この世界には私が生み出した物以外は存在しない。
そう考える根拠は簡単だ。私の“知らない物”がこの世界にはないのだから。加えて私の力の及ぶ範囲はただ物を生み出すというだけに留まらない。
朝と夜という概念をこの世界に取り入れたように、世界の法則さえ書き換えてしまう物だ。
だから私も最初の頃は社会への鬱憤が溜まった結果見ている痛々しい夢なのだろうと思っていたが、この世界が夢でも幻覚でもないことはすでに理解している。
私が生み出した物と、私以外は存在しない真っ暗闇の世界。
当然、私以外の誰かがいるなんて考えるはずもなかった。
それなのに……。
「爆発は起きた」
原因不明の事故。私の慢心が引き起こした、最初の神であるティンダーと彼女を祀っていた神殿という犠牲。
彼女と過ごしたのは人間的な感覚で言えばほんの数日のことだった。言葉は通じなかったし、そもそも彼女は人間ですらなかったわけだが。
だけど私はティンダーのことが好きだったし……彼女も、私の存在には困惑しつつも受け入れてくれていたのではないかと考えている。他者に対して興味を抱く事なんてほとんどない私だが、彼女のことは好きになれた。
だけどティンダーは死んだ。
彼女の遺体……バラバラになった体の破片は、それを納めるための専用の棺の中に安置した。棺を囲むように、霊廟も拵えた。
正直、彼女の体を集めていく作業はかなり精神的にキツかった。
泣きたくなったし、「なんで」って言葉がずっと頭の中で響いてたし。それに応えてくれる誰かがいてくれないということも苦しかった。気分が落ち込み続ける負のループだ。
それなのに、心のどこかではその作業を冷徹に、淡々とこなす自分がいる事にも気づいた。どんなに苦しくても、悲しくなりたくても、強制的に平静な状態に戻されてしまうのだ。
「悲しい」「苦しい」と思う私の感情すら、誰かに否定されている。
そんな被害妄想じみた考えが浮かんできて離れないのだ。
今まで私はずっと、自分の意思でやりたいことをやっていると考えていた。他の誰かに命令されたわけではなく自分のやりたいことを最優先に。だけど、もしそれが私の意思ではなく……“そうする”ようにこの世界に仕向けられているとしたら?
ティンダーをこの世界から消したクレーターを見た後、私は頻繁にそう思うようになった。
わかってる。まるで陰謀論みたいに私の行動を全て支配できる“誰か”なんてそうそういないと。少なくとも今までの私なら、その可能性を下らない妄想だと切り捨てていたはずだ。
だけどこの世界では、起きるわけがないと思っていた事が当たり前のように起きる。そもそも私がこの世界にやって来たのだって、そんな本物の“神”みたいな、誰かのせいなんじゃないかって思ってしまう。
起きた不条理の理由を全て説明してくれる“黒幕”の存在を、私は求めてしまうのだ。
……そして少なくとも、私が作っていない物をこの世に作り出せる“何か”がこの世にはある。
その正体と輪郭を掴むまでは、私は一切の妥協をやめることにした。
「現れろ、爆発の犯人」
まずは“力”を使い、私の望む誰かを引き寄せようとする。
「ダメか」
が、これは不発。
「具体的なイメージができてなかったから……? でも最初に生み出したモン娘はあやふやだったけどちゃんと生み出せたよね」
不発。というのは実は初めてのことではない。
一度「私が見たことないドエロモン娘」という要件で力を使った時も同じ結果だったからだ。
“私が見たことない”という部分が引っかかったのだろうか。けど、その理屈なら私はペンの詳しい構造なんて知らないけどあれはちゃんと使えたし生み出せた。ああいう文房具でも細部は勝手に保管してくれるということになるだろうか。
「……存在しないものは生み出せない?」
そうなると、必然的に浮かぶその可能性。
存在しない物。
つまり「私が見たことないドエロモン娘」は存在しない??
