とても執筆欲が増します!
鈴奈庵で見つけた新聞記事の話は次回やります。
今回の話を書いてる途中で存在を思い出しました。
鈴奈庵で本を借りた数日後、カンザトは命蓮寺に足を運んだ。目的地は命蓮寺というよりも、その裏にある共同墓地。そこに住まうキョンシーの少女、宮古芳香と会うためだ。
芳香と初めて会い、死闘を繰り広げてから、実に一週間の時が流れていた。その間は他に用事があったため、墓地に行くことはなかった。
……決して、再び襲われることに怖気づいた訳ではない。再度戦闘に発展することを考慮して、覚悟を決めたうえで墓場に向かうことにしたのは事実だが。
以前、共同墓地に足を踏み入れた時は命蓮寺の本堂前を通らず、別のルートから敷地内に入ったが、今日は参拝客が一般的に使用する参道を通ることにした。
(近く通った時も思ったけど、デカイなぁ……)
大きく口を開けた門をくぐると、多数並ぶ地蔵と灯篭が参拝客を出迎える。
カンザトは、遠くからでも見える大きな本堂を眺めつつ、枯葉があちこちに落ちている石畳の参道を歩く。
やがて本堂前に到着し、周囲に視線を向けると、自分以外にも何人か参拝客がいることが分かった。霊夢に教えてもらったとおり、ここは人妖ともに信仰を集める場所のようで、人間は勿論のこと、妖怪だと思われる参拝客も散見された。
赤蛮奇のような例外はいるにしても、普段人里で過ごしていると人間しか見ることがないため、人と妖怪が同じ空間にいる光景は、カンザトにはどこか異質に感じられた。だが、これこそが命蓮寺の住職が望む共存の形であり、目指す世界の在り方なのだろう。
それにしても、商売敵だと愚痴っぽく話していた紅白巫女には悪いが、博麗神社と比べると、命蓮寺は賑わっている気がした。思うに、博麗神社は立地が悪いのではなかろうか。ペルソナで撃退してはいるが、博麗神社に行く際は、カンザトも未だに野良妖怪に襲われているので、参拝客が少ない理由は明白な気がする。
そんなどうでもいいことを考えながら、人間の参拝客と話す虎柄の髪色をした女性や、箒をはいて枯葉を集めている、青緑色の髪に獣耳が垂れた少女を視界に収めつつ、本堂を素通りして目的地へと向かおうとすると……
「ん?」
墓地へと続く道の隅に、黄色いリボンがあしらわれている黒い帽子を被った小柄な少女が立っていた。立っている、というより、地面から少し浮遊しているように見える。
服装は黄色の上着に、緑色の花柄スカートをはいている。
また、その少女の体を囲うように紫色の紐のようなものが浮いていた。アクセサリーか何かだろうか。
何故かその少女が気になったカンザトは、一度立ち止まり、彼女を見つめていた。
すると、少女がこちらに気づき、目が合った。翠色の瞳がカンザトの存在を認める。
その少女はこちらを無表情で凝視した後、わずかに驚いた顔をし、薄黄緑色の髪をたゆたわせながら、風に吹かれる綿毛のようにふわふわとカンザトに近寄ってきた。
なんだか以前にも似たようなことがあった気がする。あの時、博麗神社で出会った無表情な女の子は今どうしているだろう、とカンザトが考えているうちに、いつの間にか目の前にまで来ていた少女が、微笑を浮かべながら話しかけてきた。
「ねぇねぇ、あなた、私に気づいてるよね?」
カンザトは問われた言葉の意味が理解できなかった。
気づいてるも何も、君はそこにいるじゃないか。そう思った。
「う、うん」
返事をしてから、カンザトはハッとした。これはもしや、存在を認知してはいけない類の怪異ではないかと。昔、怖い話か何かでそんな存在を知った気がする。
だが、時すでに遅し。返答を聞いた少女の顔が満面の笑みに変わった。
「やぁっぱりー! すごいねぇ、なんでー?」
しかし、目の前の少女はカンザトの返答に喜ぶばかりで危害を加えようとする素振りもなく、また、一切の邪気も感じられなかった。
「え? なんでだろう……」
見える理由を聞かれても、そこにいるからとしか答えられない。訳が分からず、カンザトは曖昧な返事をした。
