“文字魔法”。
それは空想を具現化する私の力とはまた違う超常の現象だ。
扱い方は簡単。文字魔法を発動させることができる“魔法文字”を書くだけで文字魔法は発動する。魔法と名のつくものによくあるような小難しい詠唱などは必要なく、魔法文字を覚えさえすれば何度でも使うことができる。
ただし、魔法文字……紛らわしいので“魔字”とするが、魔字はただ書いただけでは大した効果を発揮しない。
「『爆発』」
──ボンッ
『爆発』の意味を持つ魔字を書いただけで起こるのはせいぜい市販爆竹程度の炸裂であり、有用性は低い。
「『増強』『連続』」
しかし、ここにさらに別の魔字を書き加えると……。
──ドゴオオオオォォォォォンッッ!!!
「おぉー、すごいなこれは」
このように、一気にTNT火薬レベルの火力が生まれる。
爆発自体の威力を高める魔字と、爆発を連鎖させる魔字。この二つの相乗効果によって、魔字を書き加えたただの石が、さながら手榴弾に早変わりだ。
魔字の掛け合わせ。その組み合わせから生まれる様々な効果はまさに魔法と言える。
「ティンダーは、これを使ったんだなぁ」
文字自体に宿っている力に気づいてから、私は様々な魔字を見つけ出した。総数にして50種。それが現在判明している魔字の種類だ。これが全てなのか、それともまだ見つけていない魔字があるのかはわからないが、この50種の組み合わせだけで出来ることは相当広い。前世で“魔法”と呼ばれていたようなことは大体出来る。
空想を具現化する私の力……うーん、文字魔法と区別するためにこちらも名前を付けよう。ここはシンプルに“創造魔法”。
創造魔法と違い、文字魔法は想像力を強固にするための準備や補強などが必要ない。その点ですでに非常に便利なのだが、文字魔法の本当の凄さは応用力にある。
「『発光』『浮上』『周回』『永続』……」
創造魔法で作られたのは、巨大な丸い岩石だ。これにいくつかの魔字を付与し、空に浮かべる。
この場合、空と言ってもそれはどんなに手を伸ばしても手が届かないほど高い高度を意味する。遥かなる天上に浮かぶ、光り輝く石だ。
そして、新たに作った“巨大浮遊大陸”からそれを仰ぎ見れば、私のよく知る太陽がそこに完成していた。
「『遅速』『遅速』『高速』『遅速』……」
しかし太陽が回る速度が早すぎても遅すぎてもいけない。その匙加減が非常に難しい所で、私は試行錯誤を迫られる。せっかちな太陽と気の長い私の噛み合わないダンス。
素敵だ……ご友人。
創造魔法ではモノを生み出すことができても、それを用いて恒久的に何らかの運動を続けさせたりすることはできなかった。空に見せかけだけの太陽を浮かべても、私がその存在を少しでも意識から外せば途端に落ちてきてしまう弱い星になっていたはずだ。
だが文字魔法の効果は、条件さえ整えれば私のいない所でも勝手に発動し続けてくれる。
ティンダロス神殿の中の無限に湧き出る泉も、いつの間にか機能が停止してしまっていた。神殿を浮かべていた大陸などは知らぬ間に落っこちていて、わざわざ作り直して支えを新たに増築した程だ。
創造魔法は思ったほど万能の力ではない。私の朧げな脳内知識だけが情報源ということを加味すれば、ネットからいくらでも拾えるモデルから同じ形状を複製できる最新型3Dプリンターの方がまだ有用なレベルだ。
創造魔法と文字魔法は両方揃って相互に作用させることで、ようやく“世界を作る”ということが可能になるのだ。
「ようやく“地上”が出来た」
私は、“地に足をつける”。
「うーん、まぁ中々いいんじゃない」
私は自分の体を見下ろし、ふんふんと頷く。
鏡を生み出し、覗き込むと……そこに立っていたのは、中世的な容姿の少女だった。
無地の白シャツと、簡素な半ズボン。髪は銀髪で、出来立てホヤホヤの太陽光を受けてキラキラと光っている。
そして何よりも大きな特徴は“多腕”であること。すなわち腕が4本あることだ。
