「それでは、年明けの5日…で良いですか」
「はい!…大丈夫だよね、リョウ」
「…それまでには完成させる。…ね、ぼっち」
「………あ、は、はい!」
「二人共…大丈夫なんです?」
「それでは、予定は固めてしまいますね。では…5日にスターリーでライブ、そして月末にはフルアルバム。その翌月からはツアー…と。ツアーの場所と日程については改めて」
各自印刷されたプリントを貰う。そこには概略ではあるが、ツアーを回る場所が(仮)と言う文字と共に記入されていた。
「司馬さん…この日程、なんか大きいトコが多いんだけど…幾つのバンドと演るんですか?」
虹夏が首を傾げながら司馬さんに問う。確かにそうだよね。仮だとしても…載ってるのは8ヶ所。しかもほぼ全部がスターリーよりもキャパが多いトコ。場所表示の横に300以下の数字が無い。中には600とかいう数字まであるよ…
虹夏の問いを受けて、司馬さんは不思議そうな顔…え、まさか…
「…ワンマンですよ?全部」
……………
「「「「ええーーーっ!」」」」
「え、司馬さん…これ、埋まるんですか!?」
「埋まる予定で組んでいますが」
郁代の疑問に、さも当然と言うような態度の司馬さん。
「司馬さん…あたし達、言ってはなんだけど…まだまだそこまでじゃあ…」
「…知らぬは本人達ばかりなり、ですか…」
「…どう言う事?」
わたしの疑問にノートPCの画面を見せながら説明してくれる。
「いいですか?このメール、全部結束バンドの出演依頼です。更に個人の問い合わせも連日届いています。スターリーの伊地知店長もいつライブを演るのかと電話が鳴り止まないそうで。…そして、コレですね」
ライブハウスからの依頼が10件以上来ている。
次に司馬さんはPCのウインドウを切り替えてオーチューブを表示させる。
そこには少し前にアップされた動画が10件以上。いずれも例の「ロンドンの空港で撮影されたぼっちと郁代の動画」が並んでいる。
どれも数十万再生…中には百万再生を超えているものも。
話を聞いて、動画は見たけど…こんなに伸びてるとは…
「いずれも、火付け役は佐藤さんのコラムですね。「スターリーに行け」とか「こんな動画が」とか。プロモーションに関しては私共はあの人に負けてしまった格好です」
溜息と共に司馬さんが零す。
確かにあのコラムは見た。あの「私情バリバリ」のコラム。あれ、良く通ったよ。
「あれ、編集部に怒られなかったの?」
ふと思い付いた疑問を司馬さんに聞いてみる。司馬さんは苦笑いを浮かべる。
「…しっかり怒られたみたいです。佐藤さんと結束バンドのファンだという担当編集がノリノリで通してしまったみたいで。どう見ても肩入れし過ぎですよね」
フフフ…と静かに笑う司馬さん。笑い事で済むのかね。
「まあとにかく、それだけ結束バンドは認知されて来たと言う事です。これで「ストーリー」は出来上がりました。
…ストーリー?…ああ、そう言う事か。佐藤さんが前に言ってた「ストーリーを作ってあげる」ってのは、この事だったんだ。
だから無茶を承知であれだけ私情たっぷりのコラムを書いた。佐藤さん…ウチに力入れ過ぎじゃないかな。…いや、「ギターヒーロー」込みで…か。
まあ何でも良い。皆の耳を向けさせなけりゃ始まらない。
お膳立てありがとう。佐藤さん。司馬さん。後はわたし達の力次第だ。
「ぼっち」
「あ、はい」
「この後付き合って。仕上げる」
「………はい!」
話し合いを終え、ストレイビートを後にした。
