「ぐすっ…うっ…ううっ………すんっ!」
「…虹夏…寒い…」
「…お前は…情緒というものを知らんのか!…ぐすっ…」
…泣きながら怒ってるよ。
今は駐車場に停めた結束モービル…の、脇。
何故かまだ車の中に入らず、その外で泣き腫らしている。…虹夏が。
帰国した二人も少々呆れ顔。さっきから苦笑したまま顔が固まっている。
「に、虹夏ちゃん。取り敢えず…車に入りませんか?」
最もな意見をぼっちから提案される。
「そうですよ、虹夏先輩。…風邪引いちゃいますよ?」
…郁代。確かにそうなんだ。そうなんだけど…こういう時の虹夏は、とにかく頑ななんだよ。
「そうなんだけどさぁ…ぐす…車に乗り込むと、このエモーショナルな瞬間が終わっちゃうような気がして…」
「ェンモォショナァル」
「…ひとりちゃん?」
「ヒイッ!」
ぼっち、怒られてやんの。英語圏帰りをヘンに自慢するから。
…しょうが無い。わたしが動くか。
「わたしが運転…」
「「「それはイヤ(です)!」」」
…ちくしょう。どいつもこいつも…
☆
何とか虹夏を宥めすかして全員車に乗り込む。
「…へへ。我が家」
「違うよ!?」
…ぼっちのテンションが相変わらずで安心。
「…それで、向こうはどうだった?」
余りにザックリとした質問。でも、他に聞きようが無い。
「…はい。凄かったです」
「そ、そうですね。凄かったです」
あれ?ぼっちはともかく、郁代まで…
もっとこう、「もー何から何までゴイスーです!キャピ!」みたいなのを想像してたんだけど。
「まず…「あぁ、私ここでは異邦人なんだな」って実感しました。もうそれだけで意識が変わらざるを得ないって言うか…無理にでも自分を変えなきゃ、って思いましたね」
「あ、はい…見えてるものが現地の人と違うんじゃ無いか…って何度も思いました。極端ですけど…住んでる星が違うような、そんな感じです」
やっぱりそんなに違うんだね。ロンドンやグラスゴー…独特な曲が生まれる土壌は、外から入った人間には解らない所があるんだろう。
「わ、わたしが働いてたライブハウスにも、アイルランドやウェールズ出身の人とかが居て、やっぱりロンドンの人とは考えが少し違うように感じました」
…ふうん。成る程…日本では中々味わえない感覚だね。
そんな事を考えてると、運転してる虹夏がやたら素っ頓狂な声を出す。
「…ぅえ!?…ぼっちちゃん、働いてたの!?」
「は、はい。そうじゃないと半年以上居られなかったので」
「私も働いてましたよ?」
「喜多ちゃんまで!?」
「…虹夏。わたし説明した」
「…あ、あれ?そだっけ?」
バツの悪そうな虹夏を、後席から郁代が擁護してあげる。
「…虹夏先輩もその頃は大変だったんでしょ?忘れちゃってもしょうが無いですよ」
「あ、あはは…そう言う事にしといて…」
それを聞きながら、違和感を覚える。
「…先輩」
「はい?」
「郁代。「先輩」はもう居ないよ。そろそろそれ、止さない?」
「…え」
郁代が戸惑いの表情を見せる。でも、これは譲れない。
「わたし達は「仲間」だ。この先、ぼっちや郁代に頼る事も必ず出て来る。その時に「先輩」なんて言われたら、格好つかないよ」
ぼっちは「へへ…頼られる」とか呟いてる。…論点が違うぞ、ぼっち。
「…そうですか………そう、ですね。解りました。もう、「先輩」は無しです。…なんて呼べば?」
ふむ。もうこの際…
「呼び捨てで良いよ。わたしは「リョウ」。こっちは「虹夏」」
「…こっちとか言うなし」
虹夏の不満は無視。わたし達は「仲間」で「運命共同体」だ。もう上下なんか無い。
「リョ、リョウ…」
ぼっちがポソリと呟く。…あれ?凄く恥ずかしいぞ、これ。何故だ!ヤバい!
思わず顔を手で覆ってしまう。顔がえらく熱い。
「言わせといて照れるな!おバカ!」
それを見ていた郁代。う〜ん、とひと唸りして。
「やっぱり「リョウさん」「虹夏さん」でお願いします」
郁代に気を使われている…情けなさマックス。
「わ、わたしも「リョウさん」「虹夏ちゃん」で」
…それ変わって無いじゃねーか!「で」じゃないよ!
そんな事をワチャワチャやりながら、一先ずファミレスへ。
☆
ーーいらっしゃいませー。何名様ですか?ーー
「…こういう所に入ると日本に帰って来た!って気がします。ね、郁ちゃん」
「うん、そうだね!何かホッとするわね」
…え?ちょちょちょ!
「…郁ちゃん?」
「あ、はい…?」
「いや、郁ちゃん…って」
「…え?………あ」
ぼっちの顔が徐々に真っ赤に。おお、こんな時でも溶けなくなった!
