王の帰還   作:サマネ

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郁代、想い出に浸る


記憶の中の片翼

今私の前で背中を向けて、まるで気を失ったように寝ているひとりちゃん。

作詞の為、その身体に宿る全てのエネルギーを使い果たしてしまったような…そんな寝姿。

 

そんなひとりちゃんを感じて…つい、高校時代の思い出が蘇る。

 

ーーーーーーーーーー

 

あれは…そう、2年生ももうすぐ終わりを告げるような、そんな時期だったかな。

ホントに…タイミングが悪かった…タイミングと、相対した人が悪かった。…そんな出来事。

 

 

「喜多ちゃん、ありがとね!」

「ううん?どうって事無いわよ!私これでも力持ちなんだから!」

 

私は友達のプリント運びを手伝っていた。

その子はその日日直で、先生からプリント運びを頼まれていた。

プリントといっても一つが小冊子位あり、それがクラス分。とても1回で運べる重さじゃ無くて。

たまたま職員室に用があった私の近くで、途方に暮れていて。そんな姿を見たら、手伝わないという選択肢なんか無くて。

 

…今から考えると、それが不運の始まり。

 

私達の教室は2階。職員室を出てすぐの階段を、二人して登る。

その踊り場で、腕に抱えたプリントが崩れそうになった友達。

「あ…」

「大丈夫?手を貸そうか?」

「ううん、大丈夫だよ。喜多ちゃんは先に行ってて貰って良いかな?」

「…そう?それじゃ、ちょっと待っててね。これ置いたらすぐに来るから!」

「うん。ありがと!」

友達は崩れかけたプリントを抱えたまま手摺りにもたれ掛かる。「ごめんね。こんな大仕事させちゃって」なんて言いながら。

 

すぐ戻って来なくちゃ。そんな考えを頭に浮かべ、私は階段を勢い良く駆け登ろうと…顔を上げた視界にピンク髪?

「あ、ひとりちゃ…」

そのピンクの横を何か凄い勢いで…!

 

「きゃあっ!」

 

気が付いた時には既に遅く、「それ」は勢い良く私にぶつかって…え?私に!?

衝撃を受けた時、咄嗟にプリントを離して手摺りに掴まるのが精一杯だった。

思わず目を瞑り、必死に自分が転げ落ちないようにしがみつく。

 

プリントが散らばる音と、何か重い物が階段を落ちる…音。

 

目を開けた時には、全てが終わっていた。

その「ぶつかってきた」のは女生徒で。踊り場に倒れていた。

その体の下には、友達の姿。

一瞬で血の気が引く。急いで駆け寄る。

「大丈夫!?ねえ!大丈夫!?」

下手に身体を揺すると危ないかもしれないので、肩に手を置いて話し掛ける。

「ねえ!何処か痛くない!?…ひとりちゃん!先生呼んできて!」

やっぱり階段上のビンク髪はひとりちゃんで、その顔を見て少しだけ安心する。

声を掛けられたひとりちゃんは「あ、は、はい!」と返事をしてくれて、廊下を駆け出して行く。ひとりちゃん

そっちは職員室から離れてくよ…ああ、倒れてる子を避けてくれたのね。

先生に声掛けなんて苦手な事をさせちゃって、ごめん。

 

ともかく

「大丈夫!?何処か痛い?返事をして!?」

倒れた二人に声を掛け続ける、と。

 

「う、うぅ…」

落ちて来た子が唸り声を上げる。その内、下になった友達の方も声を上げる。

「い、いたっ…痛い!ぐうっ!」

友達は右腕を押さえて痛みを訴え出す。

「大丈夫!?腕?動かさないで!もうすぐ先生来るから!」

 

落ちて来た子も、左足を押さえ呻く。

「いたい!いたいよ!」

「待って!動かないで!」

身体を支えようとして顔を見る…と、その子は同じクラスの…いつも私に良くない感情をぶつけて来る子で。

バスケ部の子。私が助っ人に入ると、いつも睨んでくる…子。

 

程なく先生達が来て、二人を保護してくれた。その時、そのバスケ部の子は「…なんで私を押したの!?」と叫ぶ。

 

