「ぐぐぐ………っいったたた!」
リハビリルームで療法士さんにゆっくり膝と足首をストレッチして貰う。
「可動域は、リハビリしていく内に良くなっていきますからね。だからしっかりほぐしていかないとね」
優しい女性なのだが、やる事はまあまあ容赦無い。
最も、患者の言う事ばかり聞いて優しめに施術してたんじゃ動くものも動かないだろう。
あたしとしても、なる早でドラムスローンまで辿り着かないと!
「でもね伊地知さん。焦りは禁物よ?余り焦って筋を痛める事があれば、元も子もないからね?」
あたしの焦る心を見透かしてるのか、そんな忠告をしてくる。
「あはは…わかってまーす!」
苦笑する療法士さんに向かって元気に返事をするけど…多分分かられてないな、コレ。
「はい、じゃあ後は時間までコレね?」
床に敷いたタオルを、膝と足首で引き寄せる訓練。
「はーい」
まるでゾンビの様に、ヨロヨロノタノタと左足を動かす。普通の状態ならなんとも無い事でも、流石にギプスが取れて間もない状態だと足でタオルを引き寄せるのは結構な大仕事。
「くっ…くっ、うぐ………ん?」
いきなりスムーズにタオルが動き出す。まるで誰かに後ろから引っ張られているように。………って!
「………ヲイ」
後ろを振り返ると、リハビリベンチの下に手を突っ込んでいる妖怪青髪。
「…や、大変そうだから手伝おうかと」
「…リハビリに、ならんだろうがぁぁぁ!!!」
あたしの怒声がリハビリルームにこだました。
☆
車椅子で病室に戻って来る。
「…で、何の用さ」
あくまで冷酷に伝えてやる。
「虹夏…冷たい………(泣)」
嘘泣きで答える妖怪青髪…もとい腐れ縁のリョウ。
「だってさ、退院まで来るなっつったじゃん」
「そろそろ退院だから、不用品を持ち帰ってくれって、店長が」
そう、そろそろ…後一週間程で退院になる。
「お姉ちゃんなにしてんのさ」
「何か…ツンデレで忙しいらしい」
「誤解を産みそうな言い方をするな!」
つまりは妹の見舞いが今だに照れるらしい。もうアラサーとっくに超え…ゲフン。…なのに。
「じゃ、荷物持ったら帰ってね」
わざと突き放すように言ってみる。
「………」
「…なにさ」
「………別に」
リョウは、自分で話さない時こそ分かり易い。多分「寂しい」とか「心配」とか…そんなトコだろう。
「…虹夏が寂しいかと思って」
「はぁ…あんたでしょ?リョウ」
リョウはふぃ、と視線を背ける。
「私は今充実してるし。虹夏にかまけてるヒマなんか無いし」
「じゃあ来るな!」
「でも、店長に頼まれたし。言う事聞かないとスプラッシュマウンテンとかされるし」
何で気持ちを分かってくれないんだ…って言うような膨れ面。解ってるよ。リョウが素直に言ってくれればね。
ソッポを向いたその頭を、優しく撫でてあげる。リョウの耳が赤く染まる。
「虹夏が元気じゃないと調子が狂う」
「…元気だよ?ちょっと手足に不自由があるだけで。それも徐々に良くなるだろうしね。それよりもさ」
リョウと目を合わせる。
「リョウの方はどうなの?何にも聞いて無いけど。お姉ちゃんも何にも言わないし」
お姉ちゃんには「余りリョウを寄越すな」と言っておいた。その言葉を変に誤解したお姉ちゃんに、リョウは「思い出したくも無い」ような技を掛けられたらしい。誤解は解けたが、逆に気を使ってお姉ちゃんはリョウの事を極端に話さなくなった。
「ま、そこそこやってるよ」
相変わらず素っ気ない。この野良シャムめ!
