すぅー
はぁぁー
すぅー
はぁぁー………
…吐きそう……………うぶ…
ふわり
背中に暖かい感触。しかも、3つ。
「あはは…ぼっちちゃん、今更緊張?」
「ぼっち。いよいよスタートだよ」
「ひとりちゃん…皆待ってる」
今日は…いよいよ新生結束バンドの、スタート。
わたし達が、再び走り始める日。
ーーーーーーーーーー
「さて…セトリ決めたい」
年の瀬も迫って来た頃、バンドミーティングでリョウさんが発言する。
「やっぱり最近の楽曲から拾ってくのが順当じゃないの?そこに新曲絡めてさ」
「そうですねぇ…ウチもまだまだベスト盤作れる程の曲数は無いですから…それが良いのかと」
「…ぼっちは…どう思う?」
二人の言葉を受けて、リョウさんがわたしに問う。その瞳は
ーーそうじゃ無いよねーー
と言っているようで。
その瞳を受け、わたしの考えを提案する。
「…わたしは、「仕掛け」を作りたい…です」
「…仕掛け…って、ひとりちゃん、どう言う事?」
郁ちゃんに問われる。
「あ、仕掛けと言うか…流れ…ですかね。今度のステージは、ある意味特別なものだと思うんです。結束バンドのリスタートとして。大袈裟に言うと…終わりと、始まり…の、ような」
「終わりと…始まり…か」
リョウさんが呟く。
「…いいね、そのコンセプト。まさに「新生」結束バンドの始まりだね。…それで、何か具体的な考えがあるの?」
リョウさんの問いを受けて、ノートを取り出す。そこにペンで文字を書き込んでいく。
「取り敢えず今、思い付いたのが………」
ーーーーーーーーーー
久々だなぁ、この空気感。
舞台袖に居るだけで、フロアからの熱を感じる。
…皆、待ってくれている。
スタンドに掛けてあるストラト…ケイティをひと撫で。
あの、「スーパーバンド」たる彼等から感じたもの。
演奏の舞台は、まさに「演劇の舞台」のようなもの。
一人一人が役割を演じ、その舞台を作り上げる。
その舞台を一つの「パッケージ」として観客に届ける。
演者と観客すら「舞台装置」の一つ。
それこそライブハウス自体が「生き物」になる。
その生き物の「肚の中」で、目一杯暴れてやる!
ーーーーーーーーーー
「おい、PA。ちっとは観客落ち着いたか?」
「…ダメですねぇ。中に入れたお客は…まあ、仕様が無いとしても…」
言いながら二人でフロアを見遣る。熱狂で壁が抜けそうだ。
「…それにも増して外ですね。チケットを買えずに…それでも諦め切れないお客さんがまだ沢山群がってますね」
外にはチケット購入を逃した客で溢れていた。ライブ配信を演るのだし、中に入れないのだから帰れば良いものを、集まった皆が「何か」を感じてその場を去るのを躊躇させる。誰しも、「歴史の始まり」を感じたくて。それ位、皆が「何かの胎動」を肌で感じていた。
「どうしたもんかね…」
「どうしましょう…」
星歌とPA、二人して頭を悩ませる。そこへ
「せんぱぁ〜い、どぉしたのぉ〜?」
そんな呑気な声が響く。
「…ああ、廣井か。お前こそどうした」
おにころをズズッと啜り、にへらと笑って答える。
「どうしたじゃないですよぉ〜。ぼっちちゃんからチケット貰ったから来たんですよ〜」
シクハックのメンバーにはとても世話になったひとりと喜多。そこでどうしても復活ライブを観て欲しくてチケットを渡していた。廣井の後ろには志麻とイライザも居る。
「そうか…そうだったな。…お前達、ぼっちちゃんをありがとうな。お陰で「ギターのバケモノ」が生まれたよ」
思わず目が潤む星歌。我が事のように…いや、我が事よりも、嬉しい。
「ほんとぉ〜に先輩はぼっちちゃん大好きだねぇ〜。…わたしも愛して?」
「アホゥ!何言ってやがる!…今はそれどこじゃねぇんだよ」
「外の事?エラい事になってるねぇ」
「そうなんですよー。店長と、どうしようか考えてまして」
「ライブ配信も演るんだし、何も外で待って無くても…なぁ」
「やっぱり、「その場の空気感」を味わいたいってあると思うよ〜」
星歌と廣井とPAさんが話し合っている横で、手が上がる。
「あの…」
「どったの志麻」
「予備のスピーカーはありますか?」
志麻の提案に、皆がハテナマークを浮かべる。そこでいち早く気付いたのがイライザ。
「外に引いていく丿?」
「ああ、そうだ。音だけでも聴かせてやれば、幾らか納得はするんじゃないかな」
星歌も、志麻の提案に乗りかけた所で…ある事が気になる。
「余り外を騒がしくするのもなぁ…それに、外を整理しようにも…人員が居ねぇんだ。何より警察が来たら困る」
う〜〜〜ん………
「わたしがやってあげるわよ」
その声の方を向くと…新宿FOLTの店長、吉田銀次郎。
「銀次郎さん!…いや、それは流石に申し訳無いですよ!」
星歌の遠慮に銀次郎は苦笑で答える。
「もう今日はスターリーの一人勝ちよ。何しろ廣井や大槻ちゃん達も引っ張ってこられちゃったしね。FOLTは開店休業状態。…と言う訳で私はヒマ。…どう?」
実際、FOLT程のライブハウスがそんな事有る筈が無い。今日も営業の筈で、そうすればアソコで演りたいバンドは山程居る。スタッフに無理を言って任せて来たのが星歌には手に取るように解る。そもそも、銀次郎だってチケットを持った招待客だ。…しかし。
「…ありがとうございます!このお礼は…必ず!」
「任せて!お礼はそうねぇ…FOLTで演る結束バンドのライブ…で、どうかしら?」
星歌にしてみれば、自らが何の損もしない「お礼」でも、銀次郎はそれが良いと言う。
「あ、ありがとうございます。私じゃ決断出来ませんが…必ず演らせます!」
「ふふ…お願いね。それじゃ志麻ちゃん、イライザ、手伝って」
「解りました」「まかせてヨ」
二人の返事に廣井は困惑する。
「え…ちょっと二人とも…私は?」
戸惑う廣井に、銀次郎が正面から見詰める。
「あなたは見届けて上げなさい。それを、後藤ちゃんも願ってるわ」
そんな廣井に志麻とイライザも肩を叩く。
「廣井。それがお前の「義務」だよ」
「そうだヨ。何より後藤サンの晴れ舞台だも丿。「シショー」が見ててあげなくちゃ」
「そっか…うん、うん…アリガト、皆。出来が悪けりゃおにころ投げ付けてやるぞー!」
「「「「「それはよせ!」」」」」
ーーーーーーーーーー
「あら?志麻さん達何処行くのかしら」
先に入っていた大槻が、志麻とイライザが出て行くのを不思議に思う。
今日はシデロスもスケジュールを無理矢理空けて(あくび曰く「大槻さんが事務所に「この日空けなきゃレーベルを出る」とねじ込んでました」)、全員でスターリーに顔を出していた。
因みに皆変装中。余りにもシデロスは人気になり過ぎたので。
大槻の格好は、それこそその辺に居る女子大生そのもの。…目だけがガンギマリだが。
緊張で、2日前から寝てないらしい。
「やー大槻ちゃ〜ん。やっぱり来たね」
「姐さん…どうも。あの…志麻さん達はどうしたんですか?」
疑問に思った事を聞いてみる。シクハックも皆チケットを貰っている筈だが。
「や〜それがね…外の状態知ってる?入れない客がえらい混雑でさ…銀ちゃんと志麻、イライザが整理に行ってくれた。私は皆から「見届けろ」って」
シデロスは念の為、裏口から入れて貰った。何か騒がしいのは解っていたが、そんな事になっていようとは…
「じゃ、じゃあ私達も整理に…」
「スト〜ップ!大槻ちゃんが行ったら余計混乱するよ。メジャーバンドがインディーズの整理なんて、笑い話にもなんないよ」
「…でも…」
「大槻ちゃん、君も「見届け」な。君にこそ、その義務はあるよ」
廣井の、珍しい真剣な顔にたじろぐ。その廣井はすぐに表情をフニャリと崩して、
「ライバルだからねぇ〜」
と呑気な声。
「ラ、ライバルなんかじゃありません!」
その大声に、周りに居た客から
「おい…あれ、大槻じゃね?」
「シデロスも結束が気になるのかぁ…」
等とヒソヒソ声が上がり、ヨヨコはヘッドバンキングもかくやな勢いで真っ赤になった顔を俯ける。
「もーしょうがないっすねぇ」
隣から呆れたような声が上がる。あくびだ。
「ヨヨコさん目立ち過ぎるから、わたし達が行って来るっすよ。どうせこれじゃ、スタッフ足んないだろうし」
風子、幽々、行くっす。と連れ立って楽屋方向に向かう。
「や、やっぱり私も!」
そんなヨヨコの台詞を聞き終わる前に、あくびがヨヨコの前に立つ。
「ヨヨコさん。廣井さんの話、聞いてました?…シデロスのリーダー…何より「大槻ヨヨコ」がこのライブを、ぼっちさん達の音を聴いてて貰わないとダメっす。結束バンドの音に興味がある…恐れるなら、絶対に聴いて下さいっす」
いつになく真剣なあくびのその表情に、ヨヨコは頷くしか無い。
じゃ、行って来るっす…とあくび達は楽屋に消えた。
ーーーーーーーーーー
「凄い人だねぇ…」
「ひとりちゃん、人気者になったのね」
「おかーさん、皆いっぱい騒いでて、ちょっと怖い…」
後藤家御一行様もスターリーに来ていた。ふたりは背が低い分、観客に埋もれてしまうようで怖がっている。
「お父さんが肩車してあげるぞー!」
「…いい」
「なんで!?」
そんな遣り取りをしていると、スタッフの1人がふたりを呼びに来た。
「え…あ、はい。…ふたり、このお姉さんに付いて行って。「二人のお姉ちゃん」が待ってるって」
直樹に言われ、ふたりは美智代を見る。
「おかーさん、行って良い?」
「うん!良いわよ。喜多ちゃんはともかく、ひとりちゃんは震えてるだろうから…元気づけてあげて?」
ふたりは、そうか!と得心する。
「わかった!もーしょうがないなーお姉ちゃんはー!」
言葉とは裏腹に、跳ねるような勢いで楽屋に向かった。
☆
「あ、ふたり…」
「ふたり!いらっしゃい!」
両方の姉が挨拶をくれる。…しかし、構図がオカシイ。
なぜひとり
二人の間に無理くり身体を捩じ込む。ひとりが「あうっ!」とか言ってよろめいているが知ったものか。
「ふたり、どうしたの?」
郁代に優しい声を掛けられる。ヨシヨシが気持ち良い。
「ここは、わたしの場所」
郁代にギュッと抱き着く。
「そっかー。でもね、ふたり。夜はひとりちゃんの…」
「言わせないよ!」
虹夏に遮られた。
「…喜多ちゃん?…チェッとか言わない!後でやれ、後で!」
「妹が来たらいきなりカオスになった。オモロい」
「そこー!面白がるな!」
三角関係姉妹が爆誕した!
