…なんだかゾクゾクする。
風邪ひいたかな…
若しくは爆にゅ…痛い!痛いよ郁ちゃん!寝てる筈なのにわたしの腕を思いっ切りツネらないで!?肉が!肉が取れる!自分で変化したり溶解したりするけど外からの刺激はダメなの!郁ちゃんからの「違う刺激」なら…デヘヘ…じゃなくって!
引き千切られる程の痛みを我慢して、無理矢理郁ちゃんの方に振り向く。こうなったら無理に覚醒させてやる!
目を閉じて口を吸い付かんと伸ばす…ん〜〜、ん、ん?ん!?
何かが窄めたわたしの口に入って来た。丁度栓をするように細いモノ…指?
「…おはよ」
超低音の朝の挨拶が、わたしの脳髄に響き渡る。
「…郁ちゃん…いたい…」
「なんかヘンな事考えてたでしょ」
…何で判るかなぁ!でも郁ちゃんも当てずっぽうで言ってるかも…いや!そうに違いない!
ここはわたしのクールビューティーな見た目を活かした飛び切り素敵かつ理知的な切り返しで、この難局を乗り切るんだ!
「ああぁあの!いくいくちゃんがなな何を言ってるのかわわ判りかねまんねん!」
何故吶る!何故半端な関西弁!?
「脈拍と発汗」
「あ、はい…」
…付き合いが長いって…難しい事もあるなあ…
ーーーーーーーーーー
「でね?もうすぐ帰国するじゃない?…だから、今日は徹底的にこのお家を掃除しましょう!」
機嫌を直した拍子にワンラウンドこなした後、わたしの赤くなった腕を擦りながら郁ちゃんはそんな事を伝えてくる。
「…あ、あれ?郁ちゃん今日のレッスンは?」
「それがね…今日は夕方から来て?って」
いつもなら午前中、遅くても昼過ぎくらいからレッスン始めるのに…何か用事があったのかな。…そもそも、あれだけの超人気アーティストが常に郁ちゃんを指導してくれてるのが不思議なんだけど…偶々ツアーの合間とかならまだ判る。でも、それが1年も続くと(合間で1週間とかひと月位抜けてる期間がままあったとしても)どう言うローテで活動してるのか気になる。
もしかして…凄く配慮されてる?あれだけのアーティストに。郁ちゃんが。
ちょっと前に、郁ちゃんがあの2人に指輪を渡した時何があったかは掻い摘んで聞いた(多分、全部説明しないのは…あの二人に気を使っての事だと思う)。
でも、その件で更に仲を深めたのは間違い無いと思う。
「私、二人の本当の妹になれたと思う」って嬉しそうに言ってたから。
…妬かないよ?妬かないけど…でも、凄く良い関係なんだね。
多分わたしの「三銃士」達と同じか…それ以上に深い繋がりを得たんだろう。
…ふたり、元気かなぁ…もう5年生?…だよね?
ずっと連絡してないけど、忘れられて無いかなぁ、わたし。
忘れられないようにリビングに「印」を残して来たけど…ふたりなら外しちゃいそうだし。
あ、そうだ…お母さんに連絡しとかないと。
自分の決意が揺らがないように、わざと連絡しなかったけど…帰る時位は連絡…入れた方が、いいよね。
ーーーーーーーーーー
「ねぇ、ふたりちゃん。ユーレイのお姉ちゃんはまだ帰ってこないの?」
「…うん。たぶん、向こうでヘンなお友達でも出来て楽しいんじゃないかな…」
「そっかぁ…ふたりちゃんのお姉ちゃん、居ると楽しいのになぁ」
ーー「楽しい」じゃないの。「カッコイイ」の。ーー
「そうだよね!ユーレイのお姉ちゃん、からかうととっても面白いのにね」
ーー「面白い」じゃない…「凄くカッコイイ」んだよ!ーー
「ねー!またみんなしてふたりちゃんのお姉ちゃんで遊びたいのに!」
ーー何言ってるんだこの子達…お姉ちゃんの事、何も知らないくせに!ーー
「う、うん…そうだね。そのうち帰ってくると思う」
「「「そっかー」」」
「じゃあねー、バイバイ!」
「…ばいばい」
手を振ってお友達と別れて、お家に向かう。
最近なんかヘンだ。
…お姉ちゃんの声を忘れてしまいそう。
…お姉ちゃんの顔を忘れてしまいそう。
…お姉ちゃんの…ヘタクソな笑顔を、忘れて…しまいそう。
お姉ちゃんの「優しさ」だけは、覚えてるのに。
お姉ちゃんの「ギターの音」だけは…覚えてるのに…
なんで足が重いんだろ。
なんでウチに帰りたくないんだろ。
なんでちょっと泣きそうなんだろ。
…でも、帰らないと。
お母さんがしんぱいするから。
わたしが泣きそうでも、お母さんを泣かせられないから。
とぼとぼ…
よたよた…
ねえ、お姉ちゃん。そっちはそんなに楽しいの?
