ブレイブソウル 現代という夢から覚めた勇者の物語   作:祐。

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第1話 夢から覚める

 人生は山あり谷あり。至極真っ当な事を言うようだが、人間として生を受けた以上は備え付けの知能で無限に悩みを抱え込んでしまう。それは地球上の全人類に共通する本分であり、もはや宿命とも言えたのかもしれない。

 

 頭では理解しているのに、感情が目前の現実を拒絶する。結果、同じ体内で思考と心情の乖離が生じ始め、結果として人は内側から消耗し、疲れ、荒み、そして蝕まれる。

 

 生涯を通じて生命活動を全うする最中にも、時として誰かしら“そんなこと”を考える場面があるかもしれない。それは真っ暗にした部屋の中、モヤモヤ感を胸に抱え込みながら暗黒に支配された瞼の裏で思い浮かべる“現実逃避の疑問”だ。

 

 

 

 ……もしかして、『今生きているこの現実世界こそが夢の中で、実は目を覚ましたら別の世界でした』ということもあり得るんじゃないのか、と――――

 

 

 

 

 

 

 

「ご名答」

 

 耳の内側。鼓膜の裏側から反響するよう聞こえてきたノイズ混じりの声音。脳に直接と投げ掛けられたそれに自分は反射的に目を開いていくと、暗黒とも例えられる虚無の空間の中、この視界に映り込む逆さまの顔と間近で対面した。

 

 モノクロ調の色合いで構成されたその人間は、白色と黒色の二色のみで成り立つ異様な風体をしていた。主に、肌や髪、衣類が絵描きアプリなどで最初に表示される初期キャンバスのように真っ白であり、それらの影として見受けられる黒色は塗りつぶし機能で染め上げたように平面的だ。

 

 145cmほどの身長であるその存在は、膝辺りまで伸ばしたボリューミーな長髪と、奴隷服を思わせる質素でズタボロなワンピース、そして瞳の中で蠢く不気味な螺旋が特徴的な人物だった。狂気という一言に相応しいキチガイじみた微笑がこちらの顔を覗き込んでくる一方で、垣間見える幼さと柔らかな印象からその人物が未成熟な少女であることを感じ取る。

 

 そんな顔が間近に映り込んだものだったから、自分は思わず叫び声を上げながら這いずるように後方へと退いた。寝ていたベッドは背中に無く、床とも言える足場も見えない暗黒空間で身体をズリズリ引き摺っていく中で、謎の少女は「うっくっく」と愉快げに喉を鳴らしながら無重力空間のように浮かび上がり、頭を真下にした体勢で浮遊しながらこちらを眺め遣ってきた。

 

「目覚めの気分は如何かな? 尤も、無理やり起こされた不快感で寝起きが最悪だと感じてくれてでもいりゃあ、オイラとしてはこの上なく冥利に尽きるというものさ。うっくくく……」

 

 心底から不愉快に感じるノイズ混じりの声。ザラザラと、セリフが二重に重なるようなゴワゴワ感を含みながらも、聞こえてくる声音からは年相応とも言うべき少女の柔らかさと甲高さが伺える。

 

 どこか神々しく両手を広げ、憎たらしい眼差しと微笑を見せながら螺旋の瞳で見遣ってくる少女。次はどんな意地悪い言葉でも掛けようか。そんなことを思案していそうな悪巧みを自分は見透かしながら、半ば困惑のままに立ち上がろうとする。

 

 そこで気付いたのが、自分の身体に関する変化だった。まず寝間着を着用していたはずなのに、知らずの内に見覚えの無い余所行きの衣類を身に着けていたのだ。

 

 主に、タックインした黒色のYシャツと黒色のスラックス、機能性に優れた黒色の革靴。それと、ダウンジャケットのように膨らんだシルエットを持つ、肩幅が広くて大柄な印象を与えてくる薄い水色の分厚いアウターは、大型動物のような威圧感を想起させながらも水色という仄かに淡い色合いが優しさも醸し出す、強さとさっぱり感を両立したこのコーデ一番のトレードマークとも言えたかもしれない。

 

 あと、身体の基本的な情報も置き換わっていた。身長が175cmほどになり、紺青色(こんじょういろ)の暗い青色ショートヘアーと、物腰柔らかな好青年に見える第一印象の容貌が、自分の意識や感覚と連動して機能している。整った顔立ちや絵に描いたような雰囲気、筋肉質な体つきなんかが非現実的にも思えてきて、まるでゲームやアニメの登場人物に乗り移ったかのような感覚すら覚えてしまう。

 