ーーーーーーーーーー
「…で、何で郁代が居るの?」
「ひとりちゃんが居るからです!」
「…理由になって無いよ…」
頭を抱える。例え一時でも離れたく無いらしい。
「まあ百万歩譲ってそれは良いとしよう。…なんで虹夏も居る?」
「ん?…皆が居るから」
「余計理由になって無いよ…」
結局、わたしの家に全員集合してしまった。
どれだけ仲良いんだよ、ウチは…
曲作りに全員参加なんて、聞いた事が無いよ…
「まあいーじゃん!何か良いアイディアが出るかもよ?」
…言ったね。
「解ったよ、後悔しないでね。虹夏、スティックは持ってるよね」
「持ってるけどさぁ…叩くモノ無いし」
「後悔するなって言った。その辺の箱でも雑誌でも掻き集めて」
「え〜?そんなのでリズム刻めって?」
「…後悔するなって言ったよね」
「わ〜かったよ!やるよ!」
いそいそと使えそうなモノを集める虹夏。よし。
「さて…じゃ…ぼっち、ここなんだけど…まずこれ聴いて」
ノートPCからAメロのリフだけ抽出して流す。
「ん…いいですね。…次はどんな感じですか?」
「じゃあ、連続して流すね」
「………全体の流れは格好良いです。ただ、ソロはもうちょっと凝っても…良いですかね。今のを参考にすると…こんな感じで…」
自らのストラトを取り出すと、生音のまま流れる様に音を紡ぐ。うん、素晴らしい音。何か贅沢をしてるみたいだ。
「…ちょっと浮かないかな?」
あくまで生音だから参考程度なんだけど…ギターが際立ち過ぎてないか。
「…あ、それじゃ…郁ちゃん。その前のリフから付いて来て」
「ちょっと…待ってね………ん、覚えた。それじゃ、行くわよ」
「うん!」
幾らか流して弾くと、郁代は躊躇無くぼっちに付いていく。
それを聴いて、正直…驚いていた。
ここまで…ここまで成長してたのか。フレーズを1、2回通して弾いただけだよ。それを、ここまで…
流石にうろ覚えの所もある。でも、躓く事無くぼっちに付いて行っている。ウチの「超絶技巧リードギター」に。
背筋がゾクゾクと粟立つ。心臓が激しく唸る。後頭部が痺れてくる。
この間までは気付かなかった。スタ連の時、「しっかり練習してきたね」くらいの感想だった。
でも、今弾いてる曲は、「今初めて知った曲」だ。
もしかして…郁代、凄まじくスキル上がってないか!?
わたし自身、郁代の「歌」だけに注意が行っていた。それは、余りにも「歌」が凄かったから。
でも…ギターも。その辺のなまじっかなギターじゃ立ち打ち出来ないぞ。
歌とギター。郁代にそれを教えたという二人。どんだけ叩き込んだんだよ。ウチの「ギターのバケモノ」に…下手するとそのうち匹敵してくるよ。
楽しそうに、嬉しそうに。二人は演奏を続ける。
ぼっちが「あ、郁ちゃん。それはこう弾いたほうが…」と言うと、打てば響くとばかり「うん………こう、ね」とすぐさま追随する。
わたしの頭の中で、次々にイメージが膨らんでいく。止まらない。
二人共、異常だよ。オカシイ。どうかしてる。
…そんな事を考えていると…
ドン!パン!
「出来たっ!」
ビクリとしてその音源の方を向く。…と、そこにはニンマリとした虹夏。…え、今何叩いたの!?
そこには樹脂製の衣装ケースとプラのファイル入れが並んでいた。それぞれテープを貼ったり補強したりで改造してある。クッションをひいた雑誌なんかも並んでる。
でも…虹夏。普通そんな音出ないよ。幾ら改造しようと。どんだけスナップ強いの?