帰りたくないくらい、楽しいの?
わたしの事、忘れちゃったの?………
最初のころ、あれだけ「怒ってた」のに。
あれだけ「バカッ!」って思ってたのに。
今は、かなしいな…かなしい………さびしいよ、お姉ちゃん。
ずっと喜多ちゃんといっしょなの?
喜多ちゃんが居ればいいの?
わたしは、いらないの?
ねえ…お姉ちゃん…
☆
「あら〜、お帰りふたり!」
「…ただいま」
お母さんはずっと変わらないまま。
お姉ちゃんが居なくてもいいの?
もう、帰ってこないかもしれないんだよ?
「ふたり、オヤツ食べる?」
「…いらない」
「美味しいクッキーあるのよ〜?」
「…いらないよ」
「頂き物の美味しそうなココアもあるのよ?」
「だから、いらないって!」
「…そう…」
お母さんにちょっとだけ怒って、二階に上がる。
…お姉ちゃんの部屋。
フスマを開ける。…フスマって、なんだろ。
…誰も居ない部屋。
お姉ちゃんの居ない部屋。
…お姉ちゃんが最初に使ってたギターだけ置いてある。
その前にすわる。体育の時のすわりかた。
ねえ、君も寂しい?
君もお姉ちゃんに置いてかれちゃったの?
お姉ちゃんキライ!って思ってる?
わたしはね…今、ちょっとだけキライ。
だって、声を聞かせてくれないんだもん。
笑ってくれないんだもん。優しくして…くれないんだもん。
わたしのお願いを聞いて、わたしの前でギター、弾いてくれないんだもん。
だから、ちょっとだけキライ。…ちょっとだけね。
「う、う…う…うぅ…」
泣いたらお母さん、しんぱいしちゃう。お姉ちゃんがわるいのに。お姉ちゃんがわるいから、わたしが泣いてるだけなのに。
「う……うーっ!うぁぁ…」
誰もわるくないんだよ。お姉ちゃんもわるくないんだ。わたしが、忘れられちゃっただけ。
「ふ、ふぐぅ…う、うぅ…」
ふたりは、もうお姉ちゃんにはいらないんだね。うん、わたしもお姉ちゃんを忘れられるようにするよ。
がんばる。
がんばるから…1回だけ、「ふたり」って呼んで。
声を聞かせて。
そうしたら、がんばるから。つよくなるから。
「…ふたり」
「…なに、お母さん」
今呼んでほしいのは、お母さんの声じゃないの。
いつの間にかお母さんが後ろに立っていた。
「ふたり、これを見て」
お母さんがケータイの画面を見せてくる。
メール。
そこにはひと言だけ
「もう少しで帰ります」
………お姉、ちゃん…お姉ちゃん…お姉ちゃん!
お姉ちゃん…の!