「あんたも頑張ってるんだよね」
不意に真剣な顔を見せるリョウ。
「頑張ってないよ」
「え、でも…何かをやってるんじゃ…」
「そんなのは当たり前の事!今ぼっちの顔を見て、「わたし頑張ってる」なんてとても言えない!………ごめん」
声を荒げた事を詫びてくる。そっか。そっ、か。リョウも懸命に足掻いてるんだね。あの二人に負けないように。ぼっちちゃんに、負けないように。
「…虹夏、これ、何?」
ベッドの右隣に座ってるリョウが、自分の左太腿を指差す。そこには無意識にリズムを刻んでいる、あたしの指。
「あぁごめんね。最近もう癖なんだ。何かが指に当たると無意識にリズム刻んでるんだ」
「70…いや80?」
「残念…85」
「…随分ゆっくりなんだね」
あたしはニヤリと笑い
「ゆっくりが正確じゃ無いと速くも正確にならないからね。だから60bpmから始めて今85」
この訓練の為にリズムを狂わせるようなモノは何も部屋に置いてない。テレビも付けない。あるのは、スティック一本、括り付けたペダル、あとスマホとイヤホンくらい。
ぼっちちゃんと喜多ちゃんが身を削ってイギリスで頑張ってるのに、それ位はしないと置いて行かれる。
「随分ストイックだね」
まぁ、そう見えるよね。でも嫌いじゃないんだ。こういうの。
「楽しいよ?」
「…そっか」
リョウが薄く笑う。それからやおら立ち上がり
「じゃ、帰るね」
と、特にこちらに振り向きもせずドアに向かう。
「…リョウ」
「ん?」
「…ありがとね」
「………ん」
そのまま部屋を出て行くリョウ。
多分、リョウはあたしの気持ちが「折れて」いないか見に来てくれたんだとおもう。
大丈夫だよ。リョウ。
今は不思議なくらい充実してるんだ。
ぼっちちゃんや喜多ちゃん、そしてリョウのお陰でね。
「さて」
背を起こしたベッドに座り直し、右足の位置をチェック。
ペダルを踏めるのを確認すると、サイドテーブルに置いた「リョウ謹製ドラムパッド」(雑誌の上にゴム板を重ねたモノ)を右脇側にセット。もう真ん中が擦り減ってきた。
スティックを握り、スマホからクリック音を出す。
「ワントゥースリーフォー!」
タン!………
ーーーーーーーーーー
「新宿さむ…」
冬は、都心に近付く程どんどん寒くなるような気がする。
虹夏が心配で様子を見て来たけど、わたしが折れそう…
鉛色の空を見上げ、ほぅと溜息を吐く。
まだまだ雪は降らないだろうが、体感はそれ位寒い。
肩を竦め、なるべく表面積を縮めるよう苦心しながら速歩きで目的地を目指す。
背中に背負ったギグバッグだけが風を受け止めてくれた。
☆
「おはようございます」
何故か夕方でも朝の挨拶をし、重いドアを開く。
「あら、いらっしゃい!、と言うかもうアナタもう身内よねぇ」
新宿にあるライブハウス「FOLT」の店内に入る。すると店長の銀次郎さんが挨拶をしてくれた。
「………照れ」
「アナタの照れる基準が判らないわね…」
二人でコーヒーを飲みながら待っていると、そのデブ…いやその人が現れる。
「おーさみぃさみぃ!」
…寒いと言う割に、薄手のシャツ1枚とはどう言う事だろう。しかも薄っすら汗掻いてるぞ。
「じゃ、早速演ろうぜ」
着くと同時にベースを取り出したオッサンは、一瞬の間でも惜しいといった具合だ。
「…じゃあまた、スタジオお借りします」
「はいはーい、じゃあ今日もめげないでねー!」
☆
「おまえまだそれ出来ないの!?」
「うぐ…うくく!」
はい、今絶賛しごかれ中です…
「こうだよ!こう!」
太い指が流れるように弦の上を滑る。そこから紡がれる音は、極上の響き。
「大体お前、カッコつけ過ぎ! お前がベースを支配してるようで、ベースに嘲笑われてるぞ!」
くそ、痛いトコを突いてきやがる!
「オッサン。自分がベースを支配してナンボじゃ無いの?」
反射的に言葉を返す。その言葉を受け、オッサンはからかう様にわたしに答える。
「バァァカ、どっちが上とかねぇんだよ!相棒だ!相棒!お前が肩から吊るしてるそのベースは、お前が金を稼ぐ糧で、お前を高いステージに連れてってくれる梯子で、そしてお前の中身をブチ撒けてくれる拡声器だ!支配とか言ってると、そのうちそのベースに遣り込められるぞ!」
「…!」
くそっ!くそっ!くそーっ!
