現在、外来人のペルソナ使い、カンザトは里の商店街を歩いていた。
先日、道教の門人である物部布都と商店街を歩いていた際に見かけた、知人──正しくは知妖か──によく似た女性が入っていった茶屋を利用することが目的である。その女性がなんとはなしに気になったカンザトは、日用品の購入ついでに件の茶屋を探した。
……誤解を招かないように補足しておくが、決してストーカーなどではない。
(たしかここに赤蛮奇さんっぽい人が入ってったんだよな)
布都に連れられ近くを訪れた際の記憶が残っていたため、お目当ての茶屋は直ぐに見つかった。
店前まで来て、一旦立ち止まり、看板を見る。
年季の入った木製の看板には「柳茶屋」と書かれていた。すぐ横には休憩に使える横長の椅子が置かれている。ちなみに、カンザトが布都と共に入った茶屋は別の店だ。
思えば人里に住み始めてからは、生活スタイルに慣れるのと、特訓のため頻繁に外に出ていたのとで、こういった軽飲食店で暇を楽しむ余裕も無かった。そういう意味では、布都に振り回されつつも店を回ったのは良い息抜きになったのかもしれない。帰りは大荷物を抱えて帰宅する羽目になったため、肉体疲労は溜まったが。
未だ筋肉痛の残る右腕を抑えながら、カンザトは藍色の暖簾をくぐり入店した。
中に入ると、木の匂いと何かの甘い香りが鼻腔をくすぐった。落ち着いた雰囲気の店内を見回していると、来客に気づいた一人の給仕がパタパタと小走りで駆け寄ってきた。
「いらっしゃいま──せ!?」
「……え?」
その給仕──紅色の着物を着こなした茶屋娘は、どこからどう見ても、この地で目覚めてからの短い記憶を思い返しても、間違いようもなく……
先ほどまで思い浮かべていた妖怪『赤蛮奇』だった。
「…………」
「…………」
予想だにしなかった邂逅に、お互い沈黙してしまった。
赤蛮奇と思われる給仕は、驚愕に目を見開き、口をパクパクと動かしながら言葉にならないうめき声を漏らしている。
この時カンザトは、「なぜ妖怪が人里で働いているのか」という疑問よりも、「そっちだったか」と思っていた。
実のところ、彼は赤蛮奇に似た少女が茶屋に入っていくのを目撃した時から、この場で赤蛮奇と再開することを少なからず予測していた。というのも、彼女がこの店の常連とまではいかずとも、客として利用しているのではないか、と考えたからだ。
だがまさか、従業員として働いているとは、夢にも思わなかった。
「……あのー」
「っ! ……お、お席にご案内します」
動揺を隠せず、未だ動けないでいる赤蛮奇に声をかけると、ハッと正気を取り戻し、思い出したかのように仕事を再開した。
「ご注文はお決まりですか?」
「あぁえーと……じゃあこの餡蜜を」
案内された席に座ると、注文を求められた。
急かされた訳でもないが、何故か直ぐに切り上げなければならない気持ちになり、お品書きをザッと見て目に付いたものを注文した。その間、後ろめたい事は一切無いのだが、カンザトは真横に待機する彼女と目を合わせることが出来なかった。
「……少々お待ちください」
注文をとった給仕は足早に去っていった。
彼女はどんな表情をしていたのだろう。驚愕か困惑か、はたまた怒りか。彼女の胸中は預かり知らぬところだが、声のトーンや突き刺すような視線から、明確に分かることが一つある。
それは、お客である自分は彼女に歓迎されていないということだ。
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カンザトは提供された餡蜜に口をつけながら、どうしたものかと複雑な面持ちで思案していた。
かろうじて味を楽しむ余裕はあるが、とてもじゃないが長く居座る気にはなれなかった。
温かいお茶を少量啜り、気持ちを落ち着かせたあと、チラと、赤蛮奇(茶屋娘.ver)に視線だけを向ける。注文の品が運ばれてきてからは常に睨まれていたが、今は接客中で目線がかち合うことは無かった。
