんなさ…!……ん………」

 

スポン!

 

「…謝ると、何度でもするわよ?」

「…はい。ごめ…あいえ、はい」

身体の酸素残量がレッドゾーン…これ以上は命が無くなる…

「でも、久々に出たわね。「喜多ちゃん」って」

「…未だにパニックになると、出ちゃいます」

「まあ、結局パニックにさせちゃうのは、私か。ごめんね………んぅ………」

 

ジュポン!

 

わたしの音、汚い…

「い、郁代ちゃん。謝るのは、無し…です」

「…うん。そうね」

あははと笑う郁代ちゃん。やっぱり貴女は笑った顔が良いよ。

 

 

「それじゃ、ひとりちゃん今日はどうする?」

「あ、はい…郁代ちゃんに着いて行くと、どうしてもレベッカさんとギター弾きたくなっちゃうので…今日は散歩でもしようかと。何か詞のインスピレーションを得られればと思いまして」

まだまだ詞のストックは欲しい。こちらに居る間に、こちらでしか見聞き出来ないものに触れてみたい。まあわたしが出来るかどうかは…置いといて。幸い今日はライブハウス、休みだし。

「そう…私も着いて行きたかったけど…そうね、一人の方が得られる物があるのかもね。…大丈夫?」

 

やっぱり心配されてる!

 

ーーーーーーーーーー

 

トートバッグには郁代ちゃんが作ってくれたサンドウィッチと保温ボトルに淹れてくれた紅茶。

お昼の準備はバッチリ。

 

…やっぱり心配されてるんだな…

軽く会話するくらいの英語力は身に付いてきたけど、生来の性分のせいで、一人でお店に入るのは未だにハードルが高い。

でも、一年過ごしたけれどまだまだ馴染みの無い土地。そこを散歩出来る位には成長したんだよ。わたしも。

 

 

何となく、バスカーの人達が色々演奏している通りを目指す。

 

今日も熱気があるなぁ。

通りを宛てもなく歩いて行く。ギター1本で演ってる人も居れば、二人や三人で組んで演ってる人も。

「よお!この間のギタリストじゃないか!あれは凄かったぞ。今日は演らないのか?」

「やあ、ヒトリじゃないか!見たぜ、この間のライブ。やっぱりお前はスーパーなギタリストだ!今度いつステージに上がる?」

「おお!この間のギターか!?この間は上手く逃げ切れたかい?是非また聴かせてくれ!」

「おお!この間の!…」

「あ!この間の!………」

 

…皆さんが声を掛けてくれる。しかも、皆「わたしのプレイ」を褒めてくれる。本気で。

わたしを見て、わたしの演奏を、褒めてくれる。

あなた達にとっては、わたしが何処の人間でどういう性格か、なんて関係無い。

今ここに居る「わたし」を評価してくれる。認めてくれる。認識して、くれる。

…なんて嬉しい事なんだろう。わたしは今ここに居て良いんだ。皆と交わって良いんだ。皆に認知されて良いんだ。

 

「ヒトリ。君は皆に愛されてるね」

唐突に背後から声を掛けられる。ビクリ!と飛び跳ねてしまう。

だだだだれ!?こわごわ後ろを振り向くと…あぁ…ケニーさん。ほぅと息を吐く。

「ケ、ケニーさん。どうしてここに?」

「ああ、アルの演奏を聴きに、ね。それと他のミュージシャンも。「未完成の音」を聴くのは、とても楽しいよ」

 

 

通りのカフェに二人して赴く。

ケニーさんはブレックファストのセットとアール・グレイ。わたしはフレンチトーストとカプチーノ。

欧米人男性だからなのか優しいケニーさんだからなのか、わたしの注文も一緒に頼んでくれる。優しい。

 

食事が済み、お茶を頂く頃。不意にケニーさんから聞かれる。

「それでヒトリ。「自分の音」は見付けられたかい?」

いつかは聞かれると思っていた、その質問。だって…こっちに来て間もなくの頃、それを聞いたのは他ならぬわたしの方だから。

その頃は、とにかく焦っていた。迷っていた。「音」どころか「自分」すらも良く判らなくなっていた。

 

でも…今は違う。

 

はっきりと答えられる。

 