 とにかく違和感がすごい。自分ではない自分に、両手を握り締め、視線を下げて己を確認し、足を動かしつつ、顔をペタペタ触っていく。尚更と自分ではないような実感に信じられない気持ちをよぎらせていると、次にも浮遊している少女が頭を上にした体勢で自身の頭部をトントン指でつつきながら喋り出してきたものだ。

 

「現実を受け入れ難いか? それもそうかもしれないな。如何せん、“夢の中”とはいえ長い年月を過ごしてきた世界だろうからな。今まで巡り会ってきた景色、人間、出来事、感情……人生。その全てが、実は“頭の中で繰り広げられていた幻想だった”としたら、うっくくく……オマエさんは一体どう思う?」

 

「今までの人生が、全部“夢”……?」

 

「物分かりの悪いヤツだな。言葉通りのままさ。オマエさんには延々と夢を見せられ続ける“魔法”が掛けられていて、本来なら在りもしない頭ん中の絵空事を、オマエさんはさも現実だと思い込んで過ごし続けていたのさ」

 

 ……言葉の意味が理解できても、理性がそれを拒絶する。

 

 自分の誕生から始まった、人生という名の物語。幼げながらも覚えている迷子の冒険譚や、名前もうろ覚えである見ず知らずの親戚達の顔、学校で送った日々や青春の数々、社会の波に揉まれて何度も挫けながらも前に進み続けたあの積み重ねや経験も全て、夢の中の出来事だったというのか……?

 

 その一言で納得できるはずもなく、この現状こそが夢の中だろうと確信する。そして自分は「早くこの夢から覚めろ!」と頭に言い聞かせていくのだが、そんなこちらの様子を少女は見物人のように面白おかしく眺めながら、自身の後頭部に両手を回し、空中で脚を組んで悠々と座りつつ嘲笑するような声音でセリフを続けてきた。

 

「愉快だな! 滑稽だな! だが、覆しようのない結末に対しても泥臭く悪足掻きできる人間は嫌いじゃない。そんな気質を見込んで、オマエさんの“社会復帰”をオイラが手伝ってやってもいいが、どうする?」

 

「社会復帰……?」

 

「何もおかしいことは言ってない。何せ、今まで過ごしてきた人間社会は全部夢の中だ。夢から覚めた以上は目の前の現実と向き合わなければならないが、今まで眠り続けていたオマエさんにとってはそれすらも難しいだろう。特に、“此処”はオマエさんの見ていた夢と似て非なる“異次元の世界”。オマエさんにとって親しみがある現代文明と、空想世界にありがちな非科学的な事象……つまり“魔法”が共存する、姿かたちが限りなく近い別物の異空間、言い換えれば並行世界のような場所とも言える」

 

 彼女は一体、何を言っているんだ……?

 

 理解できそうで、理解が難しい。どこかもどかしい思いすら感じながらその言葉を聞き入れていると、ピンと来ていないこちらの様子に少女は呆れるようなため息をついてから、気だるそうな表情を浮かべつつそうセリフを口にしてきたものだ。

 

「まぁいい。口で説明するより、実際に見てもらった方が早いだろうからな。とにかく、オマエさんの意識を呼び起こした本人として、このオイラが面倒を見てやる」

 

 右足を左脚に乗せ、その右足の膝部分に右肘を乗せて頬杖をつく少女。それから余った左手を持ち上げていくと、彼女はダルそうな顔で指パッチンをしてみせた。

 

 すると、ガコンッという音が自分の真後ろから聞こえてきた。咄嗟に振り返って確認すると、床も壁も区別がつかない虚無の暗闇空間の中にひとつ、隙間から眩い光を漏らした扉が不自然に姿を現していた。

 

 街中でよく見かけるスチール製のドア。あまりにも見慣れたそれに自分が一種の安心感すら覚えていく中で、少女からその言葉を伝えられる。

 

「指導なんていう行儀の良いレクチャーは期待するな。ただ、そうだな……例えるなら“チュートリアル”だと思って従ってくれりゃあわけないさ。如何せん“此処”は、魔法、異能力、何でもありの奇天烈な世界だ。なら、オマエさんが暮らしていた現実世界に(なら)って、ゲーム感覚で事を進めてもらえればそれでいい。ほら、さっさと行け。こんなとこでじっとしていたら物語が進まねぇだろうが」

 

 手でシッシと促す動作が見える見える。とにかくここで立ち止まっているわけにもいかない以上、自分は自分でない身体の動きや重みを慣らすように歩行しつつ、辿り着いたドアの前でこの手を伸ばしていく。

 

