あ、後藤ひとりです。
現在20歳。あと2ヶ月程で21です。
只今ロンドン滞在中。
かれこれ2ヶ月位経ちました。
何とか生活出来てます。…喜多ちゃんのお陰で。
只でさえ「くそ陰キャナメクジ」なわたしが、曲がりなりにも異国で生活出来ているのは、ひとえに喜多ちゃんと、あと周りのサポートがあるお陰で。
生活能力皆無のわたしだけではどう考えても生きていけず、喜多ちゃんに3食用意して貰ってやっと暮らしていけています。
お金の方も、配信報酬やらなんやらで銀行には三桁の預金があるけれど、それでも節約出来るものなら節約しようと頑張っています………喜多ちゃんが。
曰く
「私に任せて!必ずひとりちゃんが納得出来るまでロンドンに居させてあげるから!(キターン!)」
と言う訳で、わたしのカードは喜多ちゃんが預かっています。
わたしがお金を手にすると、無秩序無計画にmy new gearってしまうので、うちのお母さんにも
「お願いだからひとりちゃんのお金は喜多ちゃんが管理してくれないかな?」
と頼んでいました。その時の喜多ちゃんの「…嫁♪…」と言う言葉と嬉しそうな顔は見なかった事にします。
兎に角、わたしにはお金を使う決定権がありません。
「あの…喜多ちゃん………。あそこの通りにある楽器屋さんで売ってた日本未発売のエフェクタ…」
「ダメ♪」
言い切る前に断られました。
良いんです。ギターなんて本体とピックがあれば音を鳴らせるんです。エフェクターもアンプも必要無いんです!アンプラグドで良いんです!!
…それならアコギの方が良いんじゃ?
身も蓋もない考えに陥り、涙を堪えて今日も激情を弦に叩き付けます。
「ヒトリ。今日は何だかいつもより激しいね!」
声を掛けてくれるのは、今現在お世話になっているライブハウスのマネージャー、ケニーさん。
凄く線が細い感じの体で、わたしより少し背が高いくらい。明るめのブラウンヘアーをセミロングにして、後ろ髪はポニーテールにしている。
いつも黒のトレンチコートを着ていて
「ば、バーバリーですか?」
と聞いたら喰い付くように
「アクアスキュータムだ!」
と帰ってきた。なにか拘る事があるんだろうか。
本人曰く
「戦争が嫌いだから」
だそうで。余計解らない。
わたしの技術を買ってくれて、ライブハウス付きのサポートギタリストとして雇ってくれました。
幸い、ケニーさんは日本語が出来るのでアイ・ドントスピークイングリッシュのわたしでもコミュニケーションは何とかなってます。
何でも以前バンドをやっていた時に何度か日本に行きライブをして、その時Jロックに感銘を受けてわざわざ日本語を学んだとか。
わたしには想像もつかないバイタリティです。
「でもねヒトリ。ギターは欲求を叩き付けるものじゃないんだ。恋人なんだよ。まあたまにはケンカもするしそれぞれの主張をぶつけ合わなければならない。でもね、その後は優しく抱き締めてあげるんだ。イクヨがヒトリにするようにね?」
抽象的で中々全部は理解出来ない話ですが、それでもわたしが喜多ちゃんの事を思い出して顔をぶわりと赤く染めると、その顔色を見てなにか得心したのか
「そうそう。わかったかな?」
とわたしにウインクひとつ。
この人には敵いません。
☆
「じ、じつは…聞いて欲しい事がありまして…」
「へぇ、ヒトリから相談なんて珍しいね。良いよ?僕で良ければね」
ケニーさんは明るめのブラウンヘアーを掻き上げて、ウインクをくれる。
しかし、外人さんのウインクって、どうしてこうもカッコイイんだろう。是非真似したいな。
「…どうしたんだいヒトリ。なんか、両目が痙攣してるけど」
…上手く行かないみたいです。
二人して椅子に座り、ケニーさんが紅茶を淹れてくれる。
さすがイギリス人、コーヒーよりも紅茶なんだ。
「で、どうしたんだい?ヒトリ程の腕を持つギタリストの悩みなんて、僕に解決出来るかな」
腕を買ってくれているのは有り難いけど、ホントに…ホントにそうなのかな…わたし程の技術なんて、それこそゴロゴロ居るだろうに。
「…ケニーさん、正直に教えて下さい!わ、わたしのギター、どう思いますか?」
ケニーさんは、うーんとひとつ唸る。
「とても素晴らしい技術を持っているよ?…でも、聞きたい事はそういう事じゃないんだよね?」
わたしは、日本に居る時、そしてイギリスに来る事にした、来なければならなかった経緯を話した。
「…そうか、自分の音…か。ちなにヒトリ。それを自分の技術に起因した事と混同してないかい?」
「え…技術が足りないから自分の音を見つけられないのでは?」
「ハハハ!そうか!やっぱりか!」
「え?…え?」
ケニーさんの言いたい事が解らない。だって、腕が無いから「自分なりの音」を表現出来ないんじゃ?