「リョウ先…さん!…それは…その…色々ありまして…」
郁代の顔も真っ赤。何か赤提灯が二つ並んでるみたい。ププ。
「ほほう?その「色々」を聞かせて貰おうじゃない?」
虹夏探偵のお眼鏡に適ったらしい。掛けても無いのに「エアー眼鏡クイッ」をやってる。
「…解りましたよぅ…ええとですね、確かあれは…ひとりちゃんの誕生日の日に、まず…」
うん、そうだ。この感覚。暫く味わえなかった、欲していた…この雰囲気。
やっぱりこのメンバーは良いよ。
郁代言う所の「家族」だ。
その「家族」が、それぞれ最高の音を奏でる。素晴らしいじゃないか。
どんな「キモチイイ」事にも勝る。
今から音を合わせるのが、楽しみでしょうが無い。
ーーーーーーーーーー
結局皆の話は盛り上がりを見せ、只今朝5時。
車はファミレスを出て、金沢八景のわたしの家まで向かって貰っている。
「…う〜ん、流石に眠いねぇ。ぼっちちゃんと喜多ちゃんも、付き合わせちゃってゴメンね!ただでさえフライトで疲れてるのにさ」
虹夏ちゃんに謝られる。でも。
「わ、わたしも楽しかったです。ヘンな言い方ですけど…「帰って来た」って感じが凄く…します」
「そうですよ!やっと「家族の元に帰って来た」って気分です!」
それを聞いて、虹夏ちゃんの声が震えてくる。
「うん…うん!…二人共…ホントにおかえり!…ずっと待ってた!」
虹夏ちゃんは赤信号で車を停めると、ハンドルに臥せってしまう。
「…虹夏ちゃん。待たせて済みませんでした。無事に帰って来ました…」
「虹夏さん。これからは…一緒ですよ?…ずっと」
わたしと郁ちゃんも、また感極まって。助手席のリョウさんは呆れながらもとても穏やかな笑顔で。
まだ他の車も余り走ってない薄暗い早朝。再び信号が赤に変わるまで車内の暖かな空気は続いていた。
☆
「あ、ありがとうございました」
家の前に着いて、キャリーバッグとその他お土産等、あとギター2本を下ろす。
彼から貰ったギターは、早速空港でリョウさんに目を付けられ
「ぼ、ぼっち!是非見せてくれ!」
と目を血走らせて迫られたので、ギグバッグから出して堪能して貰った。
「お…おお!これが本物か!ほう…ピックアップはこういう構成にしたんだ…弦は…これはぼっち仕様?…む、フレットまで替えてある…これ標準じゃ無いよね…」
…なんか凄い食い付きだったな。
郁ちゃんがレベッカさんから貰ったギターも、食い入る様に見ていた。
☆
「どうする?今日が駄目なら明日に延ばしてもらうけど」
虹夏ちゃんは、「ストレイビートに顔を出して」と言う依頼を司馬さんから受けているらしい。
「そんなすぐすぐじゃ無くて良いらしいんだけどさ」
その質問を受け、郁ちゃんと顔を見合わせ…頷き合う。
「いいですよ今日で。なるべく早く帰国報告したいですし。ただ…夕方くらいにして頂けると…」
代わりに郁ちゃんが答えてくれた。
「は、はい。わたしも大丈夫です。飛行機はファーストクラスでゆったり出来ましたし」
それを聞いた虹夏ちゃんの動きが止まる。
「…え、ファースト…クラス?」
あ、そうだ!虹夏ちゃん達は事情知らないんだ!
「虹夏さん、それはまた事情があって…向こうの空港で…色々と」
「…またオモシロ話が出て来たね。後でじっくり聞こうじゃないか」
郁ちゃんの説明にリョウさんが食い付く。
「…凄く興味があるけど…こんな時間だから後でまたたっぷり聞かせてね!」
「は、はい!」
虹夏ちゃんとリョウさんが車に乗り込む。…あれ、郁ちゃん?乗らないの?
郁ちゃんは運転席の虹夏ちゃんに「ごめんなさい、ちょっとだけ待ってて下さい」と伝え、わたしの前へ。そのまま家の横に連れて行かれる。
「ど、どうしました?郁ちゃん」
皆が見えない陰まで来ると、郁ちゃんはわたしをその情熱的な若草色で見詰めて…そのまま頬を押さえられ唇にキスを落とす。
「…また後でね」
ウインクひとつ。
「…はい」
レベッカさんから貰った、赤いレザーのダブルジャケットを翻し表に出て行った。
…カッコ良過ぎるよ、わたしのパートナー…
後からフラフラと表に出て行くと、郁ちゃんが虹夏ちゃんに冷やかされていた。
「何やってたのさー、もー!」
「何でも無いですよ?」
しれっと。
その後すぐ車は出発して行った。
「ぼっちちゃん後でねー!」そんな虹夏ちゃんの声と。
郁ちゃんの控えめなバイバイと。
既に助手席で寝こけてるリョウさんと。
それらを詰め込んで。
☆
「ふぅ…」
幼い頃からずっとお世話になった自分の家を見上げる。
ようやく帰って来た。
去年の秋。
あれ程沈んでいたわたしの心。それを全部受け止めてくれた我が家。
もう…すぐに出てしまうかもしれない、我が家。
今迄の想いが込み上げてくる。
ああ…わたしはこの家に守って貰ってたんだ。
鼻の奥がツンと痛む。でも、こんな所で泣いちゃいけない。
深呼吸をひとつ。…足りないのでもう2回。
鍵は…あ、あった。
ロンドンに居る時も、お守りのように身に着けていたこの家の鍵。
鍵穴に挿し込み、捻る。
ガチャリと内部で音が鳴り、回した感触が軽くなる。
鍵を抜いて、ノブに手を掛け…また深呼吸。
…よし。
ノブを回す。
ドアを押し込もうとして…あ、日本は外開きだ。…ドアを引く。軽い抵抗と共にドアが開かれ…
…ただいま!