「…え?わた、私…何にも…?」

 

「喜多…後で話を聞かせてくれ」

先生に言われて、「…はい」としか言えなかった。

傍に居てくれたひとりちゃんは、ただ、ただ…青い顔をして俯いていた。

 

 

次の日。

放課後、当事者三人とその親御さん達で話し合いが持たれた。何故かその日、ひとりちゃんとさっつーは授業中以外、一切姿が見えなかった。不安だから傍に居て…欲しかったんだけどな…

 

静まり返った室内。その中、一人の発言が響く。

 

「…喜多さんに階段で押されました。…なんであんな所で押すの!?危ないって判るよね?私、何か貴女に気に入らない事した!?…もうすぐ部内の選考だったのに…!もう、最後の大会…出られない!」

包帯を巻かれた左足首をさする。傍らには松葉杖。

「わ、私!…押してなんか!…」

「言い訳なんか良いよ!貴女に階段で押されて私は大会に出られない!それが事実!」

 

「落ち着いて。…君はその時どう見えていた?」

先生が友達に確認する。友達も右腕を三角帯で肩から吊っている。肩が外れて、筋を痛めたらしい。

「私は…見えてなくて…喜多ちゃんの悲鳴が聞こえたと思ったら、何か凄い衝撃を受けて…気が付いたら、私の上に人が居て…凄く…腕が痛くて…」

右腕を擦りながら言葉を続ける。

「でも!…喜多ちゃんは、階段で人を押すような…そんな子じゃないです!」

ありがとう。庇ってくれて。でも、そんな言葉はこのバスケ部の子には「火に焚べた薪」にしかならないようで。

「貴女は友達だから庇うんでしょ!?実際私と貴女は怪我をしてる!…私…最後の…大会、なのに…」

涙ぐむその子。私は頭の中が妙に冷静になる。

 

貴女…私を「嵌めよう」としてるね。

 

その子の母親も、嫌に興奮している。

「どうするんですか、先生!こんな問題行動を許して良いんですか!?下手をすれば退学処分ですよ!?良くても停学です!」

 

私の頭が、どんどん…どんどん冷めて行く。

隣に座るお母さんから話掛けられる。

「郁代。どう、なの?」

…お母さんに、きっぱりと言ってやる。

「私、やっていない。その子が急にぶつかって来たの」

 

「ふ…ふざけないで!?私は怪我してるのよ!?貴女のせいで!」

「貴女、反省してないの!?ウチの子はもう大会に出られないのよ!?先生!退学が無理なら停学させて下さい!」

 

その言葉を受け、お母さんがキ、とその親子と先生を睨み付ける。

「郁代はやってないと言っています。私はそれを信じます」

 

…お母さん。格好良いなぁ。信じてくれてありがとう。

 

その後は押し問答。「やった」「やってない」と怒声が飛び交う。

 

「まぁ、皆さん冷静に。取り敢えず職員会議に掛けます。それでどうするかは決定します」

ああ…これは、私…不利だな。停学かぁ…この時期に停学だと、内申的に不利になるなぁ…と、詮無い事を思っていると…

 

ジジ…と校内スピーカーから雑音。そのノイズだけでもかなり大きい。

何だ?と皆がスピーカーに目を向ける。

 

瞬間!

 

 

雷鳴が轟く!

暴風が身体を攫う!

凄まじい音の暴力!圧倒的な、抗い難い、音!

 

 

これはギター!しかもこのギターの音…

 

ひとりちゃん!?ひとりちゃんが弾いてる!でも…何で!?

 

先生達がザワつく。

「おい、誰か放送室に確認して来て!」

「…駄目だった!放送室、誰か中から鍵掛けてる!」

「誰がこんな事を!」

 

…私には解ってしまった。ひとりちゃんは、私を「助けよう」としてくれたんだ!こんな不器用なやり方で!

その内雷鳴のようなリフが終わり、誰かが喋りだす。

 

[き、喜多ちゃ!…うぁ!大きい!]

