今回は東方鈴奈庵の話を含みます。
博麗神社で昼食をご馳走になったあと、カンザトは一度自宅に戻り、『くじらのはね』を持参して貸本屋『
ちなみに、針妙丸はペット扱いされたことにかなりごねていたが、対して霊夢は、悪びれる様子もなく「冗談よ」と言い放っていた。
「ここが鈴奈庵か」
現在カンザトは、貸本屋『鈴奈庵』の店前に立っている。二階建てだが背の低い、二階部分に虫籠窓がついている瓦屋根の家屋だ。
店の場所を霊夢に聞き忘れていたため家を出る際に軽く焦ったが、道行く親切な人に所在地を尋ねて、無事たどり着くことが出来た。
入口には紫色の暖簾がかかっており、その上には1文字ずつ鈴奈庵と書かれた四角形の看板がかかっている。間違いなくこの建物が件の貸本屋だと一目で分かる外観だ。
『くじらのはね』について何か分かることはあるだろうか、どこまで説明するべきか、自分は外来人だと言った方がいいだろうか……などと、取り留めのないことを考えつつ、カンザトは暖簾をくぐって店内に足を踏み入れた。
──チリン
どこからか心地よい鈴の音が鳴った。
木造の店内には、書籍がギッチリと収納された本棚が所狭しと並んでおり、本のインクや古い紙の匂いがする。人によるのだろうが、カンザトは不快には感じなく、むしろ、なんとはなしに落ち着く匂いだと思った。
「いらっしゃいませ」
来店客を迎え入れる少女の声が聞こえた。
声のした方を向くと、入口の真正面、奥の方に木製の机と椅子があり、店番の少女が椅子に腰掛けていた。見たところ年齢は布都と同じぐらい、14から16歳ほどに見える。
……布都の実年齢は知らないが。
飴色の髪を鈴がついた髪留めで左右にまとめて、肩までの長さにそろえている。短めのツインテールと言った方が分かりやすいか。
服装は、市松模様の着物の上に淡黄色のエプロンを着ている。
「こんにちは。ちょっとお尋ねしたいんですけど、いいですか?」
「……? はい。なんでしょうか」
「見て欲しい本があるんです」
カンザトはバッグから「くじらのはね」を取り出し、机の上に置く。
少女は机に置かれた本に視線を向けると、ページを開くことなく、すぐに口を開いた。
「これは……外来本ですか」
「分かるんですか?」
「外は幻想郷と製本技術が違いますから。それに、私は数多くの外来本に触れてきていますので、見ただけでもなんとなく分かります」
店番の少女はどこか誇らしげに言う。
まずは『くじらのはね』が外の世界の本だと確定した。少女の言うことを鵜呑みにするわけではないが、数多くの外来本を見てきたのなら信憑性は高いだろう。
これは有用な情報を期待できそうだとカンザトは思った。
「それで、この本がどうかしましたか?」
「この絵本の作者について知りたいんです。これと同じ本か、同じ作者が書いた別の本を置いてないですか?」
「ん〜……? ちょっと見せて貰いますね」
少女は手元にあった丸眼鏡をかけて、ペラペラと本の中を見始めた。じっくり文章を読んでいるわけではなく、挿絵を見て読んだことがあるか確認するつもりなのだろう。
「うーん、私は読んだことないですね。著者も知らない方なので……おそらくこの店に、同じ著者が書いた本は置いてないです」
「置いてある本全部覚えてるんですか?」
「流石に全部は覚えてないですよ。でも、過去に読んだことあるかないかぐらいは分かります。私は外来本のことなら、人一倍記憶力がいいですよ!」
「すごいですね……」
ここまで自信満々に言い切るのだから、本当に無いのだろう。ザッと店内を見回しても、決して少なくない数の本が密集している。この量を全て読了し、題名だけでも記憶しているのであれば、大した記憶力である。好きこそ物の上手なれというやつか。
「この本はどこで?」
「無縁塚で拾ったんです」
「あそこは危険だって聞きますけど、よく行こうと思いましたね。私も外来本が手に入るなら行ってみたいなぁ」
「頻繁に通ってる方が同行してくれたので」
「へぇ、そんな方がいるんですか。私も頼もうかな」
無縁塚は境界が曖昧な場所らしく、危険が多いらしいが……念のため止めるよう忠告した方がいいだろうかとカンザトは思った。
「…………」
それにしても、先ほどから彼女は『くじらのはね』の表紙をチラチラと見ている。心なしかそわそわしているようにも見える。その様子に気づいたカンザトが一体どうしたのかと聞こうとすると……
「……あの、この外来本、よければじっくり読ませてもらえませんか?」
「えっと……」
「あぁいや! 分かってます! 難しいですよね! 外来本は貴重ですもん! お客さんにとって、物凄く大事な本なんだと思います……でも、そこをなんとか!」
カンザトが言葉を発する暇もなく、少女は一気にまくし立てた。必死の形相でどうにか読ませて貰えないかと訴えかけてくる。
カンザトとしては、たしかに大事ではあるが、勿体ぶるものでもないと思っているので、懇願されずとも断る気はさらさらなかった。
「は、はぁ……いいですよ」
