王の帰還   作:サマネ

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輝け!バカップル(まだ未満)

後藤ひとり。20歳

世間的には、もうほぼ全ての行動•考えに自らの責任を負わなくてはならない年齢。

何をするにも自己責任。何を考えるにも自己責任。

 

なのだが…

 

 

「あぁぁ…今日も押し入れで夜明かしちゃった…」

今日も今日とて押し入れでギターヒーローの収録。そのまま一息つこうと思ったら寝落ち。

おかしな体勢で寝落ちしてしまったので、身体のアチコチが痛い。

スマホを確認すると、もう朝といえる時間でもなく。

押し入れの襖を開けると、暴力的ですらある太陽の光が部屋の中を暴れ回っている。

「…最近はもう、お母さんも起こしてくれないんだよね…」

とうとう家族にも見捨てられたか、とひとりごちる。

母にしてみれば、自立させたいが故の親心で自分の行動を決めさせたいのだが…親の心子知らず。

この頃はギターヒーローの収録を増やしている。つまりは収益を増やそうと頑張ってはいる。

ひとりにしてみればそれは自立の第一歩なのだが、周りから見れば、どうもそうとは受け取ってくれないフシがあって。

 

一応、収益を増やしてバンド活動の為に上京しようと頑張ってはいるのだ。

これが自立じゃなくて何なのだ!子の心親知らず!と憤慨してみるも、世間様の風は生暖かくは無いらしい。

腹をボリボリ掻きながら階段を降りてゆく。

寝汗で湿った寝間着(ピンクジャージ)が不快だ。

シャワーでも浴びようかと思ったが、その前に水分補給をしないと干からびて風呂場で倒れてしまいそうだ。

リビングに入っても、当然誰も居る筈が無い。

お父さんは仕事(窓際族と本人が言っていた割に、中々忙しそう)、ふたりは学校。母は妙に活動的で、何をやっているのか判らないがしょっちゅう家を空けている。専業主婦なのに。

冷蔵庫から麦茶のボトルを取り出し、コップに注いで一気にあおる。

想像以上に身体が渇いていたようだ。冷えた液体が沁みるように体に浸透していく。

「…ああ、ホントにわたしってダメなんだな…」

身体の渇きひとつ気付かないくらいで、ネガティブさが鎌首をもたげる。

バンドの方も、中々順調ではある筈。

スターリーくらいのハコなら、ワンマンでも埋められるくらいにはなってきた。

店長にも、もっとデカいハコでも通用するよ、と言われてはいる。

ただ、それを言う時の店長は決まって複雑な表情をその笑顔に絡める。

何か言いたい事があるのか。…あるんだろう。

ひとり自身も、うっすらとは判っている。店長の、その複雑な表情には。

 

…何かが足りない。

 

…あと一歩、ハジけるような何かが。

 

多分、誰にも言語化が出来ない様な、何か。

バンドの公式アカウントにも、最近妙な書き込みが増え出した。

曰く「上手いけど特徴の無いギター」「誰でも到達出来る技術」「何故自分の色を出さない…あ、出せないんだ」

まだまだ少数な意見のそれは、しかし、ひとりの心を蝕むのには充分で。

バンドメンバーにも店長にも、はては大槻さんやPAさんにも

「そんな戯言には関わるな」

と言われてはいる。

「おまえのギターは、充分に凄い」と。

しかし、絶対的な基準を自分の中に持っていないひとりには到底無視出来る物では無かった。

たとえアンチの意見だとしても。

基準は常に自分の外にあり、周りからの評価で自分を決めてきたひとりからすれば、とても受け流せるものでは無い。

勿論100パーセントの高評価など存在しない。それはひとりにも解っている。

でも…でも、それを覆せる、それを打ち破れるのが真のスーパーギタリストなのではないか…そんな妄想にも駆られて。

近頃自分が何を目指せば良いのか、進むべき道を迷うようになった。

何をしたいのか。何になりたいのか。何処に進むべきか。勿論虹夏の夢は叶えてあげたい。リョウの世界観を表現し切りたい。郁代と一緒に高みまで登りたい。

でも、と。

 

その為に必要なモノは?

