「ヒトリ。イクヨ。今夜はFarewellPartyじゃ無い。Send-offPartyだ。つまり、「別れ」じゃないよ。僕達全員で、君達を「送り出す」んだ」
「そうだヒトリ。お前達はここから「出掛けて」行くんだ。つまり、帰って来なけりゃならないんだぜ」
ケニーさんとトッドさん。二人にそう、声を掛けられる。
「つーまーり、だ!お前達を日本に「貸してやる」だけだ!お前達は「イングリッシュ•ウーマン」なんだよ!だからな、すぐに帰って来なけりゃダメなんだ!此処に!…このLivemusicclubにな!」
ギタリストの彼は、強かに酔いながら大きな声を上げる。その手にはボウモアのボトル。…ストレートで呑んでる…。
郁ちゃんはどう対応して良いか判らず、ただ苦笑を洩らす。でも、皆のその気持ちが判るのだろう。とても穏やかそう。
「ちょっと酔い過ぎじゃないか?ヒトリとイクヨが困ってるぞ?」
ケニーさんに窘められても彼はどこ吹く風。それどころか、更に語気を強める。
「ケニー!そんな事言ってると二人を日本に取られちまうぞ!コイツ等はもうイギリス人だ!俺が決めた!」
「…君が決めても仕様が無いだろう。そもそも滞在が5年以上じゃ無いと、まず審査もして貰えないだろうし…」
あくまで冷静に答えるケニーさんに対して、彼は憤懣やる方なしの態度。
「そんな常識的な事はいいんだよ!俺はな!このままヒトリ達が日本に行っちまったらイギリスの損失だって言ってるんだ!結局車だってエレクトロニクスだって日本には勝てねぇ!あぁ解ったよ!車だってエレクトロニクスだって日本にくれてやる!その代わり、ヒトリを寄越せ!それがありゃ、俺はこの先死ぬまで笑ってギターを弾いてられるよ!」
「…君が決めてどうするんだい」
最早言い合いにすらなってないよ…でも、彼がそこまで言ってくれるのは、結構…かなり…いや、凄く嬉しいな。
「…レヴィ、お願い」
「了解、メア」
レベッカさんが、つい、と動いて彼の前に立つ。そして挑戦的な瞳で彼を睨め付ける。
「ヘイ!そこのヘボギタリスト!あたしと呑み比べて勝ったら、その主張…全面的に協力してやる。その代わり、負けたら…黙ってな!」
その言葉を受けて、彼の眼差しも燃えだす。
「…言ったなレベッカ!受けて立ってやる!」
テーブルが用意され、相対する二人の前にはショットグラス。
そこになみなみとウイスキーが注がれて…
…何処かでゴングが聞こえるような…あ、トッドさんがスティックでフライパン叩いてる。皆ノリが良すぎるよ…
隣を見ると、メアリさんが郁ちゃんを抱き締めている。そのメアリさんも赤ら顔。その手にはボルドーの赤のボトル…貴女もですか。
郁ちゃん凄く困り顔。でも、満更でもなさげ。
…可愛い。
そんな光景を苦笑しながら眺めていると、いつの間にかケニーさんが隣に立つ。
「ヒトリ。君はこれだけ皆に愛されてるんだ。それだけは…解ってくれるかい?」
とても穏やかな顔で伝えられる。
うん、言われるまでも無いよ。
最高の場所だ。
最高の仲間達だ。
最高の…時間だよ。
ケニーさんに首肯する。伝わるように…満面の、ヘタクソな笑みで。
わたしの顔を見たケニーさん、笑顔が…だんだん…歪んで…
ほろり、と。
ケニーさんの頬に、雫が伝う。それは徐々に流れを増して、止め処なく…
「ヒトリ…僕も…僕は…僕は、ね…君に恋をしたんだ。君の音に…僕の心は堕とされたんだよ。その音から離れたくない。ずっと傍に居て欲しいんだよ。ここで…僕の傍で、ずうっと奏で続けて欲しい。それがあれば、他には何も要らないんだ」
手にはジャックダニエルのボトル。…ケニーさん、貴方もですね…
でも流石プレイボーイのケニーさん。余りにも情熱的な台詞。
もしも郁ちゃんというパートナーが居なければ、わたし勘違いしてましたよ。
ケニーさんが感極まって抱き着いてくる。わたしも反射的に片手をその背中に回し、ポンポンと叩く。
ふと
何か気になって郁ちゃんを見る………目の…ハイライトが…消えてる…
いや、お互い様…ごめんなさいわたしが悪かったです許してください無理矢理手を伸ばして脇腹抓らないで下さいとても痛いですごめんなさい…
そんな宴もたけなわ、トッドさんにリクエストされる。
「ヒトリ。ギターを、聴かせてくれないか。また逢えるのは判ってる。でも、それまでお前の音を忘れないようにしたいんだ」
とても真剣な目。そのブラウンの瞳に、答えなんて一つしか無い。
お客さんに対する「さよならライブ」は昨晩済ませた。
今晩は、仲間内とスタッフだけの身内のパーティー。
僅か数十人。…けど、どんな大規模のライブよりも緊張する。
わたしを誰よりも理解してくれている人達。その皆の為だけの、最高の演奏をしなくては。
トッドさんに笑顔を返すと、新しい相棒の「ケイティ」のストラップを肩に掛ける。
弦は彼の使っていたままの「ダダリオのハードゲージ」からわたし好みの「エリクサーのライトゲージ」に変えてある。
弦高も散々煮詰めた。
3点あるピックアップの音の癖も、やっと掴み掛けてきた。
これから長い時を共にするであろう「ケイティ」。その華々しいお披露目には、この時は…とてもとても…相応しい。
シールドを繋ぐ。
アンプのゲインを上げる。
弦に挿してあるピックを摘む。
「ケイティ」を、ポン…とひと叩き。
最近のルーティン。
…行くよ、相棒。皆に聴かせよう。皆に届かせよう。皆の心に、入り込もう。
わたしと君なら、出来るよ。
わたしと君は、最高で…最強だ!