格好はいかにも無課金アバターっぽいのに、こういうアクセントがつくことで逆に異質性が増すよね。
いい加減、私も誰にも見えない思念体だけの存在は卒業しようと思って作ったのがこの体だ。コンセプトは“庶民的な異形”。あんまり美形すぎると私自身の違和感がすごいし、かと言って人間から遠すぎても困りものだ。ちょっと人外くらいの見た目がちょうどいい。
そしてこの体は文字魔法で『不滅』と『不変』の状態を付与している。すなわち不老不死だ。
これで仮に文字魔法をミスって大爆発が起きたとしても、私の体が傷つくことはない。これにもっと早く気づいてれば、失わなかった命もあったのだけど。
「これから生み出すモン娘にも、同じような処置をしないとね」
……結局、なぜティンダーが文字魔法を暴発させたのかはわからなかった。
私でさえ、あの事故がなければ文字魔法の存在に気づくことすらなかったはずだ。しかしティンダーはどこからか文字魔法の存在を知り、そして恐らくは軽い実験のつもりでそれを使い、死んだ。
ティンダーが死ぬ直前に見せた異様なほどの知性の高さ。あれを私は恐れていた。
人間が自分より賢い人工知能を作ってしまった時、その人工知能が起こすという技術的特異点は、人間の在り方を大きく変えてしまうらしい。
これは私なりの推察なのだが……恐らくティンダーを生み出したのは、他ならない私だ。
私の創造魔法は基本的に目に見える形でモノを生み出す権能だと思っていた。だけどそれは、今まで目に見える形でだけ創造魔法を使ってきたから起こったただの勘違いだったのだ。
私はティンダーを信仰していた。
当然だ。私の作った女神なのだから、私自身が彼女を信仰することに何もおかしな話などない。ただ、その信仰心の中には「ティンダーという女神と言葉を交わしたい」という想いも混じっていた。
私は知らず知らずのうちに、創造魔法で彼女に“心”を宿らせていたのかもしれない。
だからティンダーは最初に会った時から、私の願いである「言葉を交わす」ということを、叶えようとしてくれていたのだと思う。それこそ本物の女神様のように。
しかしティンダーに私の言葉は通じず、私の言葉はティンダーに届かなかった。
“賢い女神”などと軽率に設定してしまった誰かのせいで、彼女は私と言葉を交わせないことに心を痛め、理由を探して私のことを理解しようとしてくれた。それが彼女が最後に見せた、私と同じ作業をするという行動に現れていたのかもしれない。
知性を求めた彼女が……どこかで文字魔法の存在に気がつき、そしてそれに手を出したとしたら。
そんな彼女の葛藤に気付かず、呑気に“好きにやらせてやろう”などと嘯いた挙句、彼女が死んだ原因を存在しない他人になすりつけようとした救いようのない馬鹿がいたとしたら。
きっと、そんな悲劇は二度と起こしてはいけない。
「さて、準備が整ったね」
だから今度は、ちゃんとしっかり準備するのだ。
信仰や崇拝などという、ただ一方的に想いをぶつける方法ではなく一対一の“対話”をしなければならない。
相手は神ではなく、只の可愛い可愛いモンスター娘だ。
「生まれろ」
パンっ、と2対の手のひらを打ち合わせる。
特に意味はない。かっこいいからやっただけだ。だけどこういうのはイメージが大事なのだ。
──。
一瞬、目が眩むような光が辺りに満ちて視界を灼いていく。それは徐々に収まり、収束するようにして小さく、小さくなっていく。
そして……。
「……」
そこに立っていたのは、小さな黒髪の少女だった。
パチクリと、赤色の大き目を瞬かせ、頭から生える“猫耳”をぴこぴこと動かし、二又の尻尾をゆらゆらと揺らしていた。
「やぁ、“クロエ”。それが君の名だ」
「?」
「私は君の“保護者”だ。これからよろしくね」
何も焦る必要はない。
ゆっくりと、また0から育んでいけばいい。
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