夜6時過ぎ。
ロンドンの空港内は、まだまだそれでも賑わっていて。
その一角。ひときわ賑わいを見せている集団。
「あ、あの…お店の方は良いんですか?」
その中心で、ひたすら困惑しているわたし。
手には持ち切れない程のお土産。…お菓子、飲み物、他………。これ、持ち物検査通るの?
同じく手にやたらお土産を抱えている郁ちゃんも困惑顔。
「お店…と言っても、お客は殆ど此処に居るしね。何しろ出演バンドまで此処に居るんだから、ここがお店みたいなものさ」
ケニーさんは呑気に言うけれど…な、何でこんなに集まって…
ケニーさんのお店「The99club」のスタッフの面々、出演バンドの面々、お客さんの面々…ほぼ総出。
いえ、有り難いんです。凄く有り難いんです。…でも、ステージに上がるより恥ずかしいのは何故だろう…
空港に来る前にも郁ちゃんにメアリさん達から電話が来て、かれこれ1時間以上掴まっていた。
隣に居るだけでもメアリさんの泣き声が聞こえていて。
レベッカさんがわたしの声を聞きたいと言うので電話を代わったら…そこからまた何十分も…
最後にはレベッカさんも泣き出し、郁ちゃんも泣いていて…ついでにわたしも泣いてしまい…何だか解らない空間になってしまった。
幸いギタリストの彼からは電話が来なかった。…来ていたら更にカオスな空間になってたかも。
彼からはメールでひと言
[keep fighting! See Ya]
だけ。
うん。わたし達はロッカー。それで良い。
イライザさんの家族に今迄のお礼と挨拶を済ませて(ちなみにシクハックの面々は2日後に帰るらしい。あと2回程ライブの予定を入れられたみたい。あの人達も、凄く惜しまれていたみたいだ)から、空港へ向かった。
航空便の手前、ヒースローでは無くガトウィック空港へ。
もう夕方だし、ライブハウスも始まる時間だからもう来ないだろうと高を括っていたら…今のこの状況。
「で、でも…もう飛行機に乗るだけですし…面白い事出来ないので………あ!そうだ…武田信ge…」
「ひとりちゃん」
ピイッ!
久々の郁ちゃんの圧!…こわい!
「それじゃあ皆さん、お見送り有り難うございました!」
郁ちゃんが場を締めてくれて、後は搭乗するだけ………ん?
何か、ザワザワしてるな…
「な、何ですかね」
「何かしら」
搭乗ゲート付近で、乗客がザワついてる。…何だろ
「何か目的の飛行機が出ないとかで騒いでるな」
状況を確認してきたトッドさんが教えてくれる。どうやらわたし達の便は関係無いらしいけど…騒ぎが大きくなっているような…
ーーどうなってるんだ!ーー
ーー何で飛ばないんだよ!ーー
ーーはやくしろよ!家族が待ってるんだ!ーー
ザワザワからヤイノヤイノと、皆言葉が荒くなっていってるよ…
ヤバいヤバいヤバい!暴動起きそう!
あ!職員さんが乗客に掴み掛かられてる!
「ちょっと、良くない感じだね…」
ケニーさんがポツリと呟く。その間にも騒ぎがどんどん大きくなって…どうしよう!いや、別に何も出来ないんだけど…それでも!
もう暴動寸前の所で、隣に居る郁ちゃんが…大きく深呼吸。…え?何で?
わたしにニコリと笑いかける。
戸惑うわたしから離れ、その騒ぎに近付いて…
ーーAttention!ーー
素晴らしく良く通る声で、ひと言。
騒ぎが一瞬の内にピタリと止む。
騒いでいた人達が、一斉に郁ちゃんの方を向く。その数…ざっと百人以上。
…その視線を一身に受け、ニコリと飛び切りの笑顔を向ける。
たおやかにカーテシー。
再び大きく深呼吸。…そして
ーーGod save our gracious King
Long live our noble King
God save the King
send him victorious
Happy and glorious
Long to reign over us
God save the Kingーー
胸に手を当て、目を瞑り…穏やかで尚且つ朗々と歌い上げる。
その歌声に、皆の注目が集まる。その「セイレーン」の歌に、皆が意識を持っていかれる。
これ…イギリス国歌…だ。
ゴッド•セーブ•ザ•キング
郁ちゃん…格好良い!凄い!凄い!…あ、わ、わたしも!
