最終兵器の彼氏と極道兵器の邂逅から数日後、とある極東の島国にて。
ちせは
周囲に敵もなく、精神的に安定しているので羽は引っ込めている。住民もとっくに避難してこの街にはいない。
「よかった。手加減できて。おかげで町が残ってるし」
今回の敵は数が少なく、統制の取れていない散発的な攻撃を繰り返すだけだった。
これは彼女が知らないことだが、彼らは司令部の命令でこの国に上陸したわけではない。
そもそも命令を下す上が残っているかもわからない、規模の大きい脱走兵のようなものだった。
ちせは自分の国を守るために世界のあちこちへと飛んでいたが、最近は日本の付近での戦闘が増えてきた。それは、沈みゆく船の少しでも高いところに殺到するネズミの群れのようだった。
ぼんやりしていると、「チャッチャッチャッチャッ」と硬いが重量の軽いものがアスファルトに当たる音がした。
この街にはまだ物資が残っているので、それを漁ってたくましく生き抜いているようだ。
先に行くほうのタヌキ(オスだろうか?)が、時折振り返ってはもう1匹がついてきているか確認している。
そんな様子をほほえましく見ていると、ふとシュウちゃんに会いたくなった。
胸に手を当てても、手首の動脈に指を添えても、鼓動を感じられなくなって久しい自分だが、こういったときは何か体の奥から響いてくるものを感じる気がするのだ。
「よお。久しぶりじゃのう」
向こうから歩いてきた、ねじり鉢巻き付きのハットに腹巻、サンダル履きの男に声をかけられる。
なにか人型のものが近づいてきているのには気づいていたが、努めて意識しないようにしていた。
あのタヌキの夫婦のことを考え、
「覚えとるか?
「うん。極道兵器のひとでしょや?」
そう返すと岩鬼は破顔した。
「ぐわははは!覚えてっとてくれあんがとよ!ほら、手土産じゃ」
そういうと、手に提げていた頑丈そうなケースをちせに向って放る。
「え?これ、あたしに?」
「おう。あんたに必要なものじゃと思ってな。なんなら今見てもええぞ」
こんな映画では秘密兵器が収められていそうな、頑丈そうな物々しいケースに入っているお土産とは何かと、気になったので勧めに従い開けてみる。
中に入っていたのは下着だった。
しかも、布面積が少なくやたらと煽情的で、これを着けるくらいなら全裸のほうがマシではないかと思わせるようなものだった。そんなエロ下着が何着も入っている。
「こっこれ、何だべや!!」
「言ったじゃろ?あんたに必要なもんだ」
いつの間にか背中から羽が生えていた。爆発音や銃声、殺意ではなく、困惑と羞恥で出たのは初めてだ。
「何を……」
「あんな『愛するヒトを傷つけたくない~』とか抜かしそうなウジウジした軟弱もんはな、一発ヤッて漢にしてやればええんじゃ!!」
「は?」
ちせの腕くらいの長さと面積しかなかった羽がバキバキと成長していき、右腕もどの既製品の銃にも当てはまらない形に変形していく。
「あんた……シュウちゃんに会ったんかい?」
「おお……前よりもすげぇな……壮観じゃのう」
「答えて!!」
彼女が叫ぶと、岩鬼の隣にあった乗用車が消滅した。
爆発炎上したり、バラバラに吹き飛んだりしたのではない。最初からなかったかのように、攻撃範囲から逃れた一部以外は消失した。
「わしはお前さんの地元で一度会っただけじゃ。大して話もしとらんしな……」
彼の中では、股間を鷲掴みにしてちせを「抱け!」とけしかけたのは大したことではないらしい。
「どっちかというと
「え、そうなんかい……」
シュルシュルと気勢がしぼんでいく。
「す、すいません……勘違いしちゃって……」
「気にすんな。うちの三太郎をあんたの街に送ったおかげでいろいろ集まったしな……」
そこで、ちせは前に岩鬼が言っていたことを思い出す。
彼が別世界の人間であることと、その帰還計画について。
「じゃあ、元の世界に帰れそうなんですか?」
「ああ。もろもろ上手くいく可能性は競馬の大穴レベルじゃが、一応目途はついたな」
世界の壁を渡ろうというのだ。成功率がその程度でも御の字だろう。
「よかった……」
「おめーさんはわしが帰ってくれてうれしそうじゃのう」
「だ、だって……!」
彼女は覚えている。彼が別世界へ渡る技術がばれて血みどろの争いになってもいいと笑っていたことを。
帰れなかったらこの終わりかけた人類のケジメをつけてやってもいいと言っていたことを。
なによりも、人間が死ぬときの悲鳴が身体をかけめぐると嬉しそうに語っていた、狂気と凶気と狂喜と侠気に満ちて、凶器を身体に内蔵した男の眼を。
「まあ、こっちの人類にケジメつけるなり、敵を全部ブチのめしてヒト・モノ・カネを総動員して宇宙脱出を目指すなりしてもよかったんじゃが、
それを聞いてちせは安堵する。それと同時に大きくなっていた羽がしぼんでいく。
「で、せっかくじゃから最後の出入りをやる前にあんたと一発ヤリたくなってな」
「へ?」
「ああ、勘違いすんなよ。喧嘩のほうじゃ。きさまのような乳臭いガキにキョーミはねぇ」
背中に引っ込みかけていた羽と、人の形に戻りつつあった右腕が止まる。
「え?でも帰れるめどがついたけだけで、まだやることがあるんじゃ?」
「ああ、だからこそじゃ。せっかくだからこの世界の最終兵器に、向こうの世界の極道兵器としてやりあってみたかったんじゃ」
