剛斧令嬢の返り咲き~乾坤一擲、バルディッシュの一撃!~   作:ツインテスキー

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筋肉貴族の冒険者デビュー

「こんな時に悪いと思うが、婚約を破棄させてもらおう」

 

 バルディッシュ侯爵家――公国建国に大きく貢献した貴族の中でも名門中の名門。しかし、当主が病で没したタイミングで政争に敗れ、その長い歴史に幕を下ろした。そしてその没落を見計らったかのように、婚約者であるグラディス子爵家の嫡男エドワードが訪れた。

 

 ライラ・バルディッシュはエドワードの言葉を聞き、胸の奥で小さな痛みを感じた。だが、それを表に出すことなく、ほんの一瞬だけ目を伏せた後、すぐに顔を上げた。その表情は冷静そのものだった。

 

「そうですか」

 

「……いやに落ち着いているな」

 

 エドワードはその反応に眉をひそめた。その一方でライラは平然とした態度を崩さず、その碧眼でまっすぐと彼を見ていた。

 

「没落した今、バルディッシュ家に価値がないのは事実ですからね。そうなるのも仕方がありません」

 

「……そうか。まあ、これで君の顔を見ないで済むと思うと清々するよ。今だから言うが、私は前から君のような女が大嫌いだった!」

 

 エドワードは苛立ちの混ざった捨て台詞を吐くと、さっさと屋敷から出ていった。その背中を見送りながら、ライラは深く息を吐いた。

 

「お嬢様」

 

 そこへ長年仕える執事長が、静かに近づいてきた。

 

「爺や、使用人たちの当面の生活の手立てをお願いしてもよろしいかしら?」

 

「……かしこまりました。お嬢様はこれからどうされますか?」

 

「知れたこと。この身一つで道を切り開き、貴族として返り咲いて見せますわ!」

 

 ライラはふっと微笑むと、丸太のように鍛えられた腕を組んでポーズを取った。その姿は神話に語られる戦士のように力強く、没落で落ち込む使用人たちに勇気を与えた。

 

 

 

「……で、どうだったんだ。あの仕事は」

 

「いや、それがさあ……」

 

「そういえば領主が変わるらしいっスね」

 

「まあ上が変わったところで俺らには関係ないだろ」

 

「まあね」

 

 町の外れにある冒険者ギルド。そこには依頼の合間の冒険者たちがくつろぎながら雑談を交わしていた。

 

「それより……⁉」

 

 しかし、その喧騒は突如として静まり返った。その場にいた全員の視線が、ギルドの扉から入ってきた一人に釘付けになったからだ。

 

「……えっ」

 

「すげえ」

 

「よその金級か?」

 

「何だ、あの武器?」

 

 彼らの目を奪ったのは、眩い金髪とキリリとした碧眼。並みの成人男性以上の体躯を持つ、ライラ・バルディッシュだった。更に彼女の腕に輝く金色の腕輪、人の身体ほどもある巨大な刃のない長斧が彼女の存在を際立たせた。

 

「でも見覚えはないから新人か?」

 

「ちょっとお前、いつもみたいに絡んで来いよ」

 

「やだよ。こえーよ」

 

 冒険者たちはライラのことが気になりながらも、誰一人近づこうとする者はいなかった。そしてそんな周囲をよそに、ライラは真っすぐに受付へと向かった。

 

「冒険者の登録はここでよろしくて?」

 

「は、はいっ!」

 

 ライラの気迫に受付嬢は思わず上ずらせた。そして彼女が差し出した冒険者登録の用紙にライラは迷いなく記入した。

 

「はい。確認しますね。……えっ、十七歳!? 年下!?」

 

 受付嬢の言葉に周囲が一斉にざわついた。

 

「はい。十七で間違いありませんわ。すぐに証明できるものはございませんがどうしましょうか?」

 

「あ、いえ、大丈夫です」

 

 年齢についても全く動じないライラに、受付嬢は慌てて頷いた。

 

「……お待たせしました。これが冒険者証になります」

 

「ありがとうございます」

 