 

それをメンバーに求めるのは間違っている。

誰かだけが突出するのは違う。それは個人が4名板の上に載っているだけ。いや、尚悪い。輝ける一人と、その他三人の、いうなれば"最高級な料理を紙皿とプラ箸で地べたに座って食え"と言っているようなものだ。

わたし達は"バンド"だ。

たとえ町中華であろうと、洒落た陶器皿と塗箸、落ち着いた椅子に座って食べれば何倍にも美味しく感じる。

 

でも…でもね

 

それが全部、全部高めあえれば。

非の打ち所の無い、誰もが感動と興奮で「これしか無い」と思わせられれば。

最高級✕4!さいこうきゅうかけるよん!最高の4ガケは、それは4乗にも4000倍にも化ける。

…そんなバンドにしてみたい。そんなバンドに出来たらいいな。

そして、それは結束バンドとして成し遂げてみたい。

その瞬間、「死んでも良い!」というくらいの昂りを感じてみたい。

只、現状は頭打ち感がある。

確かに人気は上がってきている。集客もまずまず。ついこの間まで、関東から西日本までを周って中々の規模のハコでブッキングライブを演らせて貰った。

結束バンドを知らなかった客にも印象付けられたという自負もある。

でも、まだ…そこまで。

その先も道は繋がっていると信じているのに、その先の道が見えてこない。

何が、何が、何が何が何が…!

何が足りない!

ひとりは、焦燥感でおかしくなりそうだった。

自分が飲み干した空のコップをじっと見る。

 

わたしは、今…このコップのようだ。

何も入っていない。

少し前まで、色々なモノが詰まっていた筈なのに。

ナニかが入っていた残滓だけが残って。

そのカラッポに、誰かがナニかを詰めてくれるのを待っている。

もしかしたら、ナニかが詰まっていたと思うのは自分の錯覚で。

元々何も無い、あったとしても無価値な、泥のような何か。

それは誰が詰めたのか。

…自分だ。

自分で動けない。自分で決められない。自分で考えられない。

自分で…自分で…自分で…自分が………

自分の中から湧き出た澱が溜まった結果。

薄汚いモノ。

でも、でもね、でもね!

そんな薄汚いモノでも、評価出来るモノ、評価してくれるヒトはあった筈なんだ。

中に…埋まっていた…筈…なんだ。

筈………なんだよ。

でも、底が抜けたように、ひび割れてしまったように…

何も無くなってしまった。

しまったんだよ…

その時、握っていた手からするりと逃げるようにコップが抜け落ちて。

床に向かって一直線。

派手な、甲高い音を撒き散らして数十の、数百の欠片になってこの物質世界から逃げていった。

「俺は先に行くよ。何も無いお前も続けてどうぞ」

と、言われていた。ような。そんな。おと。

 

「…うっ…うっ………ううっ………」

 

悲しい訳じゃない。

何も無い心を埋めるような、只の、そんな生理的反射機能。まるで、先程の細かなガラスの破片が目から零れ落ちていくような。

 

…あるライブの打ち上げで、リョウがしこたま酔いながら語っていた事があった。

「ぼっちぃ…ロックってのはね、負け犬の為にあるんだょ…負け犬の音楽なんだ…だからね、負け続けなきゃいけないんだよぅ。でも、さ…心は、演る人間の心は、折れちゃ…負けちゃダメなんだ…」

その時は、レモンハイふた口でここまで酔える人が居るんだと思いながら「…は、はぁ」と曖昧な返事をしたのを思い出す。

 

目から破片が、欠片が流れ出すのが止まらない。

「リョウさん。それなら、わたしはもう…ロックは、出来ないかも…しれないよ…」

 

何故なら、心がもう…折れかけて、負けかけているから。

 

リョウさんの声が聞きたい。虹夏ちゃんの声が聞きたい。…喜多ちゃんの声が………聴きたい。

 