それまで人の声で賑わっていたホールに、雷鳴を響かせる。
唐突に…突然に…必然な音を。
この場に酷く相応しい…サンダーストラックを。ルシファーズハンマーを。
ドン!と。
人の身体の中の液体を、全て揺さぶる音を。
ウオァッ!
皆から、歓声とも悲鳴ともとれない声が上がる。
皆が騒然として、そしてその全ての瞳がこちらを向く。
発信源がわたしだと知り、皆の関心がわたしに注がれる。
良いよ相棒。良い調子。…楽しいね。最高に楽しいね!わたしは最高だ!君は最高だ!………わたし達は、最強だ!
目を向けると、彼とレベッカさんが居ても立ってもいられないように、自らのギターを掴み出す。
良いよ!来てよ!皆で最高になろうよ!
そのうち、トッドさんもアルさんも自分のギターを抱え出す。イライザさんも参戦。
そう!皆来て!この最高の時間を、皆と共有したいよ!
ああ…最高に楽しい!素晴らしい、仲間達との時!
郁ちゃんに目を向ける。…ちょっと戸惑い気味。でも…何かソワソワしてるよ?
右手を伸ばす。
郁ちゃん、おいで!
メアリさんの頬にキスを落として、自分のテレキャスを掴む。
わたしの前まで来て、唇にキスをくれる。そしてわたしの右横へ。うん、やっぱり郁ちゃんは「そこ」じゃ無いとね。
皆で「London Calling」の大合奏!もう、無茶苦茶!
何せ、ギターが7人も!どれが誰の音だか判りゃしない。しかも各々アレンジを加えて。
廣井さんがベースを唸らせながら、歌い上げる。
志麻さんも汗を飛ばしながらドラムを叩く。
皆が勝手にフレーズを奏で、それを皆して着いていく。
興が乗った彼が、エディの「Cathedral」を奏で始める。
へぇ…あの音って、そうやって出すのか。凄いな。
お返しにわたしが、同じエディの「Eruption」で返す。
曲に着いてきた彼と、バトルの様になる。
皆、大盛り上がり。
「WeWillRock you」を演る頃には、メアリさんと郁ちゃんのツインボーカル。
素晴らしく通りの良い声で歌い上げる。
ケニーさん他、スタッフ達も手拍子足拍子
ドンドンタ!ドンドンタ!ドンドンタ!ドンドンタ!
ソロに差し掛かる。皆が叫ぶ。
ーーヒトリ、行け!ーー
ブライアン・メイのように10ペンスで弾いてないけど、それでも天に届けと、ケイティさんに届けとギターを唸らせる。これが始まりの終わり。終わりの、始まり。
わたしがいつ「終わる」かなんて、解らない。解りたくも無い。
でも、「始めた事の終わり」が、「終わる事への始まり」が…今だ。
あのまま日本に居たら、そこそこには成っただろう。
でも…それまで。
それで満足してたかな。してたかも。
それでも、切っ掛けを貰った。
わたしの心を追い込んでくれた。
追い込んでくれた誰か、ありがとう。
お陰で、「始める」事が出来たよ。今は、その「終わり」の時。
そしていつか来る「終わりの時」の「始まり」が、今なんだ。
ケイティさん、聴こえてるかな。
皆でギター、弾いてるよ。
トッドさんも、嬉しそうに。
貴女が好きだったギター、弾いてる。
会った事の無い、貴女。
でも、まだまだ弾きたかったよね。
代わりにわたしが…皆が…奏でるよ。
だから…勝手だけど、着いて来て。
何処に居ても判るように、いつも奏でてるから。
貴女を思って、奏でてるから。
だから…この音を、覚えておいて。
ーーーーーーーーーー
たたかいすんで、ひがくれて。
…いや、誰も戦って無いし、とっくに日は暮れてたけど。
今は帰り道。
郁ちゃんと手を繋いで、月下のロンドンを…家へ、家へ。
シクハックの皆は、まだ酒盛り中。…というか、廣井さんが…酒盛り中。ついでにイライザさんも。
志麻さんは後始末(廣井さんの)の為、しょうが無く居残り。…下手すれば朝までやってそう。
彼とメアリさん、レベッカさんも、居残り。
「まだ呑み比べの勝負が付いてない」そうで。それに廣井さんが参戦しちゃったもんだから、もう無茶苦茶。
あの人、タダ酒だとザルなんだね。あの細い身体の何処に入るんだろ。もう、身体の体積以上に呑んでた気がする。
フロアには所々に数十本以上のボトルがゴロゴロと。
皆、良く呑むなぁ。
わたし達はギブアップ。明日、郁ちゃんの最後のレッスンがあるので。
お店を出て来る時、彼にしがみつかれた。
「ヒト(ヒック)リー!俺を忘れないでくれよー!(ヒック)というか、俺も早々に日本に行く!今決めた!そうだ、暫く日本でツアー回ろう!1年くらい!」
…あの、ホントにそれやったら大問題になると思うけど…今度は貴方が「日本のアーティストですか?」って言われるよ?奥さんと子供に怒られるよ?
