「良い世界だね、ここは。天界だっけ?」
夜の闇の中……私とデモンは、空中で向かい合っていた。
「てっきりもっと自分勝手な世界を作るかと思ってたら、私の中にも意外と他人への思いやりが残ってたのかな?」
「無駄話をするために出てきたわけじゃないでしょ」
「釣れないなぁ。おこなの?」
対面、空中に立つデモンは……姿だけ見れば、月明かりに照らされて、一種の芸術品めいた美しさを誇っていた。
その姿を例えば彫刻等の形で世に残せば、たちまち人から“女神”と称えられてもおかしくない絶世の美女。
なによりムネもシリもでかいときた。
「私の姿でそんな恥ずかしい格好されたらそりゃ怒るわ。自分に酔いすぎでしょ。見た目だけ整えても中身は変わらないよ」
「うーん、我ながら随分捻くれた考え方……。美しいものが大好きなのに、自分自身がそうなるのは嫌なんてね」
デモンは肩をすくめて、髪先を指でくるくるといじっていた。
そんな仕草すら嫌味になるくらい様になっているのが、本当に気に食わない。確かにデモンは美しい。きっと私の考える美の究極形だろう。
だからこそ……それを、私が“愛す”ためではなく私が“愛される”ために利用している。その魂胆が透けて見えるのが我慢ならないのだ。
そんな私の思考を読み取ったのか、なんなのか。
「そんなんだから、私みたいなのが生まれるんじゃないの?」
デモンはくすくすと笑って、碧に輝く目を細めた。
──キィン、という甲高い音が響いた。
「……」
「随分必死じゃん? 不意打ちなんてさ」
それは、デモンを背後から襲った銀の斧と……デモンが手に持った黒曜の剣が鳴らした衝突音だ。音と同時に、二つの武器は同時に砕けた。
「ごめんごめん。間抜けな面してたからそのまま殺されてくれるかなと思って」
「あなたみたいにずっと怒ってる顔してるよりはいいでしょ。イセちゃんたちも仏頂面のあなたより私の方が安心できるんじゃない?」
「知ったような口を聞くな」
「おー、こわ」
二つの腕で自分の体を抱き、もう二つの腕を頬に添えて身震いするデモン。わざとやっているのか染み付いているのか、胸を押し上げて体型を強調する浅ましさが尚のこと腹立たしい。
……悪魔というのはどうしてこう、私の神経を苛立たせるのか。
前世も含めて、イライラすることはあっても本気で怒ることなんて滅多になかったのに。彼らと接触するとどうしても私は自分の感情を制御し切れない。
私が“悪”の側面に偏っているというのも、きっとそういう所から波及した話だ。私が憎悪を剥き出しにすればするほど、それはデモンたち悪魔の思惑通りの結果なのかもしれない。
「お前の狙いは一体何? 私を殺して成り替わりたいとか? それとも単純にオリジナルの私が目障りなだけ?」
「“二つ”、間違いがあるから訂正しておくと……まず、あなたを殺しても私がその代わりになれるわけじゃない。確かに私もあなたと同じ“創造魔法”を使えるけど、色々制限があってね。だからあなたを殺す気はないよ」
「制限……?」
「そう。あなたが“こっち側”に近づいたお陰で私の力は増してはいるけど、出来ること自体は変わらない。私は自由に世界を作ったりはできないんだ」
……ついさっき、デモンは私と同じように武器を生成して私の不意打ちを防いだ。
にも関わらず制限があるということは……単純に数的な制限なのか。それとも私とデモンじゃ創造魔法の性質に違いがあるのか。
「そしてもう一つは……今、あなたは自分のことを“オリジナル”って言ったけどさ」
「?」
「あなたもオリジナルじゃないよ。正確に言えばあなたは、あなたの元となった人間の“複製人格”なんだ」
「な……っ」
何を言ってるんだ? このおっぱい星人は。
「まぁ、最も多くの記憶と感情を受け継いでいるという意味では、“第二のオリジナル”とも言えるかな。だけど
「……」
……確かに私は、この世界に生まれた時から人間ではなくなっていた。
体はなく、世界は暗黒に包まれ……ただ浮遊する意識だけが私の全てだった。
そうなった理由は、あの時すでに私は人間じゃなく……その模造品だったから?