その時、湿った寝間着(ピンクジャージ)のポケットに入れっぱなしだったスマホが震える。

電話を取る行動が行えない。体が冷えて動かない。こんな暑い日なのに。

ほどなくして着信が切れて、すぐさまもう一度震える。

ぴくりと体が震える。

予感がした。何かの前兆。

何かが変わる、何かを変える、それは誰かのお陰では無く、自分が自分を変える為の。

もたもたと電話を取る。

耳に当てた瞬間

「あ!ひとりちゃん!?出なかったから出られない用事でもあったのかと思ってどうしようか考えたんだけどやっぱり早く連絡付けたくてそれでね夕方シクハックのライブ行くじゃない?でね?でね?その前に一緒にお昼でも………どうしたの?」

そりゃあ聞きたくもなるだろう。なにせ、ぐすぐす言いながら「きたちゃん…きたちゃん…」って呟いてんだから。

 

「…すぐ行く」

 

「………え!…だ、だって時間かかる…」

「関係ない、すぐ行く。家よね」

プツリと通話が切れる。

一気に身体から力が抜け、床にへたり込む。

目の前には散乱したガラス片。

それを見るともなしに見ながら、今度は温かい雫が双眸から流れた。

 

「…ありがとう、きたちゃん…」

 

ーーーーーーーーーー

 

今日も朝から良い天気!

まあ、8時時点で30度を超えそうなのは如何なものかと思うけれど。

今日は土曜日だし、もうちょっとエアコン効いた部屋の中で寝ていたかったけれどね。

「週末だからって大学生がダラダラと寝てるんじゃありません!」

だってさ

お母さん。私は大学生の前に"バンドマン"なのよ!

世の理不尽と不安、不満と悲しみを声に乗せて、音に乗せて届ける、ひとりちゃん専用にチューニングされたイクヨスピー…キタスピーカーなのよ!

…「ひとりちゃん専用にチューニングされた」って、凄く響きがイヤラシイわね。

兎に角、バンドマンなら多少モラトリアムな生活をしたって許される。いえ、それが良いまであるわ!

 

…とは言っても、結局しがない実家暮らし。

両親の言う事は適度に聞かないと、ね。

 

さて、気を取り直して

朝ご飯も食べたし、寝汗を落とすためにシャワーも浴びたし、スキンケア及びメイクもバッチリ!

今日は夕方から、シクハックのライブを観る為に新宿まで行かなくちゃ。

…廣井さん、何だかんだひとりちゃんと距離近いのよね。

いつの間にか居るし。

今度ひとりちゃんと一緒に外国まで逃げてやろうかしら。

大学の専攻のお陰で、日常英会話くらいなら何とかこなせるし。

アメリカ、オーストラリア、イギリス…

やっぱりバンドマンとしてはイギリスかしらね。

もう海外では、「ロックは死んだ」「バンドは死んだ」なんて言われてるらしいけど、そんな奴らには中指立てて言ってやる!

F◯◯K OFF!   KISS MY A◯◯!

って!

………お尻にキスされたら、すごく嫌。

例えひとりちゃんでも。

ひとりちゃんなら、くちびr…ゲフンゲフン!

 

兎に角、ひとりちゃんに電話して一緒にお昼でもしよ。

 

[トゥルルルル………トゥルルルル………トゥルルルル………]

 

あれ?出ないな。

あの子の事だから、「喜多ちゃんから電話だ!何か怒らせてしまったんじゃ…」とか「あわわわわ…なんて返せば良いんだ!?まず原稿を書いて推敲して、それからそれを元に完璧な受け答えをしなければ………死!」とか思ってるんじゃないかしら。

私はひとりちゃんの声を聞ければそれで良いのにね。

もう一回掛けよ。

[トゥルルルル………トゥルルルル………トゥル]

あ、繋がった!

「あ!ひとりちゃん!?出なかったから出られない用事でも………」

繋がった瞬間捲し立てる私。

虹夏先輩にもしょっちゅう

「ちょちょちょいタンマ喜多ちゃん!落ち着いて!落ち着いていこう!ね!?」

て言われるけど、嬉しいが先立つとついつい止まらなくなるのよね。

特にひとりちゃん相手だと。

という訳でいつものように言葉のシャワーを浴びせると………あれ?なんかおかしい…

喋りながら耳を澄ませる(私も器用ね)と、何かぐずる声が。そして心細げに「きたちゃん…きたちゃん…」という縋るような囁き。

 

ーー緊急事態!キタレーダー発動!ーー

 