「例えば、キクリなんかは自分の内面を吐き出すようにプレイしてるよね?あれは技術というより…うーん、そうだな…」
ケニーさんは周りを見回し、目的のモノを見付けたようで声を掛ける。
「おーいトッド!ちょっと良いかい?」
トッドさんも気が付いたようで、わたし達の元に寄って来る。
「どうしたボス、とヒトリか」
トッドさんも、片言だけど日本語を話せる。ケニーさんの影響らしい。
トッドさんはこのライブハウスのスタッフで、バンドも組んでいる。パートはリードギター。
丸太のような腕に、タトゥーがびっしり。でも、良い人。
「どうしたんだい?何か用か?」
問い掛けるトッドさんにケニーさんが答える。
「トッド、ちょっとギター弾いてみてくれないか?勿論アンプに繋いで」
怪訝そうにしながらも、トッドさんは準備を始める。
「まぁいいけどよ。でも、ヒトリの前で弾くのはちょっと緊張するな」
「まあ気にしないで。それよりも、ヒトリにトッドのギターを見せ付けてやってくれ!」
トッドさんはちょっとはにかみながらも
「何だよ!俺がヒトリにギターを教えるってか!?うれしいねぇ!ヒトリは、後々のスーパーギタリストだからな!」
ステージに上がりシールドを繋ぐ。そしてピックを構えた瞬間、顔が…表情が変わる。
紡がれた音は、技術的にはそう難しいものでは無い。ただ、その音は…音が、弾んでいる!スピーカーから出力される音が、音が、空間を弾け飛んでいく!トッドさんの指から弦に伝わり、電気信号となりシールドを駆け抜けて、そしてアンプで増幅された信号がスピーカーから「音」として出力される時にはもう、誰のものでも無い
「トッドさんの音」
だ!
凄い!凄い!