元々、「そこ」にあったんだ。

 

「はい!見付けました。…いえ、気付きました。結局、「わたしはわたし」でした。わたしは他の誰でも無い「わたし」なんです。凄く曖昧な言い方になっちゃいますけど、やっぱりわたしはわたし以外になれません」

 

「フ…アッハッハ!。そうかい!「わたしはわたし」かい!「わたし以外になれない」か!アッハッハ!これは良い。とても良いよ、ヒトリ!」

 

ケニーさんは「可笑しくてしょうがない」とばかりに、今まで聞いた事が無いような大笑いをする。

え?嘲笑いされてる!?…いや、ケニーさんはそんな人じゃ無い。わたしの意見が「本気で愉しい」んだ。

この人もわたしと「本気」で向き合ってくれた人。わたしの恩人の一人。

 

ケニーさんは一通り笑った後、急に静かになり俯いてしまう。どうしたんだろ。

「ヒトリ。神様が「一回だけ望みを叶えて上げる」って言ったら…君はなんて答える?」

唐突な質問に戸惑う。…でも、その質問なら…

「ギターが上手くなりたい…ですかね」

 

これしか無い。わたしにはそれしか無い。

 

ケニーさんがわたしに真剣な目を向ける。

「そうか。君はまだ望むのか。…うん、そうだろうね。それが「ヒトリ•ゴトウ」なんだろうね。…だから、僕も…」

一旦言葉を切るケニーさん。何か…目が…潤んでいるような。

「さっきの質問だけど、僕はね。…「ヒトリがずうっと傍に居て欲しい」って答えるよ。「僕のライブハウスで、ずうっとギターを弾き続けていて欲しい」って、答える」

顔の前で手を組み、まるで…何かに祈るように。

「これは、恋や愛なんて俗な言い方で済ませられるものじゃない。僕にとって君は、まるで神からの使者なんだ。神からの「ギフト」なんだよ。…でもそれは「叶えちゃいけない望み」だ。「望んじゃいけない希望」なんだよ。君は君の「望む道」を行かなくちゃいけないんだ。僕は、その道へ進む君に…笑って手を振らなくちゃならないんだよ」

もう泣きそうな…いや、心の中では既に泣いている…そんな表情でわたしを見詰める。

心が、痛い。

軋むような、割れてしまうような。まだいつかは分からないけど、「人との別れ」って…こんなに、辛いんだ。

 

この人は「本気」でわたしの音を求めてくれている。

「本気」でわたしの音を愛してくれている。

「本気」で「わたしの存在」を…愛してくれている。

 

「ケニーさん…」

「…ヒトリ。「ケニー」って呼んでくれ」

 

「…ケニー。わたし日本では、誰からも気にされないような存在でした。気にされないように、生きてきました。少なくとも、高校に入るまでは。そんなわたしを、見付けてくれる人が居ました。認めてくれる人が居ました。…一緒に歩いてくれる人が、出来ました。

「こんなわたしに」って思いました。素直に気持ちを受け取れませんでした。でも、その人達はわたしが何処に居ても見付けてくれました。

「こんなわたし」だから、一緒に居てくれました。わたしを…愛して…くれました。

それでも、まだわたし自身は迷ってばかりでした。わたしは「わたし自身」が一番信用出来ませんでした。ある意味、ロンドンへは…逃げて来たのかもしれません。

そして、その「逃げて来た」筈のロンドンで出会いました。

誰でも知っているような歌手の方。ワールドクラスのギタリストの方。親身にしてくれるスタッフの方。そして…あなた。

本気で接してくれるあなた達に触れて、自分の愚かさが解りました。自分の馬鹿さ加減が解りました。

初めから持っている答えを、見ていませんでした。目を背けていました。

だから…だから…皆を愛しています。「わたしを教えてくれた」皆を、ケニーを、あいしています。

たからケニー。わたし、「ここ」に…また帰って来ても良いですか。愛する皆、愛するケニーが居る、ここに…いつか、帰って来ても…良いですか?」

 

二人共、暫く声を出せなかった。目の前が滲んで、声が詰まって…暖かな洪水の中。

 

「…ん、うん…うん!何時でも帰っておいで!君は僕の…この「ロンドン」のファミリーだ!君が居る所が君の「居場所」だ。君が帰る所が君の…「家」だよ」

 