「分かんないの?」
「うん……普通にそこにいたから、気づいただけなんだけど」
「えぇー? みんな、私から話しかけないと認識出来ないんだよ? でも、貴方は初めから目が合ってたよね?」
「認識出来ないって、君は一体……」
「うん? あぁ、こういう時は自己紹介だよね! 私、『
「俺はカンザト。古明地さんはもしかして……」
「なぁに? それ。他人行儀だなぁ。こいしでいいよー、こいしって呼んで!」
押しが強い。カンザトは完全に、彼女の独特なペースに乗せられていた。
この不思議な雰囲気と、認識できないという言葉。カンザトは、彼女が人ならざる者だと感づいた。
「こいし……さんは」
「こいし!」
「……こいしは、もしかして妖怪なのか?」
「違うよ〜こんなか弱い女の子が妖怪に見えるの? 失礼しちゃうなぁもう!」
「あ、ごめん……認識されないって言ったから、普通の人ではないのかなと思って」
「うふふふ……う・そ!」
「う、嘘? え、どっちだ?」
「私は、あなた達から言うところの、妖怪で合ってるよ。そんなに素直じゃあ、悪い妖怪に騙されちゃうよ、人間さん」
一度嘘をつかれたが、やはり妖怪で合っていたらしい。赤蛮奇もそうだったが、幻想郷の妖怪は人間の姿をとる者が多いため、耳や翼が生えたりでもしていないと一見区別がつかない。この少女の特徴といえば……紫色の球体から伸びる謎の紐? 管? か。
「う〜ん、なんであなたは見えてるんだろう? ……ハッ! まさかあの時みたいに、また私に人気が集まってる?」
カンザトが、彼女は何の妖怪なのかと考えていると、こいしは何かに気づいたようだった。
「ねぇねぇ、今からどこに行くつもりだったの?」
「ん? この先の墓地だけど。ちょっと会いたい人がいて」
「墓地で会いたい人? あー分かった! 墓参りでしょ! 人間は死んだ誰かと会う時も、生きてるみたいに話すもんねぇ」
当たらずとも遠からず。芳香はキョンシーなので死者と対話することにはなるが、墓には入っていないので墓参りではない。
「一応生きてはいる……かな? 墓参りではないよ」
「ふーん? じゃあ、私もついてっていい?」
「こいしも?」
「うん。だいじょーぶ! 心配しなくても邪魔はしないよ!」
芳香の操り主である青娥からは、たまに会って欲しいと頼まれただけで、連れがいてはいけない、と決められてはいない。芳香本人も来訪者が一人増えたところで何も言わないだろう。そのため、カンザトは特に問題ないだろうと判断した。
「いいよ。あ、でも一応最初は後ろにいた方がいいかも」
「なんで?」
「……気性が荒い人だから、かな?」
妖怪であるこいしには無用の心配かもしれないが、念の為、芳香がまた襲ってくることを考えて、ひとまず様子見させることにした。
「えぇー、わたし強いから大丈夫だよ。ほら、ぱんち! ぱんち! フンフン!」
シャドーボクシングで謎の強さアピールをするこいし。それではただ可愛らしい動きをしているだけで、実力が分からない。
「うーん……じゃあ、危なそうだったらすぐに逃げるってことにしよう」
「あー、信じてないでしょ! ……まぁいいや、いこいこ!」
こうして、どこか掴みどころのない謎の少女を連れ立って、ゾンビ少女の待つ墓地へと向かった。
・
・
・
約一週間ぶりに訪れた墓地、特筆して変化はなかった。強いて言うなら以前より少し肌寒い。冬が近づいている証拠だろう。
同行者は浮遊しているため、歩いていてもザクザクと落ち葉を踏む足音は一人分しか聞こえない。だが、後ろを振り向けば、間違いなく彼女はそこに存在している。二人で行動しているはずなのに、一人でいるような、奇妙な感覚をカンザトは味わっていた。
「なぁ、こいし。みんなは認識出来ないっていうのは、どういうことなんだ?」
「えっと〜……私は無意識の存在だから、みんなは私を見て、そこにいるって認識することが出来ないの。話しかけても、基本的に反応してくれないんだよ?」
