ちせとのデートから数日後、ぼくは高校から離れた港近くの書店にいた。
なんでも、このご時世で紙くずになってしまってからでは遅いと、母さんから図書券を渡されて買い出しを頼まれたのだ。
リクエストの災害時の医学書とサバイバル指南書を買い、余った分は使っていいと言われていたので、前にちせが好きだと言っていた作者の本を買ってみる。
帰宅したら読んでみようと帰路を急いでいると、自分と進行方向が逆の人波の中からトサカが突き出ているのが見えた。
もしやと思い視線を向けると、モヒカンでサングラスのあの夜の男だった。お互い近づくにつれ、こちらの視線に気づいたのか手を挙げて話しかけてきた。
「おや、あんときの
「え、ええ。元気です」
彼の目的が何にせよ陰に潜んで活動していると思ったので、真昼間の往来で出くわすことになるとは思わなかった。
「ちょっと付き合ってくんない?すぐ終わるからさ」
「……分かりました。オレも聞きたいことあるんで」
不安はあったが、彼がこちらの価値をある意味正しく理解していること、自分も聞いてみたいことがあったので付いて行くことにした。
彼は自販機で飲み物を2つ購入し、人通りの少ないほうへと進んでいく。
時折あたりを見回して確認するようにきょろきょろするものの、道に迷った風はなくこのあたりの地理をある程度は把握しているらしい。この街にそれなりの期間滞在しているようだ。
向こうもこちらの不安をわかっているのか、たどり着いたのは小さな公園だった。
道の関係でやや奥まったところにあり、近所にもっと大きくて遊具が充実した公園があるはずなので遊んでいる子供がいない。そこのベンチに2人で腰かけた。
「コーヒーとお茶、どっちがいい?」
「あ、コーヒーで……」
2人とも缶を開け、飲み物を口にし、一息つく。先に口を開いたのは向こうだった。
「そういや名乗ってなかったね。ぼくは
「シュウジっす」
「ぼくからの用事なんだけどね。たまたま会えたから伝えておきたいことがあったんだ」
「そうすか……」
どうやら今日会ったのは本当にたまたまらしい。彼の口調に特に気負うものはなかった。
「あの2人みたいなことは今後起きないと思うから安心していいよ」
「分かりました」
彼がなぜそんなことを言えるのか、あの2人はどうなったのか、聞いてみたいことは山ほどあったが、知らないほうがいいだろうから聞かなかった。
「まあ、そんなこと言っても信用できないよね」
「いえ、そんなことは……」
「じゃあ、これだけは言っておくよ。ぼくはこの
ぼくの表情に何か思うところがあったのか、大変にぼかした言葉ではあるがそんなことを言ってくれた。
だが、この国、いやこの世界に住んでいて今起きている戦争と関わらないことができるものだろうか。
「あ、そうだ。君ここにずっと住んでるんでしょ?」
「はあ、そうすけど……」
「じゃあさ。キレイなお姉ちゃんのいるお店とか知ってる?」
「ぶっ」
飲もうとしていた缶コーヒーを吹き出しそうになってしまった。
「高校生にそんなこと聞かないでしょや!」
いきなり下世話なことを聞かれて、つい口調が崩れてしまった。
「はは、ごめん。じゃあ、うまい飯屋なら知ってる?」
「まあ、それならいくつか紹介できるけど……」
しばらくこの街の何でもないことについて話した後、お茶を飲んで喉を潤した彼が言う。
「で?聞きたいことって?」
この公園に移動する前にちょろっと言ったことをちゃんと覚えてくれていたらしい。
この人は
なのにこの国の政府や自衛隊とは関係がないようだ。それにそのうちこの街からいなくなって、もう人生で二度と関わらなくなる、そんな感じが何となくする。
そんなある意味都合が
「オレは―――」
「おお!三太郎!ここにおったか!!」
意を決して話を切り出そうとしたところ、公園に大音量が響き渡った。
ぎょっとして声がした公園の入り口を見ると、時代錯誤な見た目の男がいた。
ねじり鉢巻きをつけ、ハットに腹巻き、サンダルと昔の映画から向け出してきたようなフーテンスタイルだ。
ただ、珍妙なコスプレ男という感じはしない。衣服がそれなりに着られているような具合で、何よりも着ている本人にしっくりきている。
「若!!」
モヒカンの男―――三太郎が立ち上がり、嬉しそうに歩み寄っていく。そして、固く握手を交わす。
「お元気そうで!」
「おお、こっちはぼちぼちじゃ。そっちの首尾は?」
「ええ、こっちも順調ですぜ。若の言った通りこの街に来てよかったですわ。下手な
どうやら三太郎は今来た男の部下のようだ。この男の指示でこの街に来て
「朗報じゃ。ドクトル・タルコフスキーの代わりになりそうなやつが見つかったぜ」
「本当スか!?」
「おうよ。ただ、ちょいと
「お供しますぜ、若!!」
すると、ポカンと見ているしかできなかったぼくに向けてフーテン風の男の視線が向く。
「三太郎、こいつは?」
「ああ、
男がこちらをじっと見てくる。そのぎらついた鋭い視線に射すくめられて、蛇に睨まれた蛙のようになってしまった。
自分が何かしたわけではないし、実際彼も怒っていたりするわけではないのだろうが、ただ視るだけの視線にも殺気が含まれている気がした。
男はズカズカとこちらに近づいてきて話しかけてくる。
「わしは
「シュウジです……あの、ちせのことを知ってるんで……?」
