ティンダーの様子がおかしい。
あれから2度目の夜。私はモン娘を生み出し続けるティンダーを複雑に眺めていた。すでにその枚数は10を超え、さらに増え続けている。
ティンダーは毎日ティンダロス神殿に篭って、ペンと紙を動かし続けている。無我夢中という言葉がまさに相応しい様子で、それ以外のことは何も目に入っていないみたいだ。
正直、ティンダーが私と同じようにモン娘を生み出すことに喜びを感じてくれたならこれ以上に嬉しいことはない。本来彼女に期待していた役割とは少しズレるが、同好の士が増えることは歓迎すべきことだし、望んでいたことだ。
だが、ティンダーの創作への情熱は尋常なものではない。
確かに彼女は睡眠も食事も必要としないが、朝から晩まで、ずっと神殿に篭ってただ一心不乱に手を休めずに描き続けているその姿は異様だ。私ですら数時間作業したら小休憩を挟むのに。
というか、新たなアイディアを捻出するために必然と思考のインターバルが必要なのだ。行き詰まったら気分転換をする必要はあるし、一本道で完成まで漕ぎ着けるわけではない。
だがティンダーに迷いや葛藤は存在していないようだった。ただ機械的に体を動かし続け、ただひたすらに新たなデザイン、モン娘の設定を量産し続ける。さながら生成AIのごとく。
人格が存在している以上、彼女にだって意思や欲求があるはずだ。なのに機械的に、淡々と作業をこなすその姿はどこか人間離れしているように思えた。
「……ティンダー、どうしてそんなに」
私が生み出したはずなのにティンダーの行動や考えはいつも私の想定を超えていく。それこそ予測不能な方向に、すごい勢いで成長していくのだ。
いや、思えば事態が全ての思い通りに事が運ぶなんて考えること自体が傲慢だったのかもしれない。本来世界で起きる出来事のほぼ全ては、どうしようもないもののはずだ。それを何でも好きに生み出せる能力なんて棚ぼたで手に入れたばかりに滑稽な神様気分に浸っていたのだろう。
ティンダーの豹変も含め、きっと私にどうにかできる問題なんてそうそうないのだ。
「ティンダー、私、向こう行ってるね」
だから私は、理解することを放棄した。
他人の本意なんて、結局のところどこまで行っても理解はできない。だったら最初から好きなようにやらせておけばいい。
それは私のそこそこの人生経験から導き出した対人関係における一つの答えだった。即ち放任主義。
好きなようにやらせてみる。その究極系。
どうせ私とティンダー以外いない世界なのだ。何か彼女が失敗を犯したとしても、その被害を被るのは私だけ。それなら好きにやらせてみて吉と出るか凶と出るか見定めればいい。
そんな風に楽観的に考えての結論だった。
私自身、ティンダーが夢中になれるものを見つけたならそれを尊重してあげたいという思いがあった。それが私の趣味と同じような創作の道なら、その時間を邪魔したくはない。有り体に言えばどうなるのか見たい。という気持ちもあった。
とまぁ、そう言った様々な理由から、私はティンダーに起きている異変には気づいていながら“放置”という選択肢を取った。なるようになるだろう、と。失敗したらまたやり直せばいい。と意気込んでいた。
そして結果から見れば。
その選択は……どこまでも愚かで、致命的な“誤り”だった。
◆
「……ん?」
それは私が、新たに生まれてくるモン娘のために浮遊大陸を増築していた時のこと。
空気が破裂したような大きな音と揺れが、この世界を襲った。
「……地震?」
揺れた、という所で日本人として真っ先に思い浮かぶ災害はそれだ。
「いや、なわけないか」
しかしこの世界には地震どころか、揺れる地面すらない。あるのはいくつかの浮遊大陸と建設途中の神殿だけだ。
だとすれば……。
「爆発?」
その可能性に思い至る。
「まさか……ティンダー!?」
そして私は、大急ぎでティンダーの元へと向かった。