…訂正しよう。
「みんな」異常。なんだウチのメンバーは。笑っちゃう。
二人のギターにドラムが加わる。
「あ、やっぱり虹夏ちゃんの音…安心する」
ぼっちが虹夏に微笑む。虹夏も真冬に咲いたヒマワリのような笑みを、ぼっちに返す。
しょうが無い。わたしも行くか。
「リョウ。なにニヤニヤしてんのさ」
「…別に」
なるべく表情を見せないように、ベースを構える。…なんか顔が熱いな。
「リョウさん!早く!」
郁代に促され、顔は渋々、心はウキウキで演奏に加わる。
そして、誰も聴く事無い即席ライブは開幕した。
楽しい。楽しい。楽しいぞ!ぼっち、郁代、虹夏。
ーーーーーーーーーー
「はい、はい…いえまだ決まって無いんです。もうすぐ決定すると思いますから…はい、それからチケット販売なので…や、事前予約は無いんです。…はい、決定次第すぐホームページに載せます。はい、それじゃあまた」
電話を切る。
…はぁ…もう今日だけで20件。昨日も30件くらい来たぞ…いい加減、勘弁してくれ。
こんな事は…シデロスがウチで演った時以来か。
…結束バンド、これは…ハネるぞ。
「高みに行く」バンドは、突然クる。見えない力に引っ張られるように。唐突に「テッペン」まで行ってしまう。
ただ、それでテッペンに居続けられるかは、それは本人達の実力次第だ。
技術だけじゃ無い。運だけでも無い。本当の「光」。
それらを全部ひっくるめて「実力」
どうか強烈な光を放ち続けてくれ。輝き続けてくれ。
星の向こうで見ている母さんに…届くように。
ーーーーーーーーーー
「ヨヨコちゃん」
もう12月も半ば過ぎ。新宿FOLT。
クリスマスライブの為に久々に顔を出したら、銀次郎店長に呼び止められた。
「…なんでしょう、店長」
店長はやけにニコニコしている。何か良い事あったのかしら。
「コレ。預かってるわ」
手渡されたのは、下北沢スターリーのライブチケット。シデロスのメンバー分。
…ワンマンライブね。バンドは……………そうか。やっと始動か。
「わたしも頂いたの。後、シクハックの皆にも。世話になった方達に、って」
「そう…い、行けるかどうか判りませんけど」
「…行くんでしょ?」
「…予定が空いていれば…」
店長、ニヤニヤしないで下さい!私そんなに暇じゃ無いんですけど!
…あれ?5枚?…ある。
「店長…5枚ありますけど…枚数間違いじゃ?」
幽々の人形分…じゃ無いわよね。
「あ、それね。何か後藤ちゃんが「お世話になったバンドの彼」に渡してくれって。…誰だか判る?山田ちゃんが「大槻さんなら知ってる」って言ってたんだけど」
………
アハハ。強烈な皮肉ね、後藤ひとり。それとも、本当に「世話になった」って思ってるのかしら。彼女らしいお人好しさだわ。
「解りました。…でも、いつ来るのか。…店長、最近ココに来てる…やたらグルービー連れたギターの子、いつ来ます?」
「…え、あぁ…彼ね。後藤さんと繋がりがあったの?彼なら今夜ライブ入ってるけど。…もうすぐ来るんじゃないかしら」
ちょうど良いわね。それじゃもう少し待ってようか。…暇じゃ無いんだけどね!
☆
「あ!…大槻さん。どうもっす」
この間の一件から、何故かこの子…私に対して腰が引けてるのよね。まあ良いわ。用事を済ましてしまいましょう。
「はいコレ」
「な、なんすか?………え、スターリー!?…しかも結束、バンド…のチケット………」
彼は随分と渋い顔をしてる。自分がやった事に引け目を感じてるのか。なら、そんなくだらない事やるなって話よ。
「何で…俺に?」
「さあ?後藤ひとりが「世話になったから」って話よ。後は自分で考えて」
本当に彼女が「世話になった」って感じてるんなら…貴方は「ギターのバケモノ」を誕生させる糧にされた…って事よ。
「俺…バカにされてるんすか?」
やっぱりバカね。この子。
「多分、彼女は本当に感謝してるのかもね。彼女を本気にさせた罪、背負いなさい」
