「えーと、明後日の…何時だっけ?」
「え?…虹夏が把握してるんじゃないの?」
「…ヲイ」
喜多ちゃんからの帰還連絡が入った。
『◯◯日の夜8時発なので、そちらには翌翌日の夕方過ぎに着くかと思います』
と。
いよいよ…いよいよだ!
とうとう帰って来る!
二人共、覚悟の為か頑なにプライベートの連絡を寄越さなかった。
…まあ、ぼっちちゃんは、ね。
でも…あの「喋りたがり」の喜多ちゃんがまるで連絡を寄越さなかったのは、違和感すらある。
それどころじゃ無かったのか…意識が変化したのか…それは判らないけど。
でも、喜多ちゃんが何かの覚悟を決めてロンドンに行ったのは間違い無いから。
まだこっちに居た頃。ある日のスターリーで、あたし達のライブ終わり。
その日は結束バンドのワンマンだった。
お客さんも捌けて、さて上がろうかと言う所で…お姉ちゃんに呼び止められた。
「…虹夏…アレ」
「…どれ?」
お姉ちゃんは立てた親指をトイレの扉に向けていた。
「トイレが…何?」
「…喜多が入ってる」
………何言ってるの?この人。
「そりゃあ喜多ちゃんだってトイレ入るでしょ?ロボットじゃ無いんだからさ」
まさかお姉ちゃん…ヘンな趣味に目覚めてないよね…
訝しげな目をお姉ちゃんに向けると、ポソリとひと言。
「…中から啜り泣く声が聞こえる」
「………え」
「だから…泣いてんだよ。喜多」
「え…なんで!?」
だって…ライブだって盛り上がってたし、お客さんの反応も上々。泣く事なんて、感極まったとか…そんな事?
でもそれならわざわざトイレなんかで泣かないし…あの子は大っぴらに感情を表す子だから。
それじゃ、何で?
「お姉ちゃん。喜多ちゃんに何があったか知ってる?」
「いや…そう言えば、トイレ入る前に客と話してた…ような。何か楽しげな雰囲気でも無かったみたいだが」
「…それじゃん!絶対それじゃん!何か言われたんだよ、絶対!」
このまま放置しちゃイケナイ!曲がりなりにもあたしはリーダーなんだ!
そおっとトイレに近付く。耳を当てると…グズグズ言う音。
居ても立っても居られず、コンコンとドアをノック。
「…喜多ちゃん?入ってる?」
「……………入ってます」
鼻声で答える喜多ちゃん。
「何かお腹痛いとか?ダイジョブ?」
「……………大丈夫なので…放っておいて…下さい」
本人に拒否されちゃあ、手の出しようが無いよ。あたし無力だ…
「何か辛いなら、直ぐに言ってね」
それだけを言って、ドアから離れる。離れ際「…ありがとうございます…」とだけ返ってきた。
うん、今はこれ以上無理だな。
フロアに戻る。お姉ちゃんが心配そうな顔で寄って来る。
「どうだ」
「うーん、まだ取り付く島も無い感じ。もうちょっとだけ時間置いてみるよ」
「…そうか。店の閉め時間は気にするなよ」
お姉ちゃんはそれだけ言って、カウンターに開いたパソコンの前へ。
…何だかんだ優しいんだから。
でも…どうするか。ちょっとリョウに聞いてみるか…なんて考えてた時。
「あっあの!…あ、すみません…」
ボリュームを間違えたぼっちちゃんに声を掛けられる。
「ん?どしたぼっちちゃん」
「あ、いえ…喜多ちゃん見ませんでしたか?」
やっぱり見えないと心配するよね。
「どうしたの?」
そこへリョウもやって来る。ぼっちちゃんの声はフロアに木霊したらしい。
…黙ってても得は無いよね。
「実はね…」
今の状況を説明する。それを聞いて、ぼっちちゃんの顔が見る見る青褪めていく。
「な、あ、え…な、何で!?何かわたしがマズい事を…」
「あ〜違う違う!多分、お客さんと何かあったんじゃないかな…」
あたしの言葉を聞いて、リョウがフム、とひと言。
「さっきの…本当だったんだ」
「え、リョウどう言う事?」
リョウ曰く、他のお客さんから「喜多ちゃん何かお客さんに責められてたっぽいよ」と聞かされたらしい。
それで真意を尋ねようど喜多ちゃんを探してたら、今の事態だったと。
「じょ、冗談じゃ無いですっ!」
うおぅ!…ぼっちちゃん、憤慨するのは解るけど…すぐ横で声のボリューム、マックスにしないで…
「そ、その人にわたし達の、喜多ちゃんの何が解るんですか!」
「わかった!わかったから!だから落ち着こ?ね?」
まだ何を言われたかも判らないし。
「大体何言われたか解るけど」
…リョウ、黙って。
とにかくぼっちちゃん…と横を見るともう居ない。あれ?と周りを見ると、その姿はトイレの前に。ちょちょちょ!ぼっちちゃん待って!喜多ちゃんは今、無理だから!