それを聞いた少女は、まるで絶望的状況に一筋の希望を見たかのように、ぱぁっと、表情を明るくした。
「ホントですか!? ありがとうございます! 外来本ってなかなか手に入らないんですよぉ」
「そうなんですか? 外の本を多く取り扱ってるって聞きましたけど」
「いやぁ、店にある本はもう何回も読んで……お客さんの前で言うのもなんですけど、私はもう読み飽きちゃって」
そう言うが否や、少女は嬉々として本を開き、「くじらのはね」の世界に没入してしまった。
今話しかけても答えが返ってきそうにないので、仕方なく、カンザトは店内を見て回ることにした。
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・
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本棚に収められている本を何冊か手に取り流し読みしてみたが、たしかに外の本をメインに取り扱っているというだけあり、カンザトの知る製本の施された本が大半であった。というより、カンザトは外の本しか知らないため、見ても「あぁ、本だな」という感想しか出てこなかった。
置いてある書籍の種類は様々。
『くじらのはね』と同じような絵本、推理小説、詩集、エッセイ、学術書、ゴシップ雑誌、etc……
外来本の希少性は不明だが、よくここまで集めたものだと言いたくなるような、豊富な品揃えであった。
また、入店した時には気づかなかったが、本は棚の上にも多く積まれていた。棚から本を引き抜いたら上から降ってくるのではないかと、カンザトはおっかなびっくり見て回った。大して広くない店内に対し、これでもかと本が敷き詰められているため、未だ絵本の空想世界に没頭する看板娘に、置いてあるものは全て売り物なのかと問いたくなった。
「ん?」
知っている本がないかと本棚を物色していると、本と本の間に何かの紙が挟まっていることに気づいた。破かないようにそっと引き抜くと、それは新聞記事の切れ端だった。何故こんなところに? と思いつつ、記事に目を通す。
そこには、
『綾凪市及びその周辺地域で同時多発事故発生』
『沿岸部と街の中心部に壊滅的な被害』
『無気力症患者多数』
と書かれていた。
──ドクン
心臓が大きく跳ねた。
鼓動が早くなる。
悲惨な事件内容にドキリとしたわけじゃない。
乱れる思考の中、カンザトは思った。
俺は、この事件を知っている。
記憶喪失前の自分がニュースか新聞を見て知ったのだろうか。それとも、偶然誰かから聞いたのか。いや、それだけじゃない気がする。
この記事の何かが、気になって仕方がない。
仔細を知りたい。だが、それと同時に、恐ろしい。まるで深淵を覗き込もうとするような感覚に襲われる。
何が恐ろしい? 分からない。何故自分はこの記事にこんなにも興味を示しているのだろう。
喉の乾きを覚えながら、カンザトが記事の全文を読み込もうとすると……
「お客さん、どうもありがとうございました!」
横から声をかけられた。
ハッとして声のした方を見ると、いつの間にか本を読み終わっていた店番の少女が近くに立っていた。
「なんだか、不思議なお話ですね。明確なオチはなくて……読者に答えを委ねているように感じました」
「あ、あぁ……」
「……どうしました?」
少女が不思議そうにこちらを見る。
今の自分はきっと、青ざめて生気のない顔をしている。店の隅、薄暗い場所にいて良かった。今明るみに出たら、少女に無用な心配をさせてしまうかもしれない。
冷静を装うため、カンザトは一度深呼吸をした。
「いえ、なんでもないです」
「あれ、その手に持ってる紙、どうしたんですか?」
「あぁえっと、本の間に挟まってたんですよ。それで気になって……」
「あ、それは失礼しました。捨てておきますね」
「……これ、貰ってもいいですか?」
「え? えぇまぁ、いいですけど……」
少女は、突然紙くずを欲した男に訝しげな視線を向けるも、すぐにパッと表情を切り替えて抱えていた絵本を差し出した。
「では、本をお返ししますね! どうもありがとうございました!」
カンザトは差し出された『くじらのはね』を受け取った。少女は不思議なお話と言っていたが、自分の感じた想いと比較する意味でも、彼女の感想が聞きたくなった。
「読んでみてどう思った? えっと、君は……」
「あ、私『
「あぁ、ごめん。俺の名前はカンザト。よろしく」
「カンザトさんですね。よろしくお願いします」
「それで……小鈴ちゃんは『くじらのはね』を読んで、どう思った? 少年は、本当に幸せだったのかな」
「そうですねぇ……」
問われた小鈴は視線を木の床に落として、思考している。
「私は少年がもつ村人達への想いや、何を思って旅に出たかまでは分かりません。それは書かれていなくて、想像するしかないからです」
「……うん」
「でも、少年は村のみんなや家族、大切な人たちを救うことが出来たから、それだけで幸福だったんじゃないでしょうか」
それだけ、本当にそうか?