[後藤、マイクちょっと絞れ…]

 

え!?今、さっつーの声もした?何で…

 

[き、喜多ちゃんは悪く無い!か、階段の上からあの人が様子を伺っていたの、わ、わたし見てたんです!あの…今まで言い出せなくてごめんなさい!喜多ちゃん。でも…本当に喜多ちゃんは、グス…悪く…無いんです!うぅ…悪いとしたら、ぅわ、わたしで…]

 

もう…もう!泣く程頑張って!そんなに頑張ってくれて!

 

もうじっとして居られなかった。「失礼します!」と部屋を出て、向かうは一路、放送室。

これ以上無い程速く走り(先生、御免なさい!)、放送室へはものの10秒程で着いた。

まだ放送は続いていた。

[おーいお前。怪我したって割に医者にも行ってないだろ。松葉杖だって何処で借りて来たんだか。部活のほうだって、お前ハナから戦力外らしいけど…いきなり上手くなったの?そもそもお前、普段から周りに「喜多気に入らない」って言い回ってたそうだね。「いつかハメてやる」って。お前の友達がウンザリしながら話してたぞー]

 

さっつー!ありがとう!

人だかりが出来ている放送室の前。先生が「開けなさい!」と言いながら扉を叩く。そんな先生を制して、扉の前に立つ。

 

「…ひとりちゃん。そこに居るよね」

 

程なくガチャガチャと音がして、天の岩戸が開く。

「よう」

最初に出て来たのはさっつー。そんな彼女に抱き着く。

「ありがと!さっつー、大好きよ!」

抱き着かれたさっつーは照れ顔。チラリと見える耳が赤い。

「はは…喜多にそんな感謝されるのも、ワルか無いね。でもさ、今回の首謀者…いや、功労者だな?は、後藤だよ」

「…ひとりちゃん…が?」

「ああ…まあ取り敢えずそれは後で。まずは後藤を労ってやってくれ」

 

「佐々木、職員室来いな」と言う先生を横目に室内を覗く。と、奥でギターを抱えブルブル震えているピンクの塊。

「わたし…やっちゃった…これは退学!?いやそれは夢が叶う!へへ…ロックだ」

 

その泣き笑いのピンクにそうっと近づく。その前に屈むと、ふわりと抱き締める。

「うぁ!…あ…喜多ちゃん…ごめんなさい」

謝らせてなるもんですか!

 

「ひとりちゃん。ありがとう。…だいすきよ」

頬を寄せ、心の中に届くように囁き掛ける。

そのうちひとりちゃんは、まるで「何かをやり終えた」かのように安心して…瞳を閉じる。

疲れちゃったのね。

ありがとう。

抱き締める力が強くなる。

 

「ウチと後藤に対する喜多の温度差…エグいな」

そんなさっつーの苦笑いなからかいもどうでも良い。只々、この愛しい人を抱き締めていたかった。

 

 

後から聞いた話。

あの日現場を目撃していたひとりちゃんは、自分に何が出来るかと考え…まず「私の絶対的な味方」であろうさっつーに話をした。

このままじゃ喜多ちゃんが不利な処分をされてしまうかも、と話を聞いたさっつーは暫く考え…悪い笑顔を浮かべた…らしい(ひとりちゃん曰く)。

それなら、こちらからまず情報を集めてやる…と二人して探偵の真似事。

あの子の友達から話を聞くと…まぁ出て来る出て来る悪い噂。

そんな情報収集に率先して動いたのが…なんと、ひとりちゃん!

