「みんなー、今日は社会見学をしようと思います」
「はーい!」
「はい」
「は、はい!」
「はぁい」
四者四様。個性的で大変よろしい返事だ。
今日は勉強をお休みして、“天界”……つまりはこの世界の様々な場所を見ていこうという建前でお出かけをすることになった。
空に浮かぶ、浮島と浮遊大陸の世界。だから天界だ。天国と呼ぶほど理想の世界にはまだ出来ていない。現世の方々が死んだ後に行きたくなるような世界にするため、目下奮闘中である。
「よし、じゃあまずは“天界デパート”に行こうか」
「やった〜!」
天界デパート。
その字面からしてすでに胡乱だが、なんのことはない。食べ物でも服でも本でも、お金を払わずにいくらでも持ってっていいという夢のデパートである。ゲームコーナーやお子様スペースも完備。フードコートでは和洋中、各国のグルメが楽しめる。
文字魔法により、商品が無くなると自動的に補充される機構を備え付けてあるのだ。魔法、マジで便利すぎ。
「“モレカバトル”〜」
「あっ、ちょっとツキノ!?」
「先生! バッティングセンター行ってきます!!」
「クロエ姉さんまで!? もうっ、先生がいるのに……!」
「あはは、いいよヤマタ」
ここに来ると、みんな自由に行動し始める。それだけ楽しんでくれていると思えば、設計者兼オーナーの私の顔も浮かばれるというものだ。
「二人は、本屋さんに行く?」
「行きます」
「えっ、あっ……は、はい」
ツキノはゲーム。クロエはスポーツ施設。そしてヤマタとイセが本屋というのが毎回定番だった。
「……」
しかし本屋に向かう途中、ヤマタがそわそわとし始める。
その視線は、道中数多くあるブティックに向けられているようだった。
「服が見たいの?」
「! え、えっと……」
「いいよ。行っておいで」
「……!」
パァっ、と花が咲いたように顔を明るくしたヤマタが、文字通り蛇行しながらブティックへと向かった。
「先生は優しいですね」
「みんなに嫌われたくないからねぇ」
そして残ったイセが、相変わらずの無表情で私を見上げる。
「私たちが先生を嫌う? なんの心配をしてるんですか」
「だって私、学校の先生ってそんな好きじゃなかったしなぁ。いつ皆に反抗期が来るかとヒヤヒヤしてるよ」
「あり得ません」
随分とキッパリ言い切るイセちゃん。
「先生の先生がどんな人だったかは知りませんが……クロエ姉さんも、ヤマタも、ツキノも。先生のことが嫌いなわけありません」
「本当かなぁ」
「どうしてそんなに疑うんですか」
イセの声色がだんだん不機嫌になってきて、私は頭をポリポリと掻く。
「ごめんごめん。疑ってるわけじゃないんだよ。ただ私が心配性なだけ」
「本当に、いらない心配だと思います」
イセが珍しく顔に怒りの表情を出し、ぷいっと顔を背けて歩いて行ってしまう。
「……怒らせちゃった」
私は苦笑して、彼女の後を追いかけた。
◆
私はイセ。“天界”に住むたった4人の“家族”の一人です。
一番上のクロエお姉ちゃん。次女の私。三女のヤマタ。四女のツキノ。
「さて、みんな。ショッピングは楽しんだかな? それじゃ次に……」
でもそんな私たちを生んだのが、“先生”。
「演劇鑑賞をします!」
私の大好きな、素敵な神さまだ。
本人は、神さまって呼ばれるのは嫌みたいだけど。
「やったぁ!」
「演劇……!」
「モレカ……」
クロエ姉さんがぴょんと飛び跳ねて喜び、ヤマタが目をキラキラとさせて、ツキノはゲームに心残りがあるようで残念そうに肩を落とす。
「演劇って、天界に演者さんがいるんですか?」
演劇。その存在は知ってる。先生の物語の中にも出てきたから。
物語の登場人物になりきって、“お芝居”というのをするそうだ。小道具、舞台、台詞……色々と準備が必要になるし、いいお芝居をするのは技術がいるし、難しいのだとか。でもその分、熟練の役者さんは人気者になれるらしい。スターというやつだ。