ーーーーーーーーーー
「あなた…いきなり襲われないかしら…」
「だーいじょうぶだって!久留代さん」
喜多夫婦もライブに来ていた。
「あなたは楽観的過ぎるのよ…今にも暴徒と化した観客が手に武器を持ち、善良な市民である私達を襲い始めたら…ああ…為す術なんて無いわ…」
「久留代さん…相変らず妄想爆発だねぇ…ほら、となりのご夫婦みたいに、楽しんでないと!」
その「楽しんでる夫婦」を横目で見る。
「美智代さん!いよいよだよ!楽しみだね!」
「そうね〜、ひとりちゃん大丈夫かしら?喜多ちゃんが付いてるから、大丈夫だと思うけど」
…ん?聞いたような名前が。ひとりちゃん?喜多ちゃん?
その女性の顔をマジマジと見る。…え?まさか…
道理で「後藤ひとり」ちゃんの顔を見た時、見覚えがある、と…
「み…美智代、さん?」
「ん?………あ!あぁ〜!久留代さん!」
その邂逅は突然なもので。そして必然かどうかは誰にも解らない。
その邂逅のあらましは、その後語られるかどうかも解らない。
あしからず。
ーーーーーーーーーー
「へぇ〜、随分と入ってるな…」
「堂々としてるようで、声が震えてんだけど」
オッサンとリナも、当然招待されていた。
オッサン、未だに人混みが苦手。人が10人以上集まると、怖くてしょうが無い。
「…ちょっと楽屋行こうよ」
「へえっ!?…ああ、そうだな。リョウに発破掛けてやんねえと」
「…発破が必要なの、アンタでしょ…」
☆
「虹夏ー!来たよー!」
「あ、リナさーん!来てくれてありがとー!」
キャーッと叫びながら手を取り合っているドラム師弟コンビ。それを横目で見るベース師弟コンビ。
「…来たんだ」
「…呼んだの、お前だよな!?」
オッサンは何となく周りを見渡す。
何故か小さい子の前で土下座しているリードギター。
それにしなだれかかるようにして、延々と電話をしているギタボ。
「何…このカオス」
「これが…結束バン、ド…だから…カッコイイ…でしょ?」
「お前…言いながら自分で笑うの止せよ…」
「…ふう。…でもね、オッサン。音を聴いて。一発で痺れるから。特に、アンコールの後」
「アンコール…の、後?…お前等、何か仕込む気だな?」
リョウは不敵に笑う。
「そんな大層なモノじゃ無いさ。ただ…ウチなりの「儀式」みたいなモン」
だから、アンコールしてね。とリョウ。わかった、と師匠。
☆
「虹夏、ちょっと腕出してみ」
「え…何さ…」
「いいから!」
虹夏の腕を取るリナ。そしておもむろに手首のマッサージを始める。
「や、ちょっとリナさん!大丈夫だから!」
「いーから、師匠の言う事聞きなよ」
ジタバタしていたが、観念して大人しくされるがままの虹夏。
「…良い腕になったねぇ…」
「太くなっちゃった?」
「そうじゃないって。…解ってるだろ?」
「…うん」
ただ単に照れ臭かったのだ。自分の事をさて置いて、あたしに出来る限りの時間を割いてくれたこの師匠の事が。尊敬しか無いこの人の事が。
「こっち…ちょっと強張ってるね」
そっちは…やっぱり解るんだ。
「シンバル…ちょっと高いかも…」
「そうだね…あと3センチ…いや、1センチ下げてみ?変わるから」
「うん…ありがと。師匠」
虹夏にそう言われて、ぶわりと顔を赤くするリナ。自分で言うのは良いのに、人から言われるのは慣れないんだから。
微笑ましくその表情を見ていた。
ーーーーーーーーーー
「予定通り…」
「都さん…笑顔が黒いよ…」
当然ストレイビートの結束バンド担当である司馬都も来ていた。
そして余り当然では無いが、ギターヒーローのほぼ追っかけのような佐藤愛子…旧姓ぽいずん♡やみ。彼女も来ていた。…そう言う意味では当然なのか。
彼女は私情バリバリのコラムを書いた…書いてしまった自粛明け。担当編集と共に反省文を書かされた。
編集は部署を飛ばされそうになったが、佐藤と共に
「結束バンドの音を聴いて!それで納得しなかったら、左遷でもコラム廃止でも何でも受け入れますから!」
と、勢いの余り編集長にしなくて良い約束まで担当編集がしてしまった。
頼むよ結束バンド。たかがコラム1本。されどコラム1本。わたしの人生は、貴女達に掛かってる!…と、アフターカーニバルな問題を結束バンドに押し付けた。
因みに編集長もどっかに居る筈。泣き叫ぶ担当編集からチケットを毟り取って渡した。お前の余計なひと言のせいだから、お前が罰を受けろ。
「…いよいよですね」
司馬さんが、誰に問うことも無いような言い方で零す。
それを何となく拾ってみる。
「これから…登れれば御の字。挫ければそれまで。まるで博打だよね。都さんも…私だって、そんなバンドは山程見てきた。大体挫けちゃったけど、ね。でも、結束バンドは…まだ完全じゃ無いかもだけど…ピースは揃った。ストーリーも付けた。登り詰められれば、ここから一気!…よね」
「そうですね。「掴んだ」バンドでも、その後に伸びなかった。今でもその原因は…解りません。最初からそういう運命だったのかも。ただ…登り詰めたバンドは、とにかく「風」が吹いていたんです。「上昇気流」が。何もかもを吹き飛ばすような「強い風」が。…結束バンドには、それを感じる。…それだけです」
「クールな振りして言い振りがアツいよね、都さん。もう「アツいキャラ」にしちゃえば?」
「…私は私です。それだけ。…ただ、今回だけはちょっと抑えられない…それだけですよ」
「ふふ…「それだけ」ね」
「そうです。「それだけ」です」
二人して笑い合う。
「それだけ」が、やけに強い言葉として響いた。
ーーーーーーーーーー
「1号ー!私、もうダメかも…」
「2号!しっかりして!まだ始まっても無いよ!」
何故かメンバー本人達以上に緊張している二人。
崩れ落ちそうな2号を、1号が抱き抱えていた。
寸劇を繰り広げているせいで、周りの客から距離を取られている。そしてそれは本人達は気付かない。
コホン…
「でもさ1号。ちょっと気になる事があったんだけど…」
「どうしたの?2号」
「ほら、私達でさえ楽屋には入れないじゃない?…で、さっきさ…トイレ行く振りしてちょっとだけ楽屋覗いたの」
…最早犯罪一歩手前である。
「そうしたらさ…なんと!」
「…いいから早く言いなよ」
1号の耳元で、コソリと囁く。
「…ひとりちゃん…ジャージ姿だった…」
「…ええーっ!」
周りの客がビクリと反応する。その視線を受けて、縮こまる二人。
いっそうコソコソと話し出す。
「…それってさ…何か、オカシイよね」
「そうなの。私の記憶が確かならば…ひとりちゃん、高校卒業の62日後にはジャージ、着てない筈なの。配信では着てたけど、外に出る時は喜多ちゃんにジャージ、止められてた筈だから」
「2号。私はアンタが怖い」
「でさ、その止められてたピンクジャージ…着てたの。…1号。このライブ、何かある」
「私の話、聞きなって」
「1号!私怖い!」
「だから聞けって」
ーーーーーーーーーー
「チッ!混んでやがるな…」
今日は取り巻きも居ない(チケット買えなかった…)し、ちょっと居心地悪い。
その代わり、ライブ配信をやるらしい。そこでアンチコメ連発…いや、それももう…な。
…解ってるさ。解ってるよ。
アレは…あのギターは、俺の理想だ。求める究極の姿だ。
何度も…何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も…求めて…練習してきた。
練習して…練習して練習して練習して練習して練習して練習して…俺のモノにはならなかった。
そして…俺は「その道」から…逃げた。横道に逸れた。
彼女から…目を逸らした。
それから…「オリジナルな音」という「逃げ道」を探した。
「自分の音」という「横道」に逃げ込んだ。
王道から逃げた俺に、当たる光なんて無い。
変化球だけの投手は、ある場所では重宝されるかも知れないが…豪速球の本格派にはどうやっても敵わない。
俺は…豪速球を投げられずに、小手先だけで勝負しようとした情け無いギタリスト。
どうしたらアンタに近付けた?