「ア、アルさん!ギターとアンプ持ってますか!?」
近くに居たアルさんに問い掛ける。アルさんも戸惑いながら答えてくれる。
「あ、ああ…丁度路上の帰りだから、両方あるけど…!そうか!ヒトリ、やれ!」
直ぐにギターを取り出し、携帯アンプにシールドを繋いでくれる。
わたしの「片翼」が頑張ってるんだ!郁ちゃんだけに頑張らさせない!独りにさせない!
素早くチューニングを合わせる。取り敢えずこんなもんか。普段ならこんな雑なチューニングしないけど…この「場」を優先だ!
郁ちゃんが2番を歌い終えた所で…今度はわたしのステージだ。
郁ちゃんに目配せ。…判ってくれたみたい。緊張してた顔が緩む。ウインクを一つ、貰う。
ゲインはメイチ!細かい事は良い!…行くぞ!応えてレスポール!
一気にダウンストロークからチョーキング。タッピング。演れる限りの早弾き。それからトレモロピッキング。
とにかく気を惹く為だけの派手な弾き方
郁ちゃんの努力を無駄にしない!
見ろ!
わたしを見ろ!
聴け!
お前等の心を鷲掴みにしてやる!
つまらない事で騒ぐ意識を、全部わたしに向けさせてやる!
これで気を引けなければ、わたしはそれまでのギタリストだ。
レスポール、行こう!やっぱり君は馴染むね。わたしは君に全てを教えて貰ったんだ。
何も知らない頃からようやく動画配信で評価を得るまで。
ゼロから
君はわたしのレスポールとは違うけれど、それでも…
重さ。感触。振動。ネックの太さから…全て。
全てが懐かしい。ああ、そうだ。これだ。この感じ。
やっとレスポール、君に感謝出来るよ。日本に置いて行ってごめんね。
わたしを形作ってくれたレスポール。ありがとう。
楽しい時も、苦しい時も、悲しい時も、元気な時も…
ありがとう。ずっと傍に居てくれて。
最後のチョーキングが終わり、ミュート。周りを静寂が包む。
息が荒い。焦点が定まらない。酸素が足りないのか、頭痛がする。…と。
ーーウオォォォォ!!!!!ーー
周りから一斉に大きな声が上がる。
え、何!?ご、ごめんなさい…
普段の癖で土下座をしようとした時、郁ちゃんがわたしの胸に飛び込んでくる。
「ひとりちゃん、やっぱりサイコー!貴女は凄いわ!」
顔を上気させた郁ちゃんに、頬を両手で挟まれる。
…ああ、そっか。皆…喜んでくれたのか。
ぼんやりとした頭で周りを見回す。皆が口々に賛辞をくれる。指笛まで吹いてくれて。
ーー凄いぞギタリスト!ーー
ーー最高のプレイだ!ーー
ーーいや、その前の歌も素晴らしかったぞ!ーー
ーーああ!あれ程見事な国歌を聴いたのは、ナイト・メア以来だ!ーー
ーー二人共最高だぞ!ーー
暴動寸前の熱気が、ライブ会場の熱狂に塗り替わるように。
「いえ、郁ちゃんも…格好良かった。わたしのパートナーは最高です」
二人して顔を見合わせる。二人共まだ顔は上気したまま。
「ヒトリ」
いつの間にかケニーさんやスタッフの皆に囲まれている。皆が最大限の笑顔で、まるで申し合わせたかのように同じ言葉をくれた。
ーーお前達は、最高だ!ーー
☆
その後、職員さんが騒ぎを聞いて駆け付けた。なんか凄くイッパイ。
いよいよこれは怒られる!「空港で騒ぎを起こしたで賞」で監獄に!
マズい!せめて郁ちゃんだけでも逃がさねば!郁ちゃん、もしかしたらここで生き別れになるかも知れません!バンドを…虹夏ちゃんとリョウさんを宜しくお願いします!ギターは、もう郁ちゃんだけでも大丈夫だから!悲しいけど…わたしはここまでみたいです!
郁ちゃんをケニーさんの後ろにグイグイと隠していると(何故郁ちゃんは呆れ顔なんだろう)、何やら偉そうな人がわたし達の前へ。
ああ…もう駄目だ…ロング・グッドバイ、ジャパン。年老いた頃に帰れるかなぁ…
その偉そうな人に両腕を差し出す。
偉そうな人は、頭の上にハテナマーク。首まで傾げている。両腕を天に向けるアクション付き。
「何かな?英雄に何か用かい?」
ケニーさんが聞いてくれる。え?誰が英雄?