「トッドはね、技術的には到底ヒトリに敵わない。でも、そのトッドが出す音は…」
「トッドさんの音!、です!」
「そうだね」
ウインクをひとつ。そしてわたしに問い掛ける。
「何でだと思う?」
これは…本当に困ってしまった。技術じゃない。勿論腕力なんかでも無いだろう。
眉間に皺を寄せて俯いてしまったわたしに、ケニーさんは微笑みながら自身の人差し指を自分の胸に宛てがい
「ここ、さ」
と説明してくれた。
わたしも
真似をする様に、自分の指を胸に当てる。
「…ここ………」
そうか、もしかしたら…
「そう、心さ。とても漠然とした言い方だけどね」
ケニーさんは微笑みながら答えを呉れた。
「心というのは、とても難しい。身に付けた技術なんかと違って、とんでもなくマイナスになる事もあれば素晴らしくプラスになる事もある。しかも数値化できない。そして、自分以外には…解らないんだよ」
わたしの頭の中に、絡まっていた糸が解れて有るべき所に繋がっていくような、そんな音がする。
もう少しで…もう少しで………
「ようヒトリ。どうだった?オレのギター」
トッドさんがステージから戻ってきた。
「オマエに比べたら色々足らねえだろうが………!おい!、何泣いてるんだよ!」
わたしはギターを、音を…鳴らすことに、何か勘違いしていたのかも。足りないのは技術じゃない。感情…気持ちなんだ。
「あ、ありがとうございます。トッドさん。ありがとう」
深々と頭を下げる。
「その頭を下げる日本のシキタリは、どう言う意味か良くわからんが…何か解ったのか?」
「はい!あ、いえ…まだはっきりとは…。けど、わたしに何が足りないのか、きっかけは」
トッドさんはニヤリと笑い、ステージを親指で指差す。
「じゃあ、今度はオマエの番だ。聞かせてくれ!」
ケニーさんの方を見ると、微笑みながら頷いてくれる。
「…はい!」
☆
まるで儀式でも始めるように、何が厳かな気持ちでシールドを繋ぐ。
ストラップを肩に掛け、相棒を構える。
アンプのゲインを上げる。
ネックのトップに挿していたピックを右手で摘む。
大きく深呼吸。
ごめんね相棒。今まで、余り君の声を聞いてあげられなかったみたいだ。
でもこれからは、一緒に音を奏でよう。
一緒に歌おう。
さあ、いくよ相棒!
その日の後藤ひとりのプレイは、いつもの「ぼっち」のプレイからするととても拙くて。
荒々しく、拙く、たまに音が飛んだりして。
でも、弾いてる本人も、ギターも、「二人とも」とても楽しそうで。
「二人とも」最高の笑顔に見えて。
いつまでも、いつまでも…「二人」の笑い声が響いていた。
その日、後藤ひとりは「ギターヒーロー」からも「ぼっち」からも解放されて、只のギター好きになった。
そして、この日。
後藤ひとりは「覚醒」のキップを手に入れた
ーーーーーーーーーー
同じ日。
郁代はアルバイトである近所のパン屋のカウンターに立っていた。
このパン屋はイライザさんの親戚筋らしく、就労規則がうんぬん…等の意見は無視される。
とても都合が良い。
「ひとりちゃん、大丈夫かなぁ」
アルバイト中も気が気では無かった。
さもありなん。"あの"後藤ひとりである。
自分を落とす事に余念が無い、誰かと相対するだけで私の背中に隠れてしまうような、そんなヒト。
…そこが可愛いんだけどね?
郁代もまあまあ重症ではある。
まあ、あのライブハウスが良い所なのは把握している。
マネージャーのケニーさんはとても良い人だし、スタッフの方々も皆良い人。
何よりケニーさんが私とひとりちゃんを「パートナー」だと認めて(※ひとりは何も言ってない)くれているのがとても嬉しい。
是非結婚式には呼びたい位。
そのライブハウスで、ひとりちゃんはスタッフの一人として、サポートのギタリストとして頑張っている。
しかし…英語も何も出来ないのに、地元ライブハウスのスタッフって………ケニーさんが日本語出来るとしても…まぁ彼女の本領ばギターですし?でもギターで意思の疎通が出来るのかしら?いやまさか?でもでもひとりちゃんならあるいは…?
そんな益体も無い事を考えていると、ドアのカウベルが鳴る。
「あ…いらっしゃいませ!」
「うふふ、また来ちゃった」
店内に入って来たのはメアリさん。フランスとイギリスのハーフらしい。歳は三十代くらいだけど、見た目十代の可憐さと四十代くらいの妖艶さを兼ね備えた、凄く…凄く綺麗なヒト。
「私がドーバー海峡を繋いでるの」と何時も冗談を言っている。
どうも声を出す仕事をしているようで、声まで綺麗。
「イクヨの「いらっしゃい」を聞くのが楽しくて、ついつい来ちゃうの」
「あ、ありがとうございます…わ、私もメアリさんの綺麗な声を聞けるの、何時も楽しみにしてるんです!」
「ふふ…ありがと。あなたの声も、とても素敵よ」
この人に褒められると…凄い…照れる。
「あ、いつものですよね?」
「そ。でも今日は、何時もの倍貰おうかしら」
いつものマフィンを、何時もの倍、4つ紙袋に入れる。
「お友達でもいらっしゃるんですか?」
何気無く聞いてみたら、メアリさんは頬を僅かに染めて答えてくれた。
「久々にパートナーが帰って来るの。ひと月ぶりかなぁ?全く、私を放っておいてねぇ?」
そっか、パートナーが居るんだ。まあこれだけ素敵な人だもんなぁ。
「どんな方なんですか?」
余り突っ込んだ質問は失礼かな、とも思ったが好奇心が先に立つ。だってこんな素敵な人のパートナーよ!?