「おう!じゃがお前はあないな強くてヤバい、死を撒き散らす最終兵器のスケのオトコとは思えんなよなよしたやつじゃのう!!」
三太郎は直接的な言葉を言わずぼやかしていたのだが、この岩鬼という男は取り繕う気が感じなれない声量と言葉選びだ。
それよりも、この口ぶりはまるで直接ちせの戦場での
「おい!漢なら何か言い返さんかい!言葉一つ言い返せないような根性であの鉄の女を抱けると思っとるんか!?チンコ付いとんのか!?」
急に股間に衝撃が走った。見ると、彼が右手でぼくの股間を鷲掴みにしている。
「若!!カタギですぜ!」
そう言って、慌てた様子で三太郎が岩鬼を引き離してくれた。ぼく自身は威圧感にやられてろくに身動きできなかった。
口調と恰好から何となくわかってはいたがこちらをカタギ呼ばわりするということは、彼ら自身は表社会の人間ではなかったようだ。
「ふん。わしが本気で掴んどったら今頃コイツのアソコはオシャカになっとる」
「万が一この子の
「おめーも詳細は知らんでも、自分のスケが最終兵器なことくらいは知っとるんじゃろ?ならもっと気張らんかい」
そういうと彼は右手をハンカチで拭い、先ほどの言葉が真実であることを実証するかのように、ポケットから取り出したクルミを右手の握力のみで割って食べた。
「わかんねーよ!!」
「ん?」
よくわからないヤクザらしき男にボロクソに言われ、三太郎に言ってみようとした言葉がより過激な形で出てくる。
「急に戦争が始まって、彼女が最終兵器になってて、ぼくがあくびを噛み殺しながら授業受けてる最中、人殺してるんだぞ!?」
「『お前が戦う必要なんてない。オレが守ってやる』って言えたらどんだけいいか!!」
「でも実際はアイツに守られてる!うすうす分かってんだ、この辺の被害が少ないのはアイツのおかげだって」
「ちせがそこらの戦車や戦闘機よりずっと強いのは流石にわかる。じゃなきゃ最終兵器なんて呼ばれねえべや。ジエータイのやつにも『この国を守るのにはちせさんが必要です』なんて言われたしよ……」
「『最終兵器の彼氏』って立場を使って上にちゃんと説明させて、ぼくも背負ってやるのがいいか、あくまで『日常生活での彼氏』として付き添ってやればいいのかわかんねーんだ……」
「なあ、あんたならどーすんだ?」
最初は勢いよく怒鳴れたものの、激情を吐き出し続けることの慣れていないのと、僕の心の弱い部分をさらしてしまったせいで話す勢いが尻切れトンボになってしまった。
2人は黙って聞いていたが、叫び終えたぼくの呼吸が少し落ち着くと岩鬼がしゃべり始めた。
「わしか?わしなら自分が最終兵器になれんか試すな」
「え?」
「できんかったら自分の嫁さんが最終兵器なんじゃ。ちんたらやっとるこの国ごと喧嘩を売ってやるよ。そして世界を手に入れ最後まで生きあがく!」
一介のヤクザから出るとは思えないようなラスボスじみた思想が飛び出てきて、あっけにとられる。
「はぁ~~~。いや、若はそうでしょうけど。この人は特例すぎて参考にならないよなぁ」
三太郎がフォローのつもりかそんなことを言う。
「じゃがこれだけは言えるぞ。てめえの好きにしろ」
「好きにしろったって……」
「きさまは知らんじゃろうが、てめえの彼女はわしと小競り合いした時より倍は強くなっとるぞ」
「えっ」
なんと彼はちせが戦っているのを直接見たどころか、戦ったことがあるようだ。
「もうちょっとしたら核ミサイルを超えると睨んどる。うらやましい成長性じゃのう。わしが町一つ国一つ潰そうとしたらまあまあ気合い入れんといかんのに」
どんどんバケモノじみた強さになっていくちせへの皮肉かと思いにらみつける。
が、彼の表情は感心と羨望に満ちており、ちせの火力が核を超えることが本当にうらやましいようだ。
「まあ、それは置いておいて、てめえの彼女はお前が思ってるよりはるかにデカいことができるんだ」
「全て知ろうとするなり、甘ったるい、歯の浮くような都合のいい男やるなり、お前のテクで骨抜きにして国を裏切らせるなり好きにせえ。そんだけの力はあるんじゃ、あとは悔いがないようにやり抜けるかよ」
言いたいことは言い終わったのか、岩鬼は三太郎を連れて背を向け行こうとする。
が、急に振り向いた。
「お、どうするにせよ、ひとつだけやったほうがいいことがあったのう」
「え?」
「抱け!」
急にそんなことを言ってきた。ド直球の不純異性交遊命令に唖然とする。
「分かるぞ、てめえは今のオンナを抱いたことがない!」
あちらがぼくの女性経験を知っているとは思えないので、完全な決めつけである。しかし合っていた。
「きさまのようなケツの青いガキがセックスもせずに、いっちょ前に自分のオンナのことに悩んでいるのを見ると腹が立つ!」
「いいか、きさまらの年頃の男は下半身と脳が直結しているようなもんだ!脳の血管に血の代わりに精液が流れとると言っても過言じゃない!」
人を罵倒することに慣れているのか、ぼくと違いいっこうに罵声の勢いが落ちない。
「性欲を切り離して愛だの恋だの、自分の彼女も抱かずに出てきたような考えは全部上っ面のハリボテだ!心しとけ!!」
そういって彼は、今度こそ振り返ることなくずんずんと公園を出て行った。
「あくまで一人の意見として参考にしてね~」
そう言って、三太郎も岩鬼について出て行った。
公園には、立ち尽くしたぼくが残るだけとなった。
感想・評価いただけると喜びます。