「バカァ〜〜〜〜〜〜〜ッ!」
ーーーーーーーーーー
「まったく!バカじゃないの!?ずっと連絡しないで、やっと来たと思ったら「帰ります」って!…ホントに…ホントに!バカじゃないの!?しょうがないんだから!ホントに!バカ!やっぱり外国なんて行ってたらダメなんだよ!ホントに!お姉ちゃんはふたりが見ててあげないとダメなの!まったく!ホントに!もう1年以上すぎてるよ!ホントに!まったく!バカなんだから!お父さん聞いてる!?まったく!お母さん!お姉ちゃんホントにダメだよね!まったく!もう!」
なんか怒ったからご飯が美味しい!
おかわり!
もう!ホントにまったく!しょうがないんだから!
はやく帰ってくればいいのに!
わたしが待ってるのに!
待っててあげてるのに!
帰ってきたら遊んであげるから!
ギター聞いてあげるから!
だから…早く帰ってきて!
ーーーーーーーーーー
「メア?来たわよ!」
「お、お邪魔します」
今日は夕方からメアのレッスン。
「ヒトリも連れてきてね!」
って言われたので、二人して訪ねて来ました。
「あ、いらっしゃい!」
「イク。ヒトリ。良く来たね!」
メアとレヴィに歓迎される。今日はレヴィも居たのね。…でも、二人共凄くお洒落な格好して、どうしたの?
「二人共…凄く素敵なドレスを着てるけど、何処かの帰り?」
私のその言葉を聞いて、メアとレヴィは目を合わせるなり笑みを零す。
「ンフフ〜、さ、イクはこっち」
メアに自室に拐われる。
「え?…え?」
「おっと、ヒトリはこっちだ」
ひとりちゃんはレヴィに拐われて行った。
「え?…あ、あの?…レ、レベッカさん!?ちょ、あの!?」
ひとりちゃんの戸惑いの言葉がレヴィの自室まで続いていった。
「さ、イク…観念しなさい!」
「メア…何か、ノリがオカシいわよ!?」
例の「イタズラっ子」全開の表情。…何をされるのかしら…
「さぁさぁ!まずはそのコートからね!」
あーれー!
……………
………
…
「…さ、鏡を見て?」
ちょっと俯いていた顔を上げ、鏡を覗く…と。
「………凄く素敵!え、どうしたの?コレ」
とても素敵なドレスを纏った赤髪の女性…私が、姿見に映っている。
傍らにショッパーバッグが置いてあるのが目に入った。…え、「ザ•オーヴ」のロゴ…その下に書かれている文字は…ヴィヴィアンウエストウッド…え…え!?
桜色の、私の年齢を考えてくれたのか…派手さは無いけどとても可愛らしいデザイン。そしてスパイスのように入ったパンク風味。何!コレ!素敵過ぎる!
イブニングドレスって言うのかな…まさにこれから夜会に繰り出す、って感じ。
「うん!やっぱり素敵!とっても似合うわよ!」
外に出る為か、ストールを掛けて貰う。え、これシルク?…ドレスといい、凄い値段しそう…あぁ、庶民の思考ね…つくづく。
「イク。帰る前に、貴女を着飾りたかったの。これは私のエゴ。何にも言わないで貰ってくれると…嬉しいな」
メア…最近本当に実感してる。姉の居ない私の、本当のお姉さんになってくれた貴女達の、妹である事。
「…メア…うん、あり…がとう………」
どうしても目の前が歪んできてしまう。お姉ちゃんの前だと、とても泣き虫になっちゃう。
「ほぉら、泣き虫イク。お化粧出来ないでしょ?」
「うん…うん…」
鏡の中の私に微笑んでくれる。
「あひょわぇや!いやはっ…んな!まままって!まっ!ムムムムム!!」
ひとりちゃんの叫び声が…
レヴィ、ひとりちゃんに何もしてないよね。ね。
☆
リビングでひとりちゃんとご対面。………え"、この美女、誰?
桃色の長い髪は三つ編みにされて、左肩から前へ。
そして纏うのは…真紅のドレス。やはりパンク風味のスパイスが入った私のよりも少しだけ大人っぽいデザイン。…どうせ子供っぽい体型の私ですけど、何か
しかし…写真集から抜け出てきたよう。見惚れちゃう。
男性が10人居れば10人とも振り返る。
私が王子様なら即プロポーズね!
