王の帰還   作:サマネ

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GET READY!

「そろそろ皆が揃うんだ」

 

「…だから今日は嬉しそうだったんだな」

「…別に?…勝手に行って勝手に帰ってくるだけだし」

「…お前さぁ…それをニヤニヤしながら言っても説得力ねぇよ」

 

ぼっちから「ひと月後位に帰ります」とメールがあった次のトレーニング日。

ここまで特訓して貰ってたオッサンには報告しとかないと…と思い、伝えたらこの言い草。…わたし、そんなに顔に出てるのか?

思わず自分の頬をグリグリと揉む。…オッサン。ニヤニヤしないで。

 

「でも、あれだな。各人のスキルを把握して、それをバンドの音として合わせなくちゃならんから…またそこも大変だな」

 

確かにそれはある…けど

 

「うん。でも、そこは余り心配して無いんだ。まあ、向こうの二人のスキルアップにこっちが付いて行けてれば…の話なんだけどね」

オッサンは一瞬真剣な表情をしたけど、すぐに笑みを零す。

「少なくとも…お前は心配無いだろ。後はドラムだけど…まぁ、リナが教えてるから…そっちも大丈夫だろ」

随分リナさんを買ってるんだね。顔合わせれば憎まれ口叩き合うけど。腕は認め合ってる仲だからね。

 

「お前に教えるのも、そろそろお終い…かなぁ」

ちょっと寂しそうに呟く。その後穏やかな笑顔でオッサンはわたしの顔を見詰めた。

 

「お前は…充分上達した。技術から考え方。そして向き合い方まで。…後は、自分自身で積み上げて行くんだ。俺みたいに何処にも所属出来ないようなヤツじゃ無いからな…お前は。一番合う仲間と、一番の音楽を追求して行ける。……………羨ましいよ…」

「………オッサン」

凄く寂しそうな…このまま消えてしまいそうな…そんな顔で。オッサンの性分を知っているから、尚更。

「…同情はするなよ。これが俺なんだ。幾ら腕があっても、哲学を語っても…披露出来なきゃそれまでなんだ。俺の性分が俺の腕を邪魔するんだ。…でも、それが俺なんだよ。決して運が無かった訳じゃ無い。俺をベーシストとして迎えてくれたあのメンバー。あんな凄え連中に混じって演れた事は…ホントに幸運だったんだ。ただ…その連中とずっと演り合え無かった俺の弱さが、弱さが…な」

 

その表情は、後悔なんだろうか。未練なんだろうか。自分に対する絶望なんだろうか。

顔を俯けて。肩を落として。

オッサン。ホントにウチのぼっちみたいだな。「持てる者」なのに…その「ギフト」に自身が全振りされてしまった故に、それ以外の事にひたすら悩まされて。

「運…なんて言葉に意味を持たせたくない。自分を救って欲しいとも思わんがな」

 

「…ウチのリードギターもオッサンとおんなじだよ。笑っちゃう位。自分の能力、性分をギターセンスだけに全振りされて、いつも自分の中のネガティブさと戦ってた。苦しんでたよ。でもウチのギター…ぼっちは、自分の中身と戦う事を止めなかったんだ。苦しむ事を…苦しみながら這ってでも進む事を止めなかったんだ。最初に声を掛けたのは虹夏…メンバーに引き入れたのはわたし達だ。ずっとバンドしたいって思ってたらしいし、そう言う意味じゃぼっちにとって幸運だったのかも。でも、その運を引き寄せたのはぼっち自身だ。その絆を続けようと頑張って来たのも…ぼっち自身だ。そう言う意味じゃ、「幸運」て言葉で済ませたく無いかな…わたしも」

