猫又。
二又に別れた尻尾を持ち、人間に化けたりする日本の妖怪だ。
現代じゃもっぱら二又尻尾を持った猫耳美少女として描かれることが多いが、私もそんなイメージをクロエを生み出した。
モン娘というと、やはりスライム娘や悪魔娘のような西洋のモンスターをモチーフにしたものが真っ先に思い浮かぶ。しかし私は、日本のモンスターこと妖怪たちも素晴らしい魅力を持っていると感じるわけだ。
だからこそクロエという、猫又のモン娘を生み出した。
「いいかい、クロエ。猫耳っていうのは、なんぼあっても困らないんだ。私は全ての女の子にケモ耳が生えて欲しいと思ってるよ」
「?」
「あ、でも語尾に“にゃん”とか付けるのはちょっとやり過ぎね。キャラクターに忠実なのはいいことだけど、最近はいかにもな萌えキャラよりちょっと重くて湿度高めな年頃の女の子みたいなのがウケるんだ。ガチ恋距離をマスターするんだよ」
「???」
猫耳。黒髪。そしてまだ言葉も覚えていない無知ゆえのこの感情の薄さ。うーん、好きにならん男がいないなぁ。
ティンダーの時とは違い、今回は最初からクロエに人格を与えている。やはり、創造魔法はモノに意志を与えることすら可能ということだろうか。いや、でも出来ることと出来ないことの境界線がハッキリしてきた今となっては、そういうことはむしろ“出来ない側”の能力っぽいけどねぇ。
「ま、細かいことは後で考えよう」
ともかくこの世界にクロエという新たな命が生まれた。これは素晴らしいことだ。
「さて、クロエ。大変だろうけど、今日から昼の間はお勉強の時間だ。言葉と文字について教えるよ」
「コト、バ」
「そう。私も勉強は大嫌いだけど、頑張って教えるからね」
当たり前のことだが、言葉を教えねば人は喋ることもままならない。文字を教えねば書くことは出来ない。いくら私が何でも生み出せるチートみたいな能力を持っていたって、こればかりはどうにもならない。地道にやっていくしかないのだ。
というわけでクロエと私。一対一の青空教室がスタートした。
校舎なんて立派なものは必要ない。この世界はいつも晴天が広がっているご都合世界。生徒も現状1人だけなのだから、あの空に浮かぶ魔法の太陽の輝きを受けることができる野ざらし教室が最適だ。
黒板、チョーク、ノート、ペン。この手の勉強道具は私がいくらでも生み出せる。教科書はなくとも、小学校〜中学校までの知識なら私でも全教科なんとか教えられる。歴史なんかは教えても意味ないだろうけどね。
教える言語は日本語だ。というかそれ以外は教えられないが、日本がないこの世界で日本語と言っても変な響きだ。どうせ私しか知らないのだから、日本語を『天界語』と勝手に名前を変えて定着させてしまおう。なぁに、日本からの転生者でも来ない限りバレへんバレへん。
「よし、じゃあ最初からもう一回言ってみよう! あ、い、う、え、お」
「あ、い、う、え、お……?」
「そう! よく出来たね〜! 偉いよ〜!」
「んみゅ……」
若干不安げな目でこちらを見上げるクロエを、私は4つある腕で抱きしめてわしゃわしゃと髪を撫でる。するとクロエは一瞬驚きながらも、気持ちよさそうに目を細めた。
勉強なんてのは結局、わからないから面白くないのだ。わからず、理解できていないのに授業はどんどん先に進むのだから。そりゃあ出来ない人間にとってはいつまでもわからないままだ。
だから私は、どんな些細なことでも“出来たら褒める”。これを徹底した。出来なくても挑戦した姿勢を褒める。とにかく褒めて褒めて褒め倒すのだ。
「さんにがー?」
「ろ、く」
「さざんが?」
「え、っと……きゅう?」
「そう! 天才! クロエは天才だ!」
「……! えへへ〜」
どうせ生徒は1人。学習の遅れなんか気にする必要はこれっぽっちもない。それこそ時間は無限に余っているのだから。
「問題! 朝6時の10時間後は何時!?」