間違い無い!
あ、もう将来を誓い合ってた。てへ。
あー、これイソスタに上げたらフォロワーが即一万人は増えるわ!
何処に出しても恥ずかしく無い…どころか、誰にも見せたく無い!ってくらいの美女!
「ひとりちゃん。ちょっとクルッて回って?」
「あ、はい」
くるりと一周してくれる。…何で小刻みに動くのかしら。
でも…やっぱり!
ひとりちゃんの左肩だけ、わざと肩甲骨の辺りまで開いてる。そこに「翼」がとても映えて。
私のドレスも、右肩だけ開いてて。そこに「翼」が生えてるのを意識出来る。
「ひとりちゃん…素敵。とても…とても綺麗よ。王女様みたい」
「郁ちゃんも、凄く可愛くて素敵です。お姫様みたい」
言うなりひとりちゃん、左腕で私の腰を抱き寄せ…右手は私の頬に。顔を近付け…そしてトドメのひと言。
「…い、郁代。あ、愛してる」
……………
………
…
はっ!
意識が飛んでた!
そして意識が戻って来た途端…心臓が…心臓が、苦しい!爆発しそう!
多分顔も真っ赤っ赤!お湯が沸かせそうな位、熱い!
「あ…はぃ…」
まるでひとりちゃんみたいな返事しちゃったじゃない!もう!もうぅ!
ふと視界に入ったレヴィの顔。笑いを堪え切れないように両手で顔を押さえている。
………レヴィィィ?計ったわね!?
「イ、イクゥ?そこでイチャ…うふっ、イチャしてない…ふっ!で、そろそろ行く…ぅふふっ!わよ」
…メアも、我慢してないでいっその事、笑って?
「はぁぁ…ひとりちゃん、行くって…」
………
…ひとりちゃん?
……………
えーと。
…………………
…何で言った貴女が動作停止してるのかな?
憎らしいので、チューしてやりました。
ーーーーーーーーーー
「すて…き…」
店内に入るとモダンで暖かで、とても可愛らしい雰囲気。
これから何か、凄く素敵な事が待っているような、そんな空気を纏っている。
「クレア、来たわよ」
「ああメアリ、レベッカ。いらっしゃい。そちらの可愛いお客さんも、良く来てくれたわ。どうぞ、楽しんでいって。それじゃ、用意するわね。…どうか、楽しいひと時を」
この店のオーナーシェフは女性。ミシュランで星を獲得してるんですって!
コース料理を頂く。
絶妙なタイミングで運ばれて来る料理に舌鼓を打つ。
繊細で、優しくて、配慮が行き届いている料理。
どれも素晴らしい。
私達では、例え人気バンドになったとしても中々入れないような…そんなお店。
ひとりちゃんがずっとアタフタしてるけど、それを見たレヴィが
「ヒトリ。基本はあたし達を参考にすれば良いけど、何より楽しんで。それが食事をする一番の作法だよ」
って言われてどうにかやっと肩の力が抜けてきたみたい。
私の方を見て「エヘヘ」って照れた笑顔。
…もう、可愛いんだから。
☆
あらかた食事を頂き、バーカウンターへ移動。
流石英国。ウイスキーの種類が半端無い。
メアはシングルモルトを使ったカクテル。
レヴィはシングルモルトをロックで。
私はワインを。
ひとりちゃんは、ちょっと…いえ、かなりお酒に弱いので、ワインを使った凄くアルコール弱めのカクテル。
「…あ、おいしい…」
ひとりちゃん、気に入ったみたい。…でも、ホントにこの美女誰かしら。普段の姿からは想像つかない。
メア達の家を出る時、ひとりちゃんに一つだけ約束して貰った。
「ひとりちゃん。お願いがあるの。…大変かもしれないけど…今夜だけは背筋を伸ばしていて。今夜一晩の夢を…見させていて」
って。ひとりちゃんは
「…わかりました。お姫様の、仰せの通りに」
って言ってくれて。
そして…とても魅力的な美女の、出来上がり。