「レヴィ…レベッカは普段ギタリストやってるの。格好良いのよ?」
ん?と思った。レベッカって多分…
私の疑問が顔に出ていたのか、メアリさんは私の耳に顔を近づけて
「イクヨのパートナーのヒトリと同じ。女性よ」
心が蕩けそうな声音で答えてくれた。
顔を離したメアリさんは、「うふふ」とまるで少女のように微笑む。ああ…この表情とその声で、惚れない人は居ない。絶対!
「私が歌って彼女がギターを弾く事もあるの。機会があれば是非イクヨとヒトリに聴いてほしいなぁ」
その時、私の心に稲妻が落ちた。そんな、不意に訪れた機会。
「メアリさん、歌手をなさってるんですか!?」
私の突然の質問に、メアリさんは目を丸くさせながら答えてくれる。
「ええ、そうよ。シングルで歌う事もあればメンバーの前で歌う事もあるわね」
聞けば、どちらかと言うとボーカルのような役割の人らしい。
これは…これ、は………
何時か誰かの言葉
『チャンスの神様は、前髪しかねーんだわ』
「あの!…メアリさん、お願いが! 失礼だと解っているんですけど!ど、どうしても…!」
私の勢いに圧倒されていたメアリさんは、すぐにイタズラっ子のように表情を笑みに変え
「聞かせて?イクヨの、その想い」
泣きそうな私に同情してくれたのか、何か私の中に楽しみを見つけたのか。とにかく話だけは聞いてくれるようだった。
「実は………」
私は今の思いの丈を話した。嘘や誇張など無く、なるべく実直に。
ひとりちゃんと日本でバンドをやっている事。
自分がギターボーカルをやっている事。
ほかのメンバーに比べてスタートが明らかに遅く、その分皆より技術も気持ちも遅れがちな事。
このままでは明らかに皆の足を引っ張ってしまう事。
自分なりに練習はしていたが、それでも皆に追い付けない事。
ひとりちゃんも自分の音に行き詰まりを感じていて、仲間に促されてイギリス行きを決意した事。
このままじゃどんどん取り残されると思い、私も無理矢理付いてきた事。
それでも、自身どう成長して良いかまだ道は見えない事。
「そっか。がんばったのね」
メアリさんはふわりと包み込むように抱き締めてくれた。
「でも、頑張りの道筋が見えないと、何をどう頑張ったら良いか判らないものね」
抱き締めたまま、頭を優しく、優しく撫でてくれる。
「自分が進む道が見えないのは、とても辛いわ」
反対の手で、まるで悲しみを落とすように背中を撫でてくれて。
「そんな時は、無力な自分が「此処に居て良いのか」なんて考えちゃうものね」
私の苦しみを吸い取ってくれるかのように、私に頬を寄せて。
「それで、私の事を「チャンス」だと思ってくれたのね」
私の涙を、「大丈夫だよ」と言うように唇で吸い取ってくれて。
私は只、静かに涙を流すのでした。
「ん、わかった!」
私が落ち着いた頃、メアリさんは何かを決断する。
「………?」
何が…わかったんだろう。
「イクヨ。私は貴女の女神になれるかは解らない。でも、泣いてる妹を放っておける程薄情じゃないわ」
え?………どういう?