しかし…あれだけ猛々しいギター弾く人が、びっくりする位女々しいんだね。
…でも…また明日からツアー始まるって言ってたけど…大丈夫なのかな…
取り敢えず、キックダウンはO2アリーナらしいから、近くで良いけど…いや、問題はそこじゃ無いような。
…まあ、彼もプロ中のプロだもんね。ステージ上で吐いても弾き続けるよね。
「一緒に弾いてくれよ〜」って頼まれたけど、辞退しました。わたしはまだ「そこ」に上がれる存在じゃ無い。
いずれ、一緒に演ろう。その時まで、「あいつらと一緒なら納得」って言わせる存在になってるから。
火照った身体に冬の夜風が気持ち良い。
隣を歩く郁ちゃんも、まだ頰が紅潮してるみたい。
「…何か、あっという間ね」
郁ちゃんが話し掛けてくる。「何が」が抜けてるけど、ちゃんと理解出来る。
「…そうですね」
それだけを答える。わたしも「何が」が抜けてるけど、郁ちゃんなら解ってくれる。
「…楽しかったね。…色々あったけど。………色々あったから」
「…そうですね」
ぼんやりと夜空を見上げる。
「私ね?こっちに来るまで…もうバンド辞めなきゃかな、って思ってたんだ」
「………」
「でもね。ひとりちゃんとは…離れたく無かった。ソコソコの私が幾ら頑張っても…結局「ソコソコ」にしか成れないと思ってた。そんな私が繋がってられる「特別な貴女」を、離したく無かったの。貴女の「一等星」の輝きに消されるような弱い光しかない私が、貴女と一緒に居られる事で私も「特別」だって錯覚したかったの」
「郁ちゃんは…わたしにとって、いつも「特別」ですよ」
郁ちゃんは、寒々しい澄んだ夜空を見上げる。口から漏れる白い吐息が、その消え入りそうな言葉と一緒に夜空に霧散する。
「…ありがと。でもね、私は私に期待出来なかった。ひとりちゃんが私の中に植えてくれた「種」が芽吹いても、それを自分で育てられる術が見付からなかった。…正直、何をどう頑張って良いのか判らなかったの。ああ…所詮、人に取り繕うだけの人生を歩んで来たんだなぁって」
見上げていた瞳を、わたしに向ける。その綺麗な若草色の中に、わたしを閉じ込める。
「周りに合わせるって、自分が無いのと同じ。私は「誰かの中」にしか存在してない…外見だけの存在。誰も見て無ければ、私は居ないのと…同じ。自分を確立させるものが、何も無い。ひとりちゃんみたいに…持って無かったの。そんなの…「自分の芽を育てる」って言っても、出来る訳無いのにね」
若草色の輪郭が、少しだけボヤケてくる。潤んだその瞳は…けれども、雫を零す事は無く。
「だからね。ひとりちゃんがこっちに来ようか決断する時、私も無理矢理にでも一緒に来ようって…ひとりちゃんの背中を押すようにしちゃったの。こっちに強引に着いて来たのは…逃げて来た気持ちも強いけど…でも、自分の背中も押したかった。「これが最後のチャンスかも」って思って」
今まで聞いてもはぐらかされて来た郁ちゃんの、本当の気持ち。郁ちゃんもそこまで追い詰められてたんだね。
「ほら、私結構…かなりかな…SNS巡回してるじゃない?エゴサ掛けると、まぁ…出て来るのよ。私への批判。当然よね。私だけ技術もモチベも見当たらない」
「そ、そんな事無いです!郁ちゃんは腕も相当上がって来てたし、思いだって強いって、メンバーは皆知ってます!」
「うん…でも、外から見ると、やっぱりそうは見えないみたいだからね」
郁ちゃんが批判を受けるのは、郁ちゃん以上にわたしが許せない。それで折れてしまう郁ちゃんも、ただ…悲しい。………でも、それって…
俯いていた顔を上げ、郁ちゃんを見詰める。
「…それって…わたし………」
「そう、ひとりちゃんと同じ。あの時ひとりちゃんが折れちゃったのと同じ、私も折れかけてたの。最初こっちに来た時、まるで逃避行みたいだな…って思った。ひとりちゃんの気持ちなんか考えず、二人でこのまま何処かへ消えちゃおうか…って。それくらい「貴女だけが居れば良い」って思ってたのよ?」
「…郁ちゃん」
やっぱり、貴女は「わたしの最後の時」まで一緒に居て欲しい人。
そんな郁ちゃんを見詰めてると、不意に怒った顔を向けられる。
「でもね?ひとりちゃん。やっぱり貴女は…何処に行っても周りが放って置いてくれないの。その「光に」皆集まっちゃうの。例え貴女が俯いててもね。それ位貴女の光は眩し過ぎるの。…迷惑な位。お陰で私も絆されちゃうの。何かしなきゃって。とにかく足掻かなきゃ…って。自分が幾ら取るに足らない存在だとしても…何とか自分の中に、「何か」を詰め込まなきゃって」
怒った顔を緩め、再び夜空を見上げる郁ちゃん。
「ずっと考えて、考えて…何を詰め込んだら良いのかって…考えて。そして、ある時気付いたの。「あ、私の中に芽は出てるじゃないか」って。ひとりちゃんが植えて、育ててくれた芽が。それを育てなきゃって気付いて…ある日、メアに出逢った」
ひとりちゃん、覚えてる?って聞かれる。