「しかし…ヒトリ、凄いね。とても魅力的だよ。とても…美しい。…メア…の次に魅力的だ。日本に帰ってもトップモデルになれる」
「…ねぇ、イク。レヴィが今ちょっと言い淀んだのは何故なのかしらね」
「…そうねメア。ちょっと邪な事があるんじゃないかしら。さっきも部屋で何やってたんだろうね」
さっき家でからかわれた事の、ちょっとした意趣返し。
「ちょっ!え?いいい郁ちゃん!?ななな何を言ってるんですか!?」
「ひとりちゃ〜ん。そんなに動揺してるの、何で?」
「バッ、バカ!イク!何にもある訳無いだろ!もし何かあったらメアとイクに見捨てられる!」
「イク。何で二人して動揺してるのかしらね?」
「きっとヤマシい事があるのよ。あぁ…私、捨てられるのかなぁ。レヴィには敵わないよ」
「イク、私もよ。ヒトリには敵わない。…もうこれから、私達二人で暮らして行きましょう」
「…そうね。これから宜しく。メア」
メアと二人、肩を寄せ合う。二人して目だけで笑う。
「なっ!えっ?どっ!?」
「…ヒトリ。あたしはたった今、メアとイクに捨てられた。こんなあたしだけど…貰ってくれる?」
レヴィまで寸劇に参加してしまった。ひとりちゃん、孤立無援。
目がぐるぐる回っている。「ひ、比翼、比翼」と呟きながら。そして何を思ったか、私のワイングラスを飲み干す。
あ!と思ったがもう遅い。タン!とグラスを置いたひとりちゃんは
「わ、わたしの生涯のパートナーは、い、郁ちゃんだけですっ!郁ちゃんしか愛しません!郁ちゃんしか愛せません!だから…捨てないで!」
ギュッと私に抱き着く。
あぁ…愛おしい。何を置いてもこの娘の傍に居たい。
「ごめんねひとりちゃん。私も…愛してる」
頬にキスをひとつ。
「レヴィ、私振られちゃったわ」
「そうだね。じゃああたしにしといてくれる?」
「ええ。愛してるわ、レヴィ」
「あたしもだよ」
こちらは唇同士のキス。
あぁ…なんて素敵な夜なんだろう。
☆
幸い、私のグラスには少ししかワインが残って無かったので、それ程はひとりちゃんは酔っていない。
昔に比べて少しはお酒、強くなったかな。
「イク。今までとても楽しい日々だったわ。まるで毎日が光輝いて見える位。本当に貴女は私達にとって「神からのギフト」ね」
「そうだね。神がこんな素敵な妹を届けてくれた。そして、そのパートナーは、その腕に「神からの贈り物」を持ってる。イク。ヒトリ。出逢ってくれてありがとう」
「メア…レヴィ………ありがとう。お姉ちゃん達。貴女達に返せる恩は、とても大き過ぎて…返し切れないかもしれないけど。でも、必ず「貰った気持ち」を返したい。貴女達の優しさに、報いたい。」
「わ、わたしも凄く…凄く助けて貰いました。何よりも、わたしの一番大切な人を救ってくれた。それが…何よりも嬉しい、です」
そのひとりちゃんの言葉を聞いて、メアが目を見開く。
「レヴィ、困ったわ!素敵な妹が二人になっちゃった!」
「こんな可愛い妹なら、何人居ても良いさ。むしろヒトリも妹になってくれるなら、あたしは大歓迎だよ!」
「え?あ、えへへ…」
もうひとりちゃん、嬉しそうに照れちゃって…貴女は「お姉ちゃん」なのに。
☆
「それで、日本に残ってる子たちはどうなの?貴女のメンバーだから、貴女達だけ頑張らせている…なんて事は無いんでしょ?」
メアに問われる。それは無い筈だし、こっちに来る前にリョウ先輩もひとりちゃんに宣言してた位だから…でも、ホントに判らないのよね。
「…あの人達も何かスキルアップする為に頑張ってる筈なんですけど…向こうの状況…判らないんです。教えてくれないし。ドラムスのリーダーが怪我をしてなければ、こんな状況生まれなかったですし」