そもそも近付く事すら烏滸がましいのか?
アンタに悪感情を持たれても、気にして欲しかった。
気に掛けて…欲しかったんだ。
「こんな俺」が居ると…認識して欲しかった。
…それが…感謝…なんて、な。
何処まで俺を貶めれば気が済むんだよ。
…いや、気に掛けてすら、居ないよな。
所詮俺は…草野球の変化球投手。
アンタは…メジャーリーグの花形投手。
俺は、敗者コメントすら…残せない。
ーーーーーーーーーー
「だから…泣かないで、メア」
『だって…愛する妹に…グス…直接逢いにすら行けないのよ!?』
「そう言ってくれて嬉しいわ。その代わり、配信でイッパイ応援してね」
『あっ、ちょっ!まっ……………イク、やっと電話奪えたよ』
「レヴィ!ありがとう!…メアは大丈夫?」
「う〜ん、ダメだねこれは。もうイクが逢いに来るしか無いな』
「レヴィまで!そう簡単に行けないの!…解って」
『ハハ…解ってるさ。イクが上手く演れる事も、解ってる』
「…ありがとう。…今は何処に居るの?」
『今はフランクフルト…ドイツだね』
「時差は大丈夫なの?」
『こっちはまだ午前中さ。…笑える話なんだけど、本来昼と夜のライブにしてたんだ。けど、メアが「私、この日はライブ絶対演らないから!」ってキャンセルさ!アハハハハ!』
「…笑い事じゃ無いわよ…」
『それでさ、もっ…あ!ちょっと待て!あ……………イク?愛しのイク!声を聴かせて!』
「もう…さっき散々声聞かせたじゃない。…メア。お姉ちゃん。愛してるわ」
『…愛してるなら、すぐ帰って来て』
…何か、「厄介彼女」みたい…
「メア〜?」
『…解ってるわよぅ…そろそろ時間よね…』
「うん…また電話するから、ね?」
『…絶対よ?』
「うん!絶対!」
また電話の向こうからガサゴソする音。そして
『『イク!Belt it out!(歌い続けろ!)』』
二人揃って。
「…うん!ありがと!」
ーーーーーーーーーー
「ひとり姉。いい加減はんせいして!」
「…はぃぃ…」
21歳にもなって10歳の妹の前で土下座中の後藤ひとりです。ロックンロール!イェイ!
「ひとり姉!」
「ひぃぃ!」
「なんでまたその格好なの!?恥ずかしいよ!ひとさまの前に出る格好じゃないよ!」
…ふたりには、これをどう説明しようか…
「ぼっち妹」
「だいたいひとり姉は…」
「ぼっち妹」
「だからひとりは姉そんな…」
「…お願い。こっち見て」
「…泣くんなら、ちゃんと名前呼んでください!」
小学生に怒られる成人クール美人。とてもカッコ悪い。
…小学生の前に土下座する人間が二人に増えた。それを嬉々として激写する赤髪の女性。更にそれを視界に収め、嘆息する黄色いサイドテール。…ネオカオス。
「お前等いい加減にしろ!」
星歌の檄でやっとカオスが終了する。
ーーーーーーーーーー
「ねぇ、郁代姉。なんでひとり姉はあの格好なの?もうやめたんじゃなかったの?」
やはり納得がいかず、ふたりは話が通じる郁代に聞いてみる。
あまりにもダサいピンクジャージ。帰って来てから後ろに纏めていた髪も、纏めずにそのまま。まるで「昔の後藤ひとり」のよう。
郁代のフワリとした白いロングスカートにしがみつく。…ああ、こっちの姉は、優しい感触。
ふたりをヨシヨシしながら郁代は答えてくれる。
「…多分、あの格好は今日で最後よ。ふたり。良く見て覚えといてね」
ふたりを見て優しい笑顔を浮かべつつも、何処か少しだけ寂しげな表情。
…なんでだろ。ふたりは思う。何となく部屋を見渡すと、その隅にはひとりと郁代の格好良い衣装がハンガーに掛けられている。…あの服の方がカッコイイのに。わかんない。何か二人の姉が遠くに行ってしまいそうな気がして、しがみつく腕に力が入った。
そのひとり姉は、リョウちゃんと話をしている。二人共とても真剣な目。正座しながらだが。
「リョウさん。あそこの曲の入りって、タイミング的には…」
「…そうだね。その方が効果的かな…」
…なんか怖いよ。
わたしに虹夏ちゃんが寄って来た。
「ふたりちゃん。そろそろ始まるから、お父さんとお母さんのトコに戻ろっか」
「…うん」
「…あ、長谷川さん、ゴメンね!この子ご両親の所に連れて行ってあげてくれる?」
「了解っす」
マスクの女の人に連れられて戻って行く。部屋を出る時皆の顔を見ると…皆、顔が変わったみたい。…怖い。
「妹さん」
マスクの人に話し掛けられる。
「…なんですか?」
「今日の事は…良く覚えといた方が良いっす。あなたのお姉さんが、今迄のお姉さんで無くなる日かもしれないっすから」
「…わかんないよ」
「あはは…そうっすか。…でも、多分…忘れられないっすよ」
「………」
「妹さん、連れて来ました」
「ああ、ありがとう。…ふたり、お姉ちゃん達はどうだった?」
お父さんに聞かれる。…どうって…
「何かね、ちょっと…ちょっとだけ…怖かった」
「そっか。これから始まるからね。…色んな事が」
良く解らなくてお母さんを見る。お母さんはいつものニコニコ顔をしてる。
「ふたり。お姉ちゃん達はね、これから空を飛ぼうとしてるの。もしかしたら、誰も手の届かないトコに行っちゃうかもしれない。でもね、皆の事…ふたりの事は絶対忘れないわよ。だから、お姉ちゃん達を応援してあげて」
「…うん」
お姉ちゃん達は、どこか遠くへ行っちゃうのかも。もう、それはしょうがないって思う事にした。…でも、でもね…ふたりの声は届くとこに居てね。
ーーーーーーーーーー
「さて…いよいよだね」
皆で円陣を組む。虹夏が掛け声を掛ける。
「リョウ。大丈夫?」
「バッチリ。後はやるだけ」
ニヤリとして答える。掌を突き出す。
「喜多ちゃん。どうかな?」
「大丈夫です!ワクワクしますね!」
満面の笑みで答える。掌を突き出す。
「…ぼっちちゃん。…溶けないでね?」
「え…、な、何でわたしだけ…」
困惑しながら掌を突き出す。
「皆、ありがとう。ここまで来れた。…ここからまた、走り出すよ。新生結束バンドの、スタートだ!」
最後に虹夏も掌を突き出す。
皆の手が重なり合って…
「頑張ろう!楽しもう!せーの…」
オーーーーッ!