☆
「あ、ありがとう…ございました…」
今日のレッスンも無事(?)終了した。
毎回こんな遣り取りが、もうひと月は続いている。
流石に毎日では無いけど、それでも少ない週でも3回は見て貰っている。
時間はマチマチ。昼の時もあれば夜に差し掛かる時も。
終わる頃には、もう身も心もヘトヘトだ。
「オイ、ラーメンでも食い行くぞ」
「…うす」
店長にお礼をして、凸凹師弟はライブハウスを後にした。
「しかし、良くあのデブに喰らいついてるわねぇ」
銀次郎店長の、そんな呟きを後に残して。
「しっかしリョウ。お前しぶてぇなぁ」
味噌ラーメンを啜りながらオッサンは零す。
「…何がです?」
塩ラーメンを啜りながらわたしが答える。
「いやさぁ、前も言ったけど…俺が教えてたヤツって、大体1週間もするとヤんなって消えちまうんだよ。その後、他のヤツに「あのオッサンに教わる事なんて何も無かった」なんてうそぶきやがってさ。そのくせソイツのプレイは、まあ、俺の劣化コピーの更に劣化コピーみてえな音出してやがって。笑えるぜ」
多分、今まで教わってきた奴らは、オッサンの技術の上澄みだけ掬い取ろうとしてたんだろう。オッサンのその、芯には触れようとせずに。
「だからな?運指の初歩の初歩位を舐めただけで、もう出来るような気分になっちまう。そういう奴らにとっちゃ、俺のベースなんて指を速く動かしてるだけのモンにしか見えねえんだろうな」
「それじゃ、アナタの十分の一も解った事にならない」
それを聞いてオッサンは、さも楽しそうに語る。
「そう言う事言えるのは、お前と、あと一人だけだ」
箸を置き、わたしに向き合う。
「その一人は、廣井きくり。ヤツには基礎だけ教えた。で、その先はいいって言うんだ。何故って聞いたら「それじゃ貴方を超えられない」って抜かしやがってよぉ!」
凄く楽しそうに話すオッサン。まるで、「でかした!」とでも言いたげに。
「…じゃあ、わたしもそうした方が良い?」
からかい半分で聞いてみる。その途端、オッサンの表情が真剣な顔になる。
「…まぁ、それでも良いんだけどな。ただ…俺はもう表舞台には立たないし、多分立てない。だからな?…俺の音を引き継いで、そんで表舞台でさんざブチ撒けられるヤツを見てみたくなったんだよ。それを出来るのが…お前…「山田リョウ」だ」
オッサンの顔が泣き笑いのようになる。
今迄悔しかったんだろう。見た目と違ってメンタルが弱いオッサンは、もしかすると泣くような夜を過ごして来たかもしれない。
そんな"ギフテッド"のオッサンが、プレイヤーとしての終盤に差し掛かった時、見た光が"わたし"だったとしたら。
もう、自惚れでも良い。なんでも糧にしてやる!
オッサンの丼を見ると、大切そうにチャーシューが2枚残っていた。それを2枚とも掻っ攫う。
「あ!バカ!」なんて声も無視して、大口を開けてパクリ。モグモグ。ゴクン。
「お•ま•え〜!」
オッサンはマジギレするが、わたしはどこ吹く風。
そして言ってやる
「オッサン!あんたの全部、喰らってやるよ!」
オッサンは一瞬ポカーンとした顔で、でも直ぐに満面の笑みを浮かべる。
「ハハ…ワハハハ!そっか、そっかぁ!よし解った!俺の全て、喰らってみろ!そん代わり容赦しねぇぞ!」
大笑いのオッサンの、目の端には光るものがあった。でもそれは言わないでおいてあげた。
さて店を出るかとなった段、取り敢えず控え目に聞いてみた。
「オッサン、お金無いからラーメン代奢って」
「お前は…俺の財布の中身まで喰らうのかよ………」
ーーーーーーーーーー
「あーやっぱり落ち着くなぁ」
自分の部屋に帰ってきてほぅと一息。
見渡すと、見慣れた光景が逆に新鮮に映る。
あぁあたしのベッド!あたしのクッション!リョウの服!リョウの小物!リョウの本、リョウの………
「これ、ホントにあたしの部屋か?」
松葉杖を置いて、ポスリとベッドに座る。まだまだ左の手足はぎこち無いし、完全に座った状態からは一人で立てない。それでも。
「また、ここから始めよう」
静かな決意をした所で、何やら廊下がドタバタと忙しない。
何だろ?と思っていると、おもむろにドアが開く。
「にっにじかがいないー!………あ、居た」
顔を合わせた瞬間、スンってなるリョウ。もう遅いよ。慌てぶり見ちゃったよ。
「なにそんな慌ててるのさ。今日退院って言っておいたよね?」
「…知ってるし。慌てて無いし。退院の時間聞いて無いし。院内何処探しても居なかったし。看護師誰に聞いても「さあ?」って言うし。気が気じゃなくてダッシュしてきたし」
リョウ。途中から思ってる事ダダ漏れだよ?