 冒険者証を丁寧に受け取ったライラは、そのまま質問を重ねた。

 

「それでは早速依頼に行きたいのですが何かおすすめはありますでしょうか?」

 

「そうですね……初めての依頼であれば薬草や木の実などの収集依頼がおすすめですが……」

 

 受付嬢は質問に答え初心者向けの依頼の案内をしたが、その視線はライラのたくましい肉体と背負っている長斧をチラチラと覗いていた。

 

「そういうことでしたら場所も近いですし、これにしますわ」

 

 ライラは案内された依頼の中から一つを選ぶと、受付嬢に微笑みかけた。

 

「それでは早速、行ってまいりますわ」

 

「はい! お気をつけて……」

 

 ギルドを去るライラの背中を見送ると、受付嬢はその場に力なく座り込んだ。

 

「……疲れた」

 

 そしてそんな受付嬢に先輩職員は声をかけた。

 

「お疲れ様さん。思ったよりも普通の人だったな」

 

「はい」

 

 冒険者ギルドがライラをバルディッシュ侯爵家の一人娘だと気づいたのは、これから数時間後のことだった。

 

 

 

「……こんなところでしょうか?」

 

 ギルドを出て数時間後、町から数キロ離れた森の中でライラは何事もなく収集依頼の薬草を必要数集め終えていた。

 

「流石にもう一つ二つは受けてもよかったような……」

 

 ライラはあっさり終わった依頼に物足りなさを感じていた。しかし、周囲の空気が震えるのを感じ取ると、すぐさま長斧を構え感覚を研ぎ澄ました。

 

「……来る!」

 

 直後、茂みをかき分けて二人の冒険者らしき男女が現れた。

 

「ひいいいっ!」

 

「ちょっ、どうしてこんなところに人が……ってごっつ!?」

 

「追われているのですか?」

 

「あっ、ああ……って来た‼」

 

 男性が息を切らしながら答える最中、彼らを追う者が姿を現した。それは体長三メートルはあるかという毒々しいトカゲ__ポイズンリザードだった。

 

「Grrr……」

 

「せいっ!」

 

 勝負は一瞬だった。トカゲが動くより早く間合いを詰めたライラが長斧を振り下ろし、その一撃がトカゲの頭部を粉砕した。

 

「す、すごえ……」

 

「ポイズンリザードを一撃で……ってまだよ!」

 

 助けられた二人はライラの一撃に息を吞んだ。しかし、それも束の間さらに三匹のポイズンリザードが現れた。しかもそのうち一匹は他の個体よりもはるかに大きく、親分の風格を漂わせていた。

 

「Grrr……」

 

「あなた方、少しの間小さい方をお願いしても構いませんか?」

 

「……分かった」

 

「……できる限り早くお願いね」

 

「ええ、もちろんですわ」

 

 三人は互いに頷くと、ライラは親玉ポイズンリザードへと突進した。

 

「Grrr!」

 

 ライラを迎え撃つため巨大ポイズンリザードはその猛毒を持つ大口を開いた。それは毒など関係なく人間一人かみ砕くのは容易な代物だった。しかし、その時には既にライラはその頭上へと飛び上がっていた。

 

「せいやっ!」

 

 落下の勢いを加えた一撃は親玉ポイズンリザードの頭部を破壊するに十分な威力だった。そして

 親玉を倒したライラは振り返り、二人の様子を気にした。

 

「くっ……」

 

「きゃっ!」

 

 どちらもポイズンリザードに押されており、女性の方は体勢を崩し転んでしまっていた。

 

「Gro‼

 

「Gr‼」

 

 しかし、次の瞬間、長斧の投擲が一匹のポイズンリザードの腹部を貫き、もう一匹はライラの腕輪に叩きつけられた。

 

「二人とも、お怪我はありませんか?」

 

「ええ。ありがとう」

 

「おかげさまで助かったよ」

 

「いえ、こちらこそ危ない役をありがとうございます」

 

 こうしてライラ・バルディッシュの冒険者としての初依頼はトラブルはあったものの無事完了した。そしてこの話は冒険者ギルドに瞬く間に広まることとなった。

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