「随分秘密主義な子たちなんだね。…でも、信頼してるんだろ?」
今度はレヴィに問われる。そう、それは間違い無い。あの人達は絶対に何かやってる。自分を高める為に。
「…はい。信頼してます」
私の代わりにひとりちゃんが答えてくれる。それは、確信の瞳。蒼い焔を揺らめかせて、周りの皆を巻き込んでしまう…その煌めき。
「ははは…ヒトリにそれだけ見初められるなんて、羨ましい」
微笑んだ後、どこか遠い目をするレヴィ。その瞳は何を映しているのか。
「…あたしはね、メアと…今のメンバーと組む前に、2回バンドを駄目にしてるんだ」
…初めて知った、レヴィの話。遠い目をしながら、レヴィは話を続ける。
「最初はハイスクールの時さ。ライブハウスで燻ってた連中と組み始めたのが、最初。その時は組み始めてすぐ、何もかも上手く行かなくなった。技術の問題じゃない。連中はただ単に、その「特別な場所」にたむろしてたかっただけなんだ。誰も「上」を見なかった。全てがどうでも良くなって、学校も辞めちまった」
メアが優しくレヴィの腕を撫でる。その遣る瀬無さを少しでも吸い取ってあげるように。
「次は、ライブハウスでバイトしてる時に見つけたメンバー。…結局あたしも音楽からは離れられなくてね。ライブハウスで働いてた。その時に、見つけたんだ。丁度ギターと喧嘩別れしたみたいでね。あたしがそこにすんなり収まった。…その時に、気付ければ良かったんだけど…」
レヴィがグラスを呷る。言い難い事を無理に吐き出すように。まだその瞳は茫洋としている。
「輝いてるように見えたんだ。皆が。…只、その光はあたしが求めてるものとは違った。…実は、後になってその抜けたギターに言われたんだよ。「人を良く見ろ」ってね」
眉根を歪ませて、呼吸が少し荒くなる。メアが背中を擦ってあげる。
「そのバンドに入って…最初は上手くやってた。でも…馴染んで来た頃、唐突に言われたんだ。…「それで、お前はいつヤれるの?」っ…て、さ」
レヴィの表情がますます歪んでくる。遣り切れない思いが、その顔を歪ませる。
「…冗談だと思ったんだ。仲間同士の気安い遣り取りだ、と。でも…一度感じた違和感が拭えなくて、そうしたら…周りからの声をやっと感じるようになった。…噂は酷いもんさ。バンド内で女を囲って…それで有名バンドにその女を斡旋する。…それで評価を得てきたバンド…そんな話が次々と耳に入って来た。囲う女はメンバー、取り巻き関係無い。とにかく自分達に惹き付けておいて、その女達を「道具」として使う。…音楽を「道具」にしてたんだよ…。それを知った時、吐きそうになった。そいつらに感じた「光」は、本当は「薄暗い炎」だった…」
ついにレヴィの瞳から、一筋の雫が流れる。それは止め処なく流れて…私達の心まで押し流してしまうような。
「だから…それから音楽を辞めようと思った。こんな世界なんなら…なんて。…でも…ギターからは離れられなかった。ストリートで、一人でもやってやる。…そんな時に…メアに出逢ったんだ。メアは、あたしがストリートで弾いてる時、ずっと見てたんだ。冷たい瞳で、でも…何かを探しているようで…目を見てると、何処かに消えて行きそうな、そんな瞳で」
レヴィは濡れそぼった瞳でメアを見遣る。メアも慈しむようにレヴィを見詰める。