そんな、バカな。
いや、だとしたらこれでどうだ。
「……この世界にいる、私以外の“誰か”」
……不発。
「存在しないものは生み出せないなら、この世界には私しかいないってことになるのかな」
つまり、私の考えてる“誰か”なんて存在していない……?
「……早とちりだったのかなぁ」
やはりこの世界には、私以外の誰かなんていない。それが結論。そう言われてしまうと……そうなんだろう。と言うことしかできない。私にだっているかどうかわからないのだから。
「……」
いや、だけど。
“確実に存在するもの”なら生み出せるんじゃないか?
「“爆発の原因”」
ボンっ
「!」
成功だ。
私の目の前には……あの爆発の現場で見た、緑色の紋章が地面に描かれていた。
「これか……!」
これが爆発の原因。ティンダーを殺した犯人。
「……で、なんなんだこれは」
犯人はわかった。しかし、それは人じゃなかった……ただの、文字のように見える紋章だった。
「うーん……」
その緑色の紋章を、私は凝視する。
「……ルーン文字? いや知らんけど。でもなんかそんな雰囲気だ」
ミミズが這ったような、と言うと人聞きは悪いが実際そんな印象を感じる字体。いかにもオカルトチックな雰囲気を出しているが、この文字字体にはなんらおかしな所は見えない。
緑色の塗料で書いてある文字っぽいというだけ……。
……。
ペンを生み出し、動かす。
緑色の文字をよくみながら、寸分の狂いなく模写していく。筆跡を真似るのは高い技能が必要といわれているが私はこの世界に来てからその手の精密作業には強くなった。まぁ、人間の体でないからこそできる芸当ではあるんだろうけど。
「出来た」
そうして、私の見る限りでは完璧に模写された緑の文字。
「……何も起こらない、か」
この文字に何か意味があるのではないかと睨んで模写してみたのだが、これも当てが外れたとなるといよいよ打つ手が……。
「……うん?」
ない。と言おうとしたその時、突然模写した緑の文字が光り始めた。
「えっ、えっ?」
突然の怪奇現象に、私は目を丸くして驚く。
そして……。
──!!
「うわっ!!」
ボンッ、という小さな破裂音と共に地面が爆ぜた。
「……嘘じゃん」
真っ黒なクレーター。中心に浮かぶ緑の紋章……。それはまさに、私がついさっき見た光景だった。
威力こそ天と地ほどの違いがあるが、間違いなくあの爆発の原因とされる現象だった。
ティンダーは、この爆発に巻き込まれて死んだのだ。
「……でも、尚更どうしてこんなものが」
原因はわかった。
だが……この“文字”がなぜあそこに刻まれることになったのか。その経緯はやはり謎だった。
意図的だったのか……それとも事故だったのか。誰が書いたのか。
やはり、ティンダーが書いたのだろうか。それとも別の何者かが?
「そもそもこの文字はなんなんだ」
謎だらけ。謎だらけだった。
私の胸に取り付く黒い泥のようなものは、少し削がれ落ちたとはいえまだ色濃く残っている。
「調べよう」
そうして、私はその日から。
しばらくモン娘の制作を休止し、爆発する謎の文字について調べることにした。
◆
「『浮上』」
私がそう唱えると、大量の荷物を抱えた荷車に、落書きのように描かれた文字が緑色に光った。
そして……荷車が重力に逆らうようにして浮き上がる。
「『加速』」
次に、荷車の背面に当たる部分に描かれたまた別の文字が、今度は赤色に光った。
その瞬間、荷車は凄まじい勢いで加速しあっという間にその背中が見えない所まで行ってしまった。
新しく建て始めた神殿の建設予定地まで、すぐに運んでくれるはずだ。
……文字の力。
それを研究し続けて、時間にして3ヶ月ほどが経過した。
この3ヶ月の間で私は、不思議な文字とそれが引き起こす現象に名前をつけた。
“文字魔法”と。
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