だからもう少し待って!
「き、喜多ちゃん!あ、開けてください!」
そんなあたしの願いも虚しく、ぼっちちゃんはドアに向かって全力で声を掛けていた。
当然無反応。
「き、喜多ちゃんが悲しんでると、喜多ちゃん以上にわたしが悲しいんです!」
流石作詞担当大臣。言う事が微妙にクサい。
でも、まだ駄目だろうなぁと思ってたら…ロックがカチャリと。
お?と思う間もなく、半開きになったドアからぼっちちゃんが吸い込まれていく。
その光景から、大型魚が小魚を吸い込むオーチューブ映像を思い出していた。
「あ、ちょっ…あうっ!」
…お前ら、トイレの中で何やってんだよ…
二十分後
「すみませんでした…」
しおらしく項垂れる喜多ちゃんと、首元に赤い花を咲かせぐったりしているぼっちちゃん。…何されたのさ。
並べた椅子に寝かされてるぼっちちゃんを横目にリョウが聞く。
「郁代、客から何言われたの」
「ちょっとリョウ!そんなストレートに…」
「いえ、良いんです。私が弱いのがいけないので…。私、自分でも頑張ってるつもりでした。徐々に上達してるつもりだった。でも、お客さんからはそうは見えない。まだ全然足りないんです」
「そんな事は無いよ…」
「いや、虹夏。客の反応は、ある意味正解」
「ちょっと!リョウ!?」
いきなり何キツい事言ってるの!?今の喜多ちゃんにそんなネガティブな事言っちゃ…
「…ですよね。お客さんはお金を払って「努力」を見に来てる訳じゃ無い。ひとつの完成された「音楽」を聴きに来てる。不満があれば「お金を出した分の不満」をぶつけられるのが当たり前です」
まだ喜多ちゃんの目元が赤い。
それは…そうなんだけど…
「虹夏。お金を取って音楽を聴かせる以上、インディーズだのメジャーだの関係無い。「プロ」なんだよ。真っ当な批判なら、受けなくちゃならない。それが「プロ」なんだ。甘えた事は言えないんだよ。真っ当な批判なら、ね」
言いながら、内階段を上がっていくリョウ。
「ちょっとリョウ、何処行くのさ」
「ふん、真っ当な批判なら…だ」
呟きながら扉を開け、出て行く。
「まったく!リョウは!いつも言葉がキツい!」
「…いいんです。間違って無い…というか、まるっきり正論ですから」
何故かあたしが喜多ちゃんにフォローされる。…逆じゃん…立場が逆じゃん…
「でも、ひとつ解りました」
「…ん?何が?」
「何もかも上達させるのは、覚悟しないと…って。それこそ生半可な覚悟じゃなく、いっそ何処かに修行でも行くような。なり振り構わず…何を捨ててでも」
喜多ちゃんの瞳に炎が…宿った、ような。
そんな事があった数日後、全てが転がるようにあんな事になるとは…
あたしが怪我をして…皆それぞれ修行を始めて…
…でも、ひとつも無駄な時間じゃ…無駄な出来事じゃ、無かった。
ちなみに、喜多ちゃんが批判されてた日のあの後、リョウが古参ファンを扇動(主に1号2号さん)して、その批判した客を問い詰めたらしい。
批判した客は、例の「ぼっちちゃんを批判してたバンドの取り巻き」らしかった。
…まったく、リョウも後輩に甘いんだから。
ーーーーーーーーーー
ぼっち達が帰って来る。
やっと…やっとだよ。
全く。いつまで待たせるんだ。
待ち過ぎて、わたしが酒豪になってしまったでは無いか。
この間の、ぽいず…佐藤さんとの呑み会でも、佐藤さんを酔い潰したな…多分。覚えて無いけど。気が付いたら虹夏の部屋に居たけど。
まあ良い
後でぼっちを酔い潰してやろう。待ちくたびれさせた罰だ。
覚えてろよ!
…いや違うな
覚えとけよ!