後ろを向く。アルさんが親指をわたしに向ける。
左を向く。トッドさんが親指をわたしに向ける。
右を向く。郁ちゃんが可愛い。…いや、そうじゃ無く。
「ああ、その英雄の顔を見に来たのさ。暴動を防いでくれた英雄の顔を、ね」
「それは、感謝をしに来たのかい?」
偉そうな人はわたしと郁ちゃんの目を見て。
「ああそうだ。…ありがとう。トラブルを未然に防いでくれて。空港を代表して、感謝するよ」
どうやらこの人は、このガトウィック空港の一番偉い人らしい。
「君はヒトリ•[ボッチ]•ゴトウだね。そのピンクの髪に、黒いトレンチコート…そしてあのプレイ。ウチの職員にもファンが多くてね。私に「是非99クラブに聴きに行ってくれ」って煩いんだよ。…そして君は「セイレーン」だろう。私は「ナイト・メア」の大ファンなんだ。その秘蔵っ子が君だね。素晴らしい歌だった。録音して常に空港内で流したい位だ。二人の英雄が当空港を利用してくれるなんて、とても誇らしいよ」
…取り敢えず、監獄は行かなくて良いらしい。…日本に帰れる。
「本当なら最上の接待をしたい所だが、もう出発時刻だろう。それじゃあ、搭乗券を拝見」
…偉い人直々に搭乗券を見せるものなの!?え?ホント?
郁ちゃんと目を見合わせ、戸惑いながらも搭乗券を見せる。
…何故か渋い顔されてるんですけど!?隣に居る職員さんに何言か呟いてるけど。…え?
「…済まないが、このエコノミー席の搭乗券は使えない。廃棄させて貰うよ」
ビリビリと搭乗券を破かれる。………え!?何で?帰れないの!?
郁ちゃんに視線を向けると郁ちゃんも真っ青。どどど…どうしよう!?
ケニーさん達を見る。…何故か皆ニヤニヤ笑ってる!わたし達が帰れないのが嬉しいの!?…何かそんな事言ってた気もするけど!
「その代わり、この搭乗券を使ってくれ。英雄に相応しい席だ」
呆気に取られるわたし達に、新たな搭乗券を渡してくれる。…なんだったの?…賞味期限切れとか?
まるで状況を解ってないわたしの横で、郁ちゃんが震えた声を出す。
「ひ…ひとり、ちゃん…こ、これ…見て…」
こんなに言い淀む郁ちゃんも珍しい。…何だろ。…ゾロ目になってたとか?
ひょいと搭乗券を覗き込む。郁ちゃんの綺麗な指が、ある点を指差す。
そこには…
[FIRSTCLASS]
の文字。
…………………………………え?
…え?
………ええっ!?
ファーストクラスって…凄く高くなかったっけ!?
とてもじゃないけど払い切れないくらいの!
「こっ、これっ、こ、これ!間違いです!ファーストクラスになっちゃってます!お金払い切れません!」
「そ、そうです!私達…エコノミーです!」
もうわたしも郁ちゃんも必死!どうやったって払えないよ!
このまま間違いで乗っちゃって、途中で気付かれたら…いきなり途中下車される!パラシュートも付けずに降ろされて、南海の孤島とかに捨てられて…原住民に枝に縛り付けられて丸焼きに…!
郁ちゃんは可愛いから現地の王とかに献上されて、一生孤島で暮らす事に!
怖い!せめて灰は日本に届けて!いや、それじゃあ郁ちゃんと離れ離れに!こうなったらネックレスとかに加工して貰ってずっと郁ちゃんの首に纏わりついてやる!