一斉に手を挙げる。
ーーーーーーーーーー
「そろそろかしらね…」
店外に居る銀次郎。客が歩道にはみ出ないように誘導する。
「あれ?銀次郎店長じゃないっすか」
声がする方に振り向くと、FOLT馴染みのバンドメンバー。
「あら?アンタ達も来たの?入れないの解ってるでしょ?」
スターリーとしては、早々にチケットのソールドアウトを宣言していた。当日来ても、バンドをやっている身なら解る筈だが…
「入れないのは解ってたっす。でも…店長も解りますよね。「その空気を浴びたい」って」
その言葉を聞いて銀次郎はほくそ笑む。
「アンタ等も、根っからのバンドマンね」
「ハハハ…俺等の他も、今日FOLTで演ってない奴らはかなり来てる筈ですよ。中に入れた奴も居るのかな。…逆に今日FOLTで演ってる奴は芋引いた…あ、すんません!」
「アハハハハ!良いのよ!そうね、今日此処に来てないバンドマンは不幸ね!…今日はね、一つの歴史が始まる日…よ。アンタ達も、この空気…覚えときなさい。絶対身になるわ」
「はい!」
若者が、音に身を投じて行く。それを見て、常識的な連中は訝しげな目を向けるだろう。
呪われてる…だの。騙されてる…だの。
良いじゃないの!死ぬ訳じゃ無し!
…死ぬ奴も居るかもしれないけど。
でも、そうじゃなければ生きられない奴も居る。そんな世間からはみ出た奴等の吹き溜まり。
それが
バンドマン
所詮、人は音が無ければ生きていけない
ーーーーーーーーーー
「あ!志麻さん!イライザさんも!」
「あれ?皆も来たの?」
それは、以前リョウに作曲を依頼したガールズバンド。
「貴女達…結束バンドに因縁があるんじゃない?」
それを聞いて、ちょっとバツが悪そうな顔をするリーダー。
「…悔しいんですけど…でも、今日此処に来なければ嘘だ、って思って」
彼女達も「この空気」にヤラれに来た口だろう。
「そうだネ!音楽演っててここに足を向けないのは損ネ!」
イライザの言葉にはにかむメンバー。
「後藤サンは凄いヨ!向こうで一緒に居た人は全員思ってル。…生で聴けないのは残念だケド…でも、スピーカー引いてあるから、少しでも楽しんでネ」
「…はい!」
ーーーーーーーーーー
ドクン•ドクン•ドクン•ドクン•ドクン…
すぅ…はぁ…すぅ…はぁ………
腕に抱えるパシフィカ君。どうか力を貸して。わたしも力を貸すよ。一緒に…皆に届かせよう。…まずは、「始まりの終わり」だ。
「ひとりちゃん」
「あ…はい」
「…行こう!」
「はい!」
ステージの幕が開く
ーーーーーーーーーー
ウォォォォォ!!!
ウワァァァァ!!!
虹夏が出てくると、客のボルテージが一気に上がる。続いてリョウ。郁代が手を振りながら出て来て…最後にひとり。
古参ファンは違和感を覚える。
ひとりも郁代も、「以前のギター」だから。
ひとりは黒いパシフィカ。
郁代はペルハムブルーのレスポールジュニア。
確か…二人共ロンドンでギターを譲り受けたと。郁代がSNSで上げていた筈。それを今後のアイコンにすると。
何より…ひとりも郁代も格好が以前のまま。
二人共アッパーはバンドTだが、下はピンクジャージとガーリーなロングスカート。
1号2号は、より詳細に知っているだけに違和感よりも不審感を覚える。
「ね、1号…どう言う事かな…」
「ワカンナイ。ワカンナイよ!」
僅かな恐怖感さえ覚える二人。
ーーーーーーーーーー
「あーもー、おかえりなさい!」
「…郁代、大丈夫?」
「今朝からずっとこんな調子です…」
そのペルハムブルーのレスポールジュニアが修理から帰って来たのは、昨晩の事。それから一晩掛けてひとりがチェックした。
ひとりとリョウの目には、ずっとギターに頬擦りする郁代の姿。
「リョウさん!」
「な、何!?」
「この子、もうリョウさんに返せません!いつかお金を払いますから諦めて下さい!」
「…いいよ。もうそれは郁代のモノ。お金は…後でご飯奢って」
それを聞いて、郁代は顔に喜色を浮かべる。
「そんな事で良いんなら、10回でも100回でも!」
「喜多ちゃーん、100回なんて言ったらこの女は一回につき一万円ずつ奢らせるよ!?」
「虹夏…わたしも鬼じゃない。一回五千…ぐはぁっ!」
リョウの胸に虹夏の逆水平がキマる!
「ギター代金超えてるじゃねーか!」
そんなこんなで正式にその「ペルハムブルー」は郁代の物になった。
ちなみに…夜を徹し外せる所は全部外してまで調整したひとりの労力を誰も労ってはくれなかった。
その為ひとりの目はちょっとガンギマリだが、いつもそんな感じがデフォルトなので誰も気付かない。
愛しの郁ちゃんの為。うん。それで良い。それで良いんだ後藤ひとり…グスン。
ーーーーーーーーーー
「皆さん今晩はー!結束バンドでーす!今日は来てくれてありがとー!是非楽しんで行って下さいねー!」
郁代の宣言により、ライブが始まる。
1曲目は「ギターと孤独と蒼い惑星」
全ての始まりの曲。
この曲から、「結束バンド」は始まった。
しかし…以前よりも皆のスキルが段違いだ。古参ファンにはまるで違う曲のように聴こえる。
唸り、走り回るギター
場を圧倒するベース
全てを包み込むドラム
流れを完璧に把握したバッキング
そして
その…歌声
気を抜くと、意識の全てを持って行かれるようなその歌声。
全ての音が場を支配し、全ての音が場に配慮する。
気が付けば、あっと言う間に一曲目が終わる。
皆、歓声を上げる事も忘れて。ひたすら聴き入る。
2曲目は「ひとりぼっち東京」
ここは郁代の独壇場。
誰も耳を背けるのは許さない…とばかりにその歌声が会場を包み込む。走り抜ける。心に、突き刺さる。
ここで放心する奴には次の曲を聴く資格は無い。
3曲目「あのバンド」
今度はひとりの見せ場。
暴力的な程のリフの嵐。
聴け!聴け!この音を聴け!
その身に刻み付けろ!
忘れられなくしてやる!虜にしてやる!音の奴隷にしてやる!
4曲目「ひみつ基地」
5曲目「ちいさな海」
……………
☆
6曲目の「忘れてやらない」を聴く頃、古参ファン達の違和感が確信に変わっていく。
…何故、初期の頃の曲しか演らないのか?
新曲はおろか、最近の曲すら混ぜてこない。
何故だ。
「1号…私、怖いよ…最近の曲だって良い曲多いじゃない。…何でここ3〜4年の曲、一曲も演らないの!?」
「2号…私、思うんだ。今演ってる曲達…もうこの先、生じゃ聴けないんじゃないか、って。もう生じゃ演らないんじゃないかな…」
「え…これが…最後…?」
「うん…何か…「最初の自分達」にお別れしてるような…気がする」
「あ、だからあのギター!あの格好!」
「そう。今迄の自分達にバイバイ…って」
もう、二人の顔は涙でグシャグシャだ。
7曲目「星座になれたら」
ここまで一切MCが無い。ひたすら演奏を続けている。
ファンは熱狂が続いているが、古参ファンには戸惑いが広がっている。
何が起こる?
何をやる?