そんなわたしの言葉に、オッサンは力無く天井を見上げながら。

「…俺はな…逃げたんだよ…結局。若い時から逃げ続けて来たんだ。多分、逃げなけりゃお前等のような「絆」を掴めたかも知れんがな」

ホント笑っちゃう。そんな所は郁代そっくりだ。

「…ウチのギタボの郁代も、最初は逃げたんだよ。フワフワとした憧れはあったみたいだけど、そんなので志せる程音楽って優しくない。逃げて…ぼっちに捕まった。それで逃げられなくなって…それでもまだフワフワしてた。決意した…覚悟したのは、多分ロンドンに向かってからだと思う。最初の動機はぼっちと居たいから…って所だろうけど、技術も気持ちも一番遅れていた郁代が…今や一番成長したんだ。恐ろしいほどにね。…面白いモンだね」

 

向こうに行って、とにかく「幾らかでも成長」してくれれば良いな…って位の希望だった。冷たい言い方をすれば、「わたし達に付いて来てくれれば良い」って言う位の。

 

それがどうだ。

 

ぼっちが郁代に植えた「種」は、向こうに行ってみるみる成長した。誰も届かない「大木」に成る、そんな期待を持つ位。

ぼっちは確かに「ギフテッド」だ。けど、「恐ろしい程の能力を開花させた」のは郁代。吸収して獲得する能力が半端無い。もしかして、メンバーで一番「天才」に近いのは郁代かもしれない。

 

つくづく…厄介なメンバーばかりだよ、ウチは。

虹夏、纏め役…頑張れ。

 

「…なぁ、リョウ」

「…何?」

虚空を見詰めていたその視線を、ノロノロとわたしに移す。

「………俺も、まだまだ出来るのかなぁ」

相変わらず虚ろな目のまま、そんな言葉を吐く。

 

「…ふざけないで!」

 

え?と言う表情でオッサンがわたしを見詰める。怒鳴られるなんて思っても見なかったんだろう。

 

「おいオッサン!アンタはね、音を出してなけりゃ死んじまうんだ!」

「…それは言い過ぎだろ…」

「そうだろ!?アンタからベースを、音を取ったら何が残る?何にも残らない。くたびれた中古の人間がそこに居るだけだ」

「………」

オッサンは何も言わない。言えない。言わせるものか!

 

「だからねオッサン。あんたは弾き続けるしかない。音を…リズムを…旋律を!くたばるまで!指が動かなくなるまで!生命が…尽きるまで!そうしないと「生きて」行けないんだよ!」

 

ずっと呆気に取られたような表情だったオッサンは、次第に泣き笑いのような顔を浮かべる。ふぅ、とひと息付くとポソリと呟く。

 

「…なぁリョウ」

「…何?」

 

「俺…まだ、出来るかな」

オッサンらしいネガティブな言い方。でも、オッサンらしく無いポジティブな聞き方。

その答えは一つしか無いよ。

 

 

「当たり前。格好良く居てくれ、「師匠!」」

その言葉に目を見開く。

 

「…そうか…お前の「師匠」…だもんな…」

「そ。師匠が格好良く居てくれないと、弟子も格好が付かない」

 

何処を見ていたか判らない瞳が、焦点を結ぶ。

 

「そうだな。お前を恰好悪くさせちゃいかんな。その内お前等を叩き潰すようなバンドを組んでやるよ!」

「…それは勘弁」

「てめえ!…もう今日は練習いいだろ!呑み行くぞ!」

「…奢りね」

「相変わらずだなお前は!…良いよ!行くぞ!」

 

 

オッサン。知ってるかい?

弟子は、師匠を超える為に存在するんだぜ。

だから、簡単に超えられない「壁」で居てくれ。ずっと。

 

 

頼んだよ。

 

ーーーーーーーーーー

 

「虹夏、いいねぇ!今の…良い!リズムは勿論、キレも圧も良いよ!」

 

「ホ、ホントですか!」

あたしって、ホントに褒められ慣れてないなぁ…

余り褒められると、アタフタしちゃう。…ぼっちちゃんみたいだな。

でへへへ!…とか言っちゃいそう。

 