ーーーーーーーーーーーーーー
…これは何だろう。
上り
その下にクッションがひいてある。
そしてその間に…何か居る。
それを観察していると、廊下の向こうからチャッチャッチャッとフローリングを硬いものが踏み付けて来る音。
…同時に「ウゥ〜…」という微かな唸り声。
え…忘れられてる!?
少し悲しい気持ちになりながら、「ソレ」に挨拶をした。
「ジミヘン…ただいま」
そこでやっと認識してくれたのか、ジミヘンは息を荒くして。
「ワ…」
「シィーーーっ!」
咄嗟に吠えようとするジミヘンを止める。
この目の前の「毛布の塊」は何か、判っていた。
毛布の端からピンク色が覗いている。
全く…こんな所で。
幸い暖房が効いていた(多分お母さんが効かせてくれていたのだろう)ので、寒くは無いのだろうけど…それでも…身体痛くなっちゃうよ。
毛布から出ているそのピンク色を、そっと撫でる。
「ただいま…ふたり」
待っててくれたのかな。それなら、悪い事しちゃったな。
暫く撫でていると、ジミヘンが堪え切れなくなったのか、「ワン!」とひと吠え。
ヴアッ!ダメだよ吠えちゃ!口に人差し指を当て、シーシーと黙らせようとする。…けど、それを遊びと勘違いしてか、ジミヘンは前脚を持ち上げ「ワン!ワン!」と本格的に鳴き始めてしまった。
ちょちょ!待って!ジミヘン、ステイ!
必死のアクションにも関わらず、ジミヘンの調子がどんどん上がっていく。
「ワン!ワン!ワン!」
「ちょ〜〜〜!」
気が付くと、わたしも大声を上げていた…
モゾリ
そんな声に反応してか、わたしの手の下でピンク色が動く。
「………ア」
結果的にわたしが起こしたようなもんじゃないか〜!
「………ン?」
寝惚け眼の我が妹と目が合う。
「…おはよ」
「………」
「…ただいま」
「…………だれ?」
絶賛不機嫌マックスの声で「姉」の存在を否定された。
確かに連絡しなかったよ?ジャケットも出て行ったのと違って黒のトレンチコートだし、髪は後ろで結わえてるし。
…でもね?顔は変わって無い筈だし…あ、もしかしてインターナショナルな顔になっちゃった?…へへ。それならしょうが無いかぁ〜。
「ふ、ふたりのビッグシスターだよ?」
「…だから、だれ?」
「………お姉ちゃんです」
はい…所詮わたしはドメスティックな女…
そんなわたしをふたりはジロリと睨み、信じられない事を言う。
「お姉ちゃんは居ません。…いちねん前、お星さまになりました」
………
ちょーーーーーっ!まって、え、待って!何でお星様になってるの!?ふたりの中じゃ、わたし死んじゃってるの!?
「…え、ふたりさん?ど、どう言う事?お姉ちゃん生きてるよ?ほら、足もあるよ?忘れちゃったのならしょうが無いけど…」
「………だったら!」
勢い良く毛布を跳ね除け、わたしに頭から突っ込んでぐる。
腹部にクリーンヒット!
「グフゥッ!」
勢いのまま、玄関に尻餅をつく。ドアにガツン!と背中をぶつけた。
「なんで!連絡もよこさないの!?ふたりは要らないの!?どうでもいいの!?」
わたしのお腹に顔を埋め、くぐもった声でまるで今迄の鬱憤を晴らすかのように叫ばれる。
…ふたり。寂しくさせちゃったね。ごめんね。
その態勢のまま、ふたりを抱き締める。イヤイヤと身体を振って逃れようとするけど、それも構わず。
「ごめんね。お姉ちゃんね、怖かったの。電話して…ふたりの声を聞いたら…帰りたくなっちゃうから」
「なら、かえってくればいーじゃん!むりにイギリスいなくていーじゃん!なんで!?」
グズグズと鼻を鳴らすふたり。お腹の辺りがどんどんと濡れていくのが解る。
「お姉ちゃんね。少なくとも、何かを掴むまでは帰れなかったんだよ。そうしないと…わたしはこっちで生きていけなかったから」
「しらないよ!そんなん言われたら何も言えないじゃん!だいたいお姉ちゃんが死にそうならふたりがお世話してあげればいーんだよ!ふたりが居るじゃん!それじゃダメなの!?」
ギュウッと腰に回る手に力が入る。それに赦しを乞うようにふたりの背中を優しく撫で、もう片手で頭を撫で。
「ふたり。それじゃダメなんだよ。ふたりは何も出来ないお姉ちゃんは…好き?ギターも弾けずにただボーッとしてるだけのお姉ちゃんは…好きになれる?」
優しく問い掛ける。この想いが伝わって欲しいな、と思いながら。
「…そんなの…キライ」
「うん。だからね、ふたりの前で「格好良いお姉ちゃん」で居る為に…わたしが何かに気付く為に…向こうに居なくちゃいけなかったんだ」
「…ずるいよ」
「うん…ごめんね」
「………お姉ちゃん…」
「…ん?」
「……………おかえりなさい」
「…うん、ただいま…ふたり」
ずっと玄関で抱き締めあった体勢のまま、そんな遣り取りを暫く続けていた。
程無くふたりから規則正しい呼吸が聞こえてくる。
…寝ちゃったか。
…ずっと気が張ってたのかな。ごめんね。ありがと。ずっと気にしててくれて。