…なんか違うな。
覚え…もう良いや。
とにかく
帰って来る。
あのギターが
あの歌が
あの二人が…
山田リョウ
大丈夫か?
いけるか?
やれるか?
あの二人に…呑まれないか?
…行けるさ。
やれるよ。…演ってやるよ。
あの二人を…凄い二人を制御してやる。虹夏と一緒に、場を支配してやる。
取り敢えず今は、目の前の…このスペシャルミッションだ。
これを完成させるかさせないかで、「山田リョウ」の完成度がかなり違って来る。
怖い。…実際、かなり怖い。
でも、やらなきゃならない。何故なら…自分が望んだ事だから。
人に頼る事は出来ない。
自分の事なんだ!
自分の尊厳を掛けて取り組まなくちゃならないんだ!
虹夏は笑うだろうね。
「何やってんの!?」って、言われるかも。
店長は「バカだな」って言うだろう。
それでも…成し遂げないと。胸を張って生きられない!
何処かに居る虹夏。見てて。愚かなわたしを。勇敢なわたしを。
まるで、ロシナンテに跨り風車に挑む…ドン・キホーテのようじゃないか!
…行くよ!
「あーちょいちょい待ち!何やってんの!?菜箸じゃなくターナー使いなって!」
「…だって、いつも虹夏は菜箸で…」
「まるっきりシロウトのアンタに菜箸でやれないから!無理だから!」
後ろを通り掛かった店長に「バカだな」って言われる。
…貴女だって出来ないよね?
今はだし巻き卵をクルクル中。
虹夏に「食べたい」って言ったら「自分で作れ」って言われた。
「食べたい気持ち」と「作りたく無い気持ち」の天秤。
結局、食べたい気持ちが勝ってしまった。
この葛藤、虹夏には永遠に解るまい。
☆
たたかいすんて、ひがくれて
…いや、別に闘って無い(わたしは卵と闘ってたけど)し、日が暮れるどころか既にスターリー閉店後の時間。
姉妹とわたし、三人で夜ご飯。
結局わたしの傑作は虹夏が頂き、虹夏が手早く作ったものはわたしの胃の中へ。
「ちょっと塩梅がオカシイし、焼きも疎らだけど…初めてにしちゃ良く出来てるよ」
虹夏に褒められる。…そりゃあわたし、天才、だし?
鼻を高くしながら虹夏のだし巻き卵を頂く…くっ、美味い!天才は貴様か!?
ご飯も済んで、片付けも終わり。
虹夏は入浴中。
「おいリョウ、ちょっと付き合え」
店長が携帯灰皿を持ち、ベランダに促される。
しょうがない、この不器用な人のコミュニケーション、付き合ってあげるか。
☆
「さむ…」
どちらとも無く言葉を漏らす。
店長はメンソールの1ミリ。わたしは…
「あれ?おまえライトの方じゃ無かった?」
アメスピのレギュラー。…ガツンと来るぜ!
「以前、ライトが売り切れで、これ買ってから…なんか癖になっちゃって」
「…そっか、強いから吸い過ぎんなよ」
「たまにしか吸わないから」
前…自分の家で曲作ってた時、確かにいつものが無いというだけの理由でコレ買ったんだけど…何故かライトに戻すのが「怖く」なってしまった。
戻してしまうと、「以前の自分」に戻ってしまうような気がして。
以前の…何もかもが足りなかった自分に。
「帰って…来るな」
「…そうだね」
二人して紫煙を吐き出す。それは夜風に乗って、徐々にその存在も薄くなる。
「…不安か?」
「…どうだろね」
不安じゃ無いと言ったら嘘になる。…でも、それ以上に楽しみなんだ。ワクワクドキドキしてる。
その結果がどうなろうと、後悔だけはしない自信がある。
結果的に結束バンド解体、解散…なんて、考えたくは無い…けど、そうなったらそうなっただ。
あの二人は、そうなってもソロ…または二人でもやって行ける。虹夏は…ライブハウスがあるしね。
わたしだけか…何も無くなるのは。
まあ、良いさ。それも人生。
でも…
でも…皆が同じ「熱」を持っていれば、同じ方向を向いてられれば…
そう悪くはならないんじゃないかな。
「まあ、なるようになるよ。…なんたって、ウチのメンバーは皆「ホンモノ」だからね」
「…ふっ。ふはっ!…そうか、皆ホンモノか…」
吹き出す店長に、ニヒルな笑みを向ける。
「なぁ、リョウ」
「…ん?」
「おまえも…ホンモノに成れた、か?」
とこか遠い目をして尋ねる店長。あれ、そんな話店長にしたっけ?あぁ…虹夏にはしたんだっけ。
「そう…信じてるよ」
「…自分が?」
「…虹夏が」
「…虹夏は駄目だ。許さん」
「ケチ。…シスコン」