 

「ありがとう、ケニー。わたしの…お兄さん」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「じゃあイクヨ。一緒に行きましょう!」

 

レッスンがひと息ついて、お茶の時間。

最近髪を切って無いなぁ…などと呟いていた。

 

「メアもレヴィも、凄く髪…綺麗よね。カットも素敵だし。どんなトコでやって貰ってるの?」

 

メアはロングレイヤー。そのスタイルとプラチナブロンドにとても良く合っている。全女性の憧れ!って感じ。

レヴィはショートのシャギー。真っ赤な髪とレヴィのキャラクターにピッタリ!凄く格好良い。

 

「いつも市内にあるビューティーサロンに行ってるの。日本で修行してからフランスにも学びに行った、とても良いサロンなのよ?私もそろそろ行かなくちゃ…!そうだ!…」

 

…で、冒頭に戻る。

 

 

「でも…メアの行くような所って…その、凄く…高いでしょ?」

それを聞いたメア。ムッと頬を膨らませる。綺麗な人差し指をピン!と伸ばし

「イクヨー?私が妹に払わせるような女だと思ってるの?そう見えたなら…お姉ちゃん、悲しいわ…」

ヨヨと崩れ落ちる…真似。もう、メア…。

思わず苦笑してしまう。

 

「わかった!わかりました!お姉ちゃんにお任せします!」

いきなりメア復活。

「そ。それで良いの!」

いつものイタズラっ子の笑顔。やっぱりさっきのは嘘じゃない!

「今日はレヴィ居ないし、彼女の車借りちゃいましょ?」

 

 

メアの家から車で15分程。ビューティーサロンに到着…え?ここって「美容室」よね?…まるで「ブランドショップ」みたい…。

外見はシックだけれど…多分、このお店…凄くお金、掛かってる。

 

 

「サラ、来たわよ。私はいつもの。あと今日はすっごくキュートなお客を連れて来たわ。そっちもお願い」

お店に居た店員(店主?)さんはサラさんと言う。日本の美容師さんみたいに「ともするとブッ飛んだ感じ」は全然無く、お店の雰囲気に合ったシックな佇まいなんだけど、それでいてとても華やかな雰囲気の人。

 

「ああメアリ、いらっしゃい。お久しぶりね。最近は何処か回ってたの?」

「ツアーよりも、もっと楽しい事してたのよ!ねー、イクヨ」

ウインクひとつ。私との時間を「楽しい」と感じててくれたのなら…とても嬉しいな。

「私もメアとの時間、最高に楽しいわ!」

二人でウフフと笑い合う。その横でサラさんが私にギョッとした目を向ける。そしてポソリと一言

「メア…か」

その後自分の中で何か納得行ったのか、私に向かって極上の笑顔を向ける。

「メアリの連れて来た人なら、私にとっても最上の客よ。任せて!貴女に魔法を…掛けてあげる!」

 

もうこうなったらまな板の上の鯉。どうぞ好きにして下さい…

 

髪型だけはオーダーして、後はお任せ。…私の背後でメアとサラさんが何やら言い合ってるけど…

「サラ?私の妹をオカシな風にしたら、許さないからね!」

「え?妹!?…任せといてよ!レベッカをけしかけられると堪らないから、気合入れてやるわよ!それに日本の子の髪を触るって、とても楽しいの!」

サラさんが鋏を持つ。お、お手柔らかに…

 

 

「ふう…髪が軽い」

私が選んだ髪型は、ミドルのウルフカット。丁度メアとレヴィの中間位。………妹だし、ね。

「また来てね!イクヨ」と言われたけれど、次に来られるとしたら何年後か…だって、だってね!?メアが二人分お支払いしてくれたけど…その額を聞いて、倒れそうになりました…

お店に入る時も、「予約しなくても平気なの?」って聞いたら、「ここは大丈夫よ」ってひと言。

聞けばこのお店、メアはスポンサーの一人なんだって!