主な話はさっつーが聞いたらしいけど、まず話し掛けるのはひとりちゃんが役目を負ったらしい。

ブルブル震え、倒れそうになりながら、真っ青な表情で…

あぁ…もう!愛おしくてしょうが無い!何故さっつーはその時の写真を!…ゲフン。

とにかく、情報は集めた。私の不利を覆すだけの。

でも、「皆にしっかり」聞いて貰わないと覆せないかも、と。

何しろ、この世は声の大きな方が勝ってしまうきらいがある。

そこで二人は思った。

なら、より「大きな声」を上げてやろう。物理的に、と。

そして、よりセンセーショナルにやってやる、と。

その時、ひとりちゃんは全ての責任を被るつもりで「一人でやる」と言ったらしい。後藤「ひとり」だけに。へへへ…、と。…やかましい

…そうしたらさっつー、「後藤、放送室の機材、使えんの?」と。

さっつーは1年生時の一時、放送委員だった事があって。

「な、何とかします」と言ったひとりちゃんにさっつー、「まあウチも面白そうだから、噛ませろよ」とひと言。「後藤は最高の演奏をしろ!」と。

そして、丁度私達が話し合いで集まったのを切っ掛けに、犯行開始。

放送室の鍵は、私達のクラスの放送委員の友達が「私が借りてきてあげる!」と犯行を幇助。

その友達が、話し合いの部屋を盗み聞きして私が不利な処分を受けそうなのを判断。さっつーに電話連絡。ひとりちゃんとさっつー、実行。

 

…みんな…みんな…ありがとう。

 

 

ああ…暇ね

結局、ひとりちゃんとさっつーは3日間の停学。私だけ無事じゃ気が済まなくて、同じく停学を申し出た。

お母さんは「郁代は悪く無いでしょ?…でも、良い友達を持ったわね」と許してくれた。

さっつーは停学に「ウチは高ランク大学なんて狙って無いから、内申なんてどーでもいいわ」なんてカラカラと笑っていて(どうでも良い筈は無いんだけど)。

ひとりちゃんは「あ、わたしのウチは「娘がロックだった!」って大喜びで。何かパーティー開きました。わたしは進学なんかしないので、内申書なんかどうでも…」なんて言ってたっけ。

二人とも、本当に掛け替えのない人達。

バスケ部のあの子は、取り敢えず処分は無かったみたいだけど(脱臼してしまった友達に対しても、故意では無かったと認められた)…もう、周りの誰も相手にしてくれないみたい。

ひとりちゃんは「か、可哀相ですね…」なんて言ってたけど…貴女は優し過ぎよ!

その後「でも…喜多ちゃんに怪我させようとしたのはぜ、絶対許せません!」なんて…なんて!

優し過ぎて格好良すぎ!ズルい!ズル過ぎ!

 

後から思えば、この事件の時から「この子と絶対離れちゃいけない!」と思った出来事で。

 

寝転んでスマホを覗いていた目を、横に向ける。その目に映るのは、ペルハムブルー。

 

…ちょっと悪い子になったのなら、もう少しだけ悪い子になっちゃおう。

本来なら、自宅謹慎で外に出ちゃいけない。そして課題を提出しないとならない。

もう課題は粗方終わってしまった。そうすれば…やる事は、ひとつ。

 

ペルハムブルーをギグバッグに仕舞い、担いで外に飛び出す。

「ひとりちゃんの課題、見て上げないと」なんて言い訳を用意して、学校の命令で繋がれた鎖を断ち切り…まるで大空に飛び立つように向かうは…金沢八景!

 

「見て上げないと」なんて…私が逢いたいだけなのに。

 

逢いに行くね、ひとりちゃん!

 

 

「ん…きた…ちゃん…」

私の愛しい人は、今私の腕の中。

「きたちゃん」なんて…いつの頃の夢を見てるのか。

 

「きた、ちゃん…それだけは………やめて………」

…ホントに…何の夢見てるの!?

 

ふぅ

 

本当に可愛いんだから。

可愛くて、格好良くて、優し過ぎて、不器用で…

私に「唯一」をくれるヒト。

私を「唯一」にしてくれるヒト。

私の、「唯一」な、ヒト。

 

ひとりちゃんが「一人じゃ飛べない」って言うんなら、私が何処までも一緒に行く。

それが例え、暗くて深い穴ぐらに落ちて行く事でも。

 

何処までも

いつまでも

 

ひとりちゃんの左肩の「翼」に口付ける。

私と一対づつの、お揃いの翼。

この翼で、何処迄も…行こう…ね。

 

 

私も意識を手放す。

 

 

ひとりちゃんと広い広い大空を駆け昇る夢を、見ながら。

 

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