「…すぐ行く」

「………え!…だ、だって時間かかる…」なんて言ってる。自分が弱ってる時でさえ人に気を使うんだから。

かわいい。

「関係ない、すぐ行く。家よね」

素早く家を脱出。駐車スペースに停めてある親戚からのお下がり、名付けて

「ハイパーひとり号」

ピンクの軽自動車に颯爽と乗り込み、金沢八景にむかってマッハで飛んでゆくのでした。

 

ーーーーーーーーーー

 

今は自宅押入れの中、喜多ちゃんに抱き締められています。

喜多ちゃんは壁に背をつけ、わたしを横から抱き抱えるように包みこんでくれています。

背中をスリスリ、頭をヨシヨシ。とても気持ちが良いです。

「それで、自分の中には何も無いんじゃないか…って思い詰めちゃったのね」

「うぅ…はぃ」

「かわい…」

「え?」

「ゲフン!…なんでも無いわ」

喜多ちゃんの瞳がギラリと光ったのは気の所為でしょう。

まあ実際、わたしの中には何も無い訳で。

喜多ちゃんにヨシヨシされる資格も無い訳で。

それでも縋ってしまうダメなわたしな訳で。

「でもね、ひとりちゃん。そんな何も無いような人なら、私ここまで惹かれてないよ」

「で、でも」

「でももだっても無し。ひとりちゃんを信じる私を信じられないの?」

「…ありがとうございます」

いかに喜多ちゃんの言葉であろうと、生来のネガティブさは中々抜けないんだ。

「まだ信じてないわね。例えば…私が自信無くて、とことん落ち込んでたら、ひとりちゃんはどうする?」

「そんな事まずある筈無いかと…」

「例えばの話よ。その時ひとりちゃんはどうする?」

喜多ちゃんが落ち込んでたらかぁ………想像出来ないけど、そんな事があったら…

「とにかく喜多ちゃんの良い所を思い付く限り並べ立てます。」

「その言葉を信用しなかったら?」

「わたしの言葉がしんじられないのかなって………あ」

「そ。そういう事。実際は、貴女に言われた言葉は100パー信用するわ」

「な、なんでそんな…」

「簡単な事!ひとりちゃんだからよ!貴女がくれた言葉だから!」

「!う…うぅぅ………」

喜多ちゃん。貴女は人を泣かせるのが上手過ぎる。

「人は生きてれば色々あるわ。それこそ嬉しくって浮き上がりそうな時も、悲しくって動けなくなっちゃう時も。でもね、ひとりちゃん。そんな悲しい時に効果がある、とっておきの呪文があるの」

そんな便利な呪文なんてあるんだろうか?チチンプイプイみたいな?

「…どんな呪文なんですか?」

喜多ちゃんは押入れの薄暗闇の中でも判るくらい、満面の笑みで答えた。

 

「助けて!って言うの!私凄く悲しいんです!助けて!って」

 

「…誰も居なかったら?」

「少なくとも、ひとりちゃんには虹夏先輩が居る。リョウ先輩が居る。………私が、居るわ!」

もう…限界だった。

「う…う…うえぇぇぇ!きたちゃ、きたちゃん…たすけて!」

「うん!喜んで!」

 

ーーーーーーーーーー

 

まあその後はドサクサに紛れてチ、チッスなんぞをしたわけなんですがそうです私が卑怯者の喜多郁代ですすみませんごめんなさい。

それから「落ち切ったら後は上がるだけよ!」なんて言葉で幻惑して車に乗せ、「これからは全ての事が糧になるわ!」なんて言葉ではぐらかし一路新宿、途中で寄ったファミレスで唐揚げ定食を食した頃にはもうかなりニコニコ状態。

ホント単純な子

かわいい。

 

程なくしてリョウ先輩と合流。

FOLTでライブを見終わる頃、あんな事になろうとは。

怪我しちゃった虹夏先輩はお気の毒だけど…

 

ホント…ひとりちゃんと居るとまるで、ジェットコースターに乗ってるような人生ね。

 

 

 

さあ

貴女に何処までも喰らいついてやるわ。

覚悟してね。

ひとりちゃん。

 

 

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