(何も言ってこないけど、やっぱり赤蛮奇さんだよな……)
やはり何度見ても、その給仕はカンザトに自身の正体を隠すよう口止めしてきた妖怪、赤蛮奇だった。路地裏で話してから一度も会うことは無かったが、あの、目を引く朱色がかった赤髪と大きなリボン、見間違えるはずもない。
カンザトの知る限りでは、里で正体を明かして堂々と生活している妖怪はいない。それもそのはず、いくら人間と妖怪が共存する世界といえど、両者の距離が近すぎてはいけないのだ。人間が妖怪を全面的に受け入れ、関係性に変化が生じた場合……それは幻想郷の崩壊に繋がりかねない。そのため、妖である赤蛮奇が里に馴染み、何食わぬ顔で働いている事はかなりのイレギュラーである。
もしや変装しているからセーフということか? とカンザトは思ったが、ただ単に着替えただけなので、対面したことがある者なら直ぐに気づくだろう。
──いつも偉いわねぇ
いえ、そんな……
その装い、とっても似合ってるわ
ありがとうございます
接客している赤蛮奇の方に意識を集中させると、客との会話が微かに聞こえてきた。実に自然なやり取りをしていて、妖怪だと騒ぎ立てられる様子もない。赤蛮奇は一見人間にしか見えないので、正体を上手く隠し里のコミュニティに溶け込んでいるのか、それとも明かしたうえで受け入れられているのか。それは本人に確かめるほか知るすべはない。だが、入店時の反応を見る限り、彼女にとってカンザトの来店はあまり都合が良くないのだろう。また、他に人がいる場で大っぴらに質問するのは彼女との約束を反故にする行為だ。
話をする機会はそのうち訪れるだろうと考え、カンザトは一度退店することにした。
(そういえば……)
椅子から立ち上がろうとして、はたと気づく。
彼女なら失くした記憶について、自分では知りえない情報を持っているかもしれない、と。
話をする機会はそのうち来るだろうと考えていたが、今すぐにでも聞きたい事が湧いてしまった。直前の自分の考えを撤回し、カンザトは赤蛮奇に話しかけることにした。
彼女の迷惑になるかもしれないが……期せずして彼女と再開出来た、この巡り合わせを逃す手はない。
「お会計お願いします」
「あ、はーい……」
給仕は赤蛮奇しかいないため、当然彼女がカウンターに立つ。代金を支払う際に彼女の顔色を窺うと、威圧的な雰囲気は薄れて、ホッとしたような、安心感が顔を覗かせていた。おそらく、自身の正体がバレていないと思っているのか、もしくは赤蛮奇という妖怪の存在を指摘されなかったことに安堵しているのだろう。その心の平穏を脅かすであろうことに心中で詫びを入れつつ、カンザトは意を決して、釣り銭を手渡そうとする彼女に声をかけた。
「赤蛮奇さん。少しだけ、話せませんか」
「……えっ」
チャリンと音を立てて、釣り銭が給仕の手から零れ落ちた。入店した際と同様の、もしくはそれ以上に驚愕を露わにした顔で、赤蛮奇はカンザトを見つめた。
「聞きたいことがあるんです」
「……今じゃなきゃダメ?」
「今が難しいなら閉店まで待ってます」
「……ハァ、分かったわよ。ちょっとだけね」
観念したかのように彼女はため息をつくと、カウンターから出て数歩歩き、カンザトに目配せして店の裏口を指さした。
着いてこい、ということだろう。カンザトは赤蛮奇の後を追った。
「すみません! 少し離れます!」
赤蛮奇が歩きながら厨房に向かって声をかけると、少し間があり、「はーい」としわがれた女性の声が返ってきた。姿は見えないが、おそらく声の主は厨房で調理をしている年老いた女主人だろう。予想はしていたが、流石に赤蛮奇一人でまわしている店ではないようだった。
裏口の扉を開けると、薄暗い路地裏に出た。まだ日は出ているが、隣の建物が影をつくり、空気がヒンヤリと冷たい。人通りは無く、密談にはおあつらえ向きといったところか。