 ドアノブを掴み、重々しく、ゆっくりと開いてみせる。ギィッ……という軋む音と共に目の前の光が溢れ、視界いっぱいに覆い被さってくると、次第と明かりに慣れてきた目は次にも信じられない光景を映し出したのだ。

 

 

 

 ――都心とも言える街の中。発展した大都会は見上げるくらいに大きなビルに囲まれており、舗装された道路や信号機などの文明が非常に馴染み深く感じられる。一方で、目先に展開されているSHIBUYA109を丸々と横倒しにしたような超巨大モニターをはじめとして、漂うよう空間を彩るライトブルーとパープルの淡いエフェクトや、どこからともなく射し込むスポットライト、近未来じみた建物のデザインに、口から火を噴く見世物で客を集める芸者など、至る所で非現実的な光景が見受けられたものだ。

 

 超巨大モニターは横幅50mもの長さを誇るオブジェクトで、ビルに囲まれた大広場でその存在感を醸し出している。その画面には若者向けのファッションブランドの広告がでかでかと流れている他に、そのモニターの前では格闘大会らしき催しが開かれているらしく、ステージ上でタイマンを張る2人の男達に対して多くの民衆が声援を送ったりしている。

 

 淡いライトブルーとパープルが漂うこの空間は、身体が自然と身軽になり、何だか力も漲ってくる不思議な感覚をもたらしてくれている。ネオンに包まれた街の中は現代的でありながらも幻想的であり、それでいて近未来的でもある。眠らない街という呼び名に相応しく街中は活気で満ち満ちており、今にも駆け出してビルの壁を走ったり、屋上を飛び越えながら駆け回りたい衝動すら掻き立ててきた。

 

 スポットライトの光は、そういう照明が見当たらないにも関わらずどこからともなく頭上から射し込んでいる。それらはサーチライトのように動き回り、日中であるにも関わらず色鮮やかな空間を一層と引き立ててくれているようにも伺える。

 

 また、口から火や電気を噴く芸者に対して驚く素振りを見せる人間は一切と見受けられず、目にした子供が怯えることなく興味本位で指を差したり、芸者の前を普通に通り過ぎる団体もいたりなど、人間ならざる現象も世間では当然のように受け入れられている様子だった。

 

 親しみのある文明が広がる反面、非現実的な光景も当たり前のように展開されている異質な世界。道路を挟んだ向かい側に見受けられる大広場のそれに呆然とした眼差しを向けていくこと数十秒、ようやくと理解が追い付き始めた意識は直ぐにも真後ろのドアへと向けられる。

 

 振り返った先には、道路に並列するようずらりと並ぶビルの景色が広がっていた。だが、そこから一歩も動いていないにも関わらず、先ほど確かにこの手で開いたスチール製のドアがどこにも伺えなかったことから、自分は来た道の在処を探すように慌てながら周囲を見渡したものだ。

 

 ……しかし、あの少女が出してくれたドアは見当たらない。来た道を失い、途方に暮れたような気持ちで不安感に駆られ始めると、次にも脳内に直接と語り掛けるような反響と共にあの少女の不快なノイズ声が聞こえてきた。

 

『うっくっくっく!! 慌てふためく人間ってのは実に無様で見応えがあるな』

 

「……知らない世界に放り込まれて、本当に不安なんだ。揶揄(からか)わないでくれよ。」

 

『夢の中で散々呑気に過ごしてきたあまちゃん風情が生意気を言いやがる。この程度で弱音を吐いているようじゃあ、“この世界”を生き延びられねぇぞ』

 

「怯えたり、恐れることは別に恥ずかしいことじゃない。むしろ感情豊かで人間らしいとも言えるんじゃないかな」

 

『オェ……前向き過ぎるゲロ臭ぇ理論で吐き気すらしてくる』

 

「これでお互い様ってことにしよう。それで、俺は次どうしたらいいのかな? これは“チュートリアル”なんだよね。なら、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします。先生」

 

『チッ……調子に乗りやがって。まぁ、こいつは元々オイラが始めた物語だ。オマエさんが独り立ちするまでは責任持って面倒見てやるが、このチュートリアルが終わったらテメェ、覚えてろよ』

 

 憎まれ口を叩きながらも、何だかんだと本分に務めるその姿勢は素直に好印象だった。

 

 ……今まで現実世界だと思い込んで過ごしてきた現代社会は、実は特殊な魔法によって見せられてきた夢の中の出来事だった。『現実世界での生活は夢オチだった』という真実を突き付けられるところから始まったこの物語は、一体どのような着地点を迎え、終息するのか。

 

 未だ夢の中だと疑わない“本当の現実世界”にて、自分は果てしない冒険の旅に出る。現代文明が入り混じる異世界の物語が今、幕を開けた。

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