勿論凄まじいスキルによる演奏は、誰の耳にも興奮と熱狂を起こしている。…只。…只、だ。
何故新曲を混ぜないのか。何故初期の曲ばかりなのか。
誰にも意図を読めないまま、ライブは続く。
ーーーーーーーーーー
…それで、何か具体的な考えがあるの?」
リョウさんの問いを受けて、ノートを取り出す。そこにペンで文字を書き込んでいく。
「取り敢えず今、思い付いたのがこんな感じです」
真っさらなページに
「始まりの終わり」「前半と後半」
と書いた。
「前半と後半…は、意味は解るけど…「始まりの終わり」って?」
リョウに問われる。
「あ、はい。前半で「結束バンド」を終わらせます」
「え!?どう言う事!?」
虹夏が焦ったような声を出すが、リョウは何処か得心したような笑み。
「…そっか。そう言う事か」
「…どう言う事ですか?」
郁代も困惑顔だ。
「つまり…終わらせるんだよ。「結束バンド」を」
「説明になってないからね!?」
虹夏に突っ込まれるがリョウは涼しい表情。
「あ、つまり………」
ーーーーーーーーーー
星座になれたらが終わり、観客が盛り上がる中…突然、本当に突然としか言いようの無い感じで…4人が袖に引き揚げる。
客は熱狂と困惑が半々程。古参ファンは困惑が多いか。
「随分…大胆な演出だな」
星歌が呟く。それもそうだろう。挨拶も声掛けも無いまま、演者が引き揚げてしまった。
「普通だったら怖いだろうに」
星歌の言う通り、ここでもしもアンコールが掛からなかったらそれで終わり。結束バンドは正に「終わって」しまう。
批評家達にも散々叩かれるだろう。
しかし…4人は確信犯だ。
アンコールをしないと、このバンドの「真髄」を味わえないと思わせている。
だからこその既存曲のみ。
だからこその初期の曲だけ。
さあ、後は観客次第だ。
ーーーーーーーーーー
「凄い博打を打ったわね…」
外のスピーカーで聴いていた銀次郎が呟く。
「…あれで終わりじゃ無いですよね」
近くに来た志麻が銀次郎に問う。
「勿論でしょ?度胸のある仕掛けをしたものよね」
銀次郎が苦笑で答える。
「…私達には、怖くて出来ません」
志麻も苦笑で返す。
「こんなの…普通出来ないわよ」
銀次郎はあぶれた観客を見回す。結束バンドの楽曲を知っている者は、皆が困惑しているようだ。その中にも何かおかしな雰囲気を感じている者が居るらしい。音楽関係者だろうか。
「リョウちゃん…じゃ無いわね。こんな大胆な事するの。多分、後藤ちゃん…かな」
ーーーーーーーーーー
「多分…ぼっちちゃんだな。こんな事考えるの」
きくりはおにころをズビリとやって、考える。
「大槻ちゃん、どう?このやり方」
「…無くは無い手法ですけど…余程観客を信頼してないと無理ですね。しかも一回しか出来ない」
「だよねぇ。無茶苦茶だよ」
「…そう言う割には嬉しそうですね。姉さん」
視線の先には、言葉とは裏腹にとても嬉しそうなきくり。
「まぁ…バンドの再生にはいんじゃない?インパクトがあってさ」
「…インパクトしか無いですけど…下手すれば色物バンドですよ」
「そう言う割には興味津々みたいだよ?大槻ちゃん」
まるで心を見透かされたようで、顔が赤く染まる。
「な!…やりませんから!」
「興味があるかどうか聞いただけで、やるかどうかは聞いてないよ?」
「!…やりません…超メジャーバンドがやる事じゃありません」
「ま、そだよねぇ………羨ましい?」
「姉さん!」
「あははは!ゴメンってば!」
羨ましいかそうでないか聞かれたら…羨ましい…かも、しれない。
でも…もう自分達はそんな所は越えて来たのだ。戻りたいとも思わない。
しかし…正直、「やられた!」とは思う。
複雑なお年頃、大槻ヨヨコ23歳。
ーーーーーーーーーー
(何だぁ?このセトリ)
自慢じゃ無いが(自慢したくても出来ないが)、結束バンドの楽曲は全部チェックしている。
後藤ひとりの音は、誰よりも詳しい…筈だ。
自分が目指そうとして到達出来なかった音。初期の頃から追い掛けていた音。(本人は気付いてないが、厄介な隠れ限界ファンであった…)
その音は、更に上へと行っている。行っているが…まだ、それまでだ。
確かにバンドとしての能力は素晴らしい。けど、何故…新しいものを見せないのか。
見せてくれ!魅せてくれ!
俺を、完全に打ちのめしてくれ!
頼むよ!
ーーーーーーーーーー
「さて…ここまでは予定通りだけど…ぼっち、どう?」
「あ、はい。良いと思います」
ズボンをモゾモゾと履きながら答える。着替え中に話し掛けるのは、わざとなのか。
「郁代はどう?」
魔法少女の変身のように、あっと言う間に着替えた郁代。
「バッチリです!」
「リョウもそれ…早く着なよ」
「…ハズカシイ」
「…自分で用意したんだろうが!」
「わたしが着せてあげます!さぁ、えぇじゃないかえぇじゃないか!」
「あ、あ~れ~!」
「…あたしは何を見せられてるんだ…」
☆
「…さて、そろそろだ」
皆の着替えが終わり、先程から簡単な作戦会議。リョウが口火を切る。
「さっき打合わせた通りに行くよ?郁代」
「…わざと言ってますよね。…まぁ良いです。問題ありません」
「ぼっちは?」
「あ、はい。大丈夫です」
モゾモゾと上を着込んでいる所に話し掛けられる。…わざとなのか。
「そう言えば、虹夏だけ格好が変わらないよね」
リョウにそう言われ、虹夏は自分の身体をぐるりと見遣る。
「え〜あたしはいいよ〜。用意もしてないしさ」
そこで郁代が割り込んで来る。
「そんな虹夏さんに私とひとりちゃんからプレゼントです!」
ババン!と紙袋を差し出す。
「え!え〜、な、何さ〜。え〜〜?」
「…虹夏、余り照れると鬱陶しい」
「うっさいわ!…これ、あたしに?」
「あ、はい。…出して見て下さい」
紙袋から取り出す…と。
「…おお…でもこれ、動き辛く無いかなぁ」
「それも考えてチョイスしました!」
「…背中、バンドマークの刺繍入りじゃん…カッコイイな…でも…」
悩む虹夏の前に、着替え終わったひとりが立つ。
「…虹夏ちゃん。今回だけでも良いです。一緒に格好良くなって下さい」
その真剣な目に中てられて。
「わかった!…ありがとう。二人共」
それを着込んで準備完了
「よし!皆準備出来たね!」
「虹夏が一番遅かった」
「やかましい!リョウだって恥ずかしがってた癖に」
「まあまあお二人共」
仕切り直し
「さて、準備出来たね!」
「バッチリです!」
「モーマンタイ」
「あ、大丈夫です」
「さ、それじゃ行くよ!…新生結束バンド…」
皆が突き出して重ねた拳を虹夏が上から…ガツン!と
「GO!」
そしてそれぞれ上に突き上げる。
オーーーー!
ーーーーーーーーーー
「そろそろかな…」
「…そうだね」
タイミングを見計らっているデブなオヤヂとスリムな女性。
「アンタやりなよ」
「…ぅえ!俺か!?」
「こんな時くらい、師匠っぽいトコ見せな!」
「…わかったよ」
オッサンは周りを見回す。そして目を瞑り、深呼吸を一つ。
「…早くやりなよ!」
「うるっせえ!」
ふう…はあ…ふうぅ………
両手を振り上げて…
叩き付ける。
パン!パン!パン!パン!パン!パン!…
ざわめいていた観客が、オッサンの周りだけ静かになる。
その内、オッサンの意図を汲んだのか…足並みを揃え始める。
パン!パン!パン!………
パン!パン!パン!………
それは徐々に伝搬して、店内全員の拍手になる、
パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!………
パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!………
パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!………
オオオォォォォォーーー!!!
ウワアァァァァァーーー!!!
………………………………………
その波は、店外まで飛び火して。
パン!パン!パン!パン!パン!………
パン!パン!パン!パン!パン!………
パン!パン!パン!パン!パン!………
もうすっかり暗くなった冬の空に、皆の拍手が木霊する。
「楽しーネー!」
パン!パン!パン!………
「昔を思い出すわぁ!」
パン!パン!パン!………
「廣井…見届けろよ…」
パン!パン!パン!………
………………………
ーーーーーーーーーー
熱、を、感じる。
とてつもない、熱、を、感じる。
これから…その熱源に向かう。
舞台袖に来ていた司馬さんと目が合う。
司馬さんはすい、と横に逸れ、行く道を空けてくれた。そして片手を上げる。
まず虹夏がすれ違いざま、ハイファイブ
パァン
次にリョウが照れながらハイファイブ
パァン
そして郁代が…後ろのひとりに向き合う。
「…郁ちゃん?」
「ひとりちゃん、コレ」
それはトッドさんから貰った、ケイティさんのキャッツアイサングラス。
「あ、そうだ!」
受け取ろうとしたが、それより早く郁代が掛けてくれる。
「あ、ありが…ぅむっ!」
キスのオマケ付き。
郁代はくるりと前を向き、司馬さんとハイファイブ
パァン
「………」
ひとりは呆気に取られつつも、遅れちゃならないと司馬さんとハイファイブ
…ペチリ
明らかに動揺していた。
「皆さん、格好良いですよ」
そんな司馬さんに見送られて、再びステージの幕が開く。
ーーーーーーーーーー
「お!出て来た………え!?」
「あれ!?………何で?」
「うおおおお!………おぉ!?」
熱のある歓声と、どよどよとした困惑。その両方を受けながら、各人ポジションに付く。
動揺もさもあらん。
まず、皆の格好が違う。
虹夏はバンドTの上からMA-1ジャケットを着込み、袖を半分程捲って。
リョウは黒のスラックスにルイスレザーのジャケット。黒✕黒でキメた。
ひとりはワークパンツの上は、呪いのように内側に名前がびっしり入ったアクアスキュータムのトレンチコート。
そして郁代は…黒のタイトレザーミニスカートに、真っ赤なダブルライダース。両腕に姉達の名前入り。
その上
郁代のギターは真っ赤なテレキャスター。薔薇と百合の意匠が見事だ。
そしてひとりのギター
かのスーパーギタリストの逸品。ストラトキャスター。
漆黒のボディに金糸が這い回る。そしてユニオンジャックと星条旗のクロスチェッカー。
誰もが夢見る、誰もが憧れるそのギター。そして元の持ち主。
そのギタリストが認めた、若き王。
魔王ーー後藤【ボッチ】ひとり。
ーールシファーが、現世に降り立つーー
ーーーーーーーーーー
「まず…郁代は最初のトコ、アカペラで行こう」
本来ならバックにギターを入れる。しかし、より効果的に郁代の歌を使う為、完全なアカペラで行く。
「その後…ぼっち。暴れてこい」
これも本来ならすぐに皆で入る所。でも、8小節程ひとりに暴れさせる。
「少しくらい長くなっても良い。その代わり、合図を送って。そしたら即座にわたしと虹夏が付いて行く」
絶対に合わせられる自信。それが無いと大言壮語にしかならない。
「わたしも途中で少し暴れるよ。虹夏、受け止めて」
信頼が無いと言えない台詞。
「全ての要は虹夏。皆、虹夏を絶対に信頼して」
全ては虹夏の庭の中。間違っても外れさせない。
「ある程度ぼっちは自由で良いよ。アドリブ上等。外れそうになったら、絶対引き戻してあげる」
気持ちが通じ合っていないとバラバラになってしまう所。
「郁代。歌のリミッター外して良いよ。その歌で観客の度肝を抜け」
前半は自身にリミッターを掛けていた。そうじゃないと初期の楽曲の作風に合わなくなるから。
これが、前半終了後に交わされた説明。
本来なら作ったもの通りにこなそうとした。
ただ…メンバーの熱が、それでは解消されないと…誰もが表情に出ている。
リョウは考えた。
このまま無難に終わらせて良いのか。
折角ぼっちが考えた仕掛け。それをより効果的に披露するには、伸るか反るか…イチかバチか…博打打たなきゃ面白く無い!