体がない私は、幽霊のように意識だけを別の場所に移動させる。そのためこの無駄に広い世界であっても基本的に短い時間で目的地まで到達できるのだが……今はその時間すら惜しい。
そして、はやる気持ちを抑えながらようやく辿り着いた、ティンダロス神殿のある大陸に到着する。
「……あぁ」
そこに、神殿はなかった。
正確に言えば、神殿だったものの残骸と、傷ついた大陸と、巻き上がる粉塵がそこにはあった。
「ティンダー!」
私は神殿内部に飛び込んだ。
「……ひどいな、これ」
神殿はほぼ原型を留めてはいなかった。
私がそれなりに苦心して彫り出したレリーフは無惨な石のかけらと化し、体温を感じないとしてもティンダーが寒くないようにと地面に敷いたカーペットは煤で汚れていた。
「……」
地面には、ティンダーが描いた資料が無惨に散らばっていた。
その中には私が描いたものもあった。
「ティンダー」
奥へと……女神像が安置されていた空間に、ティンダーがいた空間に近づくほど、損壊は酷くなっていく。
爆心地は、この先だ。
「……」
……。
「あぁ」
私は……ただ、力無い声を漏らした。
「ティンダー……」
そこに散らばっていたのは、欠片だった。
腕が、足が、心が、バラバラに砕けて地面に打ち捨てられている。そのショッキングな光景はグロテスクというより、どこか精緻な美術品が粉々に砕けてしまったような無情さを醸し出している。
人の形を……女神の形をしていた造り物の欠片。ここ最近は元気に動いていたものだから忘れていた。
ティンダーはただの造りものだったことを。
「……なんで」
どうしてこんなことになったんだろう。
ついさっきまで、ティンダーは生きていた。そう、生きていたのだ。なのに……これは。
「死んだ……?」
死んだ。
そう、ティンダーは死んだのだ。
心に重く澱んだ泥が纏わりつく。
そして光の見えない沼底へと引き摺り込んで、ぐちゃぐちゃに引き裂いて、バラバラに砕かれるような感覚がした。
彼女のように。
真っ暗な眼窩の、空っぽな視線が私を責めるように見つめている。
「……ごめんね」
私は開ききったティンダーの瞼を閉じ、欠けた顔の左半分に……彼女が頭から垂らしていた薄布を被せると、杯や陶器が並ぶ台座の上に彼女の頭を安置した。
「あとで、ちゃんと休める場所を用意するから」
彼女の貌をこんな形で晒すことには抵抗がある。
しかし今は、それ以上に確かめなければならないことがあった。
「……何が爆発したんだ」
神殿の奥……いつもティンダーがいたその空間に足を踏み入れる。
やはりあの衝撃は爆発で間違いなかった。神殿の損壊具合と、それなりに離れたところにいた私の元まで衝撃が届いた所からしてかなりの威力があったはず。
言うまでもなく、私は爆弾なんて生み出していない。
そんな危険なもの私は必要としていなかったし、何よりティンダーが何も知らずに触れる可能性がある危険物は、例え小さな工具のようなものでも遠ざけてあった。
なのに、こんな事が起きた。
腹が立つ。
ティンダーが奪われたことに。原因不明の暴力に。私の能天気さに。そして……恐らくこの事態を引き起こした。
“何者か”に。
「……」
そこには、何もなかった。
私がティンダーに与えたものも、ティンダーが自分で生み出したものも。全ては真っ黒なクレーターに塗りつぶされてこの世から存在を消していた。
だが……。
「……これは」
真っ黒なクレーターの中心に……緑色に光る奇妙な紋章があった。
文字のようにも見えるそれは、少なくとも私がティンダーに教えたものではない。そしてティンダーが自分で生み出したものでもないはずだ。
だがティンダーは……これを“教えられていた”可能性がある。
「私以外に、誰かいる」
ティンダーが死んで、私はようやく。
この世界に“敵”がいることに気づいた。
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