岩鬼は話しながら地面に置かれたままのエロ下着のケースを持ち、マンホールの蓋をぶち破るとケースを放り込んだ。
「何すんだべ!?」
「よし、これで運がよかったら消し飛ばされずに残るな」
彼はあくまで戦うつもりで、あくまで手土産の下着を持って帰らせるつもりらしい。
彼が嘘をついていないことはわかる。自分と違い、ちゃんと動いて血液を全身に流している心臓の鼓動に変化がない。
「ホントにやるつもりかい?」
「おう!安心せえ、ケンカじゃ。必ず殺さんといけんわけじゃねぇ」
「死人が出るとしたらあんただけだよ」
意地でも戦うつもりの岩鬼に、軍人―――いや、兵器としてのちせが出てくる。
「きさまが強いのはわかっとる。じゃが、最初から負けて死ぬつもりでやるケンカなんぞねぇよ」
岩鬼は左腕のカバーを外し、銃器を露出する。
「はあ。じゃあ、やるべさ」
「そうこなくっちゃな!!」
「死んでも恨まんでね?」
そういうちせは空に飛び立とうとする。
彼女は岩鬼が叩きつけてきた挑戦状を受けることにしたものの、本気の三分の一すら出す気はなかった。
さっき見たタヌキのつがいがこの街にいることもあるし、彼に自分の大切な人たちや自分の国のなんだか愛しい人たちを傷つける理由がないこともある。
それに彼の部下らしき人がシュウちゃんを助けてくれたことから、人としての理性があるうちに彼を戦闘不能にするつもりだった。
ドワオ
そこにミサイルが降り注いできた。
とっさに敵の襲撃を考えて探知範囲を広げるが、敵の反応はない。
見ると、こちらに銃口を向ける彼の表情に動揺はなく、してやったりといった顔だ。
「あんた……自分がいる街にミサイルを?」
「おう!あんたとやりあうならこれくらいはせんとな」
岩鬼は爆発を意に介せず銃を撃ちまくり、ついでとばかり右足の義足に内蔵されたロケットも発射する。
彼にとっては楽しいケンカのために自分の命をベットするのは何でもないことらしい。
「バカなっ、ことをっ……!」
ちせは飛びながら銃撃をかわし、まだまだ降り注いてくるミサイルの迎撃のためにミサイルを出す。服に隠れてよく見えないが、背中から生み出されているようだ。背中の制服部分の焼け焦げと血痕が生々しい。
「ほう!自分でミサイルひりだせるとはうらやましいのう!!メシに鉄と火薬でも食ってんのか?」
「今朝はおにぎりです!排泄物みたいに言わんで!」
「コメ食ってクソの代わりにミサイル出るんか!!ますますうらやましいわい!」
ちせは力を抑えた射撃を行う。とはいっても、日本刀でリンゴの皮むきをしているようなものなので、うっかり岩鬼や街を消し飛ばしてしまわないかと内心ヒヤヒヤしている。
その証拠として、人間が持てる兵器では単発でしか出せないような火力を継続して出し続けている。これでも抑えているほうなのにだ。
そのうちの一発が岩鬼の左腕付近をかすめ、余波だけで大破させて銃器としての用をなさなくなる。
「降参したほうがいいんでないかい?」
「バカ言え!これからじゃ」
岩鬼はニヤリと笑って左腕のアタッチメントを外し、あらかじめ各所に設置していた換装用装備の置き場の一つに、ちせの攻撃を避けつつ走り寄る。
岩鬼とて無策で殴りかかってもかすり傷一つ付けられないのは理解していた。そのため、許す限りの物資をつぎ込んで事前の仕込みをしていた。
兵器を換装してジェットパックを身に着け、空中のちせに急接近する。
ちせはとっさに兵器に変形した右腕を盾にするも、岩鬼が振り下ろした刃物にすっぱりと断ち切られる。
「どうじゃ!あんたと出入りのために作らせた超振動ドスじゃ!」
「ぐぅっ」
斬られた衝撃で、ちせが墜落する。
しかし、戦闘能力を失っていないのは明らかだ。その証拠に、地面に倒れている今も迎撃用のミサイルが生み出され続けている。
「うわっ、うぁあぁあっあああああ」
「こんなもんじゃねえだろ最終兵器はよ!つぎはどーするんじゃ!?」
ちせは一種のパニックになっていた。
戦場で銃弾や爆発を浴びたことは今までもあった。しかし、刃物で切られたことはなかった。
戦場でナイフや剣を主武器するものなどいないし、彼女にナイフの距離まで近づけた敵は存在しない。
彼女の記憶にある中で刃物で傷ついた直近の記憶は、シュウちゃんにお弁当を作ろうとしてケガした時のものだ。その時とは比べ物にならない痛みと喪失感を感じる。
「あっ……あっ……あぁあああ、ダメ……トんじゃう……」
「おっと……こいつはまじぃな……」
ちせのただならぬ様子に、岩鬼はこの辺に設置したありったけのジェットパックの配置を思い出しつつ、走り出した。
その日、日本から街がひとつ消えた。
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「おーい、若。生きてますかー?」
「……三太郎か。ああ、なんとかな」
「だからやめたほうがいいって言ったんスよ。あーあ。必要最低限の資材以外全部吹き飛んだんじゃないすか?」
「心配すんな。わしがなんとかする!」
「ちょっと本気だしただけでこれって、ヤバすぎますよ」
「ああ、この世界の最終兵器はハンパじゃないのう!!いつかリベンジしてぇもんだな……」
「まだ懲りてないんスね……」
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