剛斧令嬢の返り咲き~乾坤一擲、バルディッシュの一撃!~ 作:ツインテスキー
ライラが屋敷へ戻ると、そこには長い間不在だった執事長の姿があった。
「あら、爺や。戻ったのですね」
「はい。ただいま戻りました」
執事長は深々と頭を下げたかと思うと、突然ライラに向かって徒手空拳を仕掛けた。対してライラも即座に反応し、同じく徒手空拳で対応した。
「……また腕を上げられましたね」
「いえ、技のキレではまだまだ執事長には叶いませんわ」
互いに拳を執事長とライラはお互いを称え合った。二人にとってこの殴り合いは互いの研鑽を確かめる一環だった。
「それでは改めまして長い間留守にして申し訳ありませんでした」
執事長は再び深々と頭を下げた。
「いえ、それよりも戻って来たということは、何か成果があったのですね?」
「はい。お嬢様の予想通り、エドワード様が背後で暗躍しておりました。こちらがその証拠になります」
執事長の差し出した革のポーチの中には多くの不正の契約書や手紙、証拠品が入っていた。
「後必要なのは契約書は本人が持っていると思われます」
執事長の報告にライラは不敵な笑みを浮かべた。そしてその手にエドワードが住んでいるグラディウス家の別宅の見取り図が握られていた。
「では早速、襲撃に向かいますわよ!」
「御意」
ライラの力強い言葉に、執事長も同様に力強く応えた。そしてリズベットを含めた三人はすぐさま準備を整えるとエドワードの屋敷へと向かった。
夜陰に乗じてエドワードの屋敷の前に集結したライラ一行。貴族の屋敷だけあって屋敷の周囲には厳重な警備が敷かれていた。
「リズ、爺や。準備はいいですか?」
「はい、お嬢様」
「では手筈通り、私たちから」
事前の打ち合わせ通り、リズと執事長が屋敷の正門へ向かった。その直後、閃光と爆音が響き渡った。
「侵入者だ! 奴らを捕えろ!」
正門の破壊に衛兵たちが一斉に正門へと殺到した。それを執事長は長年鍛え上げられた剣技で衛兵を翻弄し、リズベットはメイド服に隠された爆弾やワイヤーで混乱をさらに拡大させた。
「仕方ない。薬を使え」
「ぐおわああ!」
二人に翻弄される衛兵たちは、一斉に丸薬を飲み込んだ。すると衛兵たちの筋肉が盛り上がり、肌が黒く変色していった。それは以前の盗賊団の残党と同じ状態だった。
「ほう、これが例の」
「ワイヤーを新調した甲斐がありました」
十を超える変化衛兵を前にしても執事長もリズも余裕を崩しはしなかった。
「……私もそろそろ行かなければいけませんわね」
正門での戦いを遠目で見守っていたライラは、その場を二人に任せて屋敷の内部へと侵入していった。
「ここですわね」
執事長が入手した屋敷の見取り図を頼りにライラはエドワードの執務室までたどり着いた。道中、変化衛兵も何人かいたがライラの敵ではなかった。
「失礼いたしますわ」
そういうや否や、ライラは長斧を大きく振りかぶり、執務室の扉を破壊した。
「ごきげんよう。エドワード」
執務室の中には、エドワードと見知った冒険者が待ち構えていた。
「やっぱりお前か。筋肉女」
「相変わらず派手な登場っスね」
二人は扉を破壊して入って来たライラに挑発的な言葉を投げかけてきた。
「たった二人。罠もなしとは余裕ですわね」
「その通りだとも。私には必勝の策があるのだよ」
「ここで貴族ごっこは終わりっスよ、ライラさん」
エドワードが笑みを浮かべながら右手の手袋を外すと、その手の甲には魔法陣が描かれていた。同時に冒険者の肉体が突如として膨れ上がり、角と羽が生えた漆黒の悪魔へとその姿を変えた。
「悪魔……ですの?」
「そう。こいつは私が百人余りの民を生贄に呼び出した最上級悪魔だ」