ふと顔を上げると…そこにお父さんとお母さん。こちらを穏やかな笑顔で見詰めてくる。
「…ただいま。お父さん。お母さん」
「うん…おかえり、ひとり」
「ひとりちゃん、お帰りなさい」
お母さんがしゃがんでわたしと目線を合わせてくる。
「ひとりちゃん。見付けられた?」
主語の無い問い。でもやっぱり…お母さんには解ってるんだね。
「うん。見付けて…帰って来たよ」
「…そう、良かった」
心からほっとしたような表情。ありがとう、お母さん。
眠ったふたりを抱き上げてくれて、その手でわたしの頭を撫でてくれるお父さん。
「余り寝てないんだろ?ちょっと眠ると良いよ。起きたら…唐揚げを揚げようか」
安心するような笑顔をくれるお父さん。ありがとう。
「うん、ちょっと眠るね。…夕方から下北沢に行かないとならないから」
☆
久し振り…1年以上ぶりのわたしの部屋。
部屋に入ると…出迎えてくれたのはレスポール。
…だだいま、レスポール。
君は連れて行けなかったけど、でも…向こうで君に教えて貰った事に気がつけたよ。
今までありがとう。
君が居なければ、わたしの今は無いよ。
そこで、何と無く横を向く。
換気の為か、開け放たれた押入れ。その中は…わたしが出て行ったままで。
壁に貼ったポスター。
お父さんが取り付けてくれた小さなライト。
よれよれになったスコアブック。
持っていけなかった各機材。
そして…配信をする為のノートPC。
それらを見た時。
ブワリと。
今迄の「わたし」が頭を過ぎって。
ギターを初めて抱えた時。
初めて配信をした時。
その配信で、初めて視聴数が100人を超えた時。
「ギターヒーロー」として、ネットの中で人気になったと感じられた時。
はじめてバンドを組めて、嬉しくてアー写を壁一面に貼り付けた時。
作詞で散々悩んで、眠れぬ夜を過ごした時。
4人の初ライブの後で、興奮冷めやらぬ中ただギターを掻き鳴らした時。
パシフィカ君を、初めてこの部屋に連れて来た時。
誰かからのヘイトを受け、進むのも戻るのも出来なくなってしまった時。
それで、郁ちゃんが部屋に来てくれて、押入れの中で抱き締めてくれた時。
ロンドン行きを決めて、レスポールを持って行こうか最後まで悩んだ時。
いっぱい、いっぱい、いっぱい…
その時のわたしが…その時喜んだ、その時悲しんだ、その時苦しんだ…いっぱいのわたしが。
何処を見てもわたしが…居た。
「う…う、うう………」
家を見上げた時に我慢した涙が…抑え切れなく…なって。
「うう…うぁ…あぁぁぁぁぁ………………」
これは…何の涙なんだろう。
郷愁?後悔?安心?只の脳内整理?
自分でも判らず、只々涙を流していた。
☆
目が覚める。
慌ててスマホをチェックすると、まだお昼前。
ほっとひと息吐いた所で、傍らに布団が落ちてるのがわかった。
…掛けて…くれたんだ。
睡眠時間は余り取れてないけど、頭はスッキリした。
泣いたまま寝落ちしちゃったんだな。
ひとつ伸びをする。肩からポキポキと音が鳴る。
ボリボリと頭を掻きながら、階段を降りる。
リビングに入ると、両親が揃っていた。
「あぁ、ひとり…起きたね。今唐揚げが揚がるよ」
「…うん、ありがと」
「ひとりちゃん、席に座って。お昼にしましょ?」
「うん、お母さん。…ふたりは」
お母さんは、ふたりが居るであろう部屋の方を見遣りながら答えてくれる。
「まだ寝てるわ。昨晩…あの子殆ど寝てないから」
「…そっか」
やっぱり待っててくれたんだ。ごめんね。
丁度良い。ふたりには悪いけど。
「お父さん。お母さん。…話があるんだ」
「何かな」
「なあに?ひとりちゃん」
「…わたし、東京に出るよ。郁…喜多ちゃんと、一緒に暮らす」
「…そっ、か」
「…そう。…うん、わかった」
流石お母さん。決断が早い。
「…でも大変よ。覚悟しなさい」
「うん…そうだね。わかった」
「「それじゃあ、特訓しないとね!」」
…早まったかも…
ーーーーーーーーーー
「…ただいま…」
まだ明るくなったばかりの時間。
マンションのエレベーターに乗り、自分の家へ。
鍵を挿し込み解錠。ドアをそおっと開け…
「おかえり」
「キャアッ!」
「…なんて声だすのよ」
ドアを開けて入ろうとしたら、玄関にお母さんが立っていた。
「…早いのね」
「私が起きるのいつもこの位じゃない。忘れたの?」
…そうだった…忘れてた。
「郁代…それで?」
「それで…とは?」
「あなたは何も言わずに部屋に上がるつもり?」
ふう、そうだった。こういう人だった。
「ただいま」
「はい、おかえりなさい」
1年以上ぶりに、帰って来た。
☆
「後藤さんは一緒じゃ無かったの?」
「………え?、2時間位前まで一緒だったわよ?ひとりちゃんも自分のお家に帰ったわ」
「……………ふうん」
「…何よ」
「…別に」
二人でテーブルを囲んでお茶を頂いている。
まるで二人して牽制し合うみたいに。
…緑茶おいし。
「後藤さんと添い遂げたいの?」
ブフゥゥッ!!!