…メアのスケール、また判らなくなって来た。

何か、エステまで受けさせて貰ったし…

とにかく

 

「メア、ありがとう!凄く嬉しい!」

「どう致しまして。私も妹が更に綺麗になって、とっても嬉しい!」

 

夕暮れの街の中、笑顔の二人を乗せた車が帰って行きました。

 

ーーーーーーーーーー

 

時間を少し遡って、お昼過ぎ。

 

公園のベンチで、郁代ちゃん特製のお昼を食べていました。

うん。トーストサンド最高!幾ら食べても飽きない!

もうお米に戻れないかも。

 

最後の一つをまさに頬張らんとすると…

「…それは、美味いか?」

…え?な、なに!?

「…だから…それは、美味いのか」

口をアングリとあけたまま、間抜け顔で声のした方を向く。と。

「…美味いか?」

わたしのすぐ横に髭面!

「うあぁっ!」

横っ跳びで逃げる。最後の一切れがベンチの上に、ポトリ。

「…食い物を捨てるな。…勿体無い」

それを拾って…パクリ。

「…うん、悪くないな」

「………」

「…それ」

「…え?」

「サンドウィッチには、お茶だろう」

わたしの保温ボトルを指差す。…え?寄越せって?

「あ、は、はい!」

アワアワしながらカップにお茶を注ぎ、彼に差し出す。

彼は「…熱いな」なんて言いながらお茶を啜る。

 

…え?あれ?…なんでわたし、この人にお茶とサンドウィッチ取られてるの!?

 

見た目凄く怪しげな人だ。グレーのニットキャップを目深に被り、頬から下は無精髭だらけ。ちょっと暗いブルーの瞳は何処を見ているのか良く判らない。

「人生なんて、サンドウィッチみたいなモンだな。お前のように取り零す事もあれば、俺みたいに腹に納めりゃ…はい、終わり。つまり、今お前の人生は喰い物にされた」

あの…それ、わたしのサンドウィッチ…

「お前は何故生きる?」

「は、え?、ええっ!?………バ、バンドで成功する…為?」

オジサンは、ふぅ、と溜息をひとつ。

「…なんだ、そんな事か」

せ、折角答えたのに呆れられてる!?なんで!?

「そ、「そんな事」なんかじゃありません!い、命を掛けてます!愛してるんです!」

オジサン!何で「ヤレヤレ」みたいな顔してるの!?

ご丁寧に手まで広げて!

「お前の愛も命も安いもんだな」

 

あ…もうダメだ。限界だ…目の前が真っ赤になってゆく。

 

ガバリ!と立ち上がる。オジサンを目一杯睨む。怖い、怖い…けど!

 

「あ、あなたには分からないかもしれない!理解出来ないかもしれない!でも!この気持ちは絶対に無くならない!無くしちゃいけない気持ちだ!わたしが存在する理由だ!生きる為の道標なんだ!わたしがわたしである為の!」

 

拙い英語で必死に説明する。

肩で息をする。全身が熱い。酸素が足りない。目の前がクラクラする。

 

「その為にお前は、呑気に日向ぼっこか?それが命を懸けるって事なんだな。お前は天才なのか。そこでボーっとしてるだけで成功を確信出来るんだな。大したモンだ。このピクニックがお前の愛で命なんだな」

 

この人は駄目だ!わたしの事を全て否定する事で楽しんでいる!

生理的な涙が滲む。腕も足も憤りでブルブルと震えている。

震える足を殴り付けて、踵を返す。これ以上ここに居ちゃいけない!

 

「お前…憤りがあるなら、何故説明しない?何故逃げる」

投げ掛けられた言葉に、反射的に振り向く。

「あ!あなたが!わからないから!わかって…くれないから!」

 

オジサンは、今のわたしにするには余りにも不自然な目を…とても静かな、澄んだ目を…向ける。

 

「お前は、観客の前でも「解ってくれないから」って背を向けるのか」

「…!」

「お前が表現したい事は「仲の良い友達」だけに伝わりゃ良いのか。他が解ってくれなけりゃ、泣き喚いて癇癪を起こすのか。それでスッキリできるのが「お前の命を掛けるモノ」なのか。お手軽だな。」

「ち、ちが!…」

「違わないだろう。お前は「表現者」じゃないのか?何故自分の表現で周りを黙らせる事を考えない?周りが解ってくれるまで待ってるのか?5年後か?10年後か?100年後か?…お前は生きているか?それで解ってくれなけりゃ、お前は泣き濡れたまま死ぬのか?それがお前の人生で良いのか?」

 

「う、ううぅ!うわぁぁぁ!」

自分の中の「破裂しそうな気持ち」を抑える為に大声を出す。

頭を抱えてしゃがみ込む。全身から「言いようの無い熱い淀んだナニか」が吹き出そうだ。身体が裂ける!心が軋む!