「どう言う事っすか!?」
気色ばんで言い寄って来るが、これ以上のヒントは言っても意味が無い。
「自分で考えなさい。ただ、「それ」を聴きに行かなきゃ貴方はここで終わり。それ以上は無いわ。貴方が「上」を望むなら、そのライブは絶対聴き逃しちゃいけない」
「……………」
用は済んだ。FOLTを後にする。
「………訳解んねえよ…」
彼の呟きを背中で聞きながら。
ーーーーーーーーーー
「ひ、ひどりぢゃ〜ん!」
只今、オイオイと号泣しながら抱き着いてくる1号さんと2号さんに困惑しながら郁ちゃんを宥めるという高難易度ミッションをこなしております。後藤ひとりです。
「良いわねひとりちゃんは。…熱心なファンが居て」
そのブンむくれた顔も凄く可愛ぃ…いや、そんな事言ってる場合じゃ無く。
「郁ちゃん…見逃して下さいぃ…」
「見逃すと、その後ナニをするのかしらね!ひとりちゃんのスケベ!」
「な、な、何を言ってるんですか!?わたしは郁ちゃん一筋ですっ!」
「じゃ、今証明して!」
「ぅえ!?こ、こんなトコで!?」
「出来ないの?私が一番じゃ無いんだ!?」
言い合いをしている所に1号さん達が割り込んでくる。
「私達は喜多ちゃんより先にひとりちゃんの凄いギター聴いてるんですからね!」
「そうよ!喜多ちゃんはいつも一緒に居るんだからたまには私達に渡してよ!」
「わ、渡す訳無いじゃないですか!」
「久し振りにひとりちゃんの顔見れたんだよ!?その位譲って!」
1号さんと2号さんの手に頬を挟まれ、グリンと郁ちゃんの方を向かされる。
「そうだよ!この愛らしい顔、一年以上見られなかったんだよ!?今度は私達の番!」
「番とか無いですから!」
…誰か…何とかして………胃に穴が空きそう…
今夜はイブの前日。スターリーでクリスマスパーティー。イブとクリスマスの日はスターリーも営業をしているので、この日だけが店休日だった。
例年は店長の誕生日&クリスマスライブを演っていたが、結束バンドの演奏は年明けの「とっておき」にしたいので今夜は関係者だけを集めてパーティーになった。
スターリーのスタッフとバイト。そしてファン代表で1号2号さん。
ファン代表とは言っても、お二人にはPVを撮って貰ったりしているので、半ば関係者だ。
この先も「何かやりたい」と言っていた。その事で店長と相談していたみたい。ちょっと聞こえてきた話だと「コンペがどうの」みたいな話をしていたけど…正直解らない。
とにかく今夜は気兼ね無い集まり。わたしも気が楽だ…ったんだけど、先程の郁ちゃんと1号2号さんとの遣り取りで…すでにHPはゼロに近い…
「ぼっちちゃん、モテモテだねぇ」
「ぼっち、後で郁代に刺されそう」
虹夏ちゃんとリョウさんが飲み物を持って集まって来た。
「後藤さん。私も参加して良いですか?」
「ヒッピー先輩!あたしも!」
「えれはリョウさんが推しー!」
PAさん…大山さん…日向さん…いい加減にして…
…この人達は…もう!
「わ、わたしの身にもなって下さい!わたし何か悪い事したんですか!?」
「「「「「喜多ちゃん(さん)を泣かせた!」」」」」
…そ、それは…わたしが、悪い…のか?
郁ちゃんを見ると、わたしに背を向けてスンスンと鼻を鳴らしている。それを見た瞬間、心臓が跳ねる!
感情がぐちゃぐちゃになり、思考が停止。BPMマックスの心拍の勢いのまま、反射的に郁ちゃんの手を取ると出口扉に向かう。
扉を出る時、郁ちゃんが皆に向かってどんな顔をしているのかも気付かないまま。
☆
扉を出てすぐ、勢い任せに郁ちゃんを抱き寄せる。
「ご、ごめんなさい!郁ちゃんがそんなに悲しんでたの気が付かなくて!」
郁ちゃんはわたしの胸の中で何も言わず、わたしに身体を預けている。
「わ、わたしが調子に乗って郁ちゃんを泣かせてしまったんですね…郁ちゃんはわたしにとって一番大切な存在なのに。一番悲しませちゃ、いけない人なのに」