「…そろそろ私の役目も終わりだね…」

感慨深そうにリナさんが呟く。とても、とても嬉しそうな…そんな笑顔。

「え…、まだまだこれからも…」

教えて欲しい…そう言おうとしたあたしに、リナさんが真剣な目を向ける。

「虹夏。私の仕事はここまで。この後はもう、私が教える領域じゃ無い」

「何でか解る?」と問われたけど…多分リナさんの納得する答えは導き出せそうにない。

 

首をふるふると横に振るあたしに、リナさんは答えをくれた。

 

「それはね?…私が「特定のメンバー」を持ってないから。虹夏はそれを持ってる。唯一無二のメンバーを。だから後は…そのメンバー達と「音を創り上げて」行くんだ」

「…リナさん」

 

リナさんはちょっと寂しそうに、薄っすらと笑顔を浮かべて語る。

「今の私の仕事は、「偏っちゃいけない」仕事なんだ。自分の立ち位置を持ちつつも、先鋭化しちゃいけないの。でも、虹夏は違うでしょ?とことんバンドの音の為に「自分を最適化」しなくちゃならないの。…だから、私の仕事はここまで。時間の限り、基礎はみっちり叩き込んだからね。後は…「結束バンド」の音を追求しなさい」

 

段々目の前が歪んでくる。リナさんの顔が…表情が、良く見えない。

ああ…あたし、凄く良い人に教えて貰ってたんだなぁ。道理でひたすら基礎をやらされた訳だ。「自分の基礎」がまだまだ全然だから…なんて考えてたんだけど、わざと「染めなかった」んだ。「そこから先は貴女自身の仕事だよ」って区切りを付けて、そこまでは揺るがない程の基礎を叩き込んでくれたんだ。

 

リナさん。貴女は「最高の師匠」です。

 

「リナさん。あり…がとう…ございました!ホント…に…あ…りがと………」

もうまともに声も発せない。ホントに…ホントに!…ありがとう。

 

「…泣かないの!私は虹夏と「遊んでた」だけ!…楽しかったよ。…ありがとね」

リナさんは、慈しむような声音で、そう言ってくれる。

 

「う…うぅぅ…リナさん…本当に、感謝します…」

「…もう。…じゃあ約束ね。バンドが揃って活動を始めたら…成果を見せな!…それが私への報酬」

 

そんな問いに答えなんて一つしか無くて。

 

「はい!必ず!必ず成果を見せます!」

 

涙は止まらず、鼻水もズルズルで…でも、それだけはハッキリと答えた。答えなきゃいけなかった。

 

お姉ちゃんやリナさん…あなた達が叶えられなかった夢を、必ず成し遂げます。…だから、勝手に背負わせて下さい。かつてのあなた達の、夢を。

 

ーーーーーーーーーー

 

「え?姐さん達が帰って来る!?」

 

「そ。志麻ちゃんから連絡があって、あとひと月位で帰って来るってさ」

 

新宿FOLT店内。久々に顔を出したら銀次郎店長にそう教えて貰った。

 

「あ〜、又々ストレスの日々が始まるのね…」なんて言いながらも店長…機嫌が良さそうね。

私達シデロスがここ出身で、メジャーバンドにのし上がったとしても…やっぱりここの看板バンドは「シクハック」なの。それは揺るぎ無い。

 

そうか…姐さん達、帰って来るのか。…私には連絡無かったけど。

…と、言う事は…後藤ひとりはどうするのかしら。まあ、どうでも良いけどね!ずっと向こうに居ても構わない。…て言うかずっと居なさいよ!その方が皆平和よ!

あ…でも虹夏が困る…いや、帰って来なければいいんだわ!