「お前はそれで良いだろう。只、お前のパートナーは?お前の仲間は?お前がピクニックで捻り出した物に納得するのか?ニコニコしながらサンドウィッチを摘んで齎されるもので良いのか?お前の「情動」は、そんな安いものなのか?「お前の中身」は…そんなものか!?」

 

それを聞いた途端、ブツリと…自分の中の「回路」が切れ………いや、「入った」。

 

身体中熱の塊みたいだ。吐き出す所を求めている。

何処だ。何処からこの「熱」が出て行ってくれる?

…目だ!口だ!………手、だ!

手が膨張と収縮を繰り返しているようだ。

今すぐ吐き出さないとこの「熱」に自分がヤラれてしまう!自家中毒で「運が無かった」と虚ろな目で宣うだけの死人になってしまう!

 

「失礼します」とひと言。早足で帰路に着く。

わたしの家。わたしと郁代ちゃんの家。あそこに辿り着くまで、どうかわたし…壊れないで!

 

 

「ふぅぅ…」

「…やぁ、セイント。やり方は兎も角、ありがとう」

「…ケニーか。その名前は辞めてくれ。読者に冗談半分で付けられたような名前だよ」

「それでも何冊も哲学書を出すような君の読者だろ?随分的を射てると思うよ」

「ふん…全部の著書を読んでる変態は、お前くらいだ。…しかし、こんな事はもうこれっきりにしてくれ」

「何でさ」

「お前と同じように…俺も、あの子のギターの虜だからだよ。あの子に恨まれたら、あの音がもう聴けなくなっちまう」

「ははは…済まないな。でも…必要な事だったんだ。彼女は、優しい。優し過ぎる。他人の為に全てを投げ出してしまえる程、優し過ぎるんだ。そんな彼女が歌詞を作る。自分を燃やし尽くしたとしても、素晴らしい歌詞を書くだろう。だが次は?その次は?いつまで燃料が続く?誰がそれを補充してくれる?…彼女の燃料は、衝動は…情動は…多分、他の人間には補給してやれない。彼女自身から湧き出して来るしか無いんだ。その泉を、湧き水を…少しでも多くして上げられたら、ね」

「俺の代わりにお前が本を書いた方が良いな…ところで、彼女は大丈夫…なのか?あれだけ追い込むような事を言われて」

「追い込んだのは君なんだけど…彼女は、大丈夫。芯は強い。とても、強いんだ。あのキュートでチャーミングな姿からは想像出来ない位…強い」

「…そうか」

「ああ。それに、何かあっても僕の責任だ。」

「そう、か…」

 

 

愛してるよ。ヒトリ。だから君は…羽ばたいてくれ!

 

ーーーーーーーーーー

 

「ただいま!ひとりちゃん、帰ってる?」

 

コンコンとひとりちゃんの自室のドアをノック。ちょっと待ってまたノック。

…返事無し。でも、玄関の鍵…開いてたのよね。閉め忘れて無いはず。

それとなくドアに耳を付ける、と。

 

「うっ…ううっ!………ぐうっ!………」

 

呻き声!ひとりちゃん!

「開けるわよ!」

「ダメッ!」

 

咄嗟の拒否。こんな強い拒否は、初めて聞いたかも…

かなりショックだった。…でもそれより、ひとりちゃんの様子は!?