「なんてことを……!」
切り札に勝利を確信したエドワードは高笑いをする。そして貴族として、人間として非道なその行為にライラの目に怒りが宿り、長斧を握る手に力が入った。
「エドワード様。あんまり近づくと危ないっスよ」
「そのためのお前だろう? それにあの筋肉女が無様に敗北する様を間近で見なくてどうする?」
「分かりましたよ。いやー、本当に趣味が悪い契約者っスねえ」
悪魔はそういいながらライラへと向き直った。その言葉は相変わらず軽いものだったが、内に秘めた殺意は明らかだった。
「……もう勝った気でいるのですか?」
自分の何倍も大きく禍々しい姿の悪魔を見てもライラは全く怖気づく様子はなかった。
「そっちこそいつまでその余裕を保てるっスかね?」
「……これは!?」
悪魔の右手が光り、ライラの身に着けていた鎧、腕輪、長斧が一瞬にして外れてしまった。
「これでそのバルデッシュは使えないっスよねえ~!」
勝利を確信した悪魔はライラに殴りかかった。しかし、次の瞬間——
「……ふん!」
「……は?」
悪魔の体が横に両断され、そのまま地面へと崩れ落ちた。
「……どうして力の源の腕輪なしにそれを扱えるんスか?」
瀕死の悪魔はかすれた声でライラへと問いかけた。
「ああ、そういうことですか。確かに力の源とはいいましたが鍛錬用の重荷という意味ですわよ」
「……マジっスか~」
腕輪の真実を知った悪魔は絶句し、その体は霧散していった。
「……さて、残るはあなた一人ですわね」
悪魔の霧散を見届けたライラは斧を肩に担ぎ、ゆっくりとエドワードの方へと目を向けた。
「ま、待て! 金ならいくらでも払う! だから助けてくれ!」
「民を手にかけるような外道に貸す耳はありませんわ」
エドワードの必死な提案をライラは簡単に切り捨てた。するとエドワードの額には汗が滲み、次第に彼の表情は怯えへと変わっていった。
「この筋肉女がああああ‼」
自棄になったエドワードが背後の机に隠していた短剣を取り出した瞬間、ライラは目にも止まらぬ速さでその頬を捉えた。
「ぶへっ!」
ライラに頬を思い切り叩かれたエドワードはそのまま強く地面に叩きつけられ、短剣を落としてしまった。
「エドワード。あなたを悪魔召喚罪及び数々の不正の容疑で拘束いたしますわ」
エドワードは崩れ落ち、声も出ないままライラを見上げた。この後、ライラは不正の証拠を見つけ、彼の行っていた悪事の数々が白日の下に晒されることになった。そして法の裁きにかけられた彼は処刑され、グラディウス家自体も没落することとなった。
エドワードへの襲撃から一月後。ライラ無事、貴族としての復帰を果たした。そんな昼下がり、ライラは中庭で椅子に腰掛けながらリズベットと執事長と共に紅茶を楽しんでいた。
「これでようやく落ち着けますね」
執事長が穏やかな笑みを浮かべるとライラは茶器を置き、小さく肩をすくめた。
「そうですわね。ですが私は、これからも冒険者ギルドに顔を出すつもりですわ。鍛錬を怠ってはなりませんし、貴族とは違う形で人助けができますからね」
その言葉にリズベットは微笑んだ。
「お嬢様らしいですね。それでは、私も引き続きお嬢様のお手伝いをさせていただきますわ」
「もちろん。それに、爺やもよろしくね?」
「かしこまりました。お嬢様」
その後も三人は午後の休息を楽しんだ。こうして、筋肉と信念で貴族の名誉を取り戻したライラの物語は幕を閉じる。しかし、彼女の冒険はまだ続いていく——。そして後の世にも彼女は剛斧令嬢として語り継がれることになるがその常人離れしたエピソードからその多くが脚色と誤解されたという。