「…ヨヨコさん、その「半分笑って半分怒ってる」顔って、どうやるんすか?」

「…うるさい!あくび、練習するわよ!早く支度しなさい!」

「…練習、さっき終わったばっかっすよね?もう他のメンバー帰りましたよ?」

 

周りを見渡す。…誰も居ない。

 

「何で皆呑気なの!?後藤ひとりが帰…とにかく!落ち着いてられないの!」

「…ヨヨコさんはもう少し落ち着いた方が良いっす…私ももう帰りますよ?」

 

「ぼっちさんを意識し過ぎっす…」なんて捨て台詞を残して、あくびが帰っていった。

 

もう!もう!なんで皆落ち着いてられるの!?…何で私はこんなに落ち着けないの…

…またヒトカラ…個人練習に行こうかしら。…誰も、誰も到達出来ない所に行ってやる!誰も真似が出来ない、私だけの音を!

 

鼻息荒く店を出ようとした時、誰かに話し掛けられた。

 

「…あの、シデロスの大槻さんですよね!」

 

…誰?ちょっと軽薄そうな男ね。私のコアなファンかしら。

「俺、シデロスずっと追ってました!格好良くて、最高で!…あ、俺、◯◯◯◯◯ってバンドでリードギターやってます!」

…?誰?…何か聞き覚えが………あ、確か後藤ひとりに影から喧嘩吹っ掛けてた…ダサい奴。

最近FOLTに居るのね。

 

「やっぱりシデロス凄いっす!比べようも無いけど、シモキタのどっかのダサい名前のバンドとは大違いで…」

 

そう言えばコイツ等、最近幾らか人気みたいね。でも、何で人気があるのか…確かに幾らか特徴的な音を出すけど…それだけ。ホントにそれだけ。ギタマガのランキングに名前入ってたかな…全然覚えが無い。

 

ところで…今、明らかに結束バンドを貶してたわね。

 

段々眉根に力が入るのが自分でも判る。

コイツに…こんなヤツラに…後藤ひとりの足元にも及ばないような、こんなヤツに!

膨らんだ怒りに矢印を与える前に、肩を「トントン」と叩かれ我に返る。

「…何?…あぁ、山田リョウ」

「大槻さん、この間はアリガト。助かったよ」

 

振り向いたら、山田リョウだった。

「ホントに助かった。お蔭で更に良いものを目指せたよ。やっぱり大槻さん、凄いね」

お、煽てたって何も出ないわよ。でも…あの曲から更に「良いもの」か…興味があるわね。ちょっと。…いえ、凄く…

 

「手伝ってあげた報酬。楽曲、聴かせなさいよ」

「え、…それは焼き肉で…」

「あなたねぇ、そんな安い報酬で、超メジャーバンドを動かせると思ってるの!?」

 

何故か思案顔の山田リョウ。「おかしい。「友達と食事」のスパイスが、余り効いてない?」なんて訳の判らない事言ってるけど、私達を動かすと幾ら掛かると思ってるの!?…まぁ、良いんだけど。

 

「とにかく、私には聴く権利があると思うわ」

「…そうだね。ここまで出来たのは大槻さんのお陰。…解ったよ。じゃ、これ」

 

ワイヤレスのイヤフォンを渡される。…まあそうね。データを渡さないのは賢明ね。

 

「あ、ポチッとな」

 

…貴女、必ずソレ言うわね。…あ、始まった………!

な、に、コレ…

 

………

 

聴き終えて、イヤフォンを外す。山田リョウ。貴女…魅入られてるというより…呪われてるわ!

 

「まるっきり印象違うじゃ無い!アレを…こう弄ったの!?」

コレを聴いてしまったら解る。アレは本当に「ベース」だ。唖然とする。

「そ。コレが「半完成」。後は、それぞれの音を入れてみて、そこから詰めて…完成」

 

信じられない事を平然と言葉にする。

 

「貴女…幾ら煮詰める為とは言え、そんなコスパが悪い事やるの!?信じられない!」

 

山田リョウは、ニヤリと笑う。

 

「普段ならこんな手間掛けない。効率悪過ぎるから。…でもね、大槻さん。「新生結束バンド」の一発目には、ここまで必要なんだ。そうじゃ無ければ、ぼっちに怒られる」

 