そこまで伝えて、やっと郁ちゃんがわたしを抱き締めてくれる。
「…ホントに私がイチバン?」
わたしの胸にくぐもった振動が伝わる。
「本当です。郁ちゃんがいるからわたしは息が出来る。わたしの心臓は、郁ちゃんの為に動いています」
郁ちゃんが、自らの顔をわたしの胸から肩に乗せる。その唇をわたしの耳に近付けて
「…私も」
くすぐったくなるような甘い声で囁いてくる。
暫くそのまま、そこに佇んでいた。郁ちゃんがペロリと舌を出したのは月明かりだけが見ていた。
☆
店内に戻って来る。やっぱり外は寒い。
虹夏ちゃんが郁ちゃんとひと言ふた事話している。それを横目で見ながらパーティーの輪に入っていった。
「喜多ちゃんのアクマ」
「…何の事でしょう?ひとりちゃんが可愛い過ぎるのが悪いんですよ?」
ーーーーーーーーーー
「それじゃあ皆さんご唱和を!せーの!」
ーー店長、お誕生日おめでとう!ーー
それぞれがプレゼントを持ち寄る。わたしは郁ちゃんと一緒に選んだ、スキンケアとヘアケアのセット。…成長したなぁ…わたし。
…ホントなら、ロンドンで買った「時計塔に龍が絡まっているキーホルダー」を贈ろうとして…郁ちゃんに秒で却下された。
その後「なんかやれ」と言うリョウさんのリクエストで、郁ちゃんとステージに上がる。
「…何演ります?」
「そうねぇ…やっぱりクリスマスだから…」
選んだのは、「ホワイトクリスマス」
郁ちゃんのアカペラから、わたしがアルペジオで合わせていく。
低音から高音まで淀みない「セイレーン」の実力を魅せつける。
それが終わると次は「赤鼻のトナカイ」
郁ちゃんのキュートな歌声に、今度は思い切り歪ませた音をぶつける。
大歓声を受ける。皆が一緒に歌ってくれる。
歌が終わった所で今度はわたしの番。全力全開で弦を唸らせる。
どんな音にも負けない、埋もれない、わたしだけの音。
ロンドンで出逢った皆が教えてくれた、「わたしだけの音」。
「それがお前の音だ」と。「それがお前の旋律だ」と。
これが「後藤サウンド」だ!
☆
わたし達の余興が終わり、皆が歓声を持って迎えてくれる。
「ぼっちちゃん。「自分の音」を見つけられたね」
店長さんが穏やかな顔で褒めてくれた。
そうなのかな。それだったら嬉しいな。
「…自分じゃ解らないんですけど…聴いてくれる人がそう捉えてくれたら…嬉しいです」
そう聞いて店長は目を丸く見開き
「自信を持て!」
バシン!と背中を叩かれる。
「ぼっちちゃん。元々お前の音は、誰も到達出来無さそうな音だったよ。…それが向こうに行って「唯一無二」な音になった。それを批判するようなヤツは、最早只の「言い掛かり」だ。ただ羨んでるだけだよ。そこにお前はもう辿り着いた。だから…自信を持ちな。もう「後藤ひとりの音」は揺るがない」
店長に晴れやかな笑顔でそう言われる。その言葉に視界が歪む。誰よりも貴女に評価されたのが、只々嬉しい。
「あ、ありが…とう、ございます…」
「あー!お姉ちゃんがぼっちちゃん泣かしたー!」
手で顔をぐしぐしと拭っていると、虹夏ちゃんが離れた所で騒ぎ出す。
「店長さん!ひとりちゃんに何言ったんですか!?」
「店長。それはマズいヤツ」
「店長〜、後藤さんに不満でもあるんですか〜?」
「店長!ヒッピー先輩を責めるならあたしも連帯責任で!」
「えれもいけないと思いますぅ〜」
やいのやいの
「…お前等うるせぇーっ!」
☆
パーティーが終わり、東京の乾いた冷気を浴びながら帰路に着く。繋いだ掌だけが温かい。
郁ちゃんを横目で見る。何やら思案顔。その顔が不意にこちらを向く。
「…ね、ひとりちゃん。今日…お家に行って良い?」
「え、あ、はい。良いですけど…郁ちゃんのお家は大丈夫なんですか?」
イブの前日とは言え、帰らなくて良いのかな。