「ひとりちゃん。開けないから聞いて?…大丈夫なの?」

「…大丈夫です。ただ、今…喜多ちゃんの顔を見る訳に行かないんです!」

「喜多ちゃん」呼び。そして顔を「見たくない」でも無く「見られない」でも無い。

「見る訳に行かない」と言った。

耳をそばだてて室内を探ると…まさに何かを「書き殴って」いるかのような、激しいペンの音。…そっか。

「き…郁代ちゃん」

自分で呼び方に気が付いたみたい。

「…なぁに?」

ドアに背を当てて答える。

「…今は顔を見る訳に行かないけど…「終わった」ら………甘やかして、下さい」

もう…本当に、可愛い子。

「…うん、判った。たっぷり甘やかして上げるわ。だから、ね?…存分にやりなさい!「後藤ひとり」!」

「………はい!」

 

それから二人は会話もせず。ひとりは机に向かってガムシャラに。郁代はドアの外にしゃがみ込んでひとりを感じて。

 

それから、二~三時間は過ぎただろうか。

ドアを背にして目を瞑り、体育座りをしていた郁代の背中がふ、と軽くなる。

静かにドアが開き…振り向くとひとりが立っていた。顔は涙の乾いた痕か…頬がカピカピになっている。

「ひとりちゃ…!」

立ち上がろうとした郁代だが、逆にひとりが倒れ込んでくる。

郁代の胸の中に、気持ち良さそうに収まってきた。

 

「…終わりました」

「うん!…お疲れ様」

ふわりと抱き締め、頭を撫でて上げる。するとひとりは猫のように擦り寄ったあと顔を上げ視線を合わせる。

「…天使が居る」

フフッと吹き出し、ひとりに答える。

「そうなの?」

「うん、天使。凄く綺麗な…天使」

私の頬に触れ、慈しむように手を滑らせる。そしてその手はさらに後ろへ伸び、遊ばせた毛先を弄ぶ。

「かわいい」

「ん…ありがと。ひとりちゃんに褒めて貰うと、とっても嬉しい」

「うん…ホント」

また私の胸に蹲る。まるで「ここがわたしの居場所」って言ってるみたいな。

 

愛おしい。なんて愛おしい人なんだろう。

「…お疲れさま」

 

 

ひとりはこの三〜四時間程で歌詞を3曲分書き上げた。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

「いてててて………」

 

昨夜は調子に乗り過ぎた。すっかり飲み過ぎ。

あー頭いてぇ…最初の一杯に2〜3口を口付けたトコまでしか覚えてない。

どんだけ呑んだんだ、わたし。

…おさけ、こわい。

 

昨夜はわたしがベースの助っ人をしたバンドのライブ打ち上げ。結果から言うと、成功…かな。

メンバーからもお褒めの言葉を貰った…筈だ。

打ち上げの席でも何か言われたような気がするけど…覚えて無いから…いっか。

…てかさっきから電話が五月蝿い。連絡はマネージャー経由にして…って居ないけど。

…あれ?なにかつい最近同じ事言ったような…まあ良い。しつこいから電話出るか。

「…はい、だれ…」

『誰があんたのマネージャーだぁ!いい加減にしろぉ!』

おおう!寝起き+二日酔いの頭に虹夏のキンキン声が響く!…あ、虹夏か。

「何?…忙しいんだけど」

『嘘つけぇ!寝起き+二日酔いでフラフラしてるだけだろーが!』

…何故分かった?…マヂエスパー。

ふぅ。何やら理不尽な事言ってたけど、聞いてやるか。

「で、何?マネージャーを雇った事なんて無いけど」

『…このおバカ!アンタが言ったんでしょうが!』

 

虹夏曰く

わたしが酒の席でメンバーから頻繁に勧誘を受けたらしい。それで(多分、煩わしくなり)マネージャーを通して…って虹夏の名前を出したとか。

それでオッサンからリナさん経由で虹夏に連絡が行ったらしい。

「たまにで良いから是非ベース弾いてくれ」と。

虹夏訳が判らず困惑。

リナさん経由でオッサンから事情を聞く。

事情判明で虹夏怒髪天。

わたしに鬼電。

わたし目茶苦茶怒られる(←イマココ)

 

え、わたしが悪いの?コレ。どうしよう。

「…その手の苦情はマネージャーに入れて下さい」

『………だ•か•ら、そのマネージャーに指名したのがあたしでしょうが!おバカ!』

どうやっても怒られる。解せぬ。

「じゃあ、マネージャー契約解除で」

『そう言う問題じゃないよね!?え?これあたしがオカシイの!?』

「…虹夏。真面目にやって。マネならマネらしく」

『〜~~~~っ!、後で1回顔出せ!シメる!絶対シメる!』

 