「…………?」
イマイチ言葉の意味が理解出来なかったカンザトは「なんだそりゃ、難しい話か?」と思った。
「分かんないよね。私もよく分かってないんだぁ。目を閉じたらこうなっちゃった」
「目を? 普通に開いてるように見えるけど」
「こっちこっち。ほら、閉じてるでしょ?」
こいしは、逆さ吊りの体勢でカンザトの顔を上から覗き込みながら、2本の紐が伸びた紫色の球体を持ってカンザトの顔の前に近づけた。このアクロバティックな体勢をとりながらカンザトの歩みに合わせて浮遊してるのだから、器用なものである。
「……あ、ホントだ。それ、目だったのか」
一度立ち止まり差し出された球体をじっと見ると、たしかに人の目のように瞼があることに気づいた。
この時、カンザト自身は意識していなかったが、彼はごく自然に少女の第3の目の存在を受け入れていた。普通ならば、「なんで目が3つあるの?」や「というかその紐は何なんだ?」といった疑問が浮かびそうなものだが、カンザトは「そういう体を持った妖怪なんだろう」程度にしか考えていなかった。順調に幻想郷に染まってきている証拠である。
「うん。これは私のもうひとつの目。瞼を閉じたら、私はみんなの世界から消えちゃった」
悲しげなことを言っているはずなのに、こいしは笑顔だった。強がりで無理やりつくられた笑顔ではない。本心からの笑顔のように感じた。
カンザトが、誰からも認識されなくて寂しくないのかと聞こうとすると……
「あ、カンザトが言ってたの、あの人?」
いつの間にか奥まで来ていたようで、一週間前に芳香と戦った、開けた場所に着いていた。
見ると、以前話しかけた場所と寸分違わぬ位置に彼女は突っ立っていた。ポーズも同じ、両腕を前に突き出して、手はダランと垂らしている。どうやら、こちらにはまだ気づいていない様子だ。
「うん……ちょっと離れてて」
話しかける前に、カンザトは一度深呼吸をして、心を落ち着かせた。一度目は死にかけながらもなんとかなったが、二度同じことになる可能性を考えると、緊張せずにはいられない。
改めて覚悟を決め、緊張の面持ちで芳香の正面に歩み寄り、おそるおそる話しかけた。
「芳香。青娥さんに言われて会いに来たよ」
「…………」
反応はない。相変わらず、光のない漆黒の瞳で虚空を見つめている。
「よ、芳香? 芳香さーん?」
「……あー?」
何度か名を呼ぶと、頭を左右に揺らして、開いた口から呻き声を漏らした。さながらスリープモードから再起動したロボットのようだった。
「芳香? 俺のこと分かるか?」
「おー……お前は……誰だっけ?」
「カンザト。前に君と戦った人間だ」
「カンザト……?」
とりあえず、突然殴られることはなさそうだが、どうやらカンザトのことを思い出せていない様子だ。
「あ、そっか……そういえば名前言ってなかったんだ。えーっと……バラバラになった君を治した人間だよ」
バラバラにしたのもお前だろ! というツッコミは控えていただきたい。今それを言うと、恨みの炎を滾らせて襲いかかってくるかもしれない。
「う、うーん……? お……おぉ! アイツか! 私をバラバラに吹き飛ばして勝った人間!」
しっかり覚えていた。青娥が言っていた、何故かカンザトのことは忘れないというのは本当らしい。
「う、うん。あれから体は大丈夫? どっか痛んだりしてないか?」
「問題ないぞ。しっかり動ける!」
「よかった……あの時はごめん。言い訳かもしれないけど、あんなに威力のある技だって知らなかったんだ」
「なんで謝るんだ? お前は私との決闘に正々堂々勝利した。それだけだろ? それに、治ったから何も問題ないじゃないか」
そう事は単純ではないのだが……これ以上気にするのは芳香に失礼であり、結局カンザトの気持ちの問題なのかもしれない。
「そっか……ありがとう。怪我が無くてよかった」
「そんなに心配されると照れるなー」
芳香の口角が少し上がったように見えた。
戦闘中に好戦的な笑みは見たが、純粋な優しい笑顔は初めて見た。