「うん、大丈夫。もう年明け過ぎくらいから家を出るじゃない?だから…挨拶しておきたくて。ご両親と…ふたりちゃんに」
郁ちゃん…わたしの家族を大事にしてくれて、ありがとう。親どころか、ふたりまで。大切に思ってくれているんだね。
「郁ちゃん」
「…なぁに?」
「…大好きです」
「うん。私も」
ーーーーーーーーーー
もう夜も10時を過ぎる頃、ひとりちゃんの家に着いた。
連絡してくれたらしいから、ご両親も待っててくれてるのかな。
「ただいまー」
「お邪魔します!」
二人して玄関に入る…と、ふたりちゃんが待っていた。何故か仁王立ちで。眉間に皺を刻んで。
「喜多ちゃん、何の用?」
「え、あの…お邪魔して良いかしら…」
ふたりちゃんの態度に困惑する。
「ふたり!わたしのお客さんだよ!?」
「………ふん」
ふたりちゃんは鼻を鳴らしてリビングにすたすたと向かって行ってしまった。
「郁ちゃん…すみません」
「ううん、良いのよ。ふたりちゃん、気付いてるのかも…いえ、気付いてるわよね」
ひとりちゃんが連絡した時点で何か気付いていても不思議じゃ無い。なにしろ一年以上大好きなお姉ちゃんを独占してたんだもの。例えひとりちゃんが家を出るとふたりちゃんに言っていなくても、その事実だけで面白く無い筈よね。
「喜多ちゃん、いらっしゃ〜い!」
「良く来たね、喜多ちゃん」
リビングに入ると、ひとりちゃんのご両親が出迎えてくれた。いつ来ても、何時に来ても歓迎してくれるのよね。申し訳無いくらい。
「夜分お邪魔して申し訳ありません。お二人に話があってお邪魔させて頂きました」
頭を下げて…上げると、ソファの端でクッションを抱えて不機嫌丸出しのふたりちゃんが目に入った。…気不味い。
「まあ取り敢えず座って?ご飯は…食べて来たのよね?今お茶を淹れるわ」
美智代さんに促され、ソファに向かう…とふたりちゃんに睨まれる。ひとりちゃんに真ん中に座って貰い、私はふたりちゃんと逆側へ腰を下ろす。ひとりちゃんの向こうから、凄い圧を感じる。
…少なくとも、ロンドンに行く前までは凄く懐いてくれてたのになぁ…
ちょっと悲しくなっていると、直樹さんが話し掛けてくる。
「改めて喜多ちゃん。ロンドンではひとりの世話をしてくれて、ありがとう。帰って来た時、ひとりの表情が余りにも変わっていたんでビックリしたよ。良い経験をしたんだなって、良く解った。喜多ちゃんもそうなら良いんだけど」
美智代さんがお茶をお盆に載せて、キッチンから帰って来る。
「ホントに喜多ちゃんが一緒に行ってくれて良かったわ。私も安心出来たもの」
本当に良いご両親。素敵な方達。
「…私も…とても良い経験が出来ました。掛け替えの無い経験です。それは、ひとりちゃんと一緒に行けたからこそ…だと思います」
「…郁ちゃん」
ひとりちゃんと見つめ合う。…顔が良い…じゃ無くて!
「そう言ってくれて、僕達も嬉しいよ。…ひとりはね、小さい頃から本当に不器用な子でね。何事も一生懸命なんだけど、どれも上手く行かなくて。…それがこんなに……う、うぅ…」
ちょっとゴメン、と言って涙ぐむ直樹さんは洗面所に消えた。
「ゴメンなさい。あの人、涙脆くて。…喜多ちゃん。本当にありがとう。いつもひとりちゃんの傍に居てくれて。ひとりちゃんを…大事にしてくれて」
美智代さんも瞳を潤ませる。それを言えば私こそ…
「美智代さん。私の方こそひとりちゃんに助けられて今まで来ました。もう…離れられません。美智代さん。直樹さん。ひとりちゃんをこんな素敵な人に育ててくれて、ありが…とうござい、ます…」
我慢出来ず、涙が頬を伝う。両手で受け止めても、次から次へと溢れてくる。
美智代さんが席を立って、私を抱き締めに来てくれる。
「喜多ちゃん。ありがとう。ありがとう。そこまで想ってくれて、ありがとう…」
ひとりちゃんが私の背中を優しく擦ってくれる。…暖かい。
「そんな事無いもん!」
突然怒声が響き渡る。