前兆はあった。
セトリ決めの時。前半後半で分けると決めた時に。
「じゃあぼっち、後半はこれで良いかな?」
「…あ、はい………良い、と思います」
…何か引っ掛かった。
「ぼっち。何かアイデアがあるなら、言ってみて」
ひとりは少し躊躇しながら
「いえ…大丈夫ですね」
と言っていた。
多分、リョウの作曲を崩すかもしれない提案を出来なかったのだ。
…そんな事、気にしなくて良いのにな。
☆
再び前半終了後
「じゃあ、後半はこれで行こう」
「あ、はい!凄く良いです!」
…なんだよ、ぼっち。良い返事しやがって。
「ぼっち。わたしをもっと信用して。良い提案なら、必ず受け入れるから」
「あ、はい!…すみません…」
「でも…このアレンジ、イチかバチかだねぇ」
ふん。そうだよ。
「バチのバチで、バチバチに行こう」
「あはは…洒落にもなんないよ。でも…うん、良いねぇ!喜多ちゃん、ぼっちちゃん。思いっ切りカマして!」
「「はい!」」
ーーーーーーーーーー
皆が位置に着く。
まだ観客はザワついていて。
郁代とひとりがアイコンタクトする。
郁代が大きく息を吸い込み…
ーーATTENTION!ーー
ざわめきがピタリと止む。
再び郁代は息を大きく吸い込む。
そして…
ーー天才だって信じてた バカみたいだーー
ーー小さな自身 溢れ落ちて割れたーー
圧倒的な声量と心を震わせる声。
ゆっくりと、ゆったりと、歌っているのに…観客を惹き込ませる。
聴く者は皆、自分の心を献上するかのように、
愚かな弱き者たち。自分の心を差し出せば、死ぬよりも苦しい事が待っているかも知れないのに。
それでも、そうせずにはいられない。
そんな…セイレーンの旋律。
郁代がひとりを見る。
ひとりが頷いて、それを引き継ぐ。
瞬間
雷鳴が轟く
とても抗えない自然現象のように、ステージから観客に向かって嵐が吹き付ける
最早誰も逃げられない。逃げる猶予があったとしても、誰も自身の身体に「動け!」という信号を送らない。送れない
それ程圧倒的。音の暴力。魔力が形を帯びた音
この地に集う者共よ。聴け。畏れよ。そしてひれ伏せ!
聴く者の、誰も心と身体の信号が繋がっていない
ただひたすら、その音に翻弄される
ひたすら、その音を求める
ひたすら、その音に打ちのめされる
壊されると解っていても、その音に躙り寄ってしまう
そんな…魔王の音
聴いて良かったと…涙する者
聴かなければ良かったと…震える者
選択は自分自身
だがしかし…その音は、逃げる者を赦さない
ひれ伏す者には福音を
抗う者には鉄槌を
これは…「魔」の音だ
それは…「王」の旋律だ
ひとりがメンバーに合図を出す。足をダン!と踏み付ける。
そして、再び全てが動き出す。
ーー偶然が無かったなら 私はまだーー
ーー孤独感と手を繋ぎ 踊っていたかなーー
わたしは偶然の結果、バンドに…虹夏ちゃんに拾って貰った。
そうじゃ無ければ今でさえ、あの「昏くて狭いハコ」の中。
偶然の積み重ねの結果、今のわたしが居る。
それは本当に偶然で。何か一つ掛け違えれば…ここには立って居ない。
ーーいいな いいなと 欲しがってたのにーー
ーー夢は遠くて 現実ばっかでーー
ずっと無い物ねだりな人生を歩んで来た。
自分で動けない癖に、欲してばかりで。
誰かが「夢を見るのはタダ」と言っていた。
けど、わたしにとっては「次に続く現実」に打ちのめされ、夢を見るコストさえろくに払えない。
ーーまだだ まだだ まだ足りないんだーー
ーー誰の胸にも届かないーー
バンドを始められて、無い物ねだりか強くなって。
自分の世界が広がった分、自分の足らなさが顕著になって。
それでも、求める事を止められなくて。
自分の音を誰かの心に届けたくて。誰かに知って欲しくて。でも届かなくて。
藻掻いて。苦しくて。嫌になって。それでも止めたくなくて。
ーー一生存在証明
ーーちくしょう! どうやったって時は止まらないーー
ーー間に合うかな 見知らぬ世界の果てーー
ーーいつか どうかーー
ーーー
ーーーーーーーーーー
それはある意味異様な光景だった。
通常、演者が発した熱を観客が受け取り、そしてそれを上回る熱を演者に返す。
熱の遣り取りのような行為が行われる。
しかし、現在
演者の熱量が大き過ぎて、観客がひたすら受け取るしかない。
その分、観客の心に熱の刃が刺さって行く。
この人数では、自分達じゃ受け止めきれない!
もっと、もっと…数千…いや数万の受け手が居ないと、一方的にヤラれてしまう!
その時、間奏に入る。
歌が止んだ直後
「うわあぁぁぁぁっ!」
とてもじゃないが出しちゃいけない声が、観客の中から発せられる。
完全なルール違反。
その客を見ると、どう見ても女子大生のような格好で。
そんな子が演者の熱を押し返すような声を上げた。
まるで一流のボーカリストのような、その声。
しかし、その声が切っ掛けか…
観客が熱を押し返し始めた。
熱が…熱狂が…釣り合って行く。
☆
「大槻ちゃん、やるじゃん!」
「…べつに」
このままだと演者が観客を置き去りにしてしまう。
そこでヨヨコが良く通る声を張り、観客を目覚めさせた。
お陰で観客が熱を押し返したようだ。
ーーーーーーーーーー
マズい…マズいマズいマズい!
観客を置き去りにしてしまう!
ひとりがギターのエフェクトを切ろうとすると…
「うわあぁぁぁぁっ!」
観客から叫び声。
一瞬遅れて、観客からまた熱が届き出す。
そちらを見ると…大槻さん?
…助けてくれたんだね。ありがとう。
また、存分に鳴らせるよ。
ひとりはリョウにアイコンタクトを送る。
リョウが頷く。
さあ、リョウさん。行くよ!
受けて立つよ、ぼっち!
二人の勝負が始まる。
勝者の居ない、敗者も居ない…二人だけの勝負。
高め合う。ハジけ合う。登り詰め合う。
二人で、全力の遊びを始める。
ーーーーーーーーーー
「うぁ…あぁ…リョウ。凄え。凄えぞ」
オッサンは唇をワナワナと震わせ、どうにか意味のある声を発する。
本人は声を出している自覚は無い。ただ、震えた心が発した音が、なんとか意味を成しているだけ。
「俺の…音。俺の音がこんなに…嬉しい…悔しい…ちくしょう」
自分には成し得ない。辿り着けない「理想」
リョウは…リョウのバンドは…辿り着こうとしている。
「ちくしょう…悔しいなぁ…」
ーーーーーーーーーー
虹夏は全てを受け止める。
全てを包み込む。
自分の庭の中。全力で遊ぶ子たちを見守る。危なそうなら引き止める。
また遊ばせる。
幾らでも暴れれば良いよ。
あたしが全部、受け止めて上げるよ。
ーーーーーーーーーー
「虹夏…素敵だよ。ドラマーの理想形だ」
当然まだ拙い所はある。でもそんなもの、些末な問題。
その志だ。その魂の在り方だ。
どれだけ受け止めるか、じゃ無い。
どう受け止めるか…だ。
その意味では、結束バンドは「理想のバンド」に近付いている。
バンドとしての理想形。誰もが夢想して、誰もが体現出来る訳じゃ無い。
茫然として自失しているオッサンの横で、静かに思う。
虹夏。私が…私達が出来なかった、「理想のバンド」を見せて。
ーーーーーーーーーー
「良い…バンドだな」
「そうですね…ハンカチ要ります?」
「…要らねぇよ」
滂沱の涙を流す星歌の横で、PAがその背中を優しく擦っていた。
ーーーーーーーーーー
やられた!
