王の帰還   作:サマネ

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やっと動き出します


フライミー・トゥ・ザ・ロンドン

空港から、重い鉄の塊が飛び立つ。

 

「だ、だだだ大丈夫ででですかね…」

人間が、なってはいけない形になりそうなひとりに、隣の席の人間が微笑みかける。

「大丈夫よ!飛行機の事故って、乗り物の中でも一番事故率低いらしいわ!」

コテは流石に手荷物検査で引っ掛かりそうなので、素手を使ってひとりの修正を試みる郁代。

幾ら郁代の手がスベスベでも素手だとピンクの粘性体が手に纏わり付いてきてしまう。

それを口でペロペロと舐め(!)ながら、更に修正を試みる郁代。

何故か郁代の顔が恍惚としているようにも見える。

「ででででも、低いって…ゼゼゼロじゃ無いんですよね!?」

「最悪墜落しても…ひとりちゃん、海の底で暮らせそうじゃない?」

「あばばばばば…やっぱりわたしは人外………メンダコ、ミジンコ、プランクトン…」

シートベルト解除から間もなく、唐突にストンと機体が沈み込む感触。

俗に言うエアーポケットである。

「キャッ!」

「うひいいいぃぃぃ!!!」

ビクリとする二人。

「あぁぁあぁぁぁ…落ちる堕ちる墜ちる!ナムアミダブツアビラウンケンソワカウンハッタリンピョウトウシャ………!」

どこかの孔雀の王のような台詞を吐きながら、この世の全ての災厄を受けるアンリ・マユ宜しく今この時全ての不幸を煮詰めたかのような表情で顰め面をする。

「…今のはちょっとビックリしたわね…ねぇひとりちゃ…キャアァァァ!」

その時郁代が隣で見たモノとは!

 

郁代後日談

「ええ…ひとりちゃんに話し掛けようとしたら、まるで[見ても名前を呼んではいけない怪物]を見たような…。必死で「ひとりちゃん(らしきもの)!ひとりちゃん(だったもの)!ひとりちゃん(だったらいいな)!と呼び掛けました」」

 

「喜多ちゃんうるせー!」

2つ後ろの座席から怒声が飛ぶ。

その女性は、これから薄ら寒いロンドンに行こうというのに薄手のワンピースの上からこれまた薄手のスカジャン姿。言うまでもなく廣井きくり、その人。

それはどう見ても機内サービスでは無かろうという一升瓶を抱え、誰の止める者無き一人酒盛り中。

保護者である岩下志麻と清水イライザはひと月程先乗りでイギリスに向かっていた。

きくりとひとりが出遅れたのは、単にパスポート取得審査に手間を取られたから。

そして郁代には、ひとりと離れるという選択肢がまるで無かったせい。

そう、結局郁代もイギリスに付いて来てしまった。

 

ーーーーーーーーーー

 

時間を遡って、虹夏が入院している病院のロビー。

 