「ハァ、まさかアンタがここに来るなんてね……で、何の用よ」
彼女は明らかに警戒している。
先ほどとは打って変わって、ぶっきらぼうに喋る赤蛮奇に苦笑しつつも、カンザトは話し始めた。
「前に話した時、妖怪の自分しか知りえない事もあるって言ってましたよね」
「え? ……あぁ、そんなことも言ったかもね」
曖昧な反応だが、もしや適当に言ったのだろうか。少々不安になりつつ、質問を続けた。
「最近、俺以外の誰かが幻想入りしたって話は聞いてませんか?」
「アンタ以外に?」
「実は……俺の兄弟が幻想郷にいるかもしれないんです」
「は? そりゃいるでしょ。どういうことよ」
「あ……そうか」
一度しか会っていないため、未だ素性を明かしていないことに気がついた。兄弟のこともそうだが、記憶喪失であることも話していない。今後も幾度となく同じ説明をするのだろうと思いつつ、自分が外来人である事と、記憶喪失で兄弟の所在が掴めないことを伝えた。勤務時間中を抜けて来ているので、かいつまんで。
・
・
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「へぇ、アンタ外から来たんだ。なんか納得したわ。普通の人間が小人と一緒にいるの、なんでかなと思ってたのよ」
「やっぱり小人って珍しいんですか?」
「昔はよく見かけたみたいだけどね。ま、私はそこまで詳しく知らないわ。本人に聞いてみれば?」
「そうですね、今度聞いてみます。それで……」
「アンタの兄弟のことね。う〜ん……」
赤蛮奇は何かを悩むように目を伏せ低く唸ったあと、カンザトにジトっとした目を向けた。何か思案している様子だが、カンザトは見つめてくる意図が理解できず、疑問符を浮かべることしか出来なかった。
やがて小声で「いや、正直に言った方がいいか……」と呟き、赤蛮奇は再び口を開いた。
「結論から言うと、そんな話は全く聞いてない。人里は狭いから、外から誰か移住したとなれば勝手に耳に入ってくる。私の場合はお客さんから話を聞いたりね。でも、アンタ以外の人間の話は聞いてないわ」
「そうですか……ん? 俺以外?」
「アンタのことは聞いたわよ。若い男が住み始めたとしか聞かなかったから、まさか小人と一緒にいた人間と同一人物だとは思わなかったけど」
自分のことが広まって困ることはないが、人里の個人情報の秘匿性に一抹の不安を感じた。もし悪事を働いてしまえば、途端に住みにくくなりそうだ。幻想郷において罪人がどのような扱いを受けるのかは不明だが、罪状によっては追放なども有り得るのだろうか。傷害致死容疑者のカンザトは、ゾンビ少女が復活して良かったと心の底から思った。
「というか、人間のことは巫女サマに聞けばいいじゃない。外来人を外に返してるのもアイツでしょ?」
「里に詳しいのは赤蛮奇さんかな、と思って。霊夢は里に住んでないので」
「あー、なるほど。そりゃ頼りにしてもらったのに悪かったわね」
「いえ、教えてくれてありがとうございます」
正直望み薄だったので、それほど落胆はなかった。兄弟の所在については、結局のところ地道に情報収集するしかないのだろう。
「てかアンタ、普通に私と喋ってるけど恐いとか思わないわけ?」
「え?赤蛮奇さんは別に恐くないですよ」
「うっ……それ、妖怪にとっては結構ショックだからね」
「そうなんですか? す、すみません」
幻想郷において妖怪とは、人間の認識によって成り立つ存在である。赤蛮奇や多々良小傘のような人を驚かす妖怪は、主に人の恐れを欲しているため、「恐くない」というのは彼女らにとって大問題なのだ。
「あの、聞いていいか分かんないですけど、赤蛮奇さんは何でこの店で働いてるんですか?」