「ねぇねぇ、そろそろいーい?」
待つようにお願いしたこいしが、いつの間にかすぐ近くにいた。2人の様子を伺っていたのだろう。
「あぁ、大丈夫そうだ」
「ふーん、カンザトが会いたかったのはコレかぁ。人間じゃなかったんだね」
「芳香は死んでるけど人間だろ?」
「だって死体じゃん。人は死んだら動かなくなる。そしたらモノと同じだよね。あ、コイツは動いてるからちょっと違うかな?」
「……」
一度死して蘇っただけで、生前は人間だったのだから、芳香を自分と同じ人間だと考えているのがカンザト。対して、こいしは死んだ者はすでに人ではないと考えている。
カンザト以外の人間がどう考えるかは不明だが、やはり人と妖怪では死生観が違うのかもしれない。
「カンザト〜、さっきから誰と話してるんだ? 私はそこにいないぞ?」
「ん? あぁ、紹介が遅れてごめん。この子は古明地こいし。ついさっき知り合って、一緒に来たいって言うから連れてきた」
「ん〜……? 何言ってるんだ、誰もいないぞ?」
「えっ……?」
馬鹿な、と思い、こいしの方にバッと顔を向ける。
黒帽子を被った妖怪少女は、変わらずそこにいる。視界に写っている。雲隠れしたわけじゃない。疑いようもなく、存在しているはずだ。
「あれれ。何時ぞやみたいに、人気が集まって見えるようになったわけじゃなかったのね」
カンザトの頬に一粒、冷や汗が流れた。
彼は半信半疑だったのだ。こいしが自分以外に認識されないということが。こいしの言うことが全て虚言だと思っていたわけではない。影が極端に薄いだけで、流石に目の前にいれば誰かしら気づくのだろうと考えていた。
だが、こいしの言う不可思議な事象は眼前で起きている。
彼女は、
「なおさら、あなただけ見えてるのが謎だね!」
こいしを見ると、残念そうな素振りは一切無く、柔らかな笑みを浮かべている。邪気は無いはずなのに、その笑みが底知れぬ『虚無』を体現しているかのように思えて、カンザトはわずかに恐怖を覚えた。
「どうした? 大丈夫かー?」
芳香の声でハッと我に返る。
キョンシーに心配される人間というのは、中々に滑稽な構図かもしれない。
「あ、あぁ……大丈夫……」
「カンザト、ふらついてるよー? そこの切り株に座れば?」
自分が原因だとは露知らず、こいしはカンザトを心配している。
何もこいしが悪いわけじゃない。カンザトが真に恐れているのは、見えないはずの少女を見てしまう自分自身だった。
・
・
・
「ごめん、ちょっとビックリしただけ。もう大丈夫」
「そうか。まあ、私に打ち勝った戦士が軟弱なわけないよな」
一旦落ち着いて話すため、芳香とカンザトの2人は大きな切り株に腰掛けている。芳香は、戦った時もそうだったが、やはり関節が硬いらしく、腕と足をピーンと伸ばした状態で座っている。
ちなみにこいしは、常に重力など受けていないかのようにふわふわと宙に浮いている。
「なあ、カンザトはなんでここに来たんだ? 青娥に言われたからか?」
「それもあるけど、芳香が心配だったから」
「……普通は二度と近づかないだろ。私はお前を喰おうとしたんだぞ」
そう言う芳香は、依然として生気の感じられない虚ろな表情だった。そこから感情は読み取れないが、わずかに目を細め、心なしか憂いを帯びているように見えた。
「芳香……」
カンザトは芳香を倒した時から、彼女に後ろめたさを感じていた。幻想郷に来てから初めての、人が相手の激しい戦闘。当然、命を奪う覚悟ができていなかった。だが、ペルソナ能力という人間には過ぎた力が、予想を超えた破壊力を生み出し、ゾンビ少女、宮古芳香の身体を殺めた。すぐに治せたため大事には至らなかったが、己の力を人に向けた時、いとも簡単に命を脅かすことが出来てしまうという事実は、彼を悩ませた。
「正直言うと、ここに来るまで、また戦うことになるんじゃないかって怖かった」
「うん……」
そのことがあったため、カンザトは芳香に会うことへ抵抗を感じ、無意識に避けていた。