「なんで……」
「あっ、“なんでそんなことになったのか”とかは聞かないでね。私も知りたいくらいなんだから。なんで私たちのオリジナルが人格を複製させたのか……あるいは“させられたのか”は、この世界からじゃわからないんだ」
「この世界からじゃ、って……まるで外の世界があるみたいな」
「あるよ」
と、デモンは何の気無しに言って……。
「え?」
「この世界……“天界”の外側にも世界は広がってるよ。例えば私がいた“影の世界”とか。地球とよく似た世界とかさ」
……ちょっと待て。
なんかさっきから、明らかに重要そうな情報を軽々と……!
「──ッ!!」
瞬間、目の前に“黒い刃”が迫り咄嗟に打ち払う。
「お喋りはここまで。続きは白黒はっきりさせた後」
見ればデモンは、その手に闇を内包したような禍々しい螺旋を描く直剣を握っていた。私はそれに、白亜の槍を生み出して対応する。
「私とあなた、どっちが“本物”か」
「……どっちも偽物なんでしょ」
「違いないね」
黒い剣と白い槍が、鍔迫り合って硬質な金属音を響かせながら火花を散らす。
見た目だけなら、体が大きいデモンの方が有利に見える。しかし私たちの体は元々作り物。筋肉や骨格が身体能力に影響することはない。
求められるのは、そう。どちらがよりこの世界に強く“干渉”できるかという意思力だけだ。意志力の拮抗が、この膠着を生んでいるのだ。
「……戦う前に、これだけ聞いておくよ」
「ん? なにかな」
それに気づいた私は、デモンを揺さぶる意味でもその質問をした。
「ティンダーを殺したのは……お前か?」
「……」
デモンは私なのだと言う。私のもう一つの側面が彼女なのだと言う。
それなら……あの子に対する感情だって、私たちは共有しているんじゃないかと、そんな淡い期待をかけた問いだった。
「あの子は勉強熱心だった。言えるのはそれだけかな」
「そう」
だけど答える彼女の顔に……後悔や悲しみといった色が全く浮かばないのを見て。私は確信した。
「お前とはやっぱり合わない」
「奇遇だね。私も同じ意見だよ」
「『潰れろ』」
かくして、戦いは始まった。
◆
「『貫け』」
「『破砕せよ』」
私とデモンの戦いは、一種の終末戦争じみた様相を呈していた。
剣、槍、斧、槌、杖、メイス、ハルバード、ヌンチャク、ナックル。背後に無数の武器を浮かべ、それを“弾丸”として消費し続ける不毛な戦いだ。私もデモンも、武道の心得なんて無いからこれが最も効率的な戦い方なのだ。
空に白と黒の軌跡を描いてぶつかる武器群は、その全てが衝突と同時に砕き割れる。たまに中空で爆発が起きたり、炎が巻き上がったりするのは“舌禍魔法”の相殺効果だ。
今まで私以外にまともな魔法の使い手がいないからわからなかったが、舌禍魔法が同時に唱えられるとその効果は減衰するらしい。必中の効果を付与した槍を投擲しても、粉砕の効果を付与された槌で対処される。矛盾というやつだ。
ならばと“文字魔法”により、“魔字”を印字した武器を飛ばしてやれば岩の濁流が空から襲いかかり、文字を表面ごと削り取ってしまうときた。なるほど、文字が消えれば効果が失われる。単純だが効果的な反撃だ。
これまで私は、まともな戦闘らしい戦闘というものをしてこなかった。敵がいないのだから当然だ。そしてそれはデモンも同じはずなのに。
私は徐々に、しかし確実に追い詰められていた。
感想・高評価よろしくお願いします!