「ありがと。心配で探してくれたんだ」
「………ぅん」
「ん。素直で宜しい」
ヨシヨシしてあげた。
☆
あたしのサポートと言う名目で、リョウは暫くあたしの部屋に泊まり込む事にしたらしい。
「そんなに手間掛けないと思うんだけどなー」
「いや、虹夏はまだ満身創痍!瀕死の重傷!朝から夜からお風呂の中までサポぉうっ!」
地獄突きを見舞う。
「あたしを死にかけにするな!」
「でも、実際店長からも頼まれてるしね」
リョウが首をさすりながら言ってくる。あ、結構赤くなっちゃった。
「もーお姉ちゃんも過保護だからなぁ…ま、確かにお姉ちゃんもお店があるからねぇ」
「そ。だからわたし」
でも、リョウだって…
「リョウもさ、何か練習してるんだよね?それ大丈夫なの?」
「…虹夏のが大事」
「ダメだよ!」
思わず被せるように言ってしまった。でも、ホントに…。
「リョウはさ、自分で決めた事やって?それをやってくれなきゃあたしまた病院に戻るからね」
「…わかったよ。皆そういう約束だからね」
「うん!」
まだぼっちちゃん達には話してないけど、「皆で高め合う」というのを共通言語にしたい。
「あ、そういえば郁代からエアーメールが来てた」
見た目爽やかな色の封筒をポケットから取り出す。
「え!見せて見せて!…ん?なんで手紙?」
この時代、電子の波に乗せれば幾らでも連絡のやり取りが出来る。しかも手紙より全然早く。
「うん、なんかしてみたかったんだって。エアーメール」
「ああ…喜多ちゃんっぽいなぁ」
納得。改めて手紙を見せて貰う。
書き出し序盤は、如何に珍道中だったか。中盤は新たな出会い。最後は決意。そして締めに
[…という訳で、ひとりちゃんも私も石に齧りついても何かを得て帰って行きます。最後にリョウ先輩、虹夏先輩が退院してしっかり動けるようになったら、この手紙を見せて発破を掛けて下さい!お願いしますね!]
喜多ちゃん、もう発破は掛かってるよ。まだまだ君達二人みたいに「エンジン全開!」…とは行かないけど、それでももう心は全開だよ。溢れて溢れてしょうがないよ。零れて、爆発してしまいそうだ。叫び出したいくらいだ。
潤んだ目で、一緒に添えられた写真を見る。
3枚。
1枚目は、イライザさんの実家かな?で、その家族、シクハックの面々、そして二人。
次の1枚は、喜多ちゃんと、レッスンを受けているらしいパートナーの二人。二人共凄く綺麗な人。
最後の1枚は、ぼっちちゃんのバイト先かな? マネージャーらしき人と、あとスタッフらしき人。真ん中にぼっちちゃん。
ああ、これは宝物だ。何にも代えられない、宝物。
ぼっちちゃんも喜多ちゃんも、キラキラと光っている。
最高の贈り物を、ありがとう。ぼっちちゃん。喜多ちゃん。
「リョウ。負けてらんないね」
「うん。わたしは最初から負けるつもり無い」
ぼっちちゃん、喜多ちゃん。納得行くまでやって、「最高の二人」になって戻っておいで。
その時はこっちの「最高の二人」が出迎えるよ。
そして、「最高の四人」になろう!
シモキタの大天使がようやく退院。
皆してフルスロットル!