「ケホッ!エホッ!エホッ!」
「…もう、汚いわね」
お母さんが布巾でテーブルを拭いてくれる。
でも…な、なんて言う質問してくるの!?
「な、な…何、が…」
「貴女の車」
「…へ?」
「貴女の部屋」
「………え?」
「…後藤さんだらけじゃない。どれだけ好きなの…後藤さんの事」
確かに…「ハイパーひとり号」の中は、POPが踊り…ピンクに彩られ…更に助手席にはセント•ジャージが…
部屋にも…ひとりちゃんとの写真、そしてこれまたピンク色に彩られて、尚且つ壁にはひとりちゃんからブン取…頂戴したジャージ。
「…見たの?」
「見るも何も…貴女、車が車検だったでしょ?」
「………忘れてた」
「そんな事だろうと思ったわ。お父さんに頼んで出して貰ったわよ」
「………アリガト」
「部屋だって、ずっと放って置く訳に行かないでしょ?」
「……………ソウデスネ」
もう!もう!これだから、親には勝てないのよ!
「…まあ、良いわ」
お母さんは頬に手を当てて、ふぅ、とひとつ溜息をして。
「……………え?」
「…好きになさい」
…どう言う事?両親共、絶対モラリストだと思ってた。何しろ二人共公務員なくらいだし。
「実さんも「問題無いよ」ってさ」
「………うそ」
確かにお父さんはミーハーな所がある。少なくともお母さんよりハードルは低いと思ってた。…私に甘いし。
でも、どう考えも…私達の関係は、マイノリティ。
とてもマジョリティの権化、公務員とは相容れないと思っていた。
それが…
「…お母さんは良いの?」
「また貴女に出て行かれるよりは良いわよ」
「…ありがとう」
しみじみと両親の気持ちを噛み締めながら、お茶を頂く。
「あ、そうだ」
「…ん?」
湯呑みを傾けながら、お母さんが目で問い掛ける。
「私、家出て行く」
ブフゥッ!
ーーーーーーーーーー
「おい…虹夏」
「………ん、んぅ?」
リビングのソファでうとうとしながらお姉ちゃんの問いに曖昧な返事を返す。
「ぼ…ぼっちちゃんは何時頃来るんだ?」
何そわそわしてんの。我が姉ながら、ちょっと気持ち悪い。
…わざわざ起こし掛けた頭を再びスリープモードへ。
わざとらしくソファに倒れ込む。
「…おい!虹夏!」
「………さぁ」
「…さぁ…じゃ無いだろ!来るんだろ!?今日!」
…仕方無い。付き合ってやるか。
身体を起こす。もぉ…まだ寝不足で怠いんだからね。
「…はぁ…来るよ。夕方頃。それから皆でレーベルに行くけどね」
「…そ、そうか。スターリーには寄るかな…」
お姉ちゃんは顎に手を当て、何か心配している。
………心配するのがソレかよ。
「ちゃんと寄るよ。お姉ちゃんには感謝してるみたいだからね」
その言葉を聞いた途端、表情に花が咲く。…わかりやすっ!
「そ、そ、そうか。感謝…してるって言ったのか。ぼっちちゃんが」
あーもー!面倒臭いなこの姉は!
「言った!めっちゃ言った!店長さん好き好きって!」
「そ…そんな事は無いだろう…えへへ」
気持ち悪っ!めっちゃ気持ち悪っ!
おまわりさんこの人です。…ああでも、もうぼっちちゃん成人だわ。
いや、だから良いって訳じゃ無いんだけどさ。
もうぼっちちゃん売れちゃってるし。赤い
力が抜けて、再びソファに倒れ込む。
「お願い…ちょっと寝かせて」
「ぼっちちゃん…えへへ」
…気持ち悪!
ーーーーーーーーーー
「………あれ?ここ何処?」
どうやら未だにハイエートの助手席。流石にエンジンは切ってあるが、風邪を引かないように毛布を掛けてある。
「………にじかぁ(泣)」
ーーーーーーーーーー
久々の電車。
高校の時は、3年間ずっとこの路線乗ってたんだよなあ…
今日は平日。だけど午後の半端な時間だからか、それ程混んではいない。
さすがにふたりは今日学校を休ませた。
夜中から、何度言っても寝床から玄関に戻ってしまうらしい。…結局朝までそこに居たとか。
わたしが先程出て来る時も、泣き叫んで探して。
見付けたわたしに暫く抱き着いて、離してくれなかった。
「絶対に帰って来るから」と説得して、やっと解放して貰った。
本当に悲しませてたんだね。考えるだけで涙が出てきそうだ。
でも…更に悲しませる事になるかも…
家を出るってなったら…ふたりになんて言おうか…
そんな事をつらつら考えてたら、いつの間にか下北沢駅。
駅を出て、通りを歩く。
ここを通ったのも1年以上前、か。
所々工事用の柵は立ってるけど、基本は変わって無い。
ああ…帰って来たなぁ…
交差点を曲がろうと視線を左に向けると…スタパのカップを持って佇んでいるギグバッグを背負った赤毛の可愛い娘。
よし!ここはいっちょ…
「へ、ヘーイそこの可愛い子ちゃーん!お、おちゃ…しなぃ…です、か…」
さり気なく右手を上げ、爽やかな笑顔で近付く。
「…最後が締まらないわね。それに、もうお茶してるわ。…ついでに言うなら、笑顔が怖い。…5点」
「…10点中?」
「100点中」
ダメ出しオンパレード!しかも100点中う5点!赤点以下!?