「うるせ」
二人して笑い合う。
「随分二人して仲良さそうじゃんか」
背中からそう声を掛けられる。
振り返ると、頭にタオルを巻いたシモキタの大天使。
「店長に口説かれてた」
「バッ!バッカ!何言いやがる!」
「お姉ちゃん…何動揺してるのさ」
「ち、ちがっ!…フロ入る!」
そそくさと風呂場へ向かう店長。ちなみに虹夏から声を掛けられた時点で、申し合わせたようにタバコの火を消している。こんな事だけは気が合う。
「またタバコ吸ってるー。もう止したら?」
まあ、もう辞めても良いんだけどね。でも…
「これはツールなんだよ」
「…なんのよ?」
…コミュニケーションの、ね。
「湯冷めするよ。入ろ」
「なんか誤魔化したー!」
虹夏の背を押して、室内に入る。
…この細い背中に、背負わせられるのだろうか。こんな癖ばかりのメンバーを。
でも…虹夏は折れない。信じられる。わたしだけは…信じる。虹夏の力を。
「虹夏さ」
「…何さ」
「力、あるよね」
「…うっさい!」
ーーーーーーーーーー
「こんにちはー!」
「ああ、いらっしゃい虹夏さん。…掃除はまだ大丈夫ですよ?」
「あたしは家政婦じゃありません!」
翌日、ストレイビート事務所。
ロンドン組が帰って来る日時の報告に来た。
最近司馬さんは、あたしの事を「所属ミュージシャン」じゃ無く「ハウスキーパー」と思ってるフシがある。
…そりゃあ、1年以上活動してなくて、来る度に掃除してればそう思われてもしょうが無い…いやいや、しょうが無く無い!
☆
「そうですか。…それでは、その翌日にでも皆さんで顔を出して頂けると助かるんですけど」
「その日に顔を出せれば良いんですけど…」
「いえ、当日はお疲れでしょうし…そんなに性急じゃ無くて構いません」
「分かりました。ありがとうございます…それで、アレはどうしたんです?」
その「アレ」とは、後ろの机で終始唸り声を上げているぽいず…佐藤さん。
さっきからずっとノートPCに向かい合ったまま唸っている。
「ああ…「世紀の傑作コラム」を書き上げている最中です。取材内容を全部盛り込むと、収まり切らなくなるみたいで」
「…雑誌の?」
「ええ」
何だか分からないけど…大変そうだなぁ。そんなに濃い内容の取材したんだ。
「締め切りとか…大丈夫なんですか?」
「ふふ…明日みたいですね」
…え、大丈夫なの!?笑い事じゃないじゃん!?
その時ふと佐藤さんが顔を上げる。
「…ああ、伊地知さん。こんにちは」
目は充血して、隈がくっきりと。…近寄り難い雰囲気。
「こ、こんにちは…えと、大丈夫…ですか?」
「え?…ああ…締め切り前はいつもこんな感じよ」
いつもかぁ…健康に悪そう。
「それで…どんな内容のコラムなんです?…今回のお題。何か凄く大変そうだから」
何となく興味本位で聞いてみる。当然、余り話せないだろうけど…
そんなあたしの問いに、目を丸くした佐藤さん。その後ニヤリとして
「まあ…期待してて」
と言ったきりで。…なんの期待?
再び画面とにらめっこ。「…ここは削りたく無いし…」とかブツブツ言っている。
そんな所へスマホの着信音。…佐藤さんのか。
面倒臭そうにノソノソとした動きでスマホを取り、タップ。
「はいもしも…何よ。…ええ。だって貴女、旅雑誌でしょ?…今ロンド…ええ、はい………え!?うん!そう!そうそう!………空港で!?…それホント!?うん!良いよ!でかした!それ、詳しく教えて!…ああわかったわよ、後でご飯奢るから!…ナイスよ!それ、最高のネタ!………」
思わず司馬さんと二人して佐藤さんを見遣り、それからお互いに目線を戻す。
「…まあ大丈夫でしょう。それより、プロモーションなんですけど…」
「あ、はい」
こうして、「新生」結束バンドの「再デビュー」は着々と進んでいった。
ーーーーーーーーーー
「虹夏、ここ」
「あぁリョウ。お待たせ」
虹夏と外で待ち合わせした。待ち合わせ場所は、いつもぼっちの詞を見るカフェ。時間は遅いお昼くらい。…やっぱりカレーだな。うん。
メニューを流し見るも、ハナから一択。今日はスポンサーも居るし…
「…奢んないよ」
突然絶望感に駆られる。あれ?…目の前が滲んで…
「…わーかったよ!奢ったげるから!…リョウには頑張って貰ったからね」
苦笑する虹夏の後ろに、後光が見える!仏様はここに居た!