廣井さんが『チャンスの神様は、前髪しかねーんだわ』って言ってた事…って。
うん、わたしもその言葉に助けられたよ。
「メアのお仕事を聞いた時、この人にしがみつかないと、私は…私の「芽」は…もう、駄目になるって…そう思ったの。そしてそれは、私の「最後の賭け」だった。…後はもうガムシャラ!」
あはは…と、照れるように笑う郁ちゃん。
郁ちゃんは、その賭けに勝ったんだ。
「それから、やっと…やっと、自分の中の成長を感じられたの。ひとりちゃんが植えて見守ってくれた芽を、メアとレヴィのお陰で成長させる事が出来る…って感じられた。これで、ひとりちゃんの横に立つ権利を掴む事が出来た」
嬉しかった…と、ポツリと零す。
やっとわたしに全てを伝える事が出来たからか、とても爽やかな表情で。その空に浮かぶ月を見上げて。
「ひとりちゃん」
「あ、はい」
「…月が、綺麗ですね」
唐突に、そんな言葉を。
その言葉の返しは知ってるよ。…でも、一般的な「死んでもいいわ」じゃなく
「…月は、ずっと綺麗でしたよ」
月では無く、郁ちゃんを見詰めて答える。
郁ちゃんの瞳から、つうっと一筋の雫。ゆっくりと月からわたしにその若草色を移し
「…ありがと。…わたしも大好きよ。昔から。会った頃から」
お互いの唇を寄せ合う。
郁ちゃんの腕が私の背中に回る。わたしも郁ちゃんの背中に腕を回す。
今だけはお互いのギグバッグが煩わしい。
「一緒に居てね」
「離しません」
お互い、まだアンダーグラウンドに居る。
そこから這い上がれるかは…正直、まだ判らない。
でも…翼を合わせ、それを拡げて…懸命に羽ばたいたら…いつか、狭くて暗い場所から抜け出せるかな。歪なわたし達を、世界は愛してくれるかな。
ーーーーーーーーーー
翌日
メア達のアパルトメント。
「う〜、頭痛い…」
「レヴィ、しゃっきりして!…あいたた…」
メアとレヴィ、二人共まるでゾンビのようでした。
昨晩どんだけ呑んだのやら。
レヴィはソファにぐったりと凭れ掛かり、そこにメアも折り重なるように。
「メア、レヴィ…今日はレッスンやめ…」
「「ダメ!…あいたた…」」
ユニゾンで否定され、ユニゾンで撃沈。
これ…無理じゃない?
「イク…お願いがるの…」
「…なに?」
「コーヒー淹れて…死ぬ程濃いヤツ」
「…はいはい」
キッチンに向かい、コーヒーメーカーをセット。
普段の二倍以上の豆を投入。多分このコーヒー、普段なら怒り出すレベル。
…私は紅茶にしよ。
「…出来たわよ」
「ありがと………くあぁっ!」
コーヒーを一口啜り、悶絶するメア。…メアのそんな声、初めて聞いたよ。
「おぅ…メアのレアな声聞けたな………ぐああっ!!!」
レヴィ?声がお下品よ?
その横で、お澄まし顔で紅茶を頂く私。
小一時間程二人の痴態を観察しながら休憩(まだ何もしてないんだけど)。
「…ふぅぅ…やっぱり酔い覚ましはコレね」
「ああ…間違い無い」
まったく、もう…
「はい、これ飲んで」
二人が倒れてた間、暇だったのでキッチンであるモノを作っていた。
「あ、良い香り…」
「おお!…オニオンスープか!」
二人共スプーンを持ち、それを掬い一口。
「…ああ…美味しい………今、どんな高級な料理よりも、コレ…美味しい…」
「ああ…コレは良いな…。星5つ上げたいよ…」
…星は要らないから、早く復活して。
更に三十分後。
「イクぅ〜、ありがと!やっと復活したわ!」
「ああ、美味かった!これならイクは誰でも虜に出来るな!」
…もう、虜にさせてますが。桃色の子を。
と言う訳で、やっと最後のレッスンスタート。
「でもね…もう大体仕込んだから、後は余り思い付かないのよね…」
「あたしの方も、教えた事はイク…かなり出来て来てるから…ねぇ」
何よ何よ!ここに来て弟子を放り出すって言うの!?
「私はまだまだだよ!?まだ教わりたい事も、聞きたい事も、イッパイあるのに!」
憤慨する私に、メアが諭すように伝えてくれる。
「イク。まだまだなのは当たり前。私とレヴィでしっかり教えてたって、まだ1年ちょっとよ。…でもね、イク。少なくとも…今、貴女は何処に出しても恥ずかしく無いレベルになってるわ。良いイク?「私達が」恥ずかしく無い…って言ってるレベル…判る?」
それは…商業的に見ても、充分評価を受けられるレベル。
「そうさイク。あたし達が「恥ずかしい」レベルって、もう金を取ってワンマン演ってるヤツでも「恥ずかしい」と感じる事のある、そんなレベルさ。イクは、それを超えてるんだ。はっきり言ってイクの成長速度は、尋常じゃ無いよ」
…嬉しい。嬉しいな。二人共、そんな事を思っててくれたんだ。
「うん!ありがとう!」
二人から優しい笑みを向けられる。
「と言う訳でぇー、遊びに行きましょう!」
「…えぇ………」
「良い考えだ!姉妹揃って街に繰り出そう!」
「………」
貴女達…さっき迄死にかけてたわよね。どうしてそんなパワフルで居られるの!?
レヴィが車の鍵を取り出す。………え!?