はっと顔を上げると、立ち上がったふたりちゃんが鬼の形相で私達を睨む。
わなわなと震え、今にも私に迫って来そうな勢いで。
「お姉ちゃんはふたりが居ればいいんだよ!喜多ちゃんは要らな…」
「ふたり!」
ひとりちゃんが声を荒げる。
「…それは言わないで!言っちゃ…ダメだよ」
悲しそうな顔で。遣り切れない表情で。
「お姉ちゃんはもうずっとここに居るんだよね!何処にも行かないんだよね!」
「ふたりちゃん…」
何かを察したのか、ふたりちゃんが叫ぶ。私ももうこの場では「ひとりちゃんが家を出る」なんて言えなくて。
「ふたり」
そんな時ひとりちゃんが動く。ふたりちゃんの両肩を掴み、目を合わせて。
「お姉ちゃんね、お家を出るんだ。東京に住むんだよ。…郁ちゃん…喜多ちゃんと一緒に」
今までどんな場面でも見たことの無い真剣な表情のひとりちゃん。そっか…ひとりちゃんも悲しいんだね。ふたりちゃんと別れるのが、寂しいんだね。
十歳は離れた姉妹。ふたりちゃんは、言いたい事を全てひとりちゃんにぶつけて来た。それでもひとりちゃんはそれを全て受け止めて。その上で年の離れた妹を慈しんで来た。ふたりちゃんも、「掛け替えの無いお姉ちゃん」を愛して来た。
どちらとも離れ難い存在。それが、今…離れようとしている。
「うそ…だよね…出て行かないよね………ねえ、お姉ちゃん!うそでしょ!?いつものウソでしょ!?ねえ!喜多ちゃんになんて言われたの!?お姉ちゃん自分じゃ決められないから!喜多ちゃんなに言ったの!?」
「郁ちゃんは関係無い!」
ビクリとふたりちゃんの肩が跳ねる。大きな声を出された事が無いであろうふたりちゃんが、目をギュッと閉じる。
「わたしが決めたんだよ。ふたり。わたしがそうしたいって…決めたんだ」
ひとりちゃんは目を逸らさない。目を瞑ったままのふたりちゃんを、見詰める。
「ふたり、ごめんね。一年以上も連絡しなくてごめんね。帰ったと思ったらすぐ出てっちゃうお姉ちゃんでごめんね。今までずっと駄目なお姉ちゃんで…ごめんね」
「もう…」
「…ん?」
「もう、いいよ!」
抱き締めていたクッションをひとりちゃんに投げ付け、ふたりちゃんがリビングを飛び出て行く。そのまま階段を上がって行ったみたい。
「ひとりちゃん…ごめんね」
「…郁ちゃんは何も悪くないよ。わたしと…ふたりの問題だから」
その言葉で決意した。ひとりちゃんの問題なら、私の問題でもある。特に私がひとりちゃんと同居する為の問題なら…私が関わらなくてどうする!
「ひとりちゃんはお風呂でも入ってて。私が行って来る」
「え…でも」
困惑するひとりちゃん。でも、ひとりちゃんのやるべき事、役目は今終えた。
今度は私の役目。見てなさい、ふたりちゃん。喜多郁代はしつこいわよ。
リビングを出ていこうとする私に、ご両親が声を掛けてくれる。
「喜多ちゃん。ふたりは…いつもならとうに寝てる時間だけど、二人が来るって待ってたんだ。だから…宜しく頼むよ」
「喜多ちゃん。ありがとう。無理な役割をさせちゃうわね。…ごめんね」
その言葉を受け、ご両親に微笑む。
「ひとりちゃんの妹なら、私にとっても妹です。任せて…なんて無責任な事は言えませんが、やってきます。ふたりちゃんが納得してくれるまで…やってきます」
元々ひとりちゃんのお家に来たのは、「この事」を覚悟する為。
ーーーーーーーーーー
階段を登る。ふたりちゃんは何処に居る?…ひとりちゃんの部屋の襖が半開きになっている。中から明かりは見えない。
そうっと襖を開ける。…居た。
暗い部屋の中、スタンドに立て掛けてあるレスポールの前にしゃがんでいる。
…何となく幻視した。
もしかして、ひとりちゃんが居ない間…ふたりちゃんは毎晩こうしていたんじゃないか。「置いて行かれた」同士、慰め合っていたんじゃないか。
涙が込み上げてきそうになる。…ダメだ!私が泣いちゃダメだ!