「…妹?」
「そ、貴女はもう私の妹よ!その妹が頼ってるのよ!?力にならなきゃウソだわ!」
「っ…メアリさんっ!」
今度は私から抱き着く。
「ああほらほら、落ち着いて?」
私はまた涙を流す。今度は、新しい、なみだ。
「ありがとう…ございますっ!」
「ほら、もう泣き止んで?貴女が次に流す涙は、「達成した」涙よ?」
本当に、なんて素晴らしい人なんだろう。
でもこれで、「チャンスの前髪」は掴んだ!
あとは、私が如何に踏ん張れるか、だ。
「メアリさん」
「なあに?」
「あなたに、惚れてしまいそう」
メアリさんはまたイタズラっ子の笑顔を浮かべ
「それは困ったわ!レヴィとヒトリに怒られちゃう!」
ああ、貴女はホントに素敵で…凄い人だ。
ーーーーーーーーーー
最近は、大体家にはわたしが先に帰る。
喜多ちゃんはバイト先で知り合った常連客の「メアリさん」にボーカルの教えを乞う事になった。
彼女さんのレベッカさんも、喜多ちゃんにギターを教えてるらしい(どうやらギタリストのようだ。しかもバッキング側)
…はっきり言ってちょっと…いやかなり不安がある。
だって、だってだよ?あんな、あんな!素敵な人が横に着いてレッスンしてくれるんだよ!?
絶対コイビトさんだって、素敵な人に違いない!
余りにモヤモヤするので、喜多ちゃんのレッスンに着いて行ってみた。
言葉が分からないので、只見ているだけだけど…メアリさん、ちょっと喜多ちゃんと距離…近くないですか?コイビトさん、良いんですか!?
あ、喉なんか触って!背中を撫でて!もしもそれ以上になったら、持ってきたギターで"ポムッ"てしますよ!?
あ、あぁ…喜多ちゃんが上手く行ったのか、だ、抱き締めてるぅぅぅ!それ以上はダメです!幾ら私が陰キャナメクジでも…存在感を感じられなくても…!此処に、居るんです!コ、コイビ、ト…の、わ、わたしが!!!
メアリさん、なに喜多ちゃんに耳打ちしてるんです!?そして何故2人でわたしを見てニヤニヤしてるんですか!?
思わず溶けそうになってたら、喜多ちゃんがトテトテとわたしに向かって歩いてきた。
あ、歩き方も可愛い。
「ひとりちゃん、あのね?」
その声はわたしにとって、天上にこだまする福音のように頭の中に響く。ふぁぁぁ…
「もう!ひとりちゃん?聞いてる?」
「あ、はいっ!ごめんなさい!」
私達を見て、メアリさんとレベッカさんがくすくす笑っていた。さり気なくレベッカさんがメアリさんの腰を抱いてるのが格好良い。
「だからね?ひとりちゃん。レベッカさんがひとりちゃんのギター聴いてみたいんだって」
こ、これはコイビトの地位向上委員会ロンドン支部!
やるしか…無い!しかも全力で!!!