やられたやられたやられたやられたやられた!
くそっ!くそくそくそくそくそ!
…なんだよ!卑怯だぞ!きたねぇよ!
何でそんな音が出せる!
何でそんなに纏まれる!
何でそんなに…格好良いんだよ!
くそっ!これじゃ俺がバカみたいじゃないか!
ハナから勝負になんか、なんねぇよ!
…俺を…打ちのめしてくれて…ありがとう。後藤ひとり。
ありがとう。
ーーーーーーーーーー
まだ真剣勝負に興じる二人。そろそろ悪ノリに転じようかと言う所。
そこへ
ドパン!
虹夏からの戒めが入る。
二人共、スゴスゴと撤退。
ぼっち。勝負はお預けだ。
しょうが無いですねリョウさん。またの機会に。
郁代が溜息を一つ。
…ふう
ひとりちゃん。あとで説教ね。
そして、また歌い出す。
魂を奪う、その声で。
ーーーーーーーーーー
「エー、こちらスタジオ前、こちらスタジオ前。放送席、どうゾ」
「…イライザ、何やってんの?」
「中継ゴッコ。…ヒマなんだもノ」
「…確かに、皆行儀が良いんだよね」
外に居る観客は、皆大人しく(歓声を上げてはいるが)スピーカーに聴き入っているか、ライブ配信をスマホで視聴しているか。
「アナタ達」
「あ、銀次郎店長」
「アナタ達、外はもう良いわよ。中に入って聴いてきなさい。もう終盤だけどね」
「…でモ…」
「良いから行きなさい。バンドマンなら、聴いておいて損は無いわよ」
実は、さっきから二人共ソワソワしていた。生で聴きたくてしょうが無いのだ。
「アナタ達もいつまでインディーズで居るか解らないけど、とにかくこれは聴いておいた方が良い。私の勘よ」
おっさんの癖に可愛らしいウインクひとつ。
志麻とイライザ。二人で顔を見合わせ、ニンマリと笑って。
「店長ー、アリガト!」
「銀次郎店長、ありがとうございます!」
そそくさと入店する二人。入れない客の羨望の目を受けながら。
「熱のある若者は…良いものよね」
ーーーーーーーーーー
「1号!ヤバいよ!」
「2号!ヤバいね!」
新曲が続き、感動を隠せない二人。
もう、身体中の水分が干上がりそうだ。…涙とか汗とか鼻水とかで。
「やっぱりアンコール前は、それまでの結束バンドを終わらせに来たんだね」
「うん、そうだね。さながらアンコール後は「新生結束バンド」ってトコだね」
「1号!」
「2号!ひとりちゃんに」
「「付いて来て良かったー!」」
ーーーーーーーーーー
いよいよラスト。
それまでわたしの横で見守ってくれていた「最初の相棒」を手に取る。空いたスタンドに「ケイティ」を掛け、ひと撫で。
お疲れ様。でもラストの曲は「この子」じゃないとダメなんだ。
今のわたしが始まってから、全てを教えてくれたこの子。ーー黒いレスポールカスタムーー
チューニングは済んでいるのに、何となくペグを触る。もう、手癖のようなもの。
ストラップを肩に掛ける。
シールドを本体に挿す。
ネックに挿していた弦を摘む。
ボディをひと叩き。
ひとつ、深呼吸。
…さあ、行くよ!
「ーーそれではラストの曲。行きます」
ーー 今、僕、アンダーグラウンドから ーー
虹夏のスティックが唸りを上げる。それに追従するように皆の音が重なってゆく。
ーー溢れる感情 託したように掻き鳴らすレスポールーー
ーー言えない 言えない 言えないんだ だって上手く喋れないーー
ーー残酷なんだ 世界はずっと誰かの主演映画?ーー
ーー逃げたい 逃げたい 逃げたい 僕なんかじゃーー
ーーでも光りたくてーー
………………………………………
………………
この曲は、わたしの「始まり」の歌。
今でも、成長した…なんて微塵も思ってなくて。
やっと昏い箱から見上げられた…くらいの感覚で。
自分が主役なんて…夢想するくらいしか出来なくて。
誰かの世界の隅にただ乗っかってるだけ。
…ただ、そんなわたしでも…
ーー今、僕、アンダーグラウンドからーー
ーー響けよ アンダーグラウンドからーー
ーーボリュームもゲインも目一杯に上げろーー
ーー痛い程ハウリングする音 僕の心が叫んでるーー
………………………………………
………………………
そんなわたしでも、響かせる事は出来る。
叫ぶ事は出来る。
昏い箱の中から見上げて、叫ぶ事なら出来るんだ。
「わたしはここに居る!」って。
「誰か、見付けてよ!」って。
そうしないと、何も始まらない。始められない。
ーーいつかの感動 画面越しに憧れたヒーローーー
ーー消えない 消えない 消えないんだーー
ーー何度諦めようとしてもーー
ーー「みんなみたいに」そう思えば思うほど上手く行かないーー
………………………………………
………………………
始まりは、何気無く見ていた歌番組。
「陰キャでも輝ける」なんて言ってたっけ。
そっか。わたしでも輝けるんだ。
そんな勘違いで初めて触ったレスポール。
鏡に映る姿を見ただけで「輝く自分」を夢想したっけ。
でも…そんなウマい話なんて無くて。
上手くいかなくて。
諦めようとして。諦めきれなくて。
「輝く場所」が頭の中から消えなくて。
なんで皆は上手く出来るんだろう。
わたしはそこから外れてて。
ーーあてもなく流れた星はーー
ーーどこへ向かうのだろうーー
ーーすぐ俯いてしまうような僕は行き先を知らないーー
ーーだけど だけどーー
………………………………………
………………………
星に願いを…なんて言葉があるけど。
下しか見ないわたしは、その星にすら気付かなくて。
幾つの「星」を見逃して来たのか。
幾つの「機会」を知らんぷりして来たのか。
そんなわたしだけど。
…でもね。
ーー今、僕、アンダーグラウンドならーー
ーー狭くて暗いこの箱の中なら、ってーー
ーー素直になれない僕の心が叫んでるんだーー
………………………………………
………………………
やっぱりわたしはこの「小さな世界」から出られないのか…って。
それでも…それでもね…叫びたいんだよ。
それしか出来ないんだよ。
唯一出来る事。
わたしの声で、音で、叫ぶんだ。
ーー痛い程ハウリングする音 誰か僕の声を聞いてよ!ーー
………………………………………
………………………
最大マックスで、叫びたいんだ!
誰かに届け!と、誰か聞いてよ!と。
ーー今、僕、アンダーグラウンドならーー
まだ外にも出ていないようなわたしでも
ーー掻き鳴らす アンダーグラウンドからーー
掻き鳴らすしか出来ないわたしでも
ーー歪な僕をーー
こんなわたしを
愛してよ!愛してよ!
こんなわたしでも
眩しく光る星達と繋がり合うのを欲していた。
繋がれたら良いな…って願ってた。
同じ音を奏でられたら良いなって、どんなに素敵だろうって。
そしてそれは
現実として、わたしの前にあるんだ。
どんなに嬉しいか。
虹夏ちゃん。リョウさん。…郁ちゃん。
多分ね
皆が思うより、何倍も…何百倍も…わたしは嬉しいんだよ。
郁ちゃんが心配するから泣かないけど。
でも…泣いちゃうくらい、嬉しいんだ。
震えるくらい、感謝してるんだ。
…おかしいな
作詞担当大臣なのに、語彙が働かないや。
ーーーーーーーーーー
「1号…ひとりちゃん、ずっと笑ってる…」
「うん。ギター弾きながら笑ってるの、初めて見た」
「そうだよね…いつも、苦しそうにギター弾いてたのに…あんな嬉しそうな…あんな近寄り難そうな…笑顔、初めてだよ」
「もうひとりちゃん…何処か飛んで行っちゃうのかな…私達の前から…居なくなっちゃうのかな…」
「1号…それは言っちゃダメ、だよ」
「…そうだね。…ひとりちゃん。何処までも飛んで行って。見てるから。ずっと、見てるから」
ーーーーーーーーーー
ああ…終わっちゃう、楽しい時間が…最高の時間が…終わっちゃう。
でも…
これから始まるんだ。
いつ終わるかは解らないけど…「終わりの始まり」が。
また…走り始められる。
最後のリフを弾き終え、残響…ミュート。
直後
店内が爆発した。
声にならない絶叫
音にならない熱狂
それは…店外にも伝搬して。
まるで暴動が起こったかのような。
その熱狂を集めるのは、ステージ上の4つ星の星座。
それぞれが綺羅星のような、でも…しっかりと互いが繋がっている4つ星。
後藤ひとりは、傍らの「ケイティ」を見遣る。
その黒光りのボディには
桃色の髪の、
ーーーーーーーーーー
「後藤ひとり…」
「ん?ど〜した大槻ちゃん」
思い詰めたような表情のヨヨコ。きくりは気が付いていながらとぼけた問いをする。
「…なんでもありません」
とてもじゃないが、「何でも無い」表情では無く。
それでも、その表情を「決意の顔」に変える。
「姐さん、先に帰ります」
「…あれ?打ち上げ行かないの?」
「…忙しいので」
「…そっか」
大槻ヨヨコの中に、熱が投入された。
それは己の身体を滅ぼしかねない、マグマのような猛烈な熱。
そのまま放っておけば、冷えて固まって…重しにしかならない。
熱を…保たなければ!熱を!熱を!