「ふふふ……」
先生は意味ありげに笑って、私の質問には答えなかった。
……多分だけど、役者さんは先生がやるんだと思う。先生は不思議な力を持ってる。それで一人で劇を完成させてしまってもおかしくない。
先生はなんでも出来る。色んなものを作れるし、操れるし、たくさんのことを知ってる。それにとっても優しい。
クロエ姉さんに聞いたけど、この“天界”は先生が作ったらしい。デパートも、レストランも、学校も、全部先生が一人で作ってしまったんだそうだ。こんなに広くて楽しい天界を、だ。
すごすぎる。どうすればそんなこと出来るんだろう。先生が聞かせてくれた物語には、色んなすごい人たちが出てきて活躍する。先生はそんな人たちが大好きみたいだけど、正直、先生のやってることもそれに負けないくらいすごいと思う。
「着いたよー。“天界劇場”! オープニングセレモニーにご招待いたしましょう」
「おーぷにんぐ?」
「クロエたちが最初のお客様ってことだよ」
「え〜! すごい!!」
そりゃ、天界には私たちしかいませんからね。
でも確かに天界劇場は豪華な建物だった。私たち4人どころか、その100倍の人数だって入れそうなくらい広い。
どうしてこんなに大きくしたんだろう……と思わなくもないけど、先生の考えてることはいつだって規格外だ。
もしかしたら、いつかこの劇場がいっぱいになるくらい天界に人が増えるのかもしれない。
「はーい、皆。ポップコーン」
「え〜! すごい! 私初めて食べる!」
「鑑賞って言ったらやっぱポップコーンだよね〜」
みんなに囲まれながら、ポップコーンをみんなに配る先生。
もしこの劇場がいっぱいになるくらい人が増えたら、先生はみんなの先生になる。色んな子達の面倒を見なきゃいけないはずだ。
……そうなったら、先生は私たちとは遊んでくれなくなくなっちゃうのかな。
そう考えると、なんだかすごく寂しくなってしまう。
「イセ〜。大丈夫」
「……ツキノ」
私が下を向いて歩いていると、ツキノが声をかけてきた。
もしかして私が落ち込んでるのを察して……。
「イセのポップコーンは半分くらい残しておくから、心配しないで」
あぁ、そうだったそうだった。ツキノだった。
「別に全部食べてもいいですよ。私はいりませんから」
「本当? じゃあ貰うねバリバリバリボリボリ」
「はぁ……」
みんな、少し気楽すぎると思う。
先生はいつも休まずに、私たちのために色んなことをしてくれている。今日の“社会見学”だってそうだ。先生はいつも、一人で背負い込んでしまう。
ヤマタの椅子が見た目は変わらないのに、いつの間にかちゃんと座れるようになっていたのもきっと先生がなんとかしたからだ。
私たちは先生に助けてもらってばかり。
『モン次郎。もしお前の妹が人を食ったらどうする』
『ネズ子の首を刎ねて私の腹を切ってあなたの腹も掻っ捌きます』
『判断が早い』
この劇も、きっと裏で先生はたくさん練習したはずだ。私たちを楽しめるために、先生はたくさんのことをしてくれている。
もっと先生に役に立ちたい。ただ先生に甘えるだけじゃなく、ちゃんと先生の助けになれるようになりたい。
だって、物語の中の主人公はいつも誰かのために戦っていた。守りたいものを守るために必死だった。私もあんなふうに、自分の守りたいものを守れるようになれれば素敵だって思う。
でも今の私じゃ、ただ本を読んで知識を蓄えることしかできない。先生がすでに知っている知識じゃ、先生の役には立てない。もっと……何か大きなことができるような。
そんな知識があれば……。
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