なるべく音を立てずに部屋に入り、ふたりちゃんの横に足を抱えて座る。
「…どっか行って」
こちらも見ずに言い放たれる。
…いきなり先制パンチが来たわね。でもその位でメゲてちゃひとりちゃんのパートナーは務まらないの。
「やだ」
「ここはお姉ちゃんとわたしの場所なの!…だから…どっか行って」
「やだ」
「…なんで!…」
「ひとりちゃんとふたりちゃんの場所なら、私の場所でもあるの。だから…やだ」
「喜多ちゃんは関係ない!」
頑なに拒否するふたりちゃん。でもね、負けてやらない!
「…あるわ。ふたりちゃん、私はね…ひとりちゃんとずっと一緒に居るわ。多分、死ぬまで…一緒に。だからね、ふたりちゃんとも一緒に居る。住む場所が違っちゃったとしても…ずっと一緒。この繋がりは、切ってあげない。だから、諦めて。ずっとふたりちゃんに付き纏ってあげる」
フフ…と笑いを漏らす。ふたりちゃんは真っ赤にした目を、やっとこっちに向けてくれた。
「ふたりは…「ひとりぼっち」じゃ、ないの?」
「ひとりぼっちになんか、してあげない。私、しつこいのよ?私達は、そうねぇ…「3人ぼっち」かな?…どう?」
見る見るふたりちゃんの顔が歪んでくる。その可愛らしいほっぺに涙が伝う。それは、次々と溢れてきて。
「喜多ちゃん…ごめん…なさい。ごめ…うぁぁ…なさ、い」
とうとう泣き出してしまった。私に縋り付くように、ギュッと腰に手を回して。
「ごめんなさい!ごめんなさい!うぁぁぁぁ!」
余りにも愛おしくて、私も包み込むように抱き締める。
「ふたりちゃん。ひとりお姉ちゃんはふたりちゃんの前から絶対に居なくならない。それは「本物のお姉ちゃん」だから。私は「偽者のお姉ちゃん」だけど、ふたりちゃんとずっと…繋がってるよ」
「ふたりにとって、どっちも「本物のお姉ちゃん」だよぉ!」
「ありがとう…ふたり」
二人して泣き腫らして、抱き締め合って。そんな部屋に月明かりが優しくて。
☆
「あ!郁ちゃん!ど、どう…え、ふたり…」
2階からふたりちゃんと降りてくる。手を繋いで。
「これからお風呂頂いても良いですか?」
美智代さんに問うと、ホッと安心したような表情を向けてくれる。
「ええ…ゆっくり入ってきてね。…二人で入るんでしょ?」
私も満面の笑みを返す。
「はい!…行こ?ふたり」
「うん!」
自分と入ると思っていたのか、ひとりちゃんが一瞬動いて、止まる。
「え…え?ふ、ふたりと?それに、「ふたり」って…」
動揺してるひとりちゃんに言い放つ。
「ひとりちゃん、邪魔しに来ないでね。姉妹のスキンシップを邪魔すると、馬に蹴られるわよ?」
ウインクひとつ。
「そうだよお姉ちゃん。おウマさんに蹴られて!今日は「こっちのお姉ちゃん」と入るから!」
「あ、え?…ええ!?」
あたふたするひとりちゃんを置き去りに、ふたりちゃんとお風呂場へ向かう。
「喜多ちゃん、ありがとう」
途中、直樹さんに感謝の言葉を貰う。
「…妹の事ですから!」
「そっか…ありがとう」
身体を洗い、湯船に突入!
私の胸にふたりちゃんが凭れ掛かってくる。
「…喜多お姉ちゃん」
「なぁに?ふたり」
「…なんでもない!」
私にしがみついてくる。あ…そうだ。
「ふたり?」
「…ん?」
「「郁代お姉ちゃん」て呼んで?」
「…いいの?」
「うん。ふたりになら、そう呼んで貰いたいな」
「…うん!わかった!」
えへへ、と照れた様な笑い。
「いくよお姉ちゃん」
「なぁに?」
「…お胸、硬い」
太い槍を刺されたような衝撃!ちくしょう!どうせひとりちゃんより弾力が無いわよ!
「ふたり〜、そ〜いう子はぁ〜、こうだ!」
全身をコチョコチョ!
「や、やめ!キャァーーーッ!」
この日、私に「妹」が出来た。
念願の、妹。