熱を保つ…そんなの、一つしか無いじゃない。
後藤ひとり。貴女なら解るわよね。
掻き鳴らせ!叫べ!声を上げろ!
店を出る時、「彼」を見掛けた。
後藤ひとりをヘイトしていた、ギタリスト。
その彼は頰を涙で濡らし、折れんばかりに歯を食い縛っていた。
ふん、やっとか。
でも…遅いけど、手遅れじゃあ無い。
そのまま振り返らずに店を出る…と。
「ヨヨコさーん!置いてくなんて酷いっすよー!」
あくびが駆け寄って来た。
ザワリ
ーーヨヨコ?…え?大槻ヨヨコ!?ーー
ーーうそ!?大槻ヨヨコ来てんの!?ーー
ーーあれ長谷川あくびだから間違いねーよ!ーー
ーーうわ!やっぱりぼっちが気になるんだ!ーー
ザワザワ…
「ヨヨコさん!…あれ?何震えてんすか?」
「………ち」
「…?」
「違うからぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜!」
ヨヨコはドップラー効果を残しながら、脱兎の如く逃げて行った。
その声の張り具合は、流石一流ミュージシャンだった。
腹から声が出ていた。
皆が聞き惚れたのだった。
ーーーーーーーーーー
「銀次郎さん、シクハックの皆、大槻…は居ねぇのか、まあ良いや…シデロスの皆、スタッフの皆、今日はありがとう。助かったよ。、それじゃ…」
ーーかんぱーい!ーー
おつかれさまー!
ここはいつもの居酒屋。今日は貸し切りにしてある。
☆
「だからぁ〜、リョウよぉ〜。おぃ…聞いてんのか?俺はなぁ〜、お前がぁ〜…羨ましいっ!」
「へぇっ?…にじか〜、いきなり太ったなぁ〜。しかも…うぃっ、こんな老けちゃって…ごめんね…苦労かけて…これから一生苦労かけるけろ…すてないれ…」
酒弱師弟コンビは通常運転。
「ね、リナさん。あのアンコール後の2曲目。あの間奏のトコの叩き方…どう思った?」
「あーあれね。前後の繋ぎを考えても…もうちょっとインパクト重視でも良いのかな。…あ、でもさ…Cパートあるじゃん?そこの対比で…」
酒強師弟コンビは求道者。
「良いバンドになって来たわね。このまま順調に育って欲しいわ…う…うぅっ…若い子が飛び立って行くのは…良いものね………ズビッ」
「銀次郎さん…泣かないで下さいよ。貴方に泣かれると…私まで…うぅぅ…」
店長コンビはしんみりと。
その他周りも
ワイワイと…ガヤガヤと…
楽しい宴は時も忘れて…
☆
「ねぇぼっちちゃん!喜多ちゃん!これさぁ………あれ?」
虹夏が話し掛けようと横を向くと…二人は肩を寄せ合い、頭を寄せ合い、どうやら夢の中。手もしっかりと繋いで。
喜多ちゃんなんて、さっきまでキャイキャイ騒いでたのに。
まぁ…気持ち良さそうに…
お店から借りたブランケットを掛けてあげる。
今日はありがとう。格好良かったよ、二人とも。
…おやすみ。ヒーロー。ヒロイン。
ーーーーーーーーーーーーーー
後藤ひとりは夢を見た。
ここは…アリーナ?スタジアム?
真っ白なステージ。真っ白な観客席。天井も、あるのか無いのか…
とにかく…観客が無限に続いている。全人口が居るんじゃないか。
周りを見回す。…あれ?…みんなは?…どこ?
不安になってくる。
虹夏ちゃん?リョウさん?………郁ちゃん!?
怖くてギュウッと目を閉じる。
そして…そろそろと瞼を開くと…真っ暗な押し入れの中。
…やっぱりここなのか。
まだ、ここから出られないのか。
郁ちゃん。郁ちゃん。どこ?どこに居るの!?
涙が零れる。
全ては…夢…だったのか…
都合の良い…わたしの、妄想…
わたしの脳が創り上げた、バラ色の…欲望。
そうだよね。
後藤ひとりに、そんな夢みたいな事が待ってる訳…無いよね。
俯いてしまう。
暗い箱の中で。
その時
視界の端に一本のギター。
あれ?何でギターなんかあるんだっけ…
わたし…ギターなんかやってたっけ?
…そもそも…皆って…誰?
わたし…友達なんか、居たっけ?大事な人なんて…居たっけ?
ぼんやりとギターを見る。そこに綴ってある文字を読んでみる。
…ジ…ブソン?…ギブソン?………真っ黒の。
見詰めていると、不意にそのギターが話し掛けて来た。
ーー僕を掴みなよ。そうすれば、そこから全てが始まるよーー
…なに言ってるの?何をやっても始まりなんか、しないよ。
ーー苦しくても、素敵な未来を見たくないかい?ーー
…苦しいのは嫌だよ。誰かと同じ未来さえ見られないんだ。
ーーそうか。これは強制じゃない。でも…僕を掴めば君だけの未来を見られるよーー
…それでも怖いんだ。現実がこんななのに、ここから続く未来なんて見たく無いよ。
ーーそれでもね、君は僕を手に取らなくちゃならないんだよ。…待ってる人が居るからねーー
誰?…わたしを待ってる人なんて居ないよ!そんな人、想像すら出来ない!
ーーちゃんと居るさ。君を…君の音を…それが君の存在証明だからね。…さぁ、僕を手に取って。そうしないと、その扉は開かないよ?そして、見上げるんだーー
音って何!?存在証明って何だよ!なにをさせたいの!?
ーー………………………………………ーー
…もう、喋ってくれないや…
寂しいよ。淋しいよ。君を手に取れば、この淋しさが無くなるの?
…わかったよ。手に取るよ。このままじゃ、何も無いから。
そのギターを手に取る。ストラップを首に掛ける。…ほら、何も起こらない。…何も無いよ…何も…
『やっと気付いてくれた』
「…え?」
扉の外から声がする。わたしの大好きな声。…何故か、そう感じる。
『さぁ、ここを開けて?ひとりちゃん』
…怖いけど…うん、「君」の顔が見たい。凄く…見たい。
恐る恐る扉を開けると…。
「おはよ!ひとりちゃん」
紅い髪の、とても可愛らしい女性が満面の笑みで。わたしをのぞき込んでいた。
「……………郁ちゃん」
扉を開けたら…光の世界。白いステージ。白い観客席。無限に続いている人々。
「さあひとりちゃん、飛ぶわよ!リョウさんと虹夏さんは先に飛んでっちゃったから、私達も追い掛けるわよ!」
「飛べないよ…翼が無いから」
郁ちゃんは、わたしの左肩をトントンと軽く叩き。
「翼はあるでしょ?貴女の左肩に。私は右肩よ。二人合わせれば、どんな遠くだって…飛んで行けるわ」
左を向くと、いつの間にか大きな白い翼。郁ちゃんにも右肩に綺麗な翼が生えている。
押し入れを出る。より翼が広がる。その翼は何処までも飛んで行けそうな力強さを湛えて。
「何処に行くの?」
「…そうねぇ…取り敢えず、世界中のアリーナを周りましょう!」
「…欲張りだね」
「まだまだそんなもんじゃ無いわ!その次は世界中のスタジアムよ!それが終わったら…火星にでも行きましょう!一緒に行ってくれるわよね!?」
アハハハ…うん、わかったよ。
「仰せのままに」
君と一緒なら、何処に居ても、何処に行ってもきっと、楽しいから。
もうこれで翼は一対揃っちゃったからね。後は…余分なものは要らないね。
さあ!行こう!一緒に!
翼を拡げ、風を孕んで、前を見据えて。
後藤ひとりは夢を見る
そんな…叶うか叶わないか解らない…幸せな夢を。
これにて、シリーズ本編終了でございます。
今までお付き合い頂いた方、ありがとうございました。
この後エピローグ一本上げて「王の帰還」は終了になります。
その後単話を一本挟んで、ゆる〜いシリーズをまた始めさせて頂きます。