少年への救いはどこだ?
「……でもその結果、大切な人達は離れていって、少年は一人ぼっちになってしまった。救いたかった人達は、救世主の少年を置き去りにしたんだ。それじゃあ余りに少年がかわいそうだ」
「……はい」
カンザトは、どうしてか自分が嫌に感情的になっている事に気づいた。
「たとえそれしか方法が無かったとしても、俺は少年が幸せだったと思えないんだ」
「……」
「……あっ」
決して意地悪をするつもりはなかったが、つい反論してしまった。自分から感想を聞いたのに、真っ向から否定して……なんと大人気ない。
しまったと思い、黙する少女の方を見ると、いつの間にか床に向けられていた視線は、カンザトに向いていた。何かを訴えかけるような真面目な顔つきで、カンザトの顔をまっすぐ見つめている。
「……私は逆なんじゃないかと思いました」
「逆?」
「少年は望んで一人になったんです。他の人たちが少年を見捨ててどこかに行ったわけじゃない。みんなを救いたかったけど、みんなと一緒にいられなかったから……
「自分から……?」
「だって、荒んだ心が変わって幸せになった人達、ましてや少年の家族が、救ってくれた少年の存在を無下にしますか?」
「……」
「まぁでも、明確な根拠では無いですね……本をたくさん読んできた私個人の意見です」
「いや、そういう見方もあるんだな……」
この時、何故かカンザトは安心していた。
孤独になった少年と自分自身を重ねて、いずれ自分も周囲に拒絶されて一人になってしまうことを、心のどこかで恐れていたのかもしれない。
だがそうなると、少年はどうして自ら孤独を望んだのだろう。
「どうして彼が一人になることを選んだのか。やっぱり、それは分かりません。でも、その道こそが彼にとっての救いだったんだと、私は思います」
そこまで話して、語りに熱が入っていることに気づいた小鈴はハッとしたような表情になったあと、わたわたと焦り始めた。
「あっ……初めて来たお客さんに長々と語っちゃってすみません。つい感情移入しすぎちゃいました」
「ううん、君のおかげで『くじらのはね』の見方が変わった気がする。ありがとう」
「そ、そうですか? それなら良かったです。えへへ」
照れくさそうに笑う小鈴。
カンザトは、物語を別の視点から見て、自分とは全く違う感想を持った彼女の『判読眼』に深く感心した。
小鈴と話さなければ、自分が出した一つの考えで結論づけていたところだ。各々が考察し、意見を交換する。これこそが『くじらのはね』の作者が想定した楽しみ方なのかもしれない。
「あんまり本って読まなかったけど、思ってたより面白いかも」
「あ、そうだ。よければ、何か借りていきませんか? 外来本を読ませてくれたお礼に、お安くしときますよ」
「あはは、商売上手だ。じゃあ、そうするかな」
「どうぞどうぞ! 見てってください!」
「読書初心者には何がいいかな……オススメとかある?」
「それでは、僭越ながら私が何冊か見繕わさせていただきます! 私のオススメはですね〜」
それからしばらく、小鈴が薦める本の魅力や読むにあたっての予備知識などを聞いた。
その熱い語り口から、彼女は心の底から本が好きなのだろうと感じた。
人里の貸本屋『鈴奈庵』の看板娘、本居小鈴と知り合った……
「!」
我は汝……汝は我……
汝、新たなる絆を見出したり……
絆は即ち、まことを知る一歩なり。
汝、『節制』のペルソナを生み出せし時、
我ら、更なる力の祝福を与えん……
………………
「ありがとうございましたー! 返却期間にお気をつけて!」
小鈴の元気な声を背中に受けながら鈴奈庵を出る。
結局、小鈴のマシンガンセールストークに押し切られて、オススメだという本を全て借りてしまった。ふところに余裕があるわけでもないのに、中々手痛い出費である。
「期間内に読み切れるかな、これ……」
だが少なくとも、カンザトの恐れていた孤独に凍える夜は、小人の友人がかけてくれた言葉と、少しばかり手に余る貸本達の存在で乗り越えられそうだ。
カンザトは自ら心を閉ざした『くじらのはね』の少年に、哀れに思ったことへの謝罪と、一期一会の出会いを与えてくれたことへの感謝の意を心中で伝えた。
東方鈴奈庵の絵、かわいくて好きです。
なぜ外の新聞記事が本の間に挟まってるのか。特に理由は考えてません!外来本の間にでも挟まっててそのままだったんでしょう。そういうことにしてください。
●解放されたコミュ
『節制』本居 小鈴:ランク1
ペルソナ〜トリニティ・ソウル〜は
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