しかし、後ろめたさを感じていたのは彼だけではなく、むしろ──
「でも、実際に芳香と会って話して……大丈夫だって思った。君の記憶には俺が残ってて、ちゃんと話せるんだって分かった。さっきも、ふらついた俺の事を心配してくれたし」
「あ……」
「だから、もう怖くないよ。俺は俺の意思で、ここにいる」
「そうか……ありがとう」
屍鬼の少女は前を向いたまま、また口角を少し上げた。たしかにこいしの言う通り、彼女は死の理から外れた存在であり、とうに人間ではないのかもしれない。しかし、傷ついた誰かの身を案じたり、傷つけてしまったことに後ろめたさを覚えることは、とても人間臭い心の動きのように感じた。
宮古芳香という人間はとうに生命活動を終えているが、彼女のもつ心までは死んでいないのだろう。
「うんうん、よく分かんないけど、感動的だねぇー」
そんな2人のやり取りに割り込むように、こいしが間延びした気のない感想を述べた。
「……」
これは反応した方がいいのか。
返事をすれば頭がおかしな奴と思われかねないが、無視をするのも気が引ける。
ゾンビに頭の心配をされる人間というのも、はたから見れば滑稽だ。
「……うん」
悩んだ末、カンザトは頷いたり短い返事をすることで、ごく自然に、違和感なく、2人の言葉に対応することにした。
「やっぱりお前は強いな。私はお前が来るのを待つことしか出来なかった」
それは操り主である青娥から、待機するよう命ぜられていたため致し方ないのではと思ったが、命令関係なく、芳香自身動く意思が無かったということだろう。
「次会った時は……いきなり殴ったこと、謝ろうと思ってたんだ」
「……なんで襲ってきたんだ? キョンシーだしそういものなのかなと思ってたけど」
「私は霊廟を守るため蘇った。その使命に準じ、侵入者を排除しようと動いたんだ」
「霊廟って?」
「青娥の言いつけで守護していた、主の眠る墓だ。ここにはもう無いけど……」
つまり芳香は、かつての神霊廟を守護していた時の名残で、テリトリーに踏み込んだカンザトを追い払おうとしたわけだ。
これを聞いたカンザトは、少々驚いていた。想像していたよりも、芳香が理性的だったからだ。
芳香が人を襲うのは、ゾンビの習性によるもので、何かしら考えがあっての行動だとは思っていなかった。
「はた迷惑なヤツだねぇ」
……早速反応に困ることをこいしが言った。
たしかに無関係の一般人からすればはた迷惑な話だが、素直に首肯していいものか。
こいしは結構毒を吐くなぁとカンザトが思っていると……
「うぅ……ごめん……ごめんなぁ……」
突然芳香が涙声になり、嗚咽を漏らし始めた。
「よ、芳香?」
「私……最初は使命のために戦ってたけど……最後はお前を殺したくてしょうがなかった……」
「……」
「本能のままにお前を喰い殺そうとしたんだぁ……これじゃ、嫌われて当然だ……」
涙腺が機能していないのか、涙は出ていない。しかし、声は震えて悲しみの色が滲んでいる。
芳香はカンザトが思っていたよりも、あの日の死闘を気にかけていた。気を失ったカンザトが青娥に運ばれていったあと、自分が執拗に彼を傷つけてしまったことを思い出し、もう会いに来ないのではないかと、不安を募らせていた。
何故、脳が半分腐っている彼女が、初対面の人間をそれほど意識したのか。
それは、青娥以外に初めてだったからだ。
自分の体を案じ、気にかけてくれる人間の存在が。
「そんなに、気にしてたのか……」
カンザトは、芳香とすぐ会わなかったことを後悔し、彼女がキョンシーらしからぬ純粋な気持ちで、カンザトの来訪を期待していたことに罪悪感を覚えた。
激戦のあと、その後3日ほどはカンザトのことを覚えていたのだろう。しかし、一週間経ち、記憶が錆び付いてきた。そのため、先ほど話しかけた時は、すぐに反応することが出来なかった。
もし、カンサトが益々怖気付き、さらに期間を空けていたら……それこそカンザトの恐れていた第2回戦が開幕したかもしれない。