「あ、あの!」

ひとりが渾身の一言を発する。

「うおっ!…どうしたぼっちちゃん?」

星歌がびくりとしながらも、ひとりに問い質す。

「あ!ぁ…その…店長さん、ちょ、ちょっとお聞きしたい事が」

「あ、ああ…なんだ?」

ひとりは、決意を込めたような表情で質問する。

「ギタリストにとっての、「自分の音」ってな、なんでしょうか?」

ひとりの真剣な表情に釣られるように、星歌も真剣な表情で返す。

「自分の音…ねぇ。しかしまぁ、唐突だな」

「…ひとりちゃん」

「店長、ぼっちはその事で最近ずっと思い悩んでいる。それで、今この話を出したのも実は虹夏の怪我と繋がってる。…そうだね、ぼっち」

「あ…はい」

「どういう事だ?」

星歌の額に皺が刻まれる。

「ひとりちゃん、最近のアンチコメントに思い悩んでて。…そういうコメントが来てるのも店長は知ってらっしゃいますよね?」

「ああ。しかしあんなのはガキの信奉者の戯れ言だろ?」

「で、でも…言ってる事は合ってるっていうか、本当だなっ…て」

「フザケンな!」

「ひぃっ!」

星歌の勢いに、ひとりは瞬間移動よろしく郁代の背中に隠れる。

「あ…すまんすまん。…まぁつまりな、ぼっちちゃんの音は私が太鼓判を押すよ!。同世代で同じだけ弾けるヤツは、探す方が難しい」

「お茶の水の大魔王印の太鼓判、プフッ」

「ア"!?」

「…にじかぁ(泣)」

ひとりは郁代の背中越しに目だけ覗かせ

「で、でも…「同世代では」ですよね…」

その言葉に、星歌は顔に喜色を貼り付ける。

「ブハッ!…良く言った!つまりぼっちちゃんは現状で全然満足してねぇ訳だな!」

お静かに!と通りしなの看護師に窘められる。

「…いや〜、それでこそ私が最初に見込んだギタリストだ」

「…店長、わたしが最初」

「もぅ…、なんで皆最初にひとりちゃんを見い出した人になりたがるのよ。その理屈で言えば、最初にひとりちゃんのギターを凄いって感じたの私なのに…ブツブツ…」

ブツブツ言う郁代の影からノロノロと這い出てきたひとり。

「は、はい!わたしが現状で止まってしまったら、虹夏ちゃんの夢を叶えられません!」

「それで?…どうしたいんだ?」

まだ話の見えない星歌は、ひとりに訝しげな視線を向ける。

「あ…あのあの…」

「私が説明します!(キターン!)」

はいはい!と元気に手を挙げる郁代。

リョウは、その郁代の積極的な態度に違和感を覚える。

「(あれだけぼっちに行かせたくなかったくせに…)…ま、まさか!?」

「はい!ひとりちゃんと私で、イギリスにギターを学びに行きます!(キタキターン!)」

「やっぱり…」

思わず天を仰ぐリョウ。

「イ、イギリスぅ?」

目を白黒させる星歌。

「実はですねぇ、廣井さんに誘われたんです!」

「え?なんで廣井のヤツが?」

「えーっと、イライザさんが一時帰国しなくちゃならないらしくて、それが最低一年位だとか。それで、ならシクハックの面々も行っちゃおっか?ってなったらしくて」

「あのアホウ…」

星歌は渋面を作る。

「でぇ、ライブ終わりにひとりちゃんが悩んでる事打ち明けたら、じゃあ一緒に行く?ってなって」

「はぁぁ…いやそれならぼっちちゃんだけでいんだろ?」

星歌の言葉に、「何言ってるのこのヒト?」という表情で

「何言ってるんです!?ひとりちゃんが行くなら私も行くに決まってるじゃないですか!」

実際発言してしまっていた。

「いやだってバッキングは個性的な音とかいらn…」

「行きます!!決定事項です!ボーカルにもきっと好影響があるに違いありません!」

最早聞く耳持たず。発言はこじつけに近いが、その表情は真剣…を通り越して、もう泣きそうですらあった。

「ひとりちゃん!私、絶対あなたを支えてみせる!。だから、だから…私も連れて行って!?」

おもむろに振り返るとひとりの手をしっかと握り、潤んだ若草色の瞳を向ける。

ひとりはその勢いに思わずたじろぐ。

実際、ひとりだけではイギリスで生活どころか行き着く事も叶わないかもしれない。例えシクハックの面々が居たとしても。でも、郁代が一緒に居てくれるなら。

 

ひとりは思う

ーーわたしのギターの音。わたしのアイデンティティ。わたしの生きる…存在する理由。

怖い…とんでもなく怖い。東京•日本から離れるのが…でも、わたしの唯一出来る事、ギターを掻き鳴らす事。

それが認められないなんて、そんなの、そんなの…死んでるのと同じじゃないか!ーー

『個性を捨てたら、死んでるのと一緒』

不意に、リョウにいつか言われた言葉を思い出す。

 

「わ、わかりました!わたしも決めました!。イギリス行き!」

「え………今決めたの?」

郁代の目からハイライトが消えて行く。

 

 

「でもさ、そうしたらバンドは…ああ、そっか…」

星歌は言ってる途中で思い出したのだろう。

虹夏は今大怪我したばかり。しかも、リハビリ含めて少なくとも一年はドラムを叩け無いらしい。

その医者の見解をひとり達にも共有してある。

リハビリが済んでも、果たして以前のように叩けるようになるのか。

それどころか、ひとり(と郁代)はさらなる上を目指そうとしている。

メンバーが揃い、ハンドが成ったとして、それは纏まりがあるものに成れるのか。

 

…いや、そこで纏まれなければそれまで…か

 

星歌は、虹夏達には"お遊びバンド"にはなって欲しく無かった。

皆本気で、それこそひとりなどは命を削るように作詞までしている。

リョウは、成功失敗関わりなく本気で自分達の音楽を追求しようとしている。

郁代は、最初の頃こそフワフワしていたが、今や真剣にひとりに喰らいつこうとしている。

虹夏も、まだ直接聞かせてはくれないが、何かの夢を自分の信念を掛けて実現しようとしている。

何より………後藤ひとり。

コイツはマジだ。

マジで虹夏の元に送られた、神様からの贈り物だ。

 

ーー母さん。あなたからのギフトかなーー

 

「わかった。飛行機代は出してやる」

星歌の突然の言葉に、ひとりと郁代は啞然とする。

「…え、ぇあの…はぃ?「キャーッ!店長さん有難うございまーす!(キタキタキターン!)」」

「その代わり、絶対何かを掴んでこい!後藤ひとりだけの音を!」

「…は、は、はいっ!」

ひとりの決意した顔を見て、星歌は図らずも涙が出そうになった。

 

ーーああ、若いヤツらが自分の殻を破って飛び出して行く。決して「羨ましい」とは思うまい。ただ、ただ眩しいなぁ。

そもそも、自分だけの音を持ってるヤツの方が珍しい。

エディ、クラプトン、ペイジ、ベック、ルカサー、シェンカー

そんな綺羅星の様なギタリストの世界に、足を突っ込むってことだ。

余りにも困難な、それでも獲得したなら後々まで語られるようなギタリストにーー

 

「店長」

リョウが横から星歌を呼ぶ。

「…なんだ?」

「わたしも修行に行く。熱海に二泊三日くらい。ひいては費用を…」

星歌必殺のアックスボンバーが炸裂

 

「おまえの殻は厚いな…」

 

かくして、皆(?)のスキルアップの為の行動は決まった。

 

「ぼっち」

「あ、はい」

郁代と盛り上がっていたひとりは、横から不意に呼び止めたリョウに対して気の抜けた返事を返す。首が痛そうだ。

「わたしも…わたしと虹夏も立ち止まらない。ヘタするとぼっち達を追い越すかもしれない。それでも良い?」

「の…望むところです!こっちなんか喜多ちゃんとのペアで、も、もうメッチャメチャで凄い事になっちゃいます!」

 

結束バンド作詞担当後藤ひとり。彼女は悲しい程に普段の語彙力が無かった。

 

「ぼっち、ヒワイ」

「…ひとりちゃん…」

また郁代の瞳からハイライトが消えた(本日3回目、1日の記録更新)。

 

「ところで喜多ちゃん。お前、大学どうすんの?」

星歌が問う。現在大学も3年目。当然の疑問だ。

 

「休学しまーす!」

 

呆れるくらい軽かった。

 

 

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