「ちょちょちょっと待って、レヴィが運転!?」
「…そうだけど」
「まだお酒残ってるでしょ!?…私まだ死にたく無い!」
「ウチの妹は大概失礼だな…まぁ、でも…確かに」
イギリスの法律がどうなのか知らないけど…でも先刻までお酒で倒れてた人の車に乗りたく無い!
「…それじゃ、アレね」
「どれさ」
「ア•レ。…今日、休みでしょ?レヴィ、電話してみて」
「…おお、アレか!オーケィ、電話してみる」
アレってなんだろ。日本で言う所の、代行車みたいなの?それともタクシー?…でも、「休み」って言ってたし…
そんな私の疑問も構わず、電話を掛けるレヴィ。…誰に?
「おぉ、出たね。ハロー。ちょっと来てくんない?そう、うん。出掛けたいんだけど、お酒残っててね。ウチのお姫様に怒られるから運転出来ないんだ。…ああ、頼むよ。…解ったって。ご飯奢るから!」
電話を切る。
「何だって?」
メアが問い掛ける。
「あたしに電話させるのはズルいってさ」
「あの子…レヴィには弱いからね。だから電話させたのにね」
フフ…と二人して笑い合う。
え…一体誰が来るの!?
二十分程で、外からクラクションの音。誰かが来たみたい。
「来た来た!」
三人でコートを羽織って外に出て行く。停まっていたのは青いハッチバック車。
「ありがとー!」
メアがご機嫌で挨拶。対する相手は不機嫌な顰め面。
…あれ?何処かで会った…な。
「おーサラ、ありがとな!来てくれて助かるよ!」
「レベッカ。貴女が呼んだんでしょ!」
あ、そうだ!美容室のオーナーさん!…え!?あんな凄い所の人を足代わり!?
…メア。…レヴィ。…貴女達。
「サラはレヴィが声を掛けると、必ず来てくれるのよねぇ」
「あたしにはメアが居るから惚れるなよ!勿論イクにもだ!」
二人にからかわれてサラさん溜息。
「サラさん、ご免なさい!二人が我儘言っちゃって!」
「あぁ、久し振りだね。良いんだよ。いつもの事」
最早諦めているらしい。こんなのがいつもの事…って。
皆して車に乗り込む。
「…で、何処行くの?」とサラさん。助手席に乗ったレヴィに聞く。
さっきの皆の言い方からすると、この席順…意図的だよね。
後席の、私の左に座ったメアがひと言。
「街〜!」
「…はいはい、街ね」
車はつつが無く出発するのでした。
それは、とても楽しいひと時で。
皆でショップを冷やかして(何処も有名ブランドショップよ!)、凄く歴史ある伝統的なカフェでお茶をして、観光地周りをして。
皆笑顔で。
笑い合って。
凄く楽しくて。
素敵な「仲間」を…「家族」を感じられて。
ちょっとでも、「帰りたくないなぁ」と思っちゃって。
でも…私の「ホントの居場所」は、やっぱり此処じゃ無くて…
4人で上がる、あの「ステージの上」で…
最後、サラさんのお店でちょっとだけカットして貰った(お休みだったのに、ありがとう!)。
今はメア達の家の前。
「メア、レヴィ…本当に今までありがとう」
ついにお別れの時。
メアとレヴィは、明日からまたツアーの日々。今日が本当に…最後の日。
目の前が滲んでくる。
決してもう会えない訳じゃ無いけど…
けど…
「別れ」って、こんなにも悲しいんだ…
「ほぉら、泣き虫イク。泣かないの」
ふわりとメアに抱き締められる。そう言ってるメアも、触れ合った頬から温かく濡れたものが伝わって来る。
「イク。これは別れじゃないんだ。これは…始まりだ」
二人同時に抱えるように、レヴィにも抱き締められる。
レヴィからも温かい雫。
「あたし達がまた巡り合う為の、始まりなんたよ」
作詞もしてるレヴィの、とても詩的な表現。
「うん…うん…、メア、レヴィ。二人のお姉ちゃん。…愛してる。…いつまでも。何処に居ても」
「…私も。いつでも。どこでも」
「ああ。イク…あたし達の妹」
とても名残惜しいけど、もう帰らなくちゃ…
メアとレヴィの頬にキスをする。親愛のキス。
二人は私のおでこにキスを落としてくれる。
「じゃ、これね」
身体を離したメアから、ショッパーバッグを貰う。
作って貰ったドレス。
「ありがとう。次にこれを着るのは、私達が有名になって…何処かのパーティー会場ね」
「ああ、待ってる。そんな先の事じゃ無い気がするよ。…それまで立ち止まるなよ」
「うん!…じゃあ…行くね」
二人から離れて行く。数歩歩いた所で、背中からメアの慟哭が聞こえる。
ピタリと足が止まる。
後ろを振り向こうとした所で…
「イク!立ち止まるな!」
そう、レヴィの叫び声。
「進んで行け!」
レヴィの声も震えて。
…そうだね。うん。私…振り向かないよ。
グッと拳を握り締める。短くしてある爪が、掌に食い込む位。
………ふぅ
無理矢理にでも心を落ち着け、また、歩みだす。
左腕を上げ、親指を立てて。二人に見えるように。…私の決意を、見せるように。
歩き出す。
もう、振り向かない。
前しか見ない。
ありがとう。お姉ちゃん達。
次に会った時、胸を張っていられる妹を目指して。
歩き出す。歩き出す。
後ろから、いつまでもメアの慟哭が聞こえていた。
私をそんなに愛してくれて、ありがとう。
ちょっと…行ってくるね。
また、ね。
ーーーーーーーーーー
お昼前、郁ちゃんを送り出して…さて、何しよう。
今日はお昼の用意、要らないよ…って言った手前、自分で何かを確保しなければ。
わたしだって、幾らか成長したんだ!