カンザトは入店時から疑問だった事を投げかけた。人間に恐がられたいというのなら、なおさら里の茶屋で働いている意味が分からない。人を恐怖させる事とは正反対の行為だ。客に料理を提供して喜ばせているため、善行とすら言える。
「世知辛いけど、妖怪も生活するにはお金が必要なのよ……」
「あー……なるほど」
赤蛮奇はどこか諦観したような表情で答えた。
妖怪はどこからともなく現れて、どこかに消えていくイメージを持っていたカンザトだったが、幻想郷では妖怪達も定まった姿形を持ち、この地で暮らしているのだ。当然、生活費がかかるのだろう。人里に住む赤蛮奇はなおさらだ。
「店の人には自分が妖怪だって言ってるんですか?」
「言ってるわけないじゃない。人里に住んでるからって、正体を明かせるわけじゃないの。妖怪は人間の『隣人』であり、常に『敵』なのよ」
「敵……」
こんなに近くで喋り交流しているのに、敵だと言い切ってしまうのは少し悲しいな、と思った。霖之助から人と妖怪の関係性は聞いていたため、それがあるべき姿だとは理解していたが、赤蛮奇はより強くそのルールを意識し、自ら距離を取ろうとしている気がした。
「で、アンタはそれ聞いてどうするつもり? ゆすりのネタにでもする?」
「えっ!? いやそんなこと……」
想定していなかった皮肉交じりの問いを投げかけられ、カンザトは動揺した。
彼からすれば今の状況は偶然の産物なのだから、企みなどあろうはずも無い。金に困っていないと言えば嘘になるが。
「……そんな度胸ありそうには見えないわね」
「そんなことしないですよ。ただ聞きたいことがあっただけで、この店に来たのもたまたまです」
「それとも身体目当て? 悪趣味ね」
「はぁ!? 何言ってんですか……人聞きの悪いこと言わないでくださいよ」
「あら、焦ってる? 外の人間は進んでるって聞いたけど、案外ウブなのね」
どうやら随分警戒されているらしい。だが、それも仕方がないだろう。人間社会に上手く溶け込んでいるところに突如現れた、己の正体を知る人間。その者が勤め先に来店したのだ。当然正体をバラされるのではないかと焦るし、何を企んでいるのかと邪推してしまう。
身体目当てかと聞いている時も、俗っぽい話題に反して、表情は敵意をむき出しにしていた。
「約束通り、俺は周りに言いふらしたりしないです。信じてください」
「……ま、反応を見る限り本当に何も企んでないみたいだし。とりあえず今は信じてあげるわ。これからも秘密にしてよ」
赤蛮奇は人間を敵視しているようだが、ひとまず信用は得られたようだ……
「一応言っておくけど、私は店の人間に絆されたわけじゃなくて、あくまで生活に必要だから、この店を利用してるだけよ」
赤蛮奇は警告するかのようにカンザトへ指を指した。
カンザトは全くそんな風に捉えていなかったのだが、それを補足せずにいられないのは妖怪としてのプライド故か。
「えぇ、わかってま」
「
返答しようとすると、店内からこちらを呼ぶ年老いた女性の声が聞こえた。おそらく店主の声だろうが、それよりも……
「セキコ……?」
「……悪かったわね、安直で。笑いなさいよ」
「まだなんも言ってないです」
赤蛮奇は忌々しげな視線をカンザトに向けた。
どうやら赤蛮奇は「
「ほら、私は戻るからもう帰りなさいよ」
「あ、はい……また来ます。赤子さん」
「シバキ倒すわよ、お客様?」
「すんません……」
本人は威厳に関わるため不満のようだが、やっぱり赤蛮奇さんは恐くないな、と思った。
甘味を味わっていた時にも受けた突き刺すような視線を背中で受け止めながら、カンザトはそそくさとその場を後にした。
茶屋に行った経験がほぼ無いので店内の描写はだいぶ怪しいです。茶屋ガチ勢の方がいたら申し訳ない。
●ランクupしたコミュ
『月』赤蛮奇:ランク2
ペルソナ〜トリニティ・ソウル〜は
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