「…だから、拝むのは辞めて!」
「…で、FOLTの方はどうだった?」
わたしはカレーを、虹夏はオムライスを平らげ、セットのコーヒーを頂く。
「うん、銀次郎店長も喜んでくれたよ。廣井さんが帰って来るのには顰め面してたけどね」
今まで世話になったお礼と報告を兼ねて、新宿FOLTに挨拶して来た。
☆
「もう廣井さん達に聞いてるでしょうけど、あと2〜3日で帰って来ます。どうも去年からお世話になりました」
頭を下げて…上げると、目の前には号泣するオジサン。
「良かった!良かったわ〜!やっとメンバーが揃うのね〜!」
おいおいと泣き声を上げる銀次郎店長。…一緒に居るのが恥ずかしい…
「…なに店長を泣かせてるのよ」
…大槻さん。貴女はホントに人気メジャーバンドなの?暇なの?なんでいつも居るの?
「…いつも居る訳じゃ無いわよ」
…どうしてわたしの心は皆に読まれるの?
☆
「…そう、やっと帰って来るのね」
腕を組み、目を瞑りながら頷く。貴女は何かの思想家ですか?
「ヨヨコちゃん、ずっと気にしてたからね〜」
「ちょっ、て、店長!?きっ、あのね!?やっ、あの!」
すげーシドロモドロになってるけど…顔も真っ赤だし。
「ヨヨコちゃん、事あるごとに「後藤ひとりは」「後藤ひとりが」って言ってたじゃ無い。その度にメンバー振り回して」
「てっ店長っ!」
アワアワと両手を振り回してる。
「大丈夫だよ、大槻さん。解ってるから。…ぼっちの事…キライなんでしょ?」
「やっ!そ、そうじゃ!…そ、そうね!き、キラィ………ね!」
くくく!なんて分かり易い人だ!からかい甲斐があるなぁ。
「うそだよ。大好きなんでしょ?」
「だっ!す、好き…なんて!そんな訳!あ…ある訳…」
「ごめんごめん、嫌いだったね」
「そんなっ!きら…ぃなんて…」
「山田ちゃん、そろそろ勘弁してあげて」
「…すみません。余りに面白くて」
苦笑する銀次郎店長に諌められてしまった。
「お、面白がってるんじゃ無いわよ!」
ガタリと音を立て、椅子を跳ね除けて立ち上がる。そのままスタスタとフロアから出て行ってしまう。
「あ!大槻さん!」
その背中に声を掛ける。
「…何よ」
こちらを振り返らず、背中でわたしの言葉を受ける。
「今までありがとう。感謝します」
立ち上がって頭を下げる。頭を上げるとこちらをチラリと覗いていて。
「…ふん!」
その口元は緩んでいて。
貴女はやっぱり良い人だよ。
「ライブ決まったら、チケット送るから」
「…私だって暇じゃないのよ」
そして、去って行く。
大槻さん。貴女は格好良いよ。わたし達の、目標の一つだ。
ーーーーーーーーーーーーーー
「ヨヨコちゃんは相変わらずだねぇ」
虹夏は少々呆れ顔。でもなんか気安い感じ。大学の時は結構仲良くしてたらしいし。大槻さんは今年の春大学を辞めたみたいだけど。忙し過ぎて通えなくなったんだろう。…その割に、FOLTに行く度に居る気がするけど。
「それで、ストレイビートの方は?」
「うん、司馬さんとプロモーションの話をちょっとしてきたよ。…あと、佐藤さんが修羅場ってた」
「…あそこで?」
「あそこで」
多分「例のコラム」を書いてるんだろう。…自宅じゃ無い所で…というか、バイト先で。
「この間一緒に呑んでたよね。何の話してたの?」
…まあ、隠しとくもんでも無いしね。
「若手バンドのギタリスト特集の話」
…大っぴらに言う話でも無いけど。
「…それってさ、もう「誰が対象か」って言ってるようなモンじゃん」
呆れ顔で虹夏が告げる。
…流石に解るか。佐藤さんは元々「ギターヒーロー」にお熱だった。そしてバイト先はストレイビート。そこの司馬さんはわたし達を買ってくれてる。…答え言ってるようなもんだね。
「大槻さんや他の若手バンドにも取材してるらしいよ」
一応はぐらかしてみる。
「でもさ、メインはぼっちちゃんでしょ?あの人がそこを外すとか有り得ないし。しかも丁度帰って来るタイミングでさ」
まあね、それでぼっちを記事から外したら…あの人的に頭を疑うレベル。
「本人は凄く力入れてるらしいよ。「いつもよりページ増やしてやる」って息巻いてたからね」
「…良い記事書けると良いねぇ」
「そうだね」
ぼっち。郁代。こっちは着々とお膳立てが揃ってるよ。後はわたし達のパフォーマンス次第だ。
ーーーーーーーーーー
「………ん?」
久々にひとりちゃんからメールが来たと思ったら…何かしら、これ。…暗号?