「…もう!」
空いている自身の左腕を、わたしの右腕の間にスルリと潜り込ませる。
「そんな事しなくても、もう貴女のものよ」
頬を赤らめ、上目遣いでわたしの顔を覗き込む。
…可愛いなぁ…この娘、誰の彼女?
二人並んでスターリーに向かう。隣の郁ちゃんは、まるでロンドンっ子のように颯爽と通りを闊歩する。
赤のダブルライダースがとにかく似合う。
黒いレザータイトスカートも痺れる。
ヒール付きの黒いショートブーツがこれまた。
「格好良い」を集めるとこの娘になる、そんな感じ。
ミドルのウルフカットも似合って。
とにかく隙が無い。可愛いと格好良いの融合。
そんな彼女がわたしの耳元に唇を寄せて囁くように…
「…見過ぎ」
…膝から崩れ落ちました。
☆
「ごめんなさい!ちょっと遅れました!…ひとりちゃんが崩れちゃって…」
「ダイジョーブだよ喜多ちゃん。ぼっちちゃんも、古巣に帰って来た気安さで崩れちゃったかぁ…」
いえ…ある意味郁ちゃんのせぃ…わたしのせいです!だから、その…挑発的な瞳で唇をぺろりと舌舐めずりするの止して!…いろいろと!いろいろと問題が!主にわたしの方の!
「何かわかんないけど…相変わらずだねぇ、ぼっちちゃんは」
「ぼっちはぼっち。間違い無い」
何故にしみじみと言われるんだろう。わ、わたしだって変わったんだ!
「Ah〜well…」
「「「いいから!」」」
…全員に止められました。
皆で事務所まで向かう。この光景も、この雰囲気も…全てが懐かしく感じる。
ふとした拍子に頰が緩んでしまう。それを見た郁ちゃんも、穏やかに微笑んでいる。
やっぱり同じ気持ちなんだね。
これから…また始まる。
ここから…また始める。
この4人で。
☆
「良く来て下さいました。…後藤さん。喜多さん。…お帰りなさい。無事に帰って来て頂いて………」
司馬さんはそこまで言うと、言葉を詰まらせる。目を瞑り、自分を掻き抱くように両腕を強く身体に絡ませて。
すみません、とわたし達に謝罪して…それから顔を上げ…もうそこには、仕事人の表情。
「…仕事の話をしましょう」
この人は格好良い。
…………………
「ちなみに今、新曲は何曲出来てますか?」
「…今は2曲、あと一曲作り掛け」
司馬さんに問われ、リョウさんが答える。
「休止前に…ライブで演ったのみの曲が何曲かありますよね。それを合わせると?」
「…全部で8曲。作り掛けを含めてね」
「解りました…アルバムを出します。フルで…いいですね、リョウさん」
おお…と皆がざわめく。
今までアルバムは4枚程出して来た。
ミニが4枚。何れも4曲程の。
そろそろフルアルバムも良いんじゃないか…と司馬さんに休止前言われていたが、リョウさんが首を縦に振らなかった。
曰く
「まだ「これが結束バンドだ」って言える曲が集まってない」
からだとか。
わたしもそうだけど、最初期に作った曲のイメージが強すぎて。
その後の曲も…惰性だとは言わない。けど、バンドの倦怠期に合わせて曲自体のエネルギーが最初期の曲に比べて減って来ていたのは否めない。
「…ちょっと待って。最近の曲から…3曲はピックアップ出来る。それ以外はフルに入れたく無い」
「なんでよリョウ。どれも良い曲じゃん!なんでそこまで拘るの!?」
虹夏ちゃんの言葉にもリョウさんは動じない。そしてリョウさんはわたしを見詰め、静かに言う。
「ぼっち…ぼっちなら解るよね」
そう言われたら…正直に言うしか無くて。
「…はい。わたしもチョイスするなら…最近の曲で、3曲位」
皆がハッとした顔をする。リョウさんとわたしの意見が揃ってしまったから。
「…ひとりちゃん。理由を教えて?」
眉根を寄せた郁ちゃんに促され、俯きながらポツポツと理由を説明する。
「今まで作った曲は…どれも良い曲だと思います。でも…これはわたしのせいだと思うんですけど、休止前に作った曲は…ストレートな熱を感じる曲が少ない…気がして」
「ぼっちだけのせいじゃ無い。わたしもだよ。…ぼっちの感想は概ね正解。熱量が…足りないんだ。だから休止前に作った中で…3曲。それは使える」
「取り敢えず曲数を揃えたたけじゃ…ダメなんだろね。二人は」
虹夏ちゃんが零した言葉に過剰な反応をするように、リョウさんは真剣な目を虹夏ちゃんに向ける。
「虹夏は数が揃ってれば良いの!?ひと束幾らの音楽で良いの!?そんなものなら…フルアルバムなんて要らないよ!」
…まるで吐き捨てるかのように。
目を見開く虹夏ちゃんに、リョウさんは申し訳無さそうな顔で目を伏せて。
「…ごめん。でもね…次に出すフルアルバムは…結束バンドにとって、「勝負の1枚」だと思うんだ。今までもそうじゃ無かった訳じゃ無い。でも…今度出す物は…「結束バンドはコレだ!」ってものを出したい。「コレが駄目なら後が無い」って位の熱量を…聴いただけで心が火傷をおこすような…そんな1枚に、仕上げたいんだ」
俯きながら静かに語るリョウさん。でも、その身体からは…まるで紅蓮の焔が上がっているようで。
「…解りました。…でも、その3曲と…新曲の3曲。あと2曲位は欲しい所ですが…」
リョウさんが燃えている。それなら…わたしも燃えないと、噓だ!