レベッカさんのアンプスピーカーを借り、最近開眼しつつあるプレイを全力でぶつける。
ギターはコイビト。ギターはコイビト。コイビト?…は喜多ちゃん!喜多ちゃんはコイビト!デヘヘ。
図らずも過去最高の熱の入りようだったみたいだ。弾き終わった途端、レベッカさんが「Fantastic!」と叫びながら抱き着いてきた。あ、良い匂い…
「◯◯◯◯◯◯◯◯!◯◯◯、◯◯◯◯◯◯◯◯!」
何を言っているのか全然判らないが、何か凄い興奮している様で。
何か、「ツアー」がどうの、「メンバー」がこうのとだけは聞き取れるんだけど…
わたしの両肩をガッシと掴み、早口で捲し立てる。
き、きたちゃん…た、たすけて………
目を回しながら喜多ちゃんに助けを求めるが、喜多ちゃんは何故か頬を膨らませたまま私の視線から「フン!」で感じで目を逸らす。
その横で、メアリさんが涙を流しお腹を抱えて笑っている。
な、なにか面白い事でもしましたかね?わたしの一発芸は世間様に定評がありますが、まだ何にもしてませんよ…へへ………
場が落ち着いたところで、やっと喜多ちゃんが説明してくれた。
「なんかね?ひとりちゃんの演奏を聴いて、「これぱ絶対離しちゃならない」って思って何とかツアーメンバーにしたかったんだって!それだけ貴女の腕が買われたって事よ!良かったわね!」
へへ…良い人。
それは良い…いや良くもないんですが…ともかく、何故喜多ちゃん、貴女はそっぽを向いたままなんですか?何か怒ってますよね?膨れた頬がカワイ…じゃなく、その、怒ってる理由を教えて頂ければ対処のしようも…いや、わたしには無理…詰んだ、これ。
「わかった!?わかったらノーなり嫌なり拒否なりしなさいよ!」
へ…へへ…イエスなり同意なりは選択肢の中に無いんですねわかってます。
「レベッカさん、いま答えた通りひとりちゃんは「お断りします」だそうです!残念ながら!」
…喜多ちゃんがなんか勝手に答えちゃったみたい。英語だから解らないけど。
「レヴィ?イクヨからヒトリを取っちゃダメよ?最愛のパートナーなんだから」
メアリさんが何かをレベッカさんに伝える。こちらも英語なので、当然何を言ってるか解らない。
レベッカさんは頬を染め、「oh sorry!」と言いながら私に抱き着いて来た。へへ…良い匂い。あと爆乳。
「ひとりちゃん!?」
すみませんすみません!ロンドンの山脈よりシモキタの壁の方がわたしの好みです嘘じゃないですホントです。
☆
「イクヨ。それじゃまた明日ね?」
メアリさんがにこやかに喜多ちゃんと会話を交わす。
今のは多分、「また明日」的な言葉だろう。流石にそれ位は解るようになった。
しかし、綺麗な声だなぁ。しっかり歌ってる所、是非聴いてみたいなぁ。
あとレベッカさん。凄く格好良い!メンバーの中では主にギタボみたいで、こちらも是非聴いてみたい。
別れ際、レベッカさんが喜多ちゃんに何か耳打ちしている。顔を赤らめた喜多ちゃんは、嬉しそうに、そして真剣な顔で言葉を返している。
あ!喜多ちゃんが、レ、レベッカさんに抱き着いた!な、何で!?
☆
「喜多ちゃん、最後レベッカさんに何て言われてたんですか?」
私の半歩先を歩いていた喜多ちゃんはその言葉でピタリと歩を止め、わたしに向き直る。
そしてわたしの顔をジィッと見ると、「内緒!」と一言、またくるりと前を向き歩き出してしまった。
夕日のせいか、耳が赤く染まっている。
ーーーーーーーーーー
「イクヨ。貴女の最愛のパートナーを取ろうとして御免なさい。でもヒトリは、あの娘は…将来名を残すギタリストになる。その時に、「アタシはあの"ゴトウヒトリ"に振られた女よ」って自慢するわ。だからね?あの娘を離しちゃダメよ?あなたもとても良いモノをもっている。でもヒトリはその遥か先に居るわ。だからね?喰らいつきなさい。将来のビッグバンドの為なら、時間がある限りアタシとメアは協力するわよ」
「ありがとうレベッカさん。嬉しい!…とても、嬉しいです。私もひとりちゃんにすぐ追い付けるとは思ってません。でも、それは追い掛けない理由になりませんから…だから、とことん喰らいついてみせます。」
「…レヴィって呼んで?イクヨ」
「え…でも…」
「貴女はアタシ達の妹よ?だから、そう呼んでくれると嬉しいな。親しい人達にしか呼ばせない「レヴィ」って名を」
「…っ! レヴィさん、ありがとう!」
今日、私に2人も姉が出来た。
喜多ちゃん、やっと歩む道を見付ける。
後藤と郁代、未だに告白はし合っていません。