[Tomorrow ka theday after tomorrow niwa gohome simasu]
…?
単語は判るけれど、接続詞っぽいのは何かしら。
これじゃ、ふたりに説明出来ないわね…
…あの子、1年以上イギリスに行ってても英語がまともに出来なかったのかしら。…それとも、日本語忘れたの?
…あの子の場合、どっちもありそうだから困るわね…
これ多分、明日か明後日には帰る…って事なんでしょうけど…もしくはハワイ語が混じってるのかしら。
そもそも、飛行機のチケットって時間指定じゃないかしら。
何で到着予定が日を跨いでるの?どっちともつかない時間って事かしら。
…虹夏ちゃんに連絡してみようかな。
………
「…あ、もしもし。虹夏ちゃん?私、後藤美智代です。ご無沙汰してます」
『こちらこそご無沙汰して申し訳ありません。ご家族はお変わりありませんか?』
「ご丁寧にありがとう。こちらは変わりなく。虹夏ちゃん達はどう?」
『はい、こちらも元気にやってます』
「良かった…それでね?ひとりちゃんからこんなメールが届いたんだけど…」
文面をコピー&ペーストで虹夏ちゃんに送る。
『あ、来ました……!え、あ…あははははははは!なに!これ!あははははは!』
ひとりちゃん…思い切り笑われてるわよ。
『あははははは!…はぁっ!はぁぁぁ………ごめんなさい!余りにもぼっちちゃんらしくて』
あの子、いつもそんななのね。
『はぁっ、はぁっ…そ、それでですね…ブフッ!…こ、れは…ゥフッ!…』
「虹夏ちゃん、落ち着いてからで良いわよ」
『ご、ごめんなさい!…ムフっ、フッ!…後で直ぐに掛け直します!…ゥフッ!』
吹き出すのを必死に堪えながら電話が切れました。
その後直ぐに掛け直してくれて、それで聞いた内容は…やっぱり明後日には帰って来ると言うもの。…あの子、時差を計算出来なかったとか…
まあ良いわ。
唐揚げでも作ってあげましょう。
…ひとりちゃん、成長出来たかしら。あの子は土壇場で強い子だから…大丈夫よね。
☆
「ふたり!お姉ちゃん、帰って来るわよ〜」
「…ふぅん」
「あら、嬉しく無いの?」
「…べつに。帰ってくればいいじゃん」
「そっか」
…何故かニコニコしてるお母さんに頭を撫でられる。いみわかんない。
「…ごちそうさま」
ご飯を食べ終わって2階に上がる。お姉ちゃんの部屋へ。
置いてかれたギター君の前に座る。
「お姉ちゃん、やっと帰ってくるんだって。勝手だよね。いきなり行っちゃっていきなり帰ってきてさ。まったく。もっと連絡くれればもっと喜んであげられたのに…いきなりだからわかんないよ。ふたりに喜んでもらいたかったらもっと連絡すればいいのに!もう!かってに帰ってくればいいんだよ!ほんとに!お姉ちゃん帰ってきてもふたりがお話してあげられるかわかんないよ!」
何となく横の鏡を見る。…鏡に映ってるのは、すっごいニコニコ顔の…だれ?これ…わたし?…ちがうよ。こんなにニコニコしてるはず無いよ。怒ってるんだよ。ふたりは。おこってるの!すっごくおこってるの!プンプンしてるんだよ!こんなニコニコしてないよ!
もう鏡見ない!
…ふたりの事、覚えてるかな…覚えててね。帰ったら、いっぱいお話して。