「…書きます。あと2曲。1週間以内には仕上げます。そうしたらリョウさん…ひと月以内に仕上げてくれますよね」
わざと煽るように。リョウさんを睨み付ける。
「わたしを誰だと思ってるの。そんなに期間くれるなら、余裕」
リョウさんから強い眼差しが返ってくる。
二人で笑い合う。ニヤリと。
「あ〜も〜!また二人で分かり合って〜!…解ったよ!…リョウ、ぼっちちゃん、期待してる!」
虹夏ちゃんがサムズアップを呉れる。それに合わせるように、わたしとリョウさんはその拳に自身のをぶつけ合う。
…郁ちゃん?
郁ちゃんは眉根を寄せ、戸惑うような表情でわたしを見詰める。
「ひとりちゃん…大丈夫なの?」
いつもわたしが歌詞作りで散々悩み散らかしてるのを見てるから…その心配なんだろう。
わたしの手をキュッと握り、若草色を潤ませて。
「大丈夫、郁ちゃん。今のわたしは無敵です」
そんな大きく出たのは、何より郁ちゃんを心配させたく無いから。同時に、握られた手を更に強く握り返す。
「郁代」
リョウさんの問いに、郁ちゃんはその不安な瞳のまま顔を向ける。
「ぼっちは大丈夫。以前と違って、ぼっちの顔には確信が見える。昔の…ただ訳も解らず返答してたぼっちじゃないよ」
郁ちゃんがまたわたしに顔を向ける。わたしは不敵に笑ってあげる。
「うん…うん。期待してる」
「まかせて」
場所を忘れて二人で見つめ合う。
「そう言えば…ぼっちちゃん、いつの間にか喜多ちゃんより背が伸びたんだね」
不意に虹夏ちゃんに問われる。…確かにいつの間にか郁ちゃんを見下ろしてる…
まじまじと郁ちゃんを見る。そうか、見上げられてるから余計に可愛く見えるんだ。
郁ちゃんが「?」て顔で見上げてくる。…何か…背筋がゾクゾクする。とっとと何処かに連れ込みたい。
「他所でやれ!」
虹夏ちゃんに叱られる。
「いい加減にして」
リョウさんにも怒られる。
…ごもっとも
ともかく
わたしは深呼吸をひとつして、無言で拳を前に突き出す。そして郁ちゃんを見遣り。
郁ちゃんも意図を解ってくれたのか、ニコリとして拳を差し出してくれる。
虹夏ちゃんとリョウさんも、仕切り直しとばかりに拳を突き出して。
そしてゴツンと合わせる…前に。
「ほら…司馬さんも!」
虹夏ちゃんに促される。「…良いんですか?」と戸惑いながらも拳を差し出して。…その後ろから…
「…良いなぁ」
と、呟き。
皆でそちらを向くと、ちょっと拗ねたような目で頬杖をついている佐藤さん。
ーーぽいずんが なかまになりたそうに こちらをみている!ーー
「あーもー!ほら、ぽい…佐藤さんも!」
虹夏ちゃんが呼ぶと、「えー!?」とか言いながらも乗り気な佐藤さん。
6人揃って拳を突き出し…ゴツリ!
これから始める
「イタっ!指を立てるな!バカリョウ!」
そんな、デコボコだけど…だからこそ揃った足並みで。
ーーーーーーーーーーーーーー
アルバムとプロモーションの相談をひと度終え、スターリーに足を向ける。
道中、先程のわたしと郁ちゃんの熱視線についてからかわれる。
しょうが無いんですよ!郁ちゃんが可愛い過ぎるのが悪い!
「…でもさ…ぼっちちゃんも格好良くなったねぇ…」
…そうなのかな…
今の格好は、ケニーさんのトレンチコート。その中は郁ちゃんセレクトの赤い綿シャツ。
ボトムスは膝にダメージの入ったカーキのワークパンツに靴は履き熟れたゴツ目のタクティカルブーツ。
髪は最近、長さはそのまま後ろに一つで縛っている。
楽だけど、とても格好良いとは思えない。トレンチコートは格好良いけど。
「そのコート、ライブハウスの人から貰ったんだっけ」
虹夏ちゃんに聞かれる。
「はい、わたしのジャケットと交換して貰いました」
「気になってたんだけど…その、内側に書いてある文字は何?」
今度はリョウさんに聞かれる。
コートの内側には、白ペンでびっしりと文字が書いてある。
「これは…働いてたライブハウスの、スタッフさんの名前です」
ケニーさん、トッドさん、アルさん…他、十名程の名前が書いてある。それぞれ本人に書いて貰った。
「…愛されてるねぇ。ギターヒーロー」
虹夏ちゃんに言われる。ちょっと恥ずかしい。
「…名前書いとけば、迷わずにまた帰って来るだろうって…マネージャーの方が」
「迷子か!」
あはは!と虹夏ちゃんに笑われる。その後、ポツリと
「…何処に行っても輝いちゃうんだねぇ…ヒーローは」
そんなひと言を。
「で、でも、郁ちゃんも凄いんです!ギターもだけど、この格好だって…格好良くないてすか!?」
照れ隠しで郁ちゃんの方に話を振る。
「そう!喜多ちゃんもチョー格好良いんだよ!そのジャケットは…?」
「はい!メアとレヴィ…私の師匠達から貰ったものです。ツアーなんかでも着てたものみたいで」
「コレ…ペイントなんかもワンオフだよね。…背中の百合と薔薇の意匠は?」
背中に咲き誇るチューダーローズとフルール・ド・リス。
「これは…私のボーカルの師匠「ナイト・メア」がイギリスとフランスのハーフなんです。それでその両方の国花を」
「…で、それ着てたのがパートナーの方なんだよね。愛だねぇ」
ルイスレザー製の真っ赤なダブルライダース。その背中には百合と薔薇が咲いていて。多分型からオーダーメイド。…買えば幾らするのか…
「これはあたし達も格好を合わせないとかなぁ」
その言葉にリョウさんが反応する。
「方向性を合わせるのは良いと思う。…でも、無理に似たような格好しなくても良いんじゃないかな」
「そう言いながらリョウ、今日スマホで革ジャンのサイト見てたよね」
「…それはそれ」
「もー!寄せる気マンマンじゃんか!」
…やっぱりこの4人で居るのは最高に楽しいな。
☆
「や、やっぱり緊張しますね…」
「自分達のホームだよ!?」
「そうは言っても…何故か怒られそうで…」
「喜多ちゃんまで!怒られないから!褒められるから!」
「ププ…初めてライブハウス入る客みたい」
「リョウ!茶化さない!」
わたし達は通りから階段を降りた所にある「ライブハウスSTARRY」の扉の前で、モダモダしていた。
逃げ去った訳じゃ無い。背中を押されて旅立ったんだ…けど、この緊張感は説明しようが無い。
メタルバンドのドラム並に心臓が強く早鐘を打っている。
ウルサイんだって!心臓!