ブツリと通話が切られる。ホントにカルシウム取って?…おねーさん、心配。

 

 

ストレイビートの事務所に呼ばれたので、レッド◯ルでブースターを掛けて向かう。

…まだアタマイタイ…

 

 

「こんにちは、さようなら」

「…それは何のジョークですか?」

 

呼ばれたから来たのに冷たい対応。この世はわたしに優しい人は居ないのだろうか。

 

「それで、何ですか?」

この間書き上げた曲も、メンバーから好評だったらしいから…文句じゃ無いとは思うんだけど。

「ご足労頂いてすみません。実は、この間提供して頂いた曲なんですけど…」

「何か…不備があったの?」

司馬さんがやけに神妙な物言いなので、身構えてしまう。それを察したのか、表情を崩す。

「いえ、そうでは無いんです。寧ろ逆で…リョウさんの作られた2曲、その内1曲をアルバムのメインとして扱って良いか、と…あの子達が」

 

その言葉を聞いて…感情が抜け落ちた。え?どう言う事?

 

「2曲共、アルバムの穴埋めとして作った曲だよ?とてもメインを張れるシロモノじゃ無い。そもそも、それで良いの?…あの人達。自分達の曲じゃ無いんだよ?」

 

全て自分達の創作物じゃ無ければいけない!なんて堅い事を言う積もりは無い。

でも、でもだよ?初めてのフルアルバムだよ?これから世の中に「自分達はこうだ!」って打って出る大事な一枚だよ!?それを何で、他人の手が入った物を喜ぶの?しかもメインって…自分達の顔に「お面」を付けるようなモンだよ!?「自分達が選んだから良い」の!?それとも「詞だけで世間に分からせる」から良いとでも!?…どちらにしても、作曲者への…冒涜だ。

 

司馬さんも、心情が判るのだろう。苦い表情をしている。

「リョウさんの考えも分かります。でも、あの子達…乗り気で…」

 

…わかった。良いよ。好きにして。

 

「好きにして…って言っておいて。その代わり…二度と彼女達に曲は書かない」

 

そうなるような予感がしていたんだろう。司馬さんもそれ以上は言って来なかった。

 

その後一言も喋る事無く、事務所を後にする。

 

 

「はぁ…」

寒い。頭が痛い。胸がムカムカする。これは二日酔いなのか…いや、そうじゃ無い。分かってる。

 

 

 

ぼっち。帰って来て。…わたしを救って。

 

ーーーーーーーーーー

 

「あいててて!」

 

「もーお姉ちゃん騒ぎ過ぎ!」

リョウへの苦情電話を切り、再びお姉ちゃんの腰をマッサージする。

 

昨夜あたしの合わせに付き合って貰って、張り切り過ぎたお姉ちゃんは見事…腰を痛めた。

まああたしのせいだよね…ごめんね。ありがとう。

 

 

「はぁぁ…すまん、大分楽になった」

「そ?良かった。おかしかったら、またすぐ言ってね」

「ああ、もう大丈夫そうだ。ありがとな」

「…あたしのせい、だからさ…」

俯くあたしの頭をポンポン、と雑に撫でるお姉ちゃん。

「私が好きでやった事だ!気にすんな!」

「うん…ありがと」

 

本当にありがとう。大好きだよ。

 

 

そろそろ開店準備の時間。…リョウの奴、逃げたな。

そんな事を思ってたら、お店の玄関ドアが、ギシリ…と開く音。あれ?まだ時間早いよね?

入って来たのは女性の5人組。何だろ?

「すみませーん。チケットの販売は5時からで…」

「あの!結束バンドの方ですよね?」

言葉を被せるように問われる。…ん?ますますもって分かんない。

「はい…そうですけど…あたし、ドラムやってる伊地知虹夏と言います」

すると、リーダー?らしき女性がズイ!と前に出る。

 

「あの!どういう事です!?」

………

え?ななな何が!?分かんない分かんない!?

「な、え?何がですか?」

「しらばっくれないで下さい!」

金切り声で叫ばれる。

ホントに分かんないよ!こういう時にお姉ちゃん居ないし!PAさんも!