お、お昼だって、自分で何とか出来るんだ!
…こんな決意してる時点で、成長してないのか…
ライブハウスは昨日で最終だったから、もう行く必要は無いし…というか、今日はお休みだろう。
廣井お姉さん達、帰ってこれたのかな…
…あのままあそこで倒れてるのが、ありありと想像出来る。
そもそもメアリさん達も帰れたのかな…
え…、今日の郁ちゃんのレッスン、やれるの!?
最後、また彼と呑み比べしてたよね!?
…まあレッスン中止なら連絡あるか。
…取り敢えず、ギター…弾こ。
結局わたし、これしか無い。自分でも悲しいけど。
部屋に戻ってギターを抱えた所で、玄関の呼び出しベルが鳴る。
…え、誰?誰誰!?
お姉さん達かな…
様子を伺うようにじっとして居ると…またベルが鳴る。
今度はドアをドンドンと叩く音まで。
あばばばば!郁ちゃん居ない時に誰か来ないで!
しょうが無く、窓をそおっと覗く。
そこには…グレーの…ステーションワゴン?
…え、ホントに誰なの?
こっちにも訪問販売とか押し売りとかあるのかな!?
迂闊に玄関を出てしまうと、いきなり網で捕らえられて…外国に売られてしまう!?
せめて行き先は贅沢だけど日本…もしくはまだアジアの何処かで!せめて日本に近付いて!
部屋で縮こまってブルブル震えていると、呼び声が…
「おーい!ヒトリ!居るんだろ!出てこいよ!」
あ、はい。
…わたしの名前を呼ぶって事は…知り合い?
でも…最近わたしも知名度があがったからなー。いきなりファンが押し掛けて…でへへ。
爆にゅ「おいヒトリ!俺だよ!」………何か聞いた声。けど、すっごい酒焼けの声なんだけど。
仕方無く、渋々階段を降りて玄関に向かう。
「だ、誰です…か?」
「おー、居た!俺だよ!とにかく開けてくれ!」
…あ!
ガチャリとカギを開けると、勢い良くドアが開かれる。…危うくドアに頭をぶつけそうになる。
外国って、内開きなんだよね…
「おー!居た居た!良し、行くぞ!」
立っていたのはO2アリーナに居る筈の彼。…なんで此処に!?
「え…今日、コンサートじゃ…え、な、な、な」
「だからこれから行くんだろ!早くしろ!」
え、な、ちょ!
「しゅ、出演は断った筈じゃ…」
そこでかれはようやく「あ、そっか」と気が付く。
「そうじゃ無いんだ。まぁ、それは凄く残念なんだけどな。…ただ、俺のステージをどうしても見せておきたくてな」
酒焼けの声で、ニヤリと笑う。そして不意に真剣な顔を向けて。
「…頼む。俺の姿を見ておいてくれ。ヒトリに見て貰いたいんだ。俺を覚えておいてくれ。俺のパフォーマンスを見て、何かを感じてくれ」
きっとこれは、彼なりの
「…わ、わかりました。見させて下さい!あ…でも、チケットが…」
多分ソールドアウトになってるだろう。それを聞いて、彼はフン、と鼻を鳴らす。
「誰のコンサートだと?…「俺の」だぜ?どうとでもなる。一番近い所で見てくれ」
「早くしてくれ!」と叫ぶマネジャーに促され、一緒に車で向かうのでした。
☆
連れて来られたO2アリーナ。
お、大きいぃ!確か…収容2万人くらいだっけ!?こんなトコで演る彼は、やっぱりスーパースターだ。
「もしかして、ビビッてるか?」
「そ、それはそうですよ!わたしが演る訳じゃ無いけど…まだ想像も、全然出来ないけど…」
そんなわたしの言葉に、彼は「何言ってるんだ?」て顔をして。
「お前もすぐに味わう事になるぜ。覚悟しとけよ。…その為にも、今日どうしても見せたかったんだ。お前が日本に帰る前に、な。それに…」
わたしの方を向いて。その、ターコイズ色の瞳を向けて。
「此処じゃ無くても良い。何処でも良い。いつか…何処かで…一緒に演るぞ」
わたしに決意させるその瞳。選択肢なんて一つしか無くて。
「…はい!」
そう、答えるしか無くて。そう答えたくて。
裏口に車を滑り込ませる。
一緒に楽屋まで歩いて行く。スタッフの数が尋常じゃ無い。何十人…いや、それ以上!?
楽屋に入るとすぐさま罵声一発。
「やっと来やがった!遅えぞ!お前抜きで始める所だったぞ!」
メンバーから愛ある(?)苦言が飛んで来る。
うわぁ…映像で見たことある人ばかり。当たり前だけど。彼がいつも余りにも近かったから、錯覚してたよ…
メンバー全員を見て、わたしの緊張もマックス!震えが止まらない!
もう何年も何年も一緒に演ってるメンバー。かなり気兼ねが無さそうなんだけど…
「すまねぇな。親友を迎えに行ってたんだよ」
言いながら、わたしをズイ、とメンバーの前に出す。え…だだだ、駄目です!ヤバいヤバい!「コイツがお前の親友!?…コロスぞ!」とか言われる!