二人でブルブル震えていると、その偉い人は
「いや、それで合ってる。暴動を防いでくれた英雄に相応しい席だろう?私達からの、ささやかな礼だよ」
と言ってくれた。
…嘘でしょ!?…礼が、大き過ぎます…
ケニーさんに、ポンと肩を叩かれる。
「貰ってあげれば良いさ。英雄の凱旋には相応しい」
そうだそうだと周りの声。
…イギリス国民の皆さん。あなた達は遠慮が無さ過ぎます。
…もうどうしようも無いので、有り難く受け取った。
☆
そろそろ搭乗時間。
ライブハウスの皆とも、一旦お別れ。
「み、皆さん。今までありがとうございました!」
皆笑顔だけど、瞳が潤んでいる。
ああ…悲しい。寂しい。…けど、とても嬉しい。皆がこれだけ別れを惜しんでくれる。悲しんでくれる。
もう…「わたしなんか」なんて言わない。言えない。
自分を卑下するのは、この人達を侮辱するようなものだ。
「わたし」と出逢って、「わたし」に本気で向き合ってくれた人達。
「わたし」を前に進ませてくれた人達。
「わたし」の背中を押してくれた人達。
「ヒトリ」
ケニーさんの、最後の言葉。
「皆の想いを背負って、何処までも進んで行け!」
ありがとう。皆、あいしてる。
「…皆!」
そして、ロックを演るもの同士、このひと言。
ーーSeeYa!ーー
「「「「「「SeeYa!」」」」」
ーーーーーーーーーーーーーー
「何か、凄く落ち着かないわね…」
「そ、そうですね…」
エコノミー席に比べると、とても広大なスペース。
反復横跳びとか出来そう。…やらないけど。
シート一つとっても二人で座れそうな席。…というか隣の郁ちゃんの席が…遠い。
フルフラットになるし…足元にはオットマン(だっけ?)が出て来る。まるでベッド。ロンドンの家のベッドより広いかも…
余りに凄すぎて眠れない…落ち着く筈の設備が、全て落ち着かない要素になってる。
ギター弾けないしな。て言うか手荷物に出来なかったし。…当たり前か。
でも、空港の出来事での緊張から解放されたからか、正直身体は眠りたがっている。
「…郁ちゃん」
「…なぁに?」
「…ちょっと、良いですか?」
☆
「エクスキューズ、お飲み物は…あら?」
フライト・アテンダントさんが見たのは…郁ちゃんと二人で同じシートに寄り沿って眠る、わたし達の姿。
「ふふ…お休みなさい。英雄さん達」
ブランケットを掛けて…カチリとライトを消して、カーテンを締めてくれる。
眠りから覚めたら…何処に居るかな。
経由地かな。それとも…もう日本?
皆、帰るね。
ふたり。
ずっと連絡しなくって、ゴメンね。
お姉ちゃん、決意が揺らぎそうだから…弱いから…連絡出来なかったんだ。
まだわたしの事、覚えててくれるかな。
帰ったらいっぱい遊ぼうね。
お父さん、お母さん。
快く送り出してくれて、ありがとう。
二人の娘で良かったよ。
感謝し切れない程、感謝してます。
お陰で自分の中に何があるか、やっと解ったよ。
こんな遠い所まで来て、やっと解った。
既に持っていたものは、お父さんとお母さんが育ててくれたもの。
だから、ありがとう。
店長さん。
わたし達を見守ってくれて、ありがとう。
最初は怖がってごめんなさい。
凄く怖く見えたんだ。でもそれは…見方を変えると、厳しい人で。
自分にも他人にも。
その厳しさがわたしを育ててくれたと言っても過言じゃないです。
常にわたし達を…結束バンドを見守ってくれてましたよね。
虹夏ちゃんから聞いた夢、店長さんには話して無いみたいだけど…何とか叶えたいです。
リョウさん。虹夏ちゃん。
我儘で外国まで来ちゃってごめんなさい。
二人の事は…まるで心配してないです。
二人共、凄い人だから。
尊敬出来る人だから。
だから、二人共もっと凄くなってる筈です。
今から一緒に演るのがとても楽しみです。
多分、今のわたしの想像を軽々と超えてくる筈です。
早く一緒に演りたい。
あの4人で。
あの…ステージの上で。
郁ちゃん。
ありがとう。
いっぱいいっぱい…ありがとう。
わたしを常に引っ張ってくれて。わたしを常に気にしてくれて。
わたしに勇気をくれて。わたしを叱咤激励してくれて。
わたしに寄り添ってくれて。わたしと一緒に、歩んでくれて。
ありがとう。わたしの片翼。わたしの魂の半分。
郁ちゃんが居ると息が出来る。
郁ちゃんが居ると笑う事が出来る。
郁ちゃんが居るから、目指すものが出来る。
一緒に飛ぼう。一緒に転がろう。一緒に堕ちよう。
一緒に…何処までも…何処までも…
夢を見た。
なんて事の無い、夢。
なんて事の無いフォーピースのバンドが、なんて事の無い素晴らしい演奏をして、なんて事の無い観客になんて事の無い称賛を受ける…そんな、なんて事の無い…夢。
その、なんて事の無いバンドは、輝いてた。
4人で光輝いていた。
まるで、夜空に輝くあの星座のように。
皆に指を指して貰えるくらい、眩しく輝いていた。