は!あはははは!やっぱり貴女も狂ってる。

横に居る男のせいでモヤモヤしてたのが吹っ飛んだわ!…あ、忘れてた。この男、まだ居たんだ。

 

「え?…結束…バンド?」

男が首を傾げる横で、山田リョウが不審そうな顔をする。

「…ねぇ、さっきから気になってたんだけど…このダサいニーチャン、誰?大槻さんの彼氏?」

「バッ!バカ言わないで!こんなダサい奴、彼氏な訳無いでしょ!?」

あ!…ついつい言っちゃった…でも本当にダサいんだからしょうが無い。格好も、性分も。

格好は、「俺、バンドしてます!」っていうテンプレ。性分は…取り巻きにやらせてる事を考えると言わずもがな。何を取ってもダサ過ぎ。

 

貶されたのが判ったのか、男が鼻息荒く割り込んで来る。

「よ、よぉ!どう言う事!?ダサいって…何処がだよ!アンタ結束バンドなんだろ!?ハッ!そんなダサいバンド名のヤツに………」

「見たまんま」

「…は?」

「だから、見たまんま。ダサいの」

「てめえ!?」

 

「で、このダサ男は何なの?」

男の事を気にも止めず私に聞いてくる。

「あれよ…アンタ達のSNSに書き込んでたアンチの、その元のヤツ」

「ああ…バカだねえ」

「バカって何だよ!」とか喚いてるけど、山田リョウは何処吹く風。実際、何も気にして無いんだろう。

 

「大体リードギター、何なの!?技術はあるかもしれないけど、それだけだろ!?耳に残らねえよ!そもそも1年以上活動して無ぇだろ!?解散したんじゃ無いのか!?」

 

「…ホントに、バカだねぇ…」

「…同感ね」

 

この男は、後藤ひとりの「何を」聴いてるんだろう。…聴いて無いのか。解らないのか。…解りたく無いって言うのなら、まだ見込みはあるけれど。

 

呆れていると、山田リョウが男に言い寄る。

「いいか小僧。ぼっちは…ウチのリードギターはもうすぐ帰って来る。帰って来たら、その音を良く聴け。良く心に染み込ませろ。お前の、その心に。それで解らなければ、お前はそれまでだ。耳も、心も、資質も、ね。それだけの音を抱えて、ぼっちは帰って来る。ギターのバケモノが、帰って来るよ」

 

男は歯噛みしながら去って行った。何か捨て台詞を吐いてたけど、正直どうでも良い。それより。

「ねぇ、山田リョウ。その…後藤ひとりの音………そこまで?」

山田リョウはニヤリと笑う。いかにも「当たり前でしょ?」って表情を顔に浮かべて。

 

「うん…凄い。わたしが自信無くす位、凄かった。しかも、常にアップデートしてくる。ふた月に一度、演奏データを送って貰ってるけど…常に「新しいぼっち」なんだよ。常に進化•深化してる。最終的に、どうなるんだろうね」

山田リョウは表情に若干の焦りもあるが、もう「覚悟」はしたんだろう。受け止める、覚悟を。

 

無性に「今、何もしていない自分」に腹が立ってくる。

 

今、私は何をしてるの?

何をすれば良いの?

どうすれば満足出来るの?

後藤ひとりは何処まで行ってるの。

何をやってたの?

 

今、どんな音を…出すの?

 

「…聴いてみる?」

悪魔の囁きをする、悪魔…山田リョウ。

 

聴いてみたい。

聴いて、彼我の差を知りたい。

何処まで登って行ったか…触れてみたい!

 

………でも

 

「…止めとくわ」

「そっか」

 

最初からその答えを吐き出すのが解っていたかのように、簡単に提案を引っ込める。

 

 

コーヒーを飲みながら、少し雑談をする。

 

「そう言えは、こんな写真が送られて来たんだよ」

言いながらスマホを操作。目当てを見付けたのか、私に画面を見せて来る、と。

「ングッ!?」

思わずコーヒーを吹き出しそうになった。この特徴的な、ブラックベースに金糸が踊り、更にユニオンジャックと星条旗のクロスチェッカーのストラト…間違い無い!…シグネチャーモデルにしては、質感高いわね。

 

「本物だって」

 

ブフゥーッ!