皆の前でギュッと目を瞑り、ひたすら遣り過そうとしていると…肩にポンと手を置かれて、ビクッと飛び跳ねる。
「…そうか、お前がコイツの親友になってくれた「ヒトリ•ゴトウ」か。宜しくな。俺はドラムをやってる。そしてコイツ等が…」
恐る恐る目を開くと、メンバー紹介してくれる。あ、良い人…やっぱりドラムって、面倒見が良い人がやるのかなぁ…
「しかし…コイツが「親友が出来た!」なんて嬉しそうに言うから、どんなゴツい奴かと思ったら…こんなにキュートな女の子だとはね。…お前、嫁さん大丈夫なの?」
「バカ!俺とヒトリはそんなんじゃねぇよ!俺達は「三銃士」なんだ!学の無ぇお前等に説明するとな…」
「知ってるよ!…じゃあもう一人は?」
「あの「99club」のケニーだ」
「…ああ、あの老舗クラブのな。…そうか、お前…昔あそこでバイトしてたもんな。…で、三銃士ならダルタニヤンも居るのか?」
「おう勿論!このヒトリのパートナーの「イクヨ•キタ」だ。イクヨはあの「ナイト・メア」にみっちり教え込まれたギターボーカルだ」
「…て事は、レベッカも関わってるな。凄えな!アイツ等が人に教えるのなんて想像つかねぇ!」
「イクヨの歌は凄えぞ。魂抜かれちまう位に。何でも「セイレーン」なんて渾名が付いた位で…」
余りに早口で英語を拾いきれないよ。でも、何か郁ちゃんを褒めてくれてるみたい。えへへ…
そんな事を考えてると、ガシリと肩を掴まれる。
ひゃぁ!
「ヒトリ。どうやらお前は凄いヤツらしいな。コイツに「親友」何て言わせる位だ。お前の腕も大したモンなんだろ?」
「あ、あのあの…え、っと…」
戸惑って言い淀んでいると、彼が援護してくれる。
「ああ!ヒトリは凄えよ!若手の中で、俺が唯一認めて…唯一恐れるギタリストだ」
な、何か凄い事言われてるよ…溶けそう…
「是非お前のギターを聞きたいけど…残念ながら時間だ。ステージ横でスマンが、聴いていってくれ」
ドラムの彼にそう言われる。とても柔和な表情で。
スタッフが「時間です!」と言いに来る。
「…それじゃあ、行くか!」
彼の号令に、メンバー全員の表情が変わる。
これから闘いに行くような、最高の楽しみを味わいに行くような…そんな表情で。
「ヒトリ、見てろよ」
静かな口振りで、そんな言葉をわたしに残して。
彼等の演奏は…凄まじいものだった。
舞台袖で見させて貰ったけど、勢いが、熱気が、興奮が…凄い!
チラリと見える観客も、熱狂の渦。皆が一体となって、この場を作っている。まるで…一つの生き物のようで。
派手な演出なんて無い。
突飛な行動なんてしない。
それでも…
自然と涙が流れてくる。ああ…良いな。やっぱり…良いな。歌って…演奏って…ステージって…最高だよ。
磨き上げた技術に、完璧に重ね合わせる音。何より、メンバー全員が、それを楽しんでる。
ボーカルも、一つの楽器なんだって解る。彼等はフォーピースだけど、「5つの音」が一体となって、身体を突き抜ける。揺さぶられる。駆け抜ける。
彼のギターソロが始まる。
うわ!ライブハウスで聴いてたのは、「遊び」だったって解る。それくらい凄まじいソロ!
誰も付いてこれないようなリフ!このまま何処かに飛んで行ってしまうような…
でも、他のメンバーがそうはさせない。彼を掴まえて、引き戻す。そしてまた渾然一体に…
これが「バンド」だ!
これこそが「完成形」だ!
そう思わずにはいられない。
…これを、追い掛けられるのか…追い付けるのか…追い抜けるのか…
………
いや、やってやる!
必ず、やってやる!
向こうからオファーしてくるような、そんな音を…鳴らし続けてやる!
約2時間、そんな事を思いながら音に身を委ねた。
☆
「ヒトリ。良い刺激になったか?」
ギターを下ろしながら、彼に問われる。もう汗だくだ。見ていただけのわたしも、汗だく。
身体が燃えている。
かつて無い程。
自分の中の、この青い炎を消さないように。
保ち続けて、それを燃料に。
「はい!ありがとうございます!」
早く弾きたい。
あの4人で…ステージの上で…この身体を燃やし尽くしたい。
帰ろう。
早く。
待たせてるから。
ステージに上がる為に。
皆…待ってるから。
「…いつか…一緒に演らせて下さい!」
「…ああ!待ってる!」
彼と拳をぶつけ合う。同じバングルが、キラリと光る。
挨拶はこれで充分。
わたし達は、ロックンローラーだから。
常に転がって。
何処に辿り着くか、誰も判らないけど。
辿り着かないかもしれないけど。
でも…
転がり続けなきゃ、何処にも行けない。
転がってなければ、苔が生えて、錆びついて、止まってしまったら…死んでしまう。
転がった先で死んでしまったら…それはしょうが無い。
止まって死ぬのは…御免被る。
転がれ!
常に転がれ!
行き着く先が地獄だとしても、転がって行け!
そのうち飛べるさ!
転がる岩に浮力を与えるのは、「熱」という翼だ!