「お、落ち着いて、落ち着いて下さい!理由を教えて下さい!何か誤解が…」

「だって、山田リョウさんのマネージャーですよね!?何で分からないんですか!?」

どんどんヒートアップする女性。

 

…はぁ。アイツか………

 

今度は何の問題だ?どっちにしても、リョウが迷惑掛けたのは間違い無いだろう。

「あのー、リョウが何か迷惑お掛けしたのなら謝ります。だから出来れば穏便に…」

 

「虹夏。謝る事なんて無い」

階段の上、扉を開けてすぐの所から声がする。

 

「あ!山田リョウ!」「来た!」

5人がそれぞれ声を上げる。

「あなた!なんで!?」

リーダーっぽい女性が一際大きな声を出す。

如何にも「憤ってます!」って感じた。…リョウ、何したのさ…

「楽曲の話だよね。司馬さんに伝えた通り。わたしの曲は好きに使ってくれて良い。でも…頼まれても、もう書かない」

「だから何で!?次からも頼みたかったのに………!」

憤懣遣る方無しの女性。対してリョウは無感情。いや、どちらかと言うと蔑んでる感じ。

「リョウ…これって、この間の作曲の?」

「…そう。虹夏にも言ったよね。「繋ぎの曲」だって」

「うん。それが何でこの騒ぎ?気に入られなかった…訳じゃ無いのか。「次も」って言ってる位だから」

「逆だってさ」

「え?逆?」

「…気にいったから、メインで使いたいんだってさ」

リョウが吐き捨てるように言う。どうでもいい…みたいに。彼女達と目も合わせようとしない。

「…でもさ、それって、リョウにとっても良い事じゃ…」

「そうでしょう!?なのに何でもう作らないって言うの!?」

 

「…お前ら、自分達の恥を晒したいのか?」

今度はお姉ちゃんが店に入って来た。そして入るなり彼女達に辛辣な事を言う。

「お姉ちゃん!言葉がキツいよ!」

あたしのフォローも虚しく、お姉ちゃんは話を続ける。

「お前ら、ファーストフルアルバムなんだよな。自分達がこれからどういう世界観でやって行くんだって言う、大事な作品だよな。要は世の中に対する挑戦状だよな。…その大事な作品のメインが、メンバー外の他人に委ねられて良いのか?」

 

5人全員の息が詰まる。誰も言葉を発せられない。

 

「でもさお姉ちゃん。中にはそういうアルバムだってあるよね?」

「ああ…当然あるさ。でもそれは、もうアルバムを何枚も出して「そろそろ違う風を入れたい」って思った時、初めてやるもんだよ。ファーストアルバムでそんなバカやる奴は居ない。しかもメインがそれって、「私達何のポリシーもありません」って喧伝してるようなモノだよ」

 

彼女達の顔が真っ赤に染まって行く。それは怒りか。羞恥か。

 

「もういい!あんたの曲なんて使わないから!」

5人が足音も荒く、店から飛び出して行く。

「…お好きにどうぞ」

リョウはもう、どうでも良いような態度。ヒラヒラと手を振り、その後ドカリと椅子に座り込む。

「ふぅ…」

とうとうリョウは机に突っ伏してしまう。それからボソボソと話し出す。

「…アレはどうやってもメインになれない曲なんだよ。ぼっちなら、アレがメインなんて絶対許してくれない。「リョウさん、違いますよね」って…「リョウさんならもっと出来る筈です」って!」

嬉しそうに。悔しそうに。静かに…静かに、言葉を紡ぐ。

「ぼっち。わたしは間違ってるのかな。合ってるのかな。…教えてよ、ぼっち」

 

本当に、リョウとぼっちちゃんは「繋がって」いる。嫉妬する程に。羨む程に。

 

 

ぼっちちゃん。もう、そろそろ良いんじゃないのかなぁ。

帰って来ても、良いんじゃ…ないのかなぁ。

見た目程メンタルが強くないリョウが、自分で潰れてしまう前に…

 

 

彼女達のファーストフルアルバムは発売•発信された。

結局、リョウが作った2曲はそのままアルバム収録され…でも彼女達の意地か、メインにはしなかったらしい。

でも…

そのアルバムの中で、特に人気になったのは…リョウの作った2曲。




ぼっちとリョウ、ちょっと曇らせ回
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