「あっ、わかるよ!えっと、えっとね……なな、はち……じゅうろくじ?」
「正解! 別の言い方では午後4時だから、これも覚えておこうね」
「はーい!」
作り出した時計の文字の針をグルリと回した午後4時を指す。
何よりも、クロエに勉強を楽しいと思ってもらうことが重要だ。日本でやっていたような詰め込み型教育は、どうせ私には真似できない。それならいっそ遊びのように大らかであるべきだ。
日が出ている間は、勉強と遊び。日が暮れたら私の無駄に豊富なオタ知識から捻り出したさまざまな物語を、子供用に童話として編纂して読み聞かせる。
クロエは素直で、明るく、活発な女の子だった。
「ふぁいあとるねーど!!」
「ぐあぁぁーっ!!」
特に姿が変わるような成長などしない彼女だが、無感情だったクロエがどんどんと人間らしく成長していく姿は、なんというか……感動的なものだった。
太陽が沈み、夜になると月が出て、また太陽が昇る。
そうやって私とクロエは、2人だけの世界を愉快に過ごしていく。
「人間だった頃は子供なんていらないって思ってたんだけどなぁ」
創造魔法と文字魔法により作り出した自動人形たちとサッカーに興じるクロエを遠い場所から見ながら一人ごちる。
「こうていペンギン!!」
「……わからないもんだね」
この世界にやって来て、もうどれくらいが経っただろうか。
私は今生まれて初めて。自分が“生きている”のだと実感していた。
◆
「せんせー!!」
たったった、と駆け寄ってくるクロエを私は笑顔で迎えた。
その肩に背負ってるのは、木製のバットである。クロエお気に入りのピンク色の球体キャラクターをモチーフにしているのがポイントだ。
「おかえりクロエ。野球楽しかった?」
「うん! 今日なんか私、3回もホームラン打っちゃったよ!」
「大谷かよ」
「? オータニ?」
「そういう凄いプレイヤーがいるのさ」
「へぇ……! 先生よりすごいの?」
「私なんかじゃ全然届かないね」
「わぁ。どんだけ腕多いんだろう」
腕はクロエと同じ数かな。
「ねぇ、先生もまた一緒にやろうよ! この前の凄かったじゃん!四刀流!」
「おっ、じゃあ特別に見せてやろうかね〜」
「やたー!」
最近のクロエは色んなスポーツに手を出して遊んでいる。対戦相手は人形だが、人間らしく動くように作っているのでそこまで退屈はしないらしい。
その影響で勉強の方がやや疎かになっているのは、まぁご愛嬌ということで。私だってスポーツと勉強だったらスポーツの方が好きだしね。
クロエはとても順調に、すくすくと育っている。
生み出した時は簡素な麻のシャツを纏っているだけだったのも、今は彼女に似合う黒のワンピースとホットパンツという可愛らしくもラフな格好だ。例によって体の方は全く成長していないが。
彼女が退屈しないように、私は浮遊大陸にブティックやら飯屋やら公園やらを作った。クロエに食べ物は必要ないが、味を楽しむことはできる。それが素晴らしいところだ。
「ねぇクロエ」
「うん? どうしたの? 先生?」
先生、と私を呼ぶクロエの姿。
正直言って私は、それだけでもう満足してしまっていた。これ以上の幸せなどこの世に存在しないのではないかと考えてくらいだ。
「楽しい?」
「? うん! 楽しいよ! 先生と一緒に野球できるんだもん!」
だからこそ、少し思ってしまった。
このまま、この世界の在り方を変えないままでもいいのではないか。永遠に時を止めてしまえばいいのではないかと。
でも……。
「じゃあ、もしもの話だけど……友達ができたら、嬉しいかい?」
「……!」
私はクロエに、楽しみの“先”を教えたのだ。
「うん! 嬉しい!!」
だからそんな風に笑う彼女を見たら、それを叶えずにはいられない。
私は、すでに立派な親バカなのだから。
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