「郁ちゃん…一曲歌って」
「…なんで!?」
「ほらほら!覚悟決めた!」
虹夏ちゃんがわたし達の背中を押す。もう入るしか無い。…いや最初から選択肢無いんだけど。
重い扉を開ける。
目前には鉄製の階段が数段。
外はもう暗いけど、それに同化するような薄暗さ。
店内は、ライブの準備が…あれ?静かだな。そう言えばいつもより暗いような…
カツン、カツンと階段を降りて…
「こ、コンバンハ〜。やってますか?」
「居酒屋じゃ無いんだからさ…」
虹夏ちゃんのツッコミを背中で受けつつ、周りを見回す…ホントに誰も居ない?
そんな時、照明ブースで人影がゴソリと。次の瞬間…
カッ!
スポットライトがわたしと郁ちゃんに集中する。
うぁ!眩しい!
手を翳して光を遮る…と。
「「「「「ぼっちちゃん!喜多ちゃん!おかえり!」」」」」
スタッフ、バイト…そして店長さん。
皆が声を揃えて、出迎えてくれる。
「ぼっちちゃん。喜多ちゃん。良く帰って来た。…良く無事に…帰って………」
目の前に現れた店長さんが言葉を詰まらせる。ふ、と横を向いて…片手で顔を覆って。
「ほら〜お姉ちゃん、泣かない!」
虹夏ちゃんに突っ込まれ、「泣いてねーよ!」と強がる。でも、手を当てた顔から零れる水滴は…
「て、店長さん!」
ボリュームが壊れた声を出す。周りの皆がビクリと反応する位。
「あ、ありがとうございました!店長さんのお陰で、「掴んで」これました!」
もう片手じゃ収まらないのか、両手で顔を押さえて後ろを向いてしまう。
「…何にもしてねーよ!」
強がりを言っても声は震えていて。
「店長さん!ありがとうございました!私も、自分を成長させる事が出来ました!」
郁ちゃんも頭を下げる。
「そうか…そ…っか…」
最早涙を流しているのを隠し切れず、俯いて声まで上げてしまっている。
それを潤んだ目で見ていると、本当に良い場所をホームに出来て良かった、帰って来て良かった…としみじみ感じる。
しゃがみ込んでしまった店長さんに、PAさんが背中を擦りながらハンカチを手渡していた。
☆
「…それじゃあ、仕切り直しだよ!」
虹夏ちゃんの掛け声で、わたし達の帰還パーティーが始まった。
皆で飲んで食べて騒いで…
ああ…ここが「わたし達の空間」だ。「帰って来る場所」なんだ。
皆笑顔で。笑い合って。たまには文句を言い合って。
楽しくて。嬉しくて。
「…ぼっちちゃん。頼みがある」
程良くアルコールが入って赤ら顔の店長さんに、話し掛けられる。
「何ですか?」
「…ギター、聴かせてくれないか」
…そろそろ来ると思っていた。
快諾すると、バッグから「ケイティ」を取り出す。
「…おお!それが…」
やっぱりこのギターは皆の注目の的だ。今日は他の2本のギター君はお留守番。
ステージに上がり掛け…ふと後ろを向く。
「…郁ちゃん!」
手を伸ばす。
郁ちゃんは一つ頷き、自らのギターを取り出す。郁ちゃんのギターも注目浴びている。
二人でステージに上がる。
「…何演る?」
「郁ちゃんの好きなヤツで。何を演っても着いていきますよ」
「…それ、私の台詞。バッキングを舐めないで」
郁ちゃんの挑戦的な視線を受けて。
「…じゃあ、アレ…演りましょう」
わたし達の…始まりの曲。
「虹夏ちゃん!リョウさん!」
「…もう、しょうが無いなぁ…」
「呼ぶと思った」
ステージに4人揃って。
そして、また走り始める為の。
わたし達の最初の一歩…その曲。
「聴いて下さい!ギターと孤独と蒼い惑星!」