「あー! なーかしたー、なーかしたー」
そんなカンザトの心境とは対照的に、こいしが楽しそうに茶々を入れる。
場の雰囲気に似合わず満面の笑みである。
「芳香、聞いて」
「……?」
カンザトが横に座る芳香の顔を見つめる。
芳香は、ギギギギと鈍い音が聞こえそうなほど緩慢な動きで首を動かし、カンザトの方に顔を向けた。
「あの戦いは、俺が不用意に君に話しかけたから起こってしまったんだ。途中で逃げることだって出来たのに、煽って戦闘を続けたのも俺の無謀な行動だ」
「それは……」
「それに、さっき君も言ったじゃないか。あの戦いは正々堂々とした決闘で、俺が君に勝利しただけだって。そんなの、幻想郷ではありふれてるだろ?」
「でも、最初に殴ったのは私だ……」
「うん、それは確かにその通り。だから、こうしよう」
「……?」
「これから誰かに話しかけられても、俺以外の人間には力をふるわないこと。もし相手から攻撃してくるようなら、逃げるか、追い払うだけで後を追わない」
「……うん」
「これなら今回みたいなことは起こらないし、芳香も危険な目に合わない。これを守るって、俺と約束しよう」
「……うん、分かった!」
奥地といえど、ここは命蓮寺の敷地内だ。カンザト以外の人間がたまたま通らないとも限らない。カンザトは、それを危惧していた。そのため、人間を襲わないよう約束して、人間、ひいては芳香自身も守ることにした。
操り主以外との取り決めをどれほど遵守するか、そもそも覚えていられるのか……不安要素は多いが、今は芳香を信じることにした。
「芳香なら守れるって、俺は信じてるから」
「ああ! 任せてくれ! 約束、守るぞ!」
芳香は嬉しそうに笑った。
その表情は喜びに満ち溢れていて、普通の人間の少女と遜色ない、可愛らしい笑顔だった。
その笑顔を見て「やっぱり芳香は人間だ」と、カンザトは思った。
彼女の精神は幼児のように純粋だ。幼稚な物言いをするわけではない。ただ命令を遵守し、思うがままに行動する、一人の少女なのだ。
死した少女、宮古芳香の心の奥底に残存している人間性を垣間見た……
「お、もしかしてイイ雰囲気? ヒューヒュー!」
などと考えてると、空気を読まない外野がうるさくなってきた。
「なあ、カンザト……約束守るから、ひとつお願いしてもいいか?」
「ん、なに?」
「ちゅーしろ! ちゅーしろ!」
反応しないのをいい事に、こいしはとんでもないことを指示している。
相手には聞こえないが、認識出来る者の耳にのみ、勝手な言葉を届ける。まるでカンザトの頭に装着された厄介なナビゲーション機器だ。
流石に反応しない方がいいなと、カンザトが無視を決め込んでいると、芳香は無垢な少女のような、無邪気な笑みを浮かべたまま、口を開いた。
「お前を噛ませてくれ!」
「は?」
言うや否や、芳香はさらに口を大きく開き、鋭い牙を見せつけたままカンザトに掴みかかった。
カンザトはとっさに腕を掴み、抵抗する。
「ちょっ!? 俺の話聞いてたか!?」
「カンザト以外には力をふるわない、だろー!? じゃあいいじゃん!仲間になってくれー!」
「たしかにそう言ったけど! 言っちゃったけど! ゾンビにはなれないって!」
「青娥もたまにしか来てくれないから寂しいんだよー!」
「また来る! また来るから! ホント待って!」
「この子おもしろーい!」
こちらの気も知らず、危機的状況を面白がるこいし。
はたから見ればじゃれているように見えるかもしれないが、カンザトは本気で抵抗している。ペルソナは出していないため、かなりギリギリの力で防いでいるのだ。日頃鍛えていなければ、あっという間に鋭利な牙が肉にくい込んでいただろう。
「ちょっとマジで一旦ストップ! こいし! こいし助けて!」
「えー? 仲間になってあげればいいじゃーん」
芳香は理性的だと言ったが……前言撤回。彼女は欲望の赴くままに同族を求めるモンスターだ。
閑散とした墓地に、妖怪少女に助けを求める人間の叫び声が木霊した。