ーーーーーーーーーー
マネジャーさんに送って貰って、家に帰る。
彼はまだ「ヒトリ〜、帰るなよ〜!」なんて言ってた。
一緒に車に乗り込もうとしてたけど、ドラムスさんに「バカヤロウ!明日の準備もあるだろうが!」なんて怒られてた。
メンバー全員にグータッチさせて貰って、「いつか一緒に演ろうぜ!」なんて嬉しい言葉を貰った。
本当に、掛け替えの無い出会い。
彼等を追い掛け、追い付かないと。
同じステージに立つ為に。
胸の中の炎を確認する。
…よし、まだ消えて無い!当分は消えない。消さない。
…ちなみに、後で聞いた話。
当日と翌日じゃあ、彼のテンションが全然違ったらしい。
当日のテンションは、あの「伝説の野外ライブ」に匹敵するものだったらしい。
翌日には、すっかり「借りてきた猫」のようだったとか。
………何で?
お酒が残ってたからかな?…判らない。
まあ良い。
マネジャーさんにお礼を言い。家に入る。
まだ郁ちゃん帰ってきてないのか。
…それなら。
自室に入り、「ケイティ」を掴む。
この「熱」を少しでも消費してあげないと、身体が爆発しそうだ。
生音のまま、一心不乱に掻き鳴らす。瞳に炎を宿したまま。
あぁ…灼けそうだ。燃えてしまいそうだ。
熱を…熱を…熱を…!………もっと!
ギャリギャリと指先から熱を発散するように、ひたすらケイティにぶつける。
「ひとりちゃーん、居るの?ただいまー」
誰かの声がする。
甘い声。わたしの大好きな声。
でモ、指は止メナイ。…トメラレナイ。
トメレバシンデシマウ!
「…ひとりちゃん…ただいま…!どうしたの!?」
アア、イクチャン。ワタシハシンジャウカラトメレナインダヨ…
「ひとりちゃん!ちょっと止めて!ストップ!」
腕を掴まれる。
ギターヲトメラレル。
「ひとりちゃん!?なんかオカシイわ!」
トメタ
トメタネ
ネツガ…ヌケナイ…ヨ
ギターを置き、目の前の美味しそうな女の子を見詰める。
「…ひっ!」
オイシソウ…イイカナ…イイヨネ!
その美味を味わうべく、獲物をベッドに押し倒す。
「キャアッ!」
ソノヒメイモオイシソウ
剥ぎ取る勢いで、服を剥く。
「ちょっ!まっ!」
ナニカイッテルケド…イイヨネ
至近距離で瞳が合う。
「…うん、そっか………おいで」
手を広げる獲物に、齧り付いた。
ーーーーーーーーーー
「ひとりちゃん…いい加減、土下座やめて…」
息も絶え絶え、ベッドに横たわり疲労困憊の郁ちゃんの前で渾身の土下座。
「こ、ここここんなわたしなんてこのまま地面に埋まってマントルで焼かれてしまったほうが世の中の…郁ちゃんの為になります!最後に迷惑掛けて済みませんでした!それでは…」
「ひとりちゃん」
「あ、はい…」
郁ちゃんのロートーンボイスにはどうやっても敵わない…
「…迷惑掛けたなんて思ってるなら…お風呂、連れてって」
「あ…はい」
どうやって連れて行くか考え倦ねていると。
「…お姫様抱っこ」
「はいっ!」
腕と足をプルプルさせながら、階段を降りて…お風呂場へ。
「身体洗って」
「は、はいっ!」
元々二人共何も身に着けて無かったので、そのまま洗い場へ。
「頭も洗って…優しく」
「…はぃぃ」
身体を起こしている体力も奪ってしまったようで、後ろで膝立ちするわたしに身体を預ける。湯船は、郁ちゃんが2階に上がって来る前にお湯を貯めてくれたらしい。…感謝。
丁寧にトリートメントもさせて頂く。
身体も隅から隅まで洗わせて頂く。
郁ちゃん。「はあっ…」とか言わないで…わたしが悪いんですけど。
その後、丁重に湯船へ。
わたしが後ろ。
郁ちゃんがわたしの足の間に。
「ふぅぅ…生き返る…」
「…ごめん、なさい…」
タオルを頭に巻いた郁ちゃんの横から、死にそうな声を出す。
…ん?、何故か郁ちゃんの身体が震えてる。
「…ふ、ふ…あはははは!」
…何故笑ってらっしゃるの!?
「あははは!…良いの、解ってたから。…何か、熱が抜けなかったのよね」
「…おっしゃる通りで…」
やっぱり…郁ちゃんには敵わない…
「彼」のライブにつれていかれた事、そこでの交流、そして…大き過ぎる熱を貰ってしまった事を…ひと通り説明した。
「そう…それはひとりちゃんなら…熱、溜まっちゃうわね」
「だ…だからと言って郁ちゃんをメチャメチャにして良い理由には…なりません…」
郁ちゃんのお腹辺りを抱え込みながら、深く反省する。
…ああ、良い匂い…反省して無いぞ、わたし…
「そっかぁ…メチャメチャにされちゃったんだ、私」
わたしの方に振り向き、イタズラっぽく微笑む。
「え…いえ、メチャメチャというか…グチャグチャというか…」
「…恥ずかしい擬音はヤメて」
「す、すみません…」
…目が怖い…
「…でも、帰らなくちゃって、はっきり思えました」
「…そっ、か。うん、そうだね。…帰ろう」
「はい、帰りましょう。待っててくれる人が…居るから」
帰ろう。
虹夏ちゃんと、リョウさんの元へ。
皆の元へ。
あの、ステージの上へ。
再び、スタートを切る為に。
郁ちゃんの右肩の「翼」にキスを落とす。
二人で羽ばたいて、帰ろう。