「それから、メアは度々あたしの前に現れた。最初はあたしのギターを気に入っただけだと思ってたよ。…でも、ある日気付いたんだ。メアはずっと、あたしの目を見てた。目だけを…見てたんだ。最初は「何が面白いんだろう、この女」って感じてたんだけど、メアの目を見て解った。その冷たい瞳に映るあたしも、同じ目をしてたんだ。周りを一切信じない、それでも「音」からは離れられない…そんな瞳。…それから、メアが来る度に話し掛けた。この人の心を溶かせれば、あたしも変われるかも…って。あの頃の…昔の…キラキラした気持ちを思い出せるかもって」
「それで、私はほだされちゃったの。負けちゃったの。レヴィに。…だってこの人、強情なんだもの。とてもしつこかったのよ?「次はいつ来るんだ」「今度ご飯に行かないか」「ギターに合わせて歌ってくれないか」って」
ちょっとからかうように言いながら、ハンカチでレヴィの頬を拭う。その手つきはとても、とても優しくて。
「だからね?私は一生レヴィには勝てない。ううん、勝ち負けじゃないって判ってる。…でも、私は…レヴィには勝てないの」
少女のようなその儚げな笑顔。全ての人を魅了するその笑顔は、一人の女性だけに向いている。今も。いつまでも。
「…だからねイク。ヒトリ。貴女達なら大丈夫だけど…音楽を「道具」にだけはしないでくれ。…絶対に」
うん。それなら誓える。少なくとも、そこを違えたらひとりちゃんと一緒に居られない。居てくれない。
「うん!間違い無く誓えるわ!だって、そうじゃなければひとりちゃん…離れていっちゃうもの。何より、メアとレヴィにとても大切な気持ちを貰ったしね。もう、「ここから」は離れられない。離れたくない。」
「わ、わたしも「この世界」でしか…「ギター」でしか生きられないので!…音楽から離れると、息も出来ないんです。何より郁ちゃんの隣でずっと爪弾いていたい。「ギタリストの彼」とも、死ぬ時まで弦を弾いてようって、約束しましたから」
「…ああ、アイツね」
「…ああ、アイツか」
呆れ顔で二人が呟く。
…「彼」って…どう言う評価?
そして、楽しい時は、瞬く間に過ぎて。
ーーーーーーーーーー
「メア。レヴィ。今日は本当にありがとうございました。忘れられない日になりました」
皆で一度メア達の家に戻り、ドレスから普段着に戻る。
まるで魔法が切れた気分。
ドレスは一旦預かって貰った。「クリーニングしといてあげる」って。何から何まで…もう。
酔い冷ましに歩いて帰ると言ったら…「絶対ダメ!」とお叱りを受け、タクシーで帰宅。
ひとりちゃんは私の肩にもたれ掛かり、スゥスゥと夢の中。
…今晩で、幾ら掛かったんだろう…
考えちゃいけない事をつい、ツラツラと考えてしまう…庶民なので。
トータルで絶対三桁は行ってる。私達のドレス代。四人の食事代。そして、あの二人のドレス…多分この日の為に作った。
メアはエルメス。レヴィはルイヴィトン。凄く似合ってた。何を着ても、何をやっても似合ってしまう、二人。
私達も、あの二人のようになれるかな。ひとりちゃんと…なれるかな。
不意に手を握られる。縋るように。確かめるように。
「ひとりちゃん?」
「…ん…んぅ………」
…寝てるみたい。無意識なのかな。
「ここに居るよ?」と指を絡める。絡めたひとりちゃんの左手が熱い。寝てる子の体温。
何と無くその左手の指先をスリスリ。孤高のギタリストの指。
でも…この指を、この腕を…その「音」を、絶対独りにはさせない。
だって私達は片翼同士。対の翼が揃わないと飛べないのよね、ひとりちゃん。
瞼に口付けひとつ。
高く…高く…遥かな空へ
でも、今はおやすみ。私が見ててあげる。だから…安らかに。
……………………………………………………
「ヘイ、レィディ、着いたぞ!」
「わあああぁっ!」
「うひゃはあぁぁっ!」
思いっ切り寝ちゃってた!