・
・
・
名残惜しそうな芳香と別れて、カンザトとこいしは元来た道を戻っている。
「あー面白かったぁ。あの子のこと、気に入っちゃったかも!」
「まさか歯が当たる直前まで助けてくれないとは思わなかったよ、こいし」
あの後、見かねたこいしが芳香の横っ腹にパンチを一発入れたことで、カンザトは九死に一生を得た。芳香は突如与えられた腹部への衝撃にかなり混乱していたが、やはりこいしは見えていないようだった。
「……なぁ、こいし。誰にも気づかれないって、寂しいか?」
カンザトはさきほど聞きそびれた疑問をぶつけた。
ついこの間、針妙丸にも同じ質問をしたが、彼女の境遇はカンザトや針妙丸とも、また違う。
自分のことを誰も認識してくれないとは、どれほど耐え難い孤独感なのだろう。カンザトには想像がつかなかった。
「寂しい? なんでー?」
こいしは心底理解出来なさそうに、きょとんとした表情で聞き返してきた。
「だって、話したくても誰もこいしと会話出来ないんだよな? それって……俺だったら凄く寂しい」
少々踏み込んだ質問かと思ったが、カンザトは聞かずにはいられなかった。
「う〜ん……私は今楽しいよ? カンザト以外にもたまに気づく人いるし……お姉ちゃんもいるから!」
どうやらカンザト以外にも見える人は見えるらしい。
それを聞いて、カンザトは少し安心した。こいしには失礼だが、実のところ彼女は、度重なる非日常で精神を病んだ自分が生み出したイマジナリーコンパニオンなのではないかと思いかけていたところだ。
芳香に触れていた時点でその可能性は無くなったが、このままでは里に帰って精神科を受診していたかもしれない。幻想郷に精神科があるのかは知らないが。
「そっか、こいしが大丈夫ならいいんだ。変なこと言ってごめん」
それを聞いたこいしは何か閃いたかのようにハッとして目を輝かせた後、意地悪な笑みを浮かべた。
「やっぱり寂しいかも〜。うん、すごく寂しいなぁ」
「……いきなりどうした?」
「寂しいから〜、また私と遊んでくれる?」
寂しいと言えば、唯一常にこいしを見ることが出来るカンザトがまた遊んでくれるはずだと考えたらしい。わざわざ頼むということは、やはり話しかけた相手と会話が成立することは稀なのだろう。先ほどは寂しくないと言ったが……カンザトは彼女の本心が分からなくなった。
「あぁ、いいよ。また話そう」
「わーい、約束ね!」
謎の妖怪少女、古明地こいしは自身の存在を認識できるカンザトに興味津々だ……
「!」
我は汝……汝は我……
汝、新たなる絆を見出したり……
絆は即ち、まことを知る一歩なり。
汝、『刑死者』のペルソナを生み出せし時、
我ら、更なる力の祝福を与えん……
………………
カンザトは無邪気に笑う小柄な少女の姿を見つめる。
彼女が自分にしか見えないと気づいた時は恐怖を感じたが、今は恐れなどなく、ただただ複雑な心境だった。
「命蓮寺で待ってるから、また私を見つけてね!」
笑みを浮かべたこいしがそう言うと、茜色の空から夕日が差し込み、カンザトはたまらず手で視界を覆った。
数秒後、視線を戻すと、こいしはいつの間にか消えていた。
幻だったのかと思うほどに、きれいさっぱりと。
騒がしかった少女の声はとうに消え失せ、静寂が支配する墓地には、カンザトただ一人が存在していた。
どこか寂寥感を感じつつ、ひとつ息を吸うと、突き刺すような冷気が鼻腔を通り、肺に染み渡った。
冬の訪れが近い。
こいしちゃんナビ、自分も欲しい。
カンザトがこいしを認識できる理由はちゃんとあります。一応、主人公補正やコミュパワーではないです。まぁ、納得いく理由かと言われると微妙なので、それでもいいんですが。
●解放されたコミュ
『刑死者』古明地 こいし:ランク1
『戦車』宮古 芳香:ランク2
ペルソナ〜トリニティ・ソウル〜は
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