 

…コーヒー噴いちゃった…え?ホンモノ!?嘘でしょ!?有り得ない!売ったら幾らになるの!?いえ、それどころか本人が手放したの!?だって…近年の野外ライブで「今世紀最高のライブかもしれない」って評価を受けた時のギターよ!?え?何で!?

食い入るようにその写真を見詰めていると、書いてある文字に気が付いた。

えー、と。「ヒトリと俺は最強だ」!?下には本人のサイン………はぁ……………

「何か…親友になったらしい」

アハハ…

思わず乾いた笑いが出てしまう。

 

椅子の背凭れにドサリと身体を預ける。何か…凄く…疲れた………

 

「…で、コレが郁代のニューギター」

虚ろな目を画面に向ける。………え、これ…って………流石にシグネチャー…

 

「本物だって」

 

「うほっ!ごほっ!えほっ!」

 

…むせちゃった…

…え?これ…あの…ロンドン…どころか「ヨーロッパ最高の歌姫」ナイト・メア率いるバックバンドのギタリストが持ってるヤツ!…嘘でしょ!?

 

「で、歌の指導受けてたのが…メアリさん?だったかな…」

 

ガンッ!

 

頭をテーブルに打ち付ける

ナイト・メアが師匠!?…頭がおかしくなって来た。バックバンドでさえワールドクラスなのに…師事してたのが「ヨーロッパ最高の歌姫」!?どういう事!?

 

「何か…妹になったんだって」

 

アハハ…アハハハハ………

 

「貴女の所のメンバー…どうなってるの!?」

 

「さあ…わたしにも解んない」

アハハ…って………もう、笑うしか無いみたい…

 

 

店を出る。

寒風が吹き荒ぶ。でも、そんな事は気にならない位、私の中身は燃えている。熱が籠もって爆発しそうだ。

 

出口の脇、数人の人集り。

…ああ、まだ居たのね。

 

男は取り巻きに向かって、後藤ひとりのネガティブキャンペーンをお願いしてるみたい。

…ほんとダサい。

 

後藤ひとりは、かのギタリストに見初められたのよ。

世界最高峰のプレイヤーに認められたの。

あまつさえ、親友だって。

 

「彼ら」「彼女ら」は恐らく、「偽物」や「取り入って来る者」には容赦しないだろう。

自分の純度を保つ為、そういう輩には特に厳しい筈だ。

スケールこそ違えど、私にもそう言う気持ちがある。

だから。

だからこそ。

 

「後藤ひとり」は、「喜多郁代」は、彼ら彼女らに認められたのだろう。

 

アンタもツマラナい事やって無いで、その時間を「自分を高める」為に使いなさい。そうすれば、幾らかマシになるわよ。

横目で男を流し見、そのまま街の中へ。

何処でも良い。練習出来る場所へ。

 

 

ーーまだ私は上へ行けるーー

 

もう重さも気にならなくなったギグバッグのストラップを、強く掴む。

 

ーーこの「相棒」と、まだまだ高め合えるーー

 

自分の足場を確かめるように、強く踏み出す。

 

ーーどこまでも、登って行ってやるーー

 

荒い息を整える。熱を逃さないように。

 

ーー後藤ひとり、居てくれてありがとうーー

 

真っ直ぐ前を見る。目標を見失わないように。

 

ーー貴女の事「大っ嫌い」よーー

 

 

嫌いで嫌いで嫌いで…毎日思い出さない日は無い位…「大っ嫌い!」

 

だから、早く帰って来なさい!

 

貴女の音を、聴かせなさい!

 

 

 

私は…